第2話 人事公報は何処へ
親愛なるヴィーシャへ
元気かね。
ちゃんと食べているか。フライドポテトだけでは体に悪いぞ。
休みが取れたら帰っておいで。ヘラジカのパイを作って待っているぞ。
まぁ、それは良いとして……新聞で見たよが、だいぶ頑張っているようじゃないか。
若いうちに色々経験するのは良い事だ。思う存分学んできなさい。
アカ達を狩るのも良いとは思うが、食えない獲物に飽きたらいつでも帰ってきなさい。
儂も若い頃はこの地の為に戦った。今でも思い出す事がある。
そう、祖国戦争と言われている頃の事だった。
(中略)
追伸.叙勲の際、陛下にお会いした事だろう。
儂も一度拝謁した事が有るが、婆ちゃんの次に素晴らしい女性だった。
ヴィーシャも陛下のように芯が強く美しい女性を目指すのだよ。
婆ちゃんと言えば儂と婆ちゃんの馴れ初めは
(後略)
―――
士官学校卒業までの半年はあっという間でした。
いや、あっという間というか……ずっと病院だったというか。
気が付いた時には包帯でグルグル巻きになってベッドの上に居たので良く覚えてません。
何でも右腕が炭化してたとか、左足があっちの方向に飛んでってたとか、左手が挽肉だったとか。
あぁ。無事元通りになってるので問題ありません。
流石、現代の魔導医療は凄いですね。
「半年間お世話になりました」
「頑張れよー」「もう戻ってくるなよー」「また遊びに来てね~」
やっと今日、退院なのです。
まずは候補生宿舎に向かって……いや、その前に買い物を!
「御退院おめでとうございます。ヴィルタネン特務中尉ですね?同行願います」
……え!?
良く分からず車に乗せられ……
いや、乗るなって話だけどさ。って言うか特務中尉って何!?
「改めて退院おめでとう。君の配属については聞いているよね」
配属?いや、特に何も聞いてないけど……
「いえ……何も聞いてませんが……。どなたでしょうか」
「え!?」
「え?」
聞いていませんとも。何がどうなってるんですか。
「いやはや、こちらの手違いで申し訳ない」
ハイツマン軍曹。三十歳で独身だそうです。
総務全般を担当してて趣味は釣りで、この間1mのスズキを釣ったんだとか。
うん。なんか余計な情報が一杯ですよね。
おかしいな。普通の自己紹介のはずだったのに。
「いえ。私も入院中一度も宿舎に帰らなかったので……」
良くある手続きミス。書類上の現住所(私は宿舎)に命令書を送付してたとのこと。
私が普通に通学してたら士官学校に送付して手元に届いたんだろうけど、
しばらく入院してたから宿舎が送付先(書類上)になっちゃったんですね。
融通効かせて病室に届けてほしいなんて思っちゃダメです。
規則上、私たちの連絡先は配属先または現住所なのですから。
「それにしても、なんで特務中尉なんですか?卒業したら少尉で……入院してたから候補生だと思うのですけど」
「いやいや。参謀殊勲十字章までもらってしまう人は冗談も上手い」
冗談を言ったつもりもないのですが……。
「……そのね。陛下とうちの人事が頑張ったのは良いんだけどさ、いざ配属ってなったらどこも君の引き取り先出なかったのよ。『我が軍には英雄を受け入れるべき職責が無い』とか言っちゃって」
なに その 英雄って
なんか知らないうち(入院しているうち)に殊勲十字章もらっちゃったらしい。って事は聞いてるけど。
目が覚めてから陛下が改めて叙勲に来られてびっくりした。ってのも覚えてるけどさ。
「って事で参謀本部付で引き取ったんだけど、うちは出向で成り立ってるって建前なんで、階級は所属軍から与えられた物しか無いのよ」
あー。聞いた事有ります。
参謀本部勤務をする人は各軍のエリート様で、勤務上は出向となり現階級を維持したまま軍籍を離れる。って。
数年後に戻ってくるときは昇進してるから、昇進の壁にぶつかる大尉や大佐の時に行くと良いらしい。(と、教官が言ってました)
……で、私は候補生で来ちゃったのね。昇進の壁にぶつかるの早すぎ……。
「さて、拾ったは良いけど君は候補生身分、つまり軍籍が無いうちにうちに来ちゃった訳。そうなると事務官待遇で引き取るか?ってなるんだけど、充分過ぎる功績が有るから戦功昇任させない訳にもいかない。ときたもんだ」
あぁ……殊勲十字章なんかもらっちゃったのはそこにいきつくんですね。
私は
いや、でも金心章だと叙勲昇給無いから殊勲十字章の方が良かったのかな?
