【エピローグ】



 コーディ<<無人戦闘機UCAVがこちらをロックオン!>>



 コクピットに鳴り響く、すさまじい警告音。真っ二つになって爆炎にまみれた、ウィザードの機影が脳裏を横切る。

 クロセは操縦桿を体ごと右斜め下へと引きずり倒した。降下して速度を稼ぐ。距離を引き離さないと、ウィザードの二の舞になってしまう。飛び込み台から脚を離したように、体が確かな重力を失って、真っ逆さまに黒い海へと落ちていく。



コーディ<<まずい--ブルーの機体が左方上空さほうじょうくうから急接近!>>



 押しつぶされた体から血が頭蓋に集まり、むき出しになった目に血がにじむ。目玉を動かすのも容易でない。左手の窓から、迫り来る群青色の機体が見えた。羽根に描かれた黄色の斜線が、びりびりと揺れている。その下に身じろぎもしないでこちらを向いている、短距離空対空ミサイルAAM



夜鷹<<あッ----サンダーボルトにケツを取られた! クソッ!!>>



 夜鷹のいらだたしげな怒声。クロセに気を取られたのがあだとなった。彼の機体の後方に、高高度から見下ろすサンダーボルトの姿。いつでも飛びかかれる高度を保っている。先ほどの急降下を見るに、あの機体は一気に飛びかかって撃墜するのに特化している。ダイブされたが最後、引き離すことも出来ないまま撃墜されてしまう。



「……コーディ、無人機UCAVはまだついてきてるか!?」



 バイザーの高度表示が500メートルを切ったところでクロセは機首を起こした。速度が速すぎて舵が固く、迫ってくる海面がどんどん拡大されていく。なんとかキャノピーから見える景色を水平にすると、上空からは黒いタールのようだった海面が、波を打って荒れ狂って迫ってくる。キャノピーをたたく雨粒も、トタンを叩きつけるように激しい音に変わった。


 遠くの空で雷光が煌めき、地を揺らすような轟音がとどろく。



コーディ<<ブルーの機体がついてきています! 高度750 方位155の位置! 高度1400 には別の無人機1機も! ----夜鷹も無人機に追われてる!>>



 後方を振り返ると、群青色の機体が滑り落ちてくるのが見えた。パイロットも見えないコクピットが、ぎらぎらと光を放つ。こちらに機首を向けてヘッドオンしている。



クロセ<<クソ--八方ふさがりか……ッ!>>



 速度を稼いだのはいいが、上空に敵がいる以上、高度を上げるわけにはいかない。操縦していてわかったが、体に加速度Gがかかると速度は逆に下がっていく。機首を上げた瞬間、急激に速度が下がったところを撃ち抜かれて機体ごとバラバラにされるだろう。


 だがこのまま速度を維持しつづけていても、上空にいる無人機UCAVが襲いかかってくれば、逃げ場もな頭からミサイルをたたき込まれて撃墜される。



「コーディ、仲間を呼んだりはできないのか!?」



 コーディは素早くタッチパネルを操作し始める。



コーディ<<やってみます! 航空管制センターCATTこちらトレボー11-->>



夜鷹<<やめろ!>>



 無線が割れた声を上げる。夜鷹の声の向こうでは、急激に高度を上げ下げする機体が悲鳴を上げていた。



夜鷹<<呼べば呼んだだけ撃墜される! こいつはワゴンホイールだッ!>>



 聞き慣れない言葉に頭が混乱した。ワゴン--なに?



夜鷹<<車輪ワゴンホイールだ! 連中の回転軌道上に飲まれたらやられるぞ!>>


コーディ<<--!? 敵の機動を視覚化します>>



 後部座席から声がすると、見上げた空に青白く巨大な矢印がいくつも伸びた。まるでねじりながら引き延ばされるプレゼント用のテープのようだ。


 矢印の一つがクロセの後方に着いた青い敵機に伸び、今もさらにテープをのばしている。

 大きく弧を描くその軌道は、無人戦闘機やサンダーボルトの描く矢印と合わせると、空に巨大な『サークル』を描いていた。



コーディ<<これは--敵機を追ってサークルの中に飛び込むと、後から来た別の敵機に後ろを取られる仕組みのようです。サークルの中に捕らわれると常に敵機に追われる状態になってしまう――!>>


