第2話 桜川那子は江坂悠李に僅かな望みをかけると決めた (4)

 美容室から帰宅した那子は、制服を着替える事もせず、買ってきた履歴書を机の上に広げた。ボールペンで名前やふりがな、性別を書いた後、生年月日のところにきて、思わずその手が止まる。

 一年遅れで高校受験をした那子は、高校三年でありながら、実のところ一歳年上だった。学生時代の一歳差は、かなり大きな差を生む。誰一人として、那子の実年齢を知らない高校に入学しながら、那子自身が一番その差を埋められずにいた。

 ――自分より年下の子と仲良くするなんて……無理。

 那子は端からそう決めつけて、入学初日から金髪とくるぶしまであるロンスカで登校した。一昔前というより、まさに二昔前くらいのヤンキースタイル。それは那子にとって、人を寄せ付けない為の予防線であると同時に、密かな憧れでもあった。

 中一の頃、瞳子からホット〇ードという漫画本を借りて以来、その世界観にすっかり魅了されてしまったのだ。自由がないお嬢様育ちの那子にとって、その漫画の主人公は、何をするにも自由で、とてもかっこよく見えた。

 そんな那子の態度や外見は、クラスでもすぐに浮いた存在となった。

 関わりたくないのなら、単に放って置けばいいものを、わざと聞こえよがしに、あれこれ言う連中ばかりで、鬱陶しい事この上ない。ましてやそれが自分よりも年下だと思うと、そこに更なる憤りを覚えた。

 那子がクラスに馴染めず、保健室登校になったのは、そんな経緯からだ。

 学年と年齢の相違を無くす為、生まれ年を一年遅く書こうかとも思ったが、結局はありのままを記入した。履歴書を一通り記入して、一息つきながらボールペンを置く。あとは明日の面接前に、証明写真機で撮った写真を貼り付ければオッケーだ。

 ぐんと伸びをしながら時計を見ると、既に二十時半を回っている。夕飯どころか、着替えもしていない事に気付いて、那子は弾かれたように立ち上がった。

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