第2話 桜川那子は江坂悠李に僅かな望みをかけると決めた (3)
学校帰り、那子はバイト先に提出する為の履歴書を買い、その足で行きつけの美容室に向かった。予約は既にLINEで入れてある。というのも、その美容室は瞳子が経営しているのだ。
ウッド調で統一された「Needs hair」は、小型店舗のアットホームな雰囲気が漂うお店で。オーナーの瞳子を中心に、スタッフは二十代の男女が一名ずついて、三人でお店を切り盛りしている。
「こんにちは」
那子が遠慮がちに扉を開けると、瞳子が待ってましたとばかりに駆け寄って来た。入り口すぐの預かり棚に那子のスクールバッグを置くと、瞳子は三つあるセット椅子の一番奥に那子を案内した。
「今日はカラーとカットでいいんだよね? 時代遅れの那子を私が可愛くしてあげるから。任せて」
那子の首にケープを巻きながら、鏡越しに瞳子が笑う。
「時代遅れとか言わないでよ」
「だって今どき金髪なんて、時代遅れもいいとこじゃない。だいたい流行ったのなんて、私の学生時代だよ?」
「って事は、今は瞳子ちゃん自身が、時代遅れって事だ?」
那子は幼い頃から、叔母を「瞳子ちゃん」と呼んでいる。
「叔母さんとは絶対呼ばせない」という瞳子の教育? が、未だに那子をそう呼ばせていた。
「ん? 那子、何か言った?」
瞳子は笑いながら、首に巻いたケープを強めに絞める。
「瞳子ちゃん、苦しいって。死ぬ」
足をバタつかせて、ギブアップのジェスチャーをする那子の頭を瞳子が小突いた。
「あんたが余計な事言うからでしょ。バリカンで坊主にするよ?」
「やだーっ。虐待反対!」
気心の知れた叔母と姪の会話に、スタッフ達も仕事をしながら口元を緩める。
「さてと。それじゃ、まずカラーからね」
「えっ? 瞳子ちゃん、カラーバリエーションとか見せてくれないの?」
「いいから、カラーもカットも、私に任せなさいって」
「岩のりみたいに真っ黒とか、絶対嫌だからね!! あと、髪もショートにはしないでよ!!」
「はいはい」
那子のオーダーを軽く受け流して、瞳子はスタッフにカラーの調合を指示した。
いったいどんな風にされるのかと、那子は内心気が気じゃなかった。いつも那子の細かいオーダー通りに仕上げてくれる瞳子の腕やセンスを信用していないわけじゃない。むしろ、とても信用しているのだが、全て瞳子に任せたのは、これが初めてだった。
どこか不安げな表情の那子とは対照的に、瞳子は鼻歌交じりで手を動かしている。
そして二時間後――。
鏡の中には、今までとは別人の様な那子がいた。金髪は髪色戻しでナチュラルブラウンになり、ロングだったヘアスタイルは、肩先くらいのワンレンボブに。綺麗にブローされた毛先は、パーマもかけていないのに、クセも手伝ってか、軽く内巻きになっている。
「那子、かっわいー。さすが私の姪」
まるで自分じゃないみたいだと放心している那子に、瞳子が満足顔で言った。
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