 クロセの脳裏に、今までの光景が一瞬で駆けめぐる。サンダーボルトを追ったウィザードに無人機がつき、彼を助けようと無人機を追ったクロセの背後にブルーの機体がついた。

 そして、サンダーボルトはたくみに機体をあやつって、振り切ろうとする夜鷹をじわじわとクロセの方へ追いやっている。


 夜鷹がクロセを助けようとブルーの機体をねらえば、その後ろに高高度で待機している無人機がつくだろう。それを助けに入れば、今度は自分が……


 輪の中サークルから抜けられない----



コーディ<<----限界時間リミットが近づいてます!>>



 バイザーの前に赤いウィンドウが滑り込んできた。危険表示エクスクラメーションと共に04"17'22と表示され、まばたきの間に数字はどんどん減っていく。


 歯噛みした瞬間、機体のすぐ下を流れていた海面からすさまじい水しぶきがあがった。おもわず腕で顔を防ぐ。巻き上がった水飛沫が、顔面に打ち付けるように防風窓キャノピーを叩く。


 その時、大きく機体が衝撃にゆれた。かばった腕をなんとか降ろした視界には、翼の装甲がまくれ上がり、吹き飛んでいく姿が映る。がくんと機首が


 一瞬振り返ると、防風窓キャノピーのすぐそばを黄金色の弾丸が降り注いだ。いくつもの光線が、絵筆を振るうように機体を一閃、貫き砕く。巻き上がる破片と銃弾の光のむこうで、重機関銃ミニガンのうなり声が、迫る。


 機銃掃射。

 それも、コクピットを直接狙ってきている。



コーディ<<ラダーを踏んで!>>



 足下のアクセルのようなペダルを踏み込むと、機体は水面を舐めるように横滑りした。だがそのすぐ後ろを、弾丸が海面に穴を開けながら追ってくる。今度は逆のペダル、そしてもう一度反対方向へ――機体を何度も横滑りさせ、弾丸の嵐をかいくぐる。だが、敵を引き離すことはできない、それどころか動きを読まれて、狙いはどんどん精確になっていく。


 やられる。


 弾丸の熱が、防風窓キャノピーを通り越して、頬を焼いているようだった。逃げ場を奪うように黄金色の光はばらまかれ、そのたびに機体は衝撃に揺れる。


 がくがくと震える操縦桿の重み。操縦系統にダメージがあったか、翼が浮かぶ力すら失ったか。

 握りしめた手に渾身の力を込めた。



「……コーディ、悪いな」



 腰の裏の拳銃に手を伸ばす。

 彼女を巻き込んでたまるか。


 誰とも知れない奴の"自殺"なんかに、やっと目覚めた彼女を奪わせたりはしない。はじめから、覚悟していたことだろ。銃把グリップを握りしめると、熱くなった指先に冷たい感覚がふれた。


 彼女を排出イジェクトする。



「まだやれることはあるはずです」



 引き抜こうとした手首を、引き金よりも冷たい手のひらがつかんだ。目の端を向けると、コーディがバイザー越しに自分を見つめていた。



「時間がないだろ……! 」


「まだ四分残ってます」


「バカかよ! こんなんで無駄に死ぬな! お前を助けるのに俺がどれだけ----」



 コーディがヘルメットに手をかけた。武骨なパイロットスーツに似つかわしくない小さな手が、メットを脱ぎすてる。



「私たちだったらできます」



 手首を握りしめていた冷たい手が、指の間に滑り込む。つかみ合った手に、小さな手には似つかわしくなほどの力がこもっていた。



「私たちで倒したんです。創造主ワールドメイカーだって、"私たち"が倒したんです。だから--」



 わたしたちが。

 彼女がその言葉を口にする度、握られた手に力が込められた。

 創造主ワールドメイカー

 あの凶悪な相貌に、引き金を絞った二人の手。冷たい銃把の感覚。引き金の抵抗、手のひらを打つ衝撃。


 こいつは、あの奇跡みたいな真似事を、もう一度やれると"まだ"信じてるのか?


 ……バカか?

 命がかかってるんだぞ?

 確実な死が、もう目の前まで迫ってるんだぞ!



