魔弾の砲手

時雨 紅

第1話 重砲は裏切らない

「どうしたんだいヴィーシャ」

ぱちぱちと燃える焚き火。


「どうしてお爺ちゃんは最後まで追いかけなかったの?」

シルビアのふわふわとした体を撫でながら、焚き火の炎で体が温まってうとうとしながら。

お爺ちゃんは何でも答えてくれる。


「ヴィーシャ、狩人には追うべき場と退くべき場が有るんだよ」

お爺ちゃんは何でも答えてくれた。

「今は退くべき場だ。手負いの獣は恐ろしい。……そう人も」

え?何?

もう眠くて聞こえなかった・・・。

「疲れたかい。ゆっくり休みなさい」



―――

<<……ボー1!!ブラボ……せよ!!>>

からだじゅうがいたい。

<<こち……ロール。ブラ……せよ!!>>

ふらふらする。ふわふらする。

みみもとでうるさい。

<<……コントロール。ブラボー小隊応答せよ>>

だからうるさいって。

なにがこんとろーるでぶらぼーで……



エリアコントロール?

……あぁ、戦域管制ね。

ブラボー小隊……そういえば私の所属もそうだったっけ。

早く誰か応答しなさいよ。小隊長でも先任でも良いから。

私は……私は吹き飛ばされて体中痛いの。


吹き飛ばされて……?

着弾誘導任務中に敵の榴弾が至近着弾して……

小隊長の腕がちぎれて、先任の顔がヘルメットごと飛んでいって……


……

…………

………………

あれ、もしかして。

頭を振りながら辺りを見渡す。

私一人なら十分入るクレーター。

辺りに散らばる……散らばるナニか……。

あら、あらら。あらららら。

もしかして、もしかしなくても……やっぱりもしかして、

あのファッキン榴弾がクソッタレ直撃しやがってスクァッドがバーニングって感じ!?

<<繰り返す。エリアコントロールよりブラボー小隊、応答せよ。至近着弾を確認しているが損傷を報告せよ>>


えーっと……状況を整理しよう。落ち着け私。

小隊長の後ろを着いて……そう、私は右後ろのカバーをしながら歩いていて……。

重砲独特の低い飛翔音が聞こえて、そう。先任が

「ったく、味方の重砲部隊ウスノロ共はどこ狙ってんだ。俺らの頭掠めてるじゃねぇか」

っていつも通りの会話をしていて、そして吹き飛んだ。

えぇ。私に向かって吹き飛んできた。

なぁに、あんまりに溜まってて(いつも通りの)セクハラをしに来たわけじゃない。

可愛そうなジャニコフ君に直撃した榴弾の爆発で、物理的に、そう比喩的表現じゃなく吹き飛んできた。

……って事はね、少なくとも飛び散ってるナニかは彼等のどっちかな訳だよね。

そして、ちょうど足元に小隊長そっくりの頭が落ちてるんだ。


うん。分かった。

これ、私以外全滅してるパターンだ。

<<エリアコントロールよりブラボー小隊、輻輳で状況がつかめない。誰か応答してくれ>>

幸か不幸か、私の下敷きに……私がクッションになったおかげで、ピンピンしちゃってる無線機君。

さっきから五月蠅いこの子に答えれる、答えるべき人たちはXXXになっちゃってる。

つまり、次席指揮官がどうの席次がどうのって話じゃなくて私が対応しなきゃいけないんだ。


覚悟を決めて送信ボタンを押す。

<<ブラボー3よりエリアコントロール>>

どうして部隊研修中の候補生が、気楽な着弾観測ピクニックしているだけの私が。

まだ襟にも肩にも何もついていない、士官学校の卒業研修で来たばかりの、来週には原隊復帰する私が……。

私が小隊長代理(と言っても私だけなんだけど)をしなきゃいけないのか。

<<ブラボー1、2の死亡を確認しました。ブラボー4もMIAです>>


元々、平穏無事な兵役生活の予定だったのです。

いくらきな臭い噂がが聞こえようと、さすがにアカ共が荒海を越えて弱小国に攻めてくるはずが無い。

念の為・・・のパフォーマンスとして軍部が増強され、

まだまだ学生として青春を謳歌していたはずの私の所が適性試験を受けさせられる。

そこまでは別に良いんですよ。きな臭いだけで収まってるんだから。


うっかり適性試験に引っかかってしまい(しかも魔導士官)、士官学校に急遽転校させられた事も良いでしょう。

週末にお爺ちゃんと行ってる狩りより楽な訓練だったし。


部隊実習の最中、そう。つい一昨日です。

一昨日にそのアカ共が、誰も予想していなかったこのツンドラの大地に進軍してきたのです。

ちょうどツンドラの荒野で部隊実習卒業旅行に来ていた私はなし崩し的に魔道偵察部隊に臨時編入。

いやね、そりゃぁ……私だって空を飛ぶより(飛ぶのは苦手)は陸地を走ってる方が好きだけど、

にわか雨の代わりに鉛玉が降ってくるような場所で、相手に向かって「ここだよー」と合図をする仕事をしたいと言った覚えは無い訳です。


<<エリアコントロールよりブラボー3、やっと状況を確認した。サーペント大隊が砲撃支援を求めている為、至急魔導誘導を実施せよ>>

さて、どうやって帰ろう……魔導誘導?