……上から数えて三つ目。個人の功績でもらう事は『ほぼ不可能』だから部隊勲章になってる殊勲十字章は……さすがにもらい過ぎな気もするけど。
だって私、ほぼ生き残っただけ。って感じじゃない。
対地攻撃のお手伝いしたのと、砲撃がカスって棒立ちになってる重爆の人数人撃った位で。
「まぁ、結果として中尉の位階を与えよう。ってなったんだけど、今度は陸海空みんな揃って『うちの人間じゃない』ってゴネたんで、特務が付いちゃった。って訳ね」
うん。別に部隊長なりたい訳じゃないから特務で良いんだけどね。
なんでいきなり色々飛び越して昇任してるの?って気になるんだけどね。
「成績も良くなかったので、中途半端で止まるよりは特務の方が気が楽なので良かったです。これからよろしくお願いします!」
特務士官。一般的には現場叩き上げで優秀な方の昇任先です。
士官教育を受けていない人はいくら優秀でも士官として扱わねーよ!と融通が利かない人たちが作った階級です。
士官としての指揮権は無し。でも、階級としては士官。というだ~いぶ微妙な階級(らしい)。
私からすれば士官並のお給料もらえて、指揮取らなくて良くて、退役後も士官待遇で年金いっぱい!って素晴らしいと思うんですけどね。
「『いわゆる特務』じゃなくて本来の意味の特務だから……全軍の同階級以上の権限有るんだけどね」
え?
「さて、着いたよ。ここが我らの巣、魔導コマンド試験大隊だ」
ちょっと待って。今なんて!?
「ようこそ中尉。大隊長のハルコンネル大佐です。もとは空の所属だったのですがイロイロと有りましてね」
えーっと……
ポートレートで見たことあります!銀翼のハルコンネル様!
前大戦で計361基の地上目標を撃破した正真正銘、撃墜王の空戦重爆魔導士!
「すでに翼も朽ちて銀どころか錆ですよ」
「は、初めまして。ヴィルタネン候補……特務中尉です」
彼女のポートレートを見て、いつかはこんなかっこいい女性(人)になりたいな~。と思ってました!
「ずっと憧れていました!お会いできて光栄です!」
空は飛べないけど、似たような事をしてみたい!って思って射撃練習してたのは秘密です。
お爺ちゃんに見つかって、予定より1000発多く練習させられましたが……。
「さて、突然で悪いけど……あなたはどれくらいの距離まで狙い撃てますか?」
どれくらいの距離。
一般的な魔導誘導弾だと射程が1000mくらいって教わったけど……。
訓練では500mまでしか撃たなかったし。
「訓練では500mで特級でした。もう少し離れても当てれると思います」
魔道弾なら風も距離も関係ないから射程ギリギリまで当てれる自信は有ります。
とは言っても……その距離で撃って意味が有るかは……お察しで。
「あぁ、質問が悪かったわね。あなたは実弾で、半径150m内に狙撃できる最大距離はどれ程かしら」
え?実弾?
あぁ……うん。私の人事情報見れば分かりますよね。
実弾だと……2kmちょっとで兎を撃ったのが一番遠くなのかな。
お爺ちゃんは3kmでも鹿を仕留めてたから何とも言えないけど……。
「2km位の距離で兎を仕留めたことが有ります。人が相手になると、天候や銃、射撃コンディションで変わりますが……」
「そこまで狙わなくて良いわよ。威力も要らない。ただ、150m半径の円を狙えるとすればどこまで撃てる?」
う~ん……150mなんてガバガバな狙いで撃った事は無いしなぁ。
中隊長が何を求めてるかもわからないし……。
「まぁ良いでしょう。せめて4500程度では150圏内に当てれるように努力してください」
いや、まぁ、その
口径によりますよ。口径に。
弾頭が軽ければ『そんな無茶なこと言わないでください!』って言いますけど、.50弾辺りならやれば出来るような気もします。
「ようは弾が届けばいいのです。あなたは実弾射撃が得意と聞いていますので期待していますよ」
なんと無茶な……
でも、うん。許される答えはこれだけですよね。
「了解しました!」
座学でやった覚えが有るよ。『No』は許されないんだってね。
はぁ……
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