第1.5話 会議は踊る

管区戦闘詳報(抜粋)

ヴェルーニ・ヴィルタネン候補生の戦績として以下を報告する。

重砲1個中隊:砲撃誘導にて少なくとも壊滅以上損害を与えた。

重爆魔導部隊2個小隊:候補生の誘導観測した重砲により少なくとも半数が戦闘能力を喪失し、同候補生が残敵を撃破したと思われる。

共同撃墜分も含め空戦エース規定に達したと考え、同候補生をエースとして登録する。

また、身の危険も厭わず多大な戦果を挙げたことは名誉負傷章は勿論の事、殊勲章さらには殊勲十字章にまでに価すると考える。

―――


今日の御前会議は大荒れになる。

占いでも勘でも何でもない。

一つ、連邦の共産主義者共が攻めてきた事。

一つ、初戦で我々は大敗している事。

一つ、その初戦でとてつもなく厄介な事案が起きてしまった事。

前の二つは……まぁ、人事課の私にはどうでもいい。どうでも良くないが直接火の粉は降りかかってこないだろう。

問題は最後の一つだ。前例は無い、参考に出来る例はない。

キリキリと痛み始める胃を抑えながら、参謀本部人事課オイゲン大佐は会議室の扉を開いた。



「情報部は何をやっていたのだ」

「以前より警告していたはずだ。陸軍こそ不甲斐ない結果を残しているではないか」

怒声の応酬。内容は責任の押し付け合い。

今にも殴り合いを始める剣幕で怒鳴り合う陸軍高官と外務省高官。

海軍高官は自分に火の粉が掛からぬよう目を合わせようとしない。


「女王陛下の御前です。控えてください」

侍従長に言われるまでもなく分かっていることだが、だからこそ自分達の責任ではないと押し付け合いが始まるのである。

汚点が付けば次の勅令人事で職を解かれる可能性が。ということである。

まずは我が国が置かれている状況を打破することが先決だと思うのだが……元帥や将軍といった雲の上の人には分からないようである。

「参謀本部より、まずは戦線の状況を説明して頂きたい」


陛下が首肯した事を確認し戦域図を投影する。

我が国と連邦の唯一の接点、北方地域を拡大し部隊記号を配置。

「さて、貴官等は良くご存知と思われるが改めて北方地域の状況を説明する」

第一方面軍、第三航空団、そして北方地域を囲むように展開している第一、第三艦隊。

木も生えないツンドラの大地を守るには過剰な兵力だったはずである。

事実、今までは抑えきれていた。いや、相手が押してこなかっただけかもしれない。

その慢心も有ってか、守りが手薄になっていた事は事実である。

即応部隊である航空魔導士は移動演習で基地を明け、海の守りは定期修理で帰港していた。

敵ながら最良のタイミングで開戦した物だと感心する。

「開戦後一週間の損害は散々たる物だ。エスダール、エルムベルクは敵の手に落ち、第一機甲師団は壊滅状態」

工業港とはいえ港湾都市のエスダールを取られたのは大きい。

我々の喉元に敵の戦艦が迫りくる事を許容してしまった。


部隊の損害も激しい。

エスダールとエルムベルクの駐留大隊は全滅。機甲部隊も消耗が激しく防衛線を下げている。

貴重な航空魔導士も重爆2個小隊、空戦1個中隊が未帰還。前大戦の撃墜王エース2名を含む。

こちらの戦果は陸上戦力合計1個大隊相当、航空魔導士合計1個中隊相当。

まさに完膚なきまでに大敗である。

ただでさえも頭を抱える状況なのだが、さらに頭を抱えたくなる事実が有る。

士官学校を卒業もしていない訓練魔導士、しかも任官年齢をギリギリ満たす程度の少女が戦果の半分を叩き出していることである。

立場的に許されないが、出来る事ならば何もなかった事にしてしまいたい。


「大敗でも結果は結果です。その中でも獅子奮迅の働きをした兵士が居ると聞いていますが説明して下さい」

静かに報告を聞いていた陛下の一言で会議室が静まり返る。

よりによって陛下の耳にまで入っていたとは。

