第5.1話 時計塔の中と外

コンディショングリーン:軽傷または無傷で継戦可能の状態を指す

コンディションイエロー:重症等により任務継続が不可能なことを指す

コンディションレッド:重体または重度の負傷により早急に救護が必要なことを指す

コンディションブラック:死亡またはそれに類する場合を指す

―軍用無線用語集


トリアージタグの発行は医官または医師が行うこととする。

医官の承認が有る場合は上級衛生兵に発行を委任することが出来る。

タグ・グリーン:即時対処が不要な患者

タグ・イエロー:早急に処置が必要な患者

タグ・レッド:生命にかかわる重篤な患者

タグ・ブラック:死亡または救命の見込みのないもの

タグ・ヌル:すぐさま現場復帰させる事が出来るもの、軽傷患者

タグ無し:判別すべきタグが亡失した為、無問題タグ・ヌルまたは死亡タグ・ブラックとして扱うもの

―軍医心得(トリアージ手法)


―――

「召喚に応じ老いぼれ参上しましたぞ。陛下、久しぶりだが御健勝そうで何より」

人が居れば不敬とも思われる言葉。

しかし不敬を糾す者は居ない。


「やっと招きに応じて頂けましたか」

人払いの済んだ謁見室。

主君を守るべき近衛兵参謀本部兵すら居ない。

「心変わりの理由はお孫さんでしょうか」


「一人では大物を狩っても食い切れぬのでな。どうせ食えぬ獲物なら、久方ぶりにアカ共と遊んでやろうかと思いましてな」

からからと笑う老将。

飄々としたその姿は彼の日常を知る者が見れば驚くだろう。

「それに儂が現場に出れば、『血塗れ姫』も前線が恋しくなるかと思ってのう。出たくても出れない身はキツかろう」


「懐かしい名ですね。『賢狼』の下で戦った戦場が懐かしくなります」

かつて祖国戦争と呼ばれた戦争が有った。

女王が王女の頃、老将は部隊指揮官だった。

「また一緒に戦えて光栄です。『隊長』」

そして老将賢狼の部隊に女王血塗れ姫はいた。


「さて、昔を懐かしむために呼ばれた訳ではなかろう。儂としては、このまま茶を飲んで帰るのも一興だがな」


「あの頃を思い出せる戦場糧食を準備させましょうか。代替珈琲がお好きでしたよね」


「この歳になってまであの味は飲みたくないな……」


―――

倒れた姿勢のまま匍匐前進

っー……痛っ。

ダメ、これもう無理。

モルヒネっ、鎮痛剤っ!あーっ、もうどこに入れたんだっけ!




「っ……ふぅ。効いて……きたかな……」

右ウエストのポケットの奥深くに入ってました。

弾帯の下になるから気が付かないんだよね。

まったく。何を考えて私はこんな場所に入れたのか……。

……うん、『撃たれても壊れない所に入れよう』だったね。

「って、そうじゃないそうじゃない。ノイマンさん!大丈夫ですか!?」


コソコソと隠れて、それでいて早く。

士官学校の野戦訓練がこんなところで活きるとはね。

『匍匐前進する時なんか無いよ』って言ってた私に活を入れたい。

…………

……


首に弾着痕、反対側には傷がない。盲管銃創。

意識は……無し。呼吸……正常、脈も有る。

でも、まぁ……これはマズい。動かせない。

すぐに病院に、医官に見せないと。

<<ワイルドキャット1より全局、重負傷者発生コンディションレッド、救援要請。繰り返す、救援求む>>

大隊長フェニックスでも歩兵隊トルーパーでも良いから、早く救助と援護を!


<<2より1。援護は出来ない>>

ワイルドキャット2、メルケルスさん。

時計塔の入り口で防衛してたはず?

<<4の死亡確認コンディションブラック>


ワイルドキャット4……ランデルさんが!?

なに、どういうこと?何が起こったの!?

<<目の前で弾け飛んじまったさ。空戦部隊空のヤツらの爆撃でな》

っ……!

私の防御魔導がもう少し……もっと早く気付けばっ!

<<そして、まぁ、すまない。わた……俺も……ダメだ>>


<<メルケルスさん!?>>


<<ワイルドキャット2だろう?ワイルドキャットリーダー。……至近爆撃を食っちまった>>

さっきの重爆魔導師!?こっちに爆撃しただけじゃなかったのね……。

<<っ!?……あぁ、中身ハラワタが出ちまった。もう無理だ>>


<<しっかり!まだ助けは来ます!フェニックス!!トルーパー!!HQ!!>>

<<トルーパー7、敵の攻撃が……進めません。援護をっ>>

<<こちらトルーパー2。向かってはいるが遠すぎる>>

あぁ、もう、xxxx!

私達がここを制圧している間にxxxxな歩兵隊は何やってるのよ!

<<ワイルドキャット1より全局。こちら壊滅、コンディションレッド2名及び継戦困難コンディションイエロー1名!!>>

えぇ。私がコンディションイエロー(継戦困難)よ。

モルヒネ打ってるのに、伏せてるだけでも左肩がズキズキするし意識が飛びかけてる。


<<ふーっ。この期に及んでのタバコは美味いな。……中……最期だ……ら言って……く>>

途切れ途切れの小隊通信。

この距離でも……掴みきれるギリギリまで低い出力。

<<……の……今ま……最高の小隊……だっ……。ま……猪鍋を食……たいな……>>

こんな時、魔導師としての能力が恨めしい。

徐々に失われていく通信魔力を、正確に、無情に分かってしまうこの力が。


……消えた。消えてしまいました。

<<訂正。2名KIA、WIAレッドとWIAイエローそれぞれ1名>>


……おかしいな。

悲しいはずなのに、辛いはずなのに、寂しいはずなのに、


どうして私は何も感じないの?


あぁ、きっと……きっとモルヒネのせいだよね。

モルヒネが痛みだけじゃなくてナニかを感じなくしてるだけだよね。


……だよね。

…………だよね?




<<フェニックス各局。子猫ちゃんの保護を>>

<<こちらフェニックス2、すでに向かっています>>

<<4より各局。一番乗りだ。もう到着しt……おい、味方だ!こちらフェニックス4!撃つな!!>>



―――


「そのね、君達軍人我々医療魔導師を万能か何かと勘違いしていないかね?今回は手足が揃っていたから良いにしても……」

「……成功したのですか!?」

「無理なものは無理なんだよ。……命拾いはした。だが、そこまでが限界だ」

「それで……状況は!?」

「命を繋いだだけでも感謝して欲しいものだがね。でもね……もう軍務は諦めて欲しい」

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