 奇跡みたいな、そんな夢物語みたいなもので、さいの目が決められるってなら、自分は負け犬みたいな生き方をせずにすんだ。--願い事や想いなんかで、現実が自分に都合よくねじ曲がるなんてこと、信じられるはずがない。


 コーディの手が、痛いほど手のひらを握りしめる。


 普段理屈っぽいくせして、今目の前にある彼女の瞳は、理屈なんて何もかもとっぱらって、ただ自分の信じる想いを伝えようと、その一点にだけに引き絞られていた。


 激しい衝撃。


 今度の衝撃は機体だけではなく、コクピットにも衝撃が突きぬけた。彼女の頭越しに、尾翼の一部が吹き飛んだのが見えた。破片を弾丸のようにまき散らし、巨大な尾翼が吹き飛んでいく。ラダーを踏んでも、機体は左右に動かない。身動きできなくなった機体へ、ブルーの敵機が一気に襲いかからんと、アフターバーナーの炎を噴かせた。



「----現実に返ったら覚えてろよッ!」



 コーディの手を振り払い、クロセは操縦桿を握りしめた。

 小指から人差し指まで、感触を確かめるように力を込めて曲げる。


 現実は残酷で、いつも自分を裏切ってきた。不完全な身体で生まれ、両親には捨てられ、祖父は殺され、父はその手で自ら殺した。何もかも奪って、最後には自分の手で奪わせたのだ。現実の世界など何一つ信用のおけない、裏切りの塊でしかない。


 だけどもし、信じられる物があるとしたら。

 たとえ信じて裏切られても、それでも構わないと思う、何かがあるとしたら。


震える手のひらに力を込めるのは、たぶん<<そいつ>>の力だ。


「ラスト一回、しかけるぞ--コーディ!」

「はい!」


 操縦桿を一気に引き上げる。見えない力が絶え間なく続く衝撃となって、内蔵を押しつぶす。暗転ブラックアウトしそうになる視界を、瞼を押し上げて維持する。



「夜鷹とこの機体を、最短コースで正面からぶつけろ!」



 コーディが間髪入れずに返事を返し、手のひらをばっと横に振る。


 はるか高みで木の葉のように舞う夜鷹の機体から、黒い矢印で描かれた誘導軌道ガイドレーンが飛び出した。一度空に向けて大きく伸び上がったそれは、ほとんど直滑降に真下へと伸び、中空に描かれた一点で止まる。



コーディ<<夜鷹ナイトホーク、黒い軌道面を追ってください!>>


夜鷹ナイトホーク<<――無茶を言うなよ、お嬢ちゃん!>>



 言葉とは裏腹に、声にはふざけた調子は残っていない。激しい圧力に晒された彼は、ひどく消耗した声をかすれさせる。



夜鷹ナイトホーク<<そのコースじゃ、海面に降りる前に撃墜される!>>


「そのままでも逃げ回っててもいつかはやられるだろ! こっちに賭けろ!」



 夜鷹の大きな舌打ちが聞こえた。



夜鷹<<何するつもりだひよっこチッキ……機首を上げたら、そっちの機体もやられるぞ……!>>


「この車輪ワゴンホイールねじれさせるッ!」



 夜鷹がはっと息をのむのがわかった。クロセの機体から青白い誘導軌道ガイドレーンが伸び、それはねじくれたメビウスの輪のように弧を描き、夜鷹から延びる黒い誘導軌道ガイドレーンとつながる。


  敵がホイールを描くなら、そいつをねじ切ればいい。クロセはそう言っているのだ。


 無線の向こうは歯噛みして、「やっぱ無茶だろ」と言葉をかみ殺す声を上げる。だが夜鷹は気合いを怒声に変えて、うなり声をあげると、もはや腹をくくった無謀さで、一気に機体を傾けた。


 夜鷹の機体が、空から落ちてくる。



クロセ<<行くぞッ!>>


コーディ<<はいっ>>



 発射ボタンにかけた親指に、震えるなよ、と力を込めた。


 一気に操縦桿を引き上げた。


 直上から降り注ぐ雨粒が、防風窓キャノピーに突き刺さり、もはや水蒸気となってかき消える。暗雲が蜷局とぐろを巻き、風にうねるのが見えた。穴だらけの機体が悲鳴を上げ、鉄の翼がみしみしと断末魔を上げる。操縦桿は瀕死の患者のようにぶるぶると痙攣し、クロセは体ごとそれを押さえ込む。立ち向かう風圧に、こごえるように機体は揺れ、押しつけた身体も鈍い音を立てる。