確かに私は魔導士だけど、確かに魔導杖も無事だから誘導射撃できるけど、

でもこの状態って、私は帰っても良いんじゃないの!?

<<尚、当該空域に敵性空戦戦力の接近を確認している。600秒後10分後に増援が到着する為、それまで遅滞戦闘を実施せよ>>

なに いってるの このひと

お空の重爆装の魔導士部隊に睨まれながら、一人で位置バレバレな誘導射撃をしろと。

しかも『もう少ししたら援軍来ると思う(来るとは言っていない)』から『時間稼ぎしとけよな』って?

無理無理無理。そんなの無理。

そんなの、まだ火薬庫の中で焚き火してる方が安全だって。


<<ブラボー3よりコントロール、継戦能力皆無の為即時撤退の許可を要請します>>

やだやだやだやだ。私こんなところで死にたくない。

お父さん程の活躍じゃなくても、ある程度適当にやって左団扇の年金暮らしするつもりなのに!

<<撤退は許可できない。繰り返す、即時撤退は許可できない。砲撃誘導を行い、航空部隊に引継ぎ後帰投せよ>>

あー、もう。この分からず屋。

<<これは管区司令部の命令である。ブラボー3、砲撃誘導を行い遅滞戦闘を実施せよ>>

……あぁ、もっと上の分からず屋の仕業なのね。

これはもうどうしようもないパターンですわ。

いくら陸戦魔導士志望とはいえ、私が希望してたのは後方でのんびり狩りを楽しむ「ぶるじょわじー」な生活だったはずなのですが。

いやね、小隊長はなってみたかったけど、こんな状況で全滅判定第一号の部隊の小隊長やりたかった訳じゃないし。

……うん。改めて考えてみると私って『みんなが頑張っている中』で『全滅した部隊の一人』なんだよね。

冷静に考えてみれば……開戦二日目、まだまだ小競り合いってレベルの戦闘で、たった一人負けて帰ってくる。

私が参謀本部の人間だったら、そんな兵士は無能として軍法会議一直線。

なんとか拾った命なのに、現実を見ないお花畑脳の連中に奪われるのは御免です。

ここは何とか奮戦した。見える形を残して……で、生き延びる。

なんかもう、それしか道が無い訳ですよね。

このXXXなXXXXXめ。……おっと失礼。


まぁ、出来る限り……頑張りますか……。

<<ブラボー3了解。空域情報と予測航路の情報を提供願います>>

毎日枕元に立ってやる。

毎日化けて出てやる!

<<エリアコントロールよりブラボー3。方位275高度5000に敵航空部隊。速力260から280で18秒後に視認距離に入ると予想>>

……あぁ、もうパーフェクトだよ。

聞きたい情報は全部出揃っちゃったよ。

これ、頑張るしかないよ。


<<ブラボー3よりサーペントコントロール。これより誘導位置に着く>>

<<サーペントコントロール了解。さっさと撃ってさっさと逃げてくれ>>

おっと。こちらの管制さんは良い人かも。

少なくとも「10分は待ってろ」って言ってくるうちの管制官よりは……。

<<サーペントコントロール、貴隊の攻撃諸元を提供願います>>

さて、生き残るための計算を始めましょうか……。

<<黒光りした180mm6門でお姫様を喜ばせられるぜ。弾は徹甲弾で良いか?>>

緊張がほぐれて良いけど、それはちょっとセクハラ気味じゃないのかな。

まぁ良いや。精度と砲撃速度に優れた180mm。それなら二射目は徹甲弾じゃなくて

<<炸裂式の成形炸薬弾は有りますか?>>

どうせなら空もまとめて焼き払ってもらおう。

流石に、私が持ってる官給品の22口径じゃ魔導師の装甲撃ち抜けないだろうし……。

<<分かった。2射目からは対地炸裂弾で砲撃する>>

気が乗らないし早く帰りたいし、命の危険も感じるけど……しょうがない。

追い詰められた獲物の恐ろしさ、思い知ると良い。





<<……り……ブ……発見>>

<<……ボ……かに……救助……>>

声が……聞こ……える……

まさか……撃ち……漏らし……

……でも……もう……

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