第3話 標的を狩るだけの簡単な訓練

いやもう無理。俺じゃ使いきれない。

―空戦魔導士中隊長


無能な兵士に頭を悩まされるのはまだ良かったのだな。

……銀翼をどう使うべきか、私の軍歴史上一番悩んでいる。

―空軍参謀本部長


―――

「……と言う結果です。大隊長も見て頂いた通りで」

はぁ……。

まさか……まさか、期待に応えられた事で此処まで悩まされるなんて。


「分かりました。退出して結構です」

もう少し、せめて1か月位は掛かると思っていた。

それでも過大評価かと思っていた。

4.5kmなんて小銃の射程じゃない。そう聞いていたはずなのに。



「少しは私の苦悩が分かったかね。優秀すぎる部下を持つと苦労するのだよ」

副官。元々は私の小隊長。

いつの間にか追い越して、いつの間にか副官になっていた。

凄腕で、撃墜王で……でも私の方が上だった。

「君はほっとくと勝手に出撃してたからまだ楽だったかな。ヴィルタネン君は真面目に指揮下に入ってくれるから指揮官としては困るな」

私なんて少しばかり空戦が得意なだけ。

まだヴィルタネン中尉が空戦魔導士なら使い勝手も分かるけれど……戦闘能力だけ、空戦だけで昇進した私には荷が重い。


「小隊長、私はどうすればいいのでしょう。私みたいに自由裁量で前線に出すべきなのでしょうか……」

私はまだ空戦だったから自由に出来た。

危なければ逃げれたし、そもそも襲ってくる敵は一人で落とせた。

でも……彼女は陸戦魔導士。重砲や航空魔導士のサポートをするだけの偵察隊。

確かに腕は良いけれど、一人で走っては……。


「何、簡単な事じゃないか。彼女の部隊を鍛えさせればいい」

彼女の部隊……偵察部隊。

鍛えると簡単に言っても……ノウハウが無い。

元々私は、私たちは空軍の独自裁量コマンドだったはずの部隊。

陸軍部隊の運用経験も無ければ育成経験もない。

「彼女自身にやらせればいい。私だって君の分隊は君に訓練させてたじゃないか」

あぁ。そういえばそうだった。

なんで補充の新兵をあてがってくるのか。と邪推した事も有ったけれど、みっちり仕込んで私の背中を任せれるようにしていたのだった。


「そう……そうですね。ありがとうございます小隊長」


「なぁに、年長者ロートルからのアドバイスだ。……それに小隊長はやめてくれ、もう君の方が上じゃないか」

それでも小隊長は、アッカネン中佐は私の唯一信頼できる上官ですから。




―――

「今度は偵察隊の訓練をするように命令を受けました。よろしくお願いします」

ノイマンさんは知ってるけど、他にあと二人。

メルケルス准尉とランデル兵長。お二人とも熟練の偵察隊です。

さて、今回は……訓練の内容一任されてるのでアレをいっちゃいましょう。

晩御飯まではまだ時間有りますしね。

「さて、皆さん。野戦兵装で第二演習場に集合。実弾携帯でお願いしますね」



「報告します。メルケルス准尉以下二名集合完了っ」

いまいち返礼って慣れないよね。

毎度のことながら、『あぁ。この場の先任って私なんだ』って思っちゃう。

「弾薬受領も完了しています。訓練項目の指揮を」

うん。メルケルスさん、准尉だけあってキッチリしてる。

……装備課のヘッグ准尉はどうしてアレなんだろう。


「はい。ありがとうございます。では、訓練メニューを発表します」

こほん。

「皆さんの技量を測る。という訳ではありませんが……とりあえずは猪か鹿を一匹仕留めてきてください」

やっぱり技術を測るならコレだよね。

隠密技能、射撃技能、サバイバル技能、全て測れて……しかも晩御飯まで手に入っちゃう。

なんてぱーふぇくとな方法なんでしょう。


「ソレって第二演習場限定っスか?」

ノイマンさん、流石に他の演習場は予約してませんって。

それはあなたが良く知ってるはずでしょうに……。


「猪ってドコ探せばいいんでしょ」

ランデル兵長……そこから……?


「狩りとは久しぶりですね。……まぁ、良いでしょう、バディ分けはどうしましょう」

ぉ……メルケルスさんは経験者かな?