眼前には迫り来る夜鷹の機影。小さかった機影は次第に巨大な円となり、コクピットの中でヘルメットを脱ぎ捨てて叫ぶパイロットの表情、そのしわの皺まで拡大され、


――そして、夜鷹の背後から、サンダーボルトの黒い機影が見えた。



クロセ<<今だッ! コーディ!>>


コーディ<<--ロックオンッ!>>



 警告音がコクピットに鳴り響いた瞬間、空には青白い閃光がはじけ、雷轟がとどろいた。


雷の閃光に目を焼かれながら、ねじり込むように親指を押し込んだ。


押しつぶしたランチャーボタンは電流を走らせ、機体の中を駆け、翼を駆け、キャリアー格納庫に抱えたミサイルに発射命令Fox oneを放った。


 宙に投げ出されたミサイルは、一瞬の静止の後、目標に向かって、まばたきするようにカメラをまたたかせた。


 ジェットの炎が尾端から吹き出し、空気を焼き、空へ飛び出す。



クロセ<<避けろブレイクッ!!>>



 夜鷹の機影の先端がコクピットに飛びこんでくる、その瞬間、一気に操縦桿をひねった。

 わずかな空間を挟んで、二つの機体は、その身をひるがえす。


 過度な加速度Gがクロセの身体をねじり上げた。意図していない声が勝手に奥歯の間から這い出てくる。内蔵を見えない力にすすり出されるような重圧。意識もろとも引きずり出され、瞳から黒目が消えそうになる。



 暗転ブラックアウトしかけた視界が、一瞬オレンジの閃光に染まった。



 遅れてきた衝撃がコクピットを揺さぶる。轟音が遠く聞こえて、視界が激しくぶれる。鼓膜が気圧につぶれたのか、音は全てくぐもって聞こえた。

 荒い息の中、振り返る。首を回すのも、錆びた歯車を回すように鈍かった。


 機体の後方で、二つの爆炎が上がっていた。



コーディ<<サンダーボルト撃破!>>


夜鷹<<Whoooooa! そっちのケツについてた青いのは始末した!>>



 フルフェイスヘルメットから響く無線の声に、クロセは安堵の息を吐いた。苦しくなった息を解放するように速度を落とし、ゆったり機体を傾ける。


 灰色の空は相変わらずだったが、遠くの空からは太陽が光をのぞかせていた。指揮していた機体が撃墜されたからか、無人戦闘機UCAVが力を失って黒い海へと落ちていくのが見えた。


 コーディが何か言っている。肩を叩かれた気がした。応える余裕はなかった。安堵で抜けた力が、どこまでも際限なく抜けていく。黒い沼に飲み込まれるように、意識が暗闇の中に沈んだ。




 世界は暗転する。




× × × × ×


  

 

   

   

   

   

  


  



 視界は、のっぺりとした暗闇に覆われていた。


 まどろむような意識の中で、最初に目を覚ましたのは聴覚だった。永遠に続くトンネルをくぐっているような、断続的な音が鼓膜をゆらす。


 暗闇に覆われていた世界は、乳白色の光に照らし出される。


 音の衝撃は次第に全身をゆらし始め、ぐったりと垂れていた頭が感覚を取り戻す。



「――――セさん! クロセさん!」



 コーディの声がした。そうだ。グラス・リリィ。嫌悪していた施設の名が、今ではひどく懐かしく感じた。穏やかな風に吹かれて、コーディと二人、テーブルを囲む。穏やかな記憶を脳裏に浮かべ、クロセは安堵ともに目を押し開いた。




 真っ白な光の洪水に目を凝らすと、輪郭が妙にくっきりした光景が視界にもどってきた。クロセは目を細めた。


 灰色の空が広がっている。


 脳裏に浮かんでいた、グラス・リリィから見上げた快晴の空との違いに、違和感がぐっと頭を持ち上げる。


 灰色の空は割れ、薄い雲を突き抜けた陽光が射している。光の筋を追うと、あられる黒い海に続いていた。

 左右を見回す。

 相変わらず狭苦しいコクピットの縁が、灰と水色の空を球形に切り取っていた。


 コツコツ、と、後頭部が音を立てる。


「よかった」


 振り返ると、コーディがフルフェイスヘルメットをはぎ取っていた。コクピットの中の曖昧な重力に引かれて、艶やかな黒髪がふわりと踊った。


「ずっと白目をむいたままだったらどうしようかと思いました」


 彼女は相変わらず大きくてにこりともしない瞳でそう言う。真顔で酷いことを言いのけるので、不意打ち気味で上手く言い返せない。


 首を振って、クロセは彼女から目をそらした。彼のへッメットが後頭部を向けると、コーディはほんの少しだけ口元をもたげるのだった。



夜鷹<<いやぁ、いい戦いだった。君たちはすばらしいコンビだ>>



 割れた無線の音と共に、上空から夜鷹の機体が飛来した。クロセが見上げると、夜鷹はかすめるように防風窓キャノピーを横切り、ジェットエンジンの抜けるような音を踊らせた。青空がだいぶ広がった空を灰色の機体で覆うと、するりとこちらの機体の後ろについた。



コーディ<<あなたこそ、夜鷹ナイトホーク>>


夜鷹<<光栄だよ、お嬢さん。君たちの相棒になれたことをうれしく思う>>



 クスクスと、鈴なりのような笑い声が後頭部から聞こえた。違和感。なんだ、これ。安心しきった彼女たちのやりとりに、すさまじい抵抗感を感じる。

 まんざらでもなさそうに彼女が笑っている。



夜鷹<<今や最高のエースの名は、君たちの物だ--おっと、お邪魔虫は退散するよ、燃料が減ってきてるからな……>>



 無線が途切れると、コーディがひょい、と後部座席から顔をのぞかせる気配がした。



「私たち、なかなか良いコンビだったようですね」


 ちょっと声がはずんでいた。すっかり浮かれているような調子。張りつめていた物がなくなった彼女の姿は、ふつうの女の子だ。


 そこでようやく、違和感が答えにたどり着く。

 顔をもたげる。



「クロセさん?」



 返事がないのが不服だったのか、コーディがその顔をのぞき込む。

 彼は目の端だけを機体の後部に向けて、じりじりと操縦桿に指を這わせていた。


 まるで、獣と対峙しているのかのように。



「ゲームが終わらない」



 すっかり緊張感が抜け落ちて、はしゃいですらいたコーディは、「え?」とつぶやいた。


 振り返ったクロセの瞳には、わずか50メートルもない距離で、ぴったりと背後に連なって飛ぶ、夜鷹の機体が映っている。無機質な機体は、向かいくる風に身じろぎもせず、当然物も語ることもない。ただ、その鋭く研ぎ澄まされた機首を、こちらに向けている。



「こいつ--」


 ミッション開始前の夜鷹の言葉が、たわんだ声で脳裏に響きわたる。



----<<すぐにエースに返り咲くさ。俺はヤツが現れてから、>>



 鋭い警報が響きわたった。

 刹那の瞬間、クロセは電撃のように操縦桿を握り込んだ。体中でねじ曲げるように、機体を一気に傾ける。



捕捉警告ロックオン アラート……!?」



 急激な加速度にさらされたコーディが、うめくように叫ぶ。



「(サンダーボルトが活動したのは、ここ二三日の間--!)」



 空母から飛び出す前、整備員ははっきりとそう言った。

 ぎりぎりと奥歯をかみしめて、あっというまに流れていく景色にクロセは目を凝らす。気配を感じさせなかった夜鷹の機体は、ぴったりと機体の後部にはりついて、離れない。


 だったら夜鷹は、いつからログインしていた?

 少なくともサンダーボルトと同じくらい……いや、それ以上前からいたとしても、




<<やはり、勘は悪くないようだな――ひよっこチッキ>>




 フルフェイスヘルメットのインカムが、沼の底から這い出てくるような声を漏らした。

 夜鷹のその声は、押さえきれない愉悦に、陽炎のようにらぐ。



<<そう、今や最高のエースの名はひよっこチッキ、お前の物になった>>



 押しつぶされたのどの奥で、クロセは「夜鷹」とその名をうなった。呼ばれた男の声は、かみ殺していた笑みを、あふれんばかりの哄笑に変える。逃げまどうひよっこチッキのコクピットを照準サイトの中央に悠然ととらえると、嘲笑をたたえて、低くうなった。



夜鷹Night hawk<<そして今度は、俺の番だ。死んでもらうぜ、相棒>>



 振り返ったクロセの視界に、ミサイルの噴射炎が真っ赤に上がった。



「--来ますッ!」

 


 コーディの悲鳴のような声は警告音レッド・アラートにかき消されて、意識の向こうに吹き飛んでいった。


 希望の光のように天から降り注ぐ陽光の筋をかいくぐり、クロセは機体を必死に回避行動ブレイクさせる。1秒にも満たない刹那の瞬間を、右へ左へ蛇行する機体で切り刻んだ。だがすぐ背後まで迫った無機質な鉄と火薬の塊ミサイルは白煙をもうもうと上げて差し迫り、必死の回避行動をあざ笑うかのように彼我ひがの距離を詰める。



夜鷹Night hawk<<無駄だ>>



 戦車に挽き潰されたような苦痛が胸をおしつぶす。その苦しみの合間に、陽気さをかなぐり捨てた低い声が、染み込むように響く。



夜鷹Night hawk<<本当のエースとは、誰の力も借りず、何者にも縛られない--夜鷹Night hawk、この名にこそふさわしい>>



 ぐっと奥歯を噛みしめる。わかっていたのに。外側中毒者アウターホリッカーはどいつもこいつも狂ってる。自分の目的のためなら、手段も、命もかなぐり捨てて、獣のように牙を剥く。そういう連中だと、知っていたはずなのに。自分の間抜けさを後悔する瞬間もない。迫り来る死の影から、必死に逃げまどうしかない。



夜鷹Night hawk<<地上に脚をくくりつけられた哀れな連中が、俺を空の自由から引きはがす>>



 愉悦ではない。憎しみが彼の喉を鳴らしている。



夜鷹Night hawk<<俺は空に生き--空に死ぬ。お前もその仲間に、いれてやるってんだよ>>




「----回避行動を止めて!」



 霞みかけた意識の端で、コーディの張りつめた声が、ぐっと背後から身を乗り出す。



「あぁ!?」


「直進してください!」



 トチ狂ったとしか思えなかった。夜鷹の狂気にあてられたか? カーブを切ってようやく引き離しているのに、わざわざケツを晒せと言うのか。闘牛に真っ正面からとびこむようなも



「信じて! やって!!」



 身体ごと乗り出したコーディは、おそろしく短い言葉で実行を命じた。クロセは毒づいた。コーディの言葉には、"お願い"をしているような媚びた調子は欠片もなく、ただ本当に、自分の信じていることを絶対に信じてもらうんだ、という意思だけが叩きつけられていた。


 クソ、と喉の奥でもう一度----背筋に迫る死神の指をはっきりと感じながら、クロセは操縦桿をまっすぐに立て直した。


 蛇行をあきらめた機体に、ミサイルは歓喜するように飛びかかった。海面に白波を立てる機体へ、鉄と炸薬でいっぱいの塊が、白煙を上げて食らいつく。



「-----フレア!!」



 凛とした声が響きわたる。

 スロットルレバーの端についたピンに、青白い光線が上から下に走った。

迷うことはなかった。ピンを上から下に弾き、クロセは一気に機体を傾けた。


 振り返る。

 遠ざかっていく水色の空間に、赤い炎が次々と射出されるのが見えた。今まさに、こちらへかぶりつこうとしていたミサイルが、炎にまみれて戸惑うように軌道をゆがめるのが見えた。

 だが、



「----あ!」



 コーディの短い悲鳴。

 フレアの中から飛び出してきたミサイルが、のたくりながらもこちらに迫ってくるのが見えた。


 至近距離で、衝撃がはじけた。


 一瞬で視界が炎に包まれたかと思うと、なにかを思う間もなく重たい一撃が機体ごとクロセ達を飲み込んだ。

 機体が空中で横転し、重力がむちゃくちゃになって全身が振り回される。機体を傾けたときの加速度Gのようなチャチなものではなく、遠心力で体中の血が高圧で押し出され、脳を風船のように膨らませ、指先の毛細血管を破裂させる。激痛が上半身を支配した。


 機体を安定させろ


 理性はとっくに吹き飛んでいた。叫んだのは理性の奥にあった生存本能だった。焼けるような痛みにさらされる右足で水平ラダーペダルを踏みつけ、回転する機体に逆の力を叩きつける。それでも機体は回転の速度が落ちた程度で、飛んでいることがやっとの状態にもどすのが精一杯だった。



<<はは--そうでなきゃな>>



 火花が飛び散るコクピットの中で、夜鷹の愉悦に歪んだ無線が耳元で聞こえた。



<<生き残ろうと這い蹲れ。そうでなきゃ、狩りはおもしろくない>>



 背後を振り返ると、夜鷹の機体が最後の牙を突き立てようと、ゆっくりとすべり降りてくる所だった。

 死の気配に飲まれて体は燃えるように熱くなる。操縦桿を握りしめた手は、汗がだくだくと流れ出すのに氷のように冷たく感じた。

 ここで死の恐怖に飲まれたら、終わる。



「……こいつはゲームなんだよな!?」



 後部座席へ、もはや意味など何もない言葉を叫ぶ。答えなど期待していない。コーディのうめくような「え?」という声が聞こえた。



「こいつはゲームなんだよな!?」



 ついに狂ったのかとばかりにコーディの目は見開かれていたが、その顔に手を伸ばし、胸ぐらをつかみ上げてクロセは叫んだ。



「約束だ、今度こそお前は逃げろ」



 はっとして首を振ろうとした彼女を乱暴に揺らして



「俺はお前を信じただろ! 今度はお前が、俺を信じろ!」



 コーディは惚けた顔で口をあけている。それにイライラして



「お前が死んだらなんの意味もないんだよッ! さっさと脱出ベイルアウトしろ! 行けッ!!」



惚けた顔の、惚けた目で、彼女は「はい……」と小さな声でつぶやいた。



 押しやるように彼女の体を後部座席へ叩きつけると、クロセは操縦桿をもう一度握った。後部座席の彼女に何度も手を振って追い立て、ようやく彼女に脱出装置を起動させる。背後で炎があがる気配と衝撃がして、座席ごと彼女が緊急脱出ベイルアウトするのがわかった。


 直後、一気に操縦桿を引いた。


 機体が大空へと舞い上がっていく。


 無線の向こうで夜鷹のあざ笑う声がした。機首を上げて速度の落ちた機体へ、ようやく牙を突き立てる悦びに、その笑い声はふるえていた。直下を駆け上ってくる夜鷹の機体を確認し、クロセはもう一度、自分に言い聞かせた。



「これは、ゲームなんだろ--ッ!」



<<終わりだ、ひよっこチッキ>>



 夜鷹の機体が最後のミサイルを発射したその瞬間、クロセは座席から延びる緊急脱出レバーを一気に引き上げた。


 防風窓キャノピーが、炸裂音とともに虚空に吹き飛んだ。


 猛速で突き破っていた思い大気が衝撃となって全身に叩きつけられる。衝撃で弾けた機体の装甲がメリメリと音を立てて自分の方へ転がり、一瞬首をそらして出来たわずかな隙間を縫ってシートの背面を紙のように切り裂いた。火花が視界を染め上げる。


 衝撃が背骨を突きぬける。


 シートの下で何かが一斉に弾ける音がした次の瞬間、体は壮快な青に染まる虚空へと弾き飛ばされた。狭苦しく思えたコクピットの光景は一瞬のうちに消え去り、体は守る物がなにもない冷たい宙を木っ端のように舞っていた。


 ひっくり返った視界の中で、眼下を飛んでいた鉄くず同然の機体が宙で静止していた。振り絞ったアフターバーナーはついに途絶え、直後食らいつかれたミサイルに機体は引き裂かれた。赤黒い、巨大な爆炎が機体のから吹き上がり、内蔵を食い尽くされるように炎がすべてを飲み込んだ。


 後を駆けてきた夜鷹の機体が、一瞥するように爆炎のそばを駆け上る。勝利を確信し、その悦びを爆発させるように回転軌道バレルロールをした。そしてその機首はひるがえり、空中で身動きできないクロセへと向けられる。


 直上から迫ってくるその機体へ向けて、クロセは腰の裏から引き抜いた拳銃をさし向けた。



「オーバークロックッ!!」



 迫ってくる夜鷹の機体が、どろりとした時の流れに包まれて、出来の悪い細切れのアニメーションのように動きをとどこおらせる。


 陽光を照り返すコクピットの中に見える、黒い人影に向けて、クロセは拳銃の照準を合わせる。



 できるはずがない。


 だが諦めるという選択肢はない。何もしなくても訪れる、都合のいい未来など存在しない。


 だったら、『やる』、やらなければならならず、やるしかない。



 それは可能性の問題ではなく、常識的な問題でもなく、ただ相手を打ち砕く術がこの引き金にしか残されていないのなら、やる。その現実に立ち向かう、覚悟だった。どんなに無謀で無理なことでも、やりきらなければならない、だから、絶対に、る。


 引き金を引き絞った。



 手のひらを打つ衝撃は、今日一番の衝撃だった。一瞬弾ける閃光の向こうで、弾丸が猛速で飛び出す。スライドが前方へすべる間に、弾丸は横風に右へ左へ軌道を乱し、虚空へ消えさる。あざ笑うかのように空気が甲高いいななきを上げる。もう一度。もう一度。もう一度----ッ!!



 夜鷹のコクピットに赤い鮮血がはじけた。



 時間という絶対的な力が、世界を再びその手中に奪い返す。

 まだ遠くに見えていたはずの夜鷹の機体が、まばたきの間もなく体のすぐ脇を駆け抜けていった。

 クロセが脱ぎ捨てた機体があげる爆炎に、夜鷹の機影は飲み込まれる。炎から飛び出していったそれはコントロールを失っていた。牙をむいた大気にもてあそばれるように、夜鷹の機体は踊り狂い、大きく弧を描いて眼下の海に堕ちていく。



 一際大きな爆炎が、世界を真っ赤に染め上げた。



 雲の上の、真っ青な空に上がったその死の光景を、クロセはただ呆然と見つめていた。そして遅れてきた衝撃が彼の体を吹き飛ばし、巨人に殴りつけられたような一撃に飲まれ、意識が暗闇に消え----





 そして世界は暗転し、


 "今度こそ"、ゲームの電源は落とされる。








■  ■  ■  ■









  

   

『----みなさま、大変ながらく、お待たせいたしました』





『ただいま、防衛省 気象観測庁より、東京都上空に発生していた、大気の乱れが、解消されたとの、発表がなされました。ただいまを持ちまして、まことに勝手ながら、グラス・リリィの営業は、再開とさせていただきます。お客様に置かれましては----』



 いやにのんびりとしたアナウンスが、暗闇の中に反響していた。

 眠たくなるような口調に、目覚めた意識も瞼を開けるのをためらう。


「--起きて……」


 肩を小さく、だが遠慮なく揺らされる感覚。

 ぐらぐらと揺らされる意識に、瞼がかすかに光を取り戻す。だいぶん強引に意識を覚醒させられているのがわかった。日曜日に起こされたような不快感で、瞼が重い。だがソプラノの声は耳元を何度もかすめ、意識が再び暗闇に戻るのを遮っていた。


 かすむ視界がとらえたのは、大きな二つの瞳。

 めったに表情を変えない彼女の顔に、不安の色がはっきり映っている。


 起きなきゃ----



「……コーディか?」



 自分の意志で頭を振ると、まどろんでいた意識はようやく理性を取り戻した。目の前でかすかに眉尻を下げる白い顔と、長いまつげをふるわせて、星の瞬きのような光をきらめかせるコーディの姿が、ようやく重なる。


「ぅ、うわ……」


 長い間油を差していなかったように、体は動かしにくかった。コーディが深いため息と共に、いきなり両腕を首にからみつかせ、頬を押しつけてきても、ほとんどまともに反応もできなかった。


 短く切りそろえた髪がさらさらと鼻先をかすめ、花びらが踊るような香りにくすぐられる。


 思わず引きはがそうとしたが、彼女の腕は抱きしめると言うよりも、しがみつこうとしているかのようで、子猫の首根っこを捕まえるように引き離すのは、ためらわれた。



「(まぁ……いいか)」



 体のけだるさにまかせて、天を仰いだ。いつの間にか、群青色だった大空は、黄昏のオレンジがかかっていた。よく目を凝らすと、鮮やかな黄金色の太陽には、ガラスを濡らしたような"テカリ"がかかっている。そこにディスプレイがある証拠だ。


 辺りを見渡すと、陽光に傾いたパラソルが、初夏のかわいた風にパタパタと揺れていた。


 百合花の塔グラス・リリィの屋上テラスへ、帰ってきたのだ。


 全身から、がっくりと力が抜けて、ようやく自分の肩がひどく強ばっていたのを知った。

 かろうじて温水といえるくらいのコーディの温もりを、全身で感じる。そうして見上げる夜空は、まぁ、悪いものではないような気がした。



「……すみません」



 そうしてぼんやりしていると、首筋から強ばったソプラノみたいな、奇妙な声色がぼそぼそと漏れた。



「はなれます」



 なぜ一々断りを入れるのか知らないが、とにかく彼女はぐぐぐ、とクロセの体を押しやった。まるでちょっとしたホコリでもかぶったかのようにぱっぱっと服を払い、黒髪をさらさらとかいて



「もどってきたようですね。やりました」



 ふふん、と満足そうに鼻を鳴らした。プロフェッショナルな一仕事を終えたような口振りだったが、振り返った彼女はあきらかに顔を見せまいとしていた。どんな顔をしているのか、回り込んで覗く力がクロセにはのこっていない。代わりにどろっと染み込むようにムカムカとしたイラ立ちが浮かび上がる。



「おまえ……なぁ!」


 冷静になってみれば、思い浮かぶのは理不尽な目にあった不満ばかりだった。なんでまたあんな危険な目に飛び込まなきゃいけないのか。なんであんなイカレた野郎と殺し合わなきゃいけなかったのか。だいたいそれもこれも全部、コーディが"だだ"をこねなきゃこんな目にはあわなかったのだ。