「成果には栄光を、損失には報いを与える必要が有ります。信賞必罰が一番大切であると私は思っています」


「陛下、任官すらしていない候補生です。偶然我が陸軍の実習中、銃を暴発させただけに違いない」

そう。これが部隊配置済の新任魔導士だったらどれだけ楽だったことか。

候補生は士官が約束された身分ではあるが、正式な軍籍ではない。

過去の事例を調べてみたが、今まで一度も軍籍を持たない物が戦功を評されたことは無い。

平時であれば当然の事。士官学校を卒業し、戦場に配置されるのだから候補生の時点で戦功をあげることなど有り得ないのである。

流石にあの戦果を『銃の暴発』で片付けるのは暴論過ぎるが、陸軍としても素直に認めれないのだろう。

「そもそも評価をしようにも陸軍の兵士ではない。士官学校の職分で対応願いたい」

軍籍さえ有れば戦時昇任は当然、殊勲章を与えても文句は無いだろう。

私の一存で決めて良ければ、すぐにでも参謀殊勲章を準備する。


「士官学校として反論するが、陸軍は我々に許可もなく候補生を部隊に戦時徴用していたではないか。陸軍の軍属として扱うべきである」

「陸軍では着弾観測は評定に価しない。また航空戦力の戦果を評価した前例も無い。航空戦力の戦功は空軍側で対応して頂きたい」

「そもそも陸軍としての作戦で挙げた戦果であれば陸軍で評価するべきである。空軍に押し付けないで頂きたい」

まさかこんな事になろうとは候補生も考えていなかっただろう。

前例を作ることを嫌うにしても行き過ぎではないか。

「流石に海軍として何か出来る訳ではないが、参謀本部預かりにする事を提案したい」

「確かに一理有る。陸軍の基準では難しいが戦果は戦果である故に参謀本部に対応して頂きたい」

「空軍としても賛成である」

「士官学校も異論はない」


「良いでしょう。貴官等が評価に値しないというのであればその決断を尊重します」

予想だにしない陛下の発言に思わず凍り付く。

軍高官達が自分の決断を追認され胸を撫で下ろしている様子が見えるが、いくら候補生と言えども評価をしないという事は有ってはならない。


「陛下っ!いくら候補生と言えどもそれは!」

「ですが私は彼女を評価します。よって私の職責により参謀殊勲十字章を与えます」

参謀本部は確かに陛下の配下にあり、陛下が勲章を発行する事は可能である。

軍は参謀本部の指揮下にあり、各軍の独自性を陛下が保証している以上、陛下が直接各軍の勲章を発行する事は出来ない。

確かにその通りである。その通りであるが前例は無い。

……前例前例と、私も彼等に毒されているのかもしれない。


「それは陸軍として認められません!」

「軍籍が無い者に参謀勲章などを与える事は許されません!」

軍籍が無いから資格が無い。と断った彼等にすると認められないに違いない。

前例が無い事も拍車を掛けている。

「何故私が貴官等の承認を得る必要が有るのでしょうか。私は言ったはずです、信賞必罰と」

各軍の長は自らの職責の範囲に限り規定された勲章により功を讃えることが出来る。

忘れられがちではあるが、各軍が任意(配下の者に優先的に与える等、濫用されている感はあるが)に勲章を叙する事が出来る根拠である。

三軍の長は三軍大元帥、参謀本部の長は陛下。条文上は何も問題が無い。

そもそも国の長であり象徴たる陛下の決定である。誰も文句は言えるまい。

「何か異論は有りますか。……貴官達は彼女を気にするより自分の進退を気にした方が良いと思います。次を期待させて頂きます」

突き放すような言葉を残し席を立つ陛下。

青ざめた顔をした元帥を見つつ、私は密かに溜息を吐いた。

……彼らの更迭等、人事案の見直しにどれほど掛かるのだろうか。

また徹夜が続きそうだ。

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