それじゃあ、公平を期すために……。


「はい。それじゃあ、ノイマンさんとランデル兵長がペア。メルケルスさんは申し訳ないですが一人でお願いします」

ノイマンさんはある程度出来るだろうから、ランデル兵長のサポート。

メルケルスさんは一人でも出来そうだから一人で行動。たぶん(前の大戦の)戦功昇任の方だし、一人の方が良いんじゃないかな。

「私は全体を見て回ります。止めとか血抜きで困ったら呼んでください」

まぁ、支給品の22口径拳銃しかないけど止めなら大丈夫でしょ。

ナイフも持ってきてるし、〆る程度なら……。




「伍長……俺、狩りする為に軍に入ったつもりは無いんですけど……」

あぁ……ソレな。

ぶっちゃけ俺も思ったんだけど、ヴェルーニちゃんの事見てるとそうじゃないんだよな。

「って言うかナンすか。ヴィルタネン中尉とか、急に入ってきて急に俺達の上に滑り込んで。小娘のお遊戯は他所でやってくれってヤツっすよ」

いやね。俺もアレを見るまではそう思ってたわ。

あの射撃訓練……いや、アレは練習じゃなくて復習ってレベルだわ。

アレ見たら、この程度でイキがってた俺達が馬鹿みたいだ。


「お前はまだ見てないから言えるんだよ……」

そもそも次元が違う。

俺達が高校の部活動レベルだとすれば、ヴェルーニちゃんはオリンピックのメダリストレベルだ。

射撃だけじゃない。見てて分かるんだよ。コイツは天性の偵察狙撃手だってな。

そりゃ、隠密行動だけなら俺も負けてねぇ。と思うけどな……総合力が違うんだよ。

「ヴェルーニちゃんにだけは付いていけ。俺はそこまでの腕が無いけどな」


「答えになってねーっすよ。なんで急に狩りなんですか!いくら中尉が猟師出身だからってそりゃないっしょ!」

なんで狩りかって……そりゃ、お前、アレだよ。アレ。


「はいはーい。お答えしますよー」

いつの間に後ろに!?

「私が小娘なのは十も承知です。って、それは良いかな?そもそも狩りって、人間より勘の良い動物を殺す事なんですよ」

ニコニコ笑っている姿は見えるけど、気配を消すように動いてる……。

「特に鹿。この子たちは臆病なので、少しでも人間の気配を感じると逃げちゃいます」

普通に話しているように見えて俺達に聞こえる最小限の声量で話してる。

「猪もそうですよね。こっちは人間の気配が有ると攻撃してきます。あの突進は怖いですよ~。私達なんてイチコロです、イチコロ」

フッと気配が逆方向に移る。目を向けると相変わらずニコニコ笑顔のヴェルーニちゃん。

「罠でも銃でも、毒でも何でもいいです。まずは練習ですから、仕留めてみてくださいね」

……はっ。

ヴェルーニちゃんなりの挑戦状ってヤツか。

やってやろうじゃないの。ここで出来なきゃ男が廃るってモンよ。


「……伍長、俺」


「ノイマン、俺……やる気になったわ。お前は帰ってていいから俺の足引っ張んなよ」

猟師の娘。そんな風に思ってたけど……面白れぇ。

ヴェルーニちゃん、お前って教育の才能有るわ。俺が保障する。

こんな楽しい訓練、いくらでもやってやる。





―――

「はい、結果発表~」

目の前には猪の丸焼き。うん。おいしそうに焼けてます。

皆も勢揃いで……勢揃い?

私、偵察班の人達と(約束だから)装備班の人達しか呼んだ覚えないんだけど……。


「そんなの良いから早く食べさせなさいよ。お腹空いてるのよ」

あいえー!?なんでー!?大隊長なんでー!?

「『なんで?』って顔してるけど、あなたの歓迎会まだやってないじゃない。ちょうど良いから一緒にやっちゃいましょ」

えぇー!?

……って、うん。今更ですよね。

訓練項目の許可取りに行った時にノリノリで承認のサインくれた時点で分かってるよね。


「えーっと……こほん。初めましてヴィルタネン中尉です」


「そんなの良いんだよー」

「早く食わせろー!」

「ヴェルーニちゃ~~ん!!」

なんだこの空気。


「はい。では……結局、メルケルス准尉が猪を獲ってきただけでした」

『おぉー!!』と沸き立つ皆。

……なんだこの空気。

「しょうがないから、一応……私が牡鹿撃ってきましたが……まだ若い子だったのでそんなにお肉有りません」

『ぶー!ぶーぶー!肉ー!』

…………なんだこの空気。

「えーっと……とりあえずは……バーベキューパーティ?スタートで?」

『うぉぉぉぉ!!!』

我先にと肉を取り合う面々。

………………なんだこの空気。


もちろん。私は一番美味しい所頂きました。

あ、ちゃんと偵察班の皆と分けましたよ!

「ちょっとノイマンさん!食べ過ぎですよ!私の分取っておいてください」

「飲み会の場だけは下剋上なんでね。いただきっスよ」

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