第1話 平野伊万里は今宮兄妹と出会った (3)

 放課後は、空手部の見学に付き合わされるのだが、有無を言わさぬ萌果に黙ってついていくしかない。

 伊万里は空手や格闘技についてはわからなかったが、萌果の兄、律樹がすごく強いという事はわかった。


「今度の日曜、お兄ちゃん試合なんだけど、伊万里も一緒に行かない?」


 空手部は律樹の活躍で、校内に専用の稽古場を設ける事が出来た。全国大会連覇の賜物である。ここで練習試合が行われる事も多かった。


「ごめん、ちょっと用事があって……」


 言いにくそうにする伊万里に、萌果はあからさまにガックリと肩を落として見せる。


「用事って? どこかお出かけするの?」


「うん、まぁ」


「何々? 気になるー! 教えて!」


「え、でも」


「いいじゃない、萌果と伊万里の仲で隠し事は無しだよ?」


 伊万里が困っていると、律樹の「全員集合!」との声が響いた。練習が終わるので、萌果はそわそわとそちらを見る。


「あ、終わった! 伊万里、話は後でね」


 萌果に気付いた律樹がこちらを見て微笑む。萌果は「お兄ちゃーん!」と手を振った。


「萌果、毎日来なくていいって」


 黒い帯を締め直しながら、律樹がやって来た。伊万里は俯きながら会釈する。


「友達も付き合わせて迷惑だろ。ごめんね」


 律樹に言われて、伊万里はふるふると首を横に振った。

 ――まずい、萌果にやきもち焼かれる!

 そう思うと怖くて顔を上げられずにいた。


「そんな事ない。萌果と伊万里は仲良しだもん。ねっ、お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」


「あー、悪い。今日ちょっと寄り道してくから」


「寄り道?」


「うん、悠李ゆうりのバイトしてるファミレス。いちごフェアやってるらしくて」


 ――い、いちご? 

 律樹の口からそんな言葉が出るとは、意外だった伊万里は目を見開く。


「いちごフェア? 萌果も行く! ね、伊万里も行こうよ」


 振り返った萌果が、伊万里の手を握ってくる。


「萌果、彼女も困ってるじゃないか」


「そんな事ないよね? 伊万里もいちご好きだよね?」


 確かに、いちごは嫌いではない。伊万里はそこについては頷いた。


「じゃ、お兄ちゃん! 萌果達外で待ってるから。行こっ」


 ――あれ? 萌果達って……私も行く事になってるの?

 伊万里は何も言えず、萌果に引っ張られていった。

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