第1話 平野伊万里は今宮兄妹と出会った (2)

 開いたままの教室の扉から、そっと中を覗き込む。誰もいない事を確認すると、伊万里は教室へと足を踏み入れた。

 廊下で数人の生徒とすれ違ったが、入学式どころかホームルームすら終わっているらしい。自分の机に置かれたプリント類を手早く鞄に入れ、教室を出ようとしたその時、一人の女子がバタバタと足音を立てて駆け込んできた。


「あっ!」


 いきなり指を差され伊万里はビクッと肩を震わす。何か言われるかも?と緊張感が走った。伊万里にずんずん近付いて来ると、その女子はこう言った。


「入学式で倒れちゃったんだよね? 大丈夫? もう平気?」


  倒れてはいないんだけど……と言いたかったが、初対面で言葉が出てこない。


「私、今宮萌果いまみやもか。よろしくね!」


「あ、えっと……」


「平野伊万里ちゃんでしょ? 先生が言ってた。平野さんは保健室で休んでるからって」


「えぇ……」


 クラス全員にそんな風に紹介された事にショックを受けていると、萌果は伊万里の顔を覗き込んできて。


「あなた、結構美少女だよね! 言われた事ない? ちょっとお兄ちゃんには会わせたくないかも……」


 何がなんだかわからず、キョトンとする伊万里に萌果はニッコリと笑顔を向ける。そういう萌果もかなりの美少女だ。


「とりあえず、伊万里って呼んでいい? 萌果の事も名前でいいから」


 圧倒された伊万里は、ただ頷く事しか出来なかった。



******



 成り行き上、友達になった二人。萌果の話に相槌を打つ伊万里、というのが定番の構図だった。声も小さく他人とあまり話せない、特に男子が苦手な伊万里を時には通訳し、時にはかばうように、いつも萌果がそばにいた。


「お兄ちゃんがね、言ってたんだ。弱い者いじめは絶対するなって。弱い者は守らなきゃいけないんだって。強い人にも向かっていくのが、本当の強さなんだってね」


「ふぅん」


「萌果のお兄ちゃん、世界一かっこいいんだ」


 萌果の兄、今宮律樹いまみやりつきは瑛美高校の三年生で、空手部主将。子供の頃から空手を習っており、全国にもその名を轟かせていた。『エビ高の今宮』と言えば、空手をやっていて知らない者はいない。


「世界一?」


「そう、世界一! 強くて、優しくて、頭も良くて……」


 ――ブラコン。

 そう思いながらも恐ろしくて口には出来ず、伊万里はふんふんと頷いていた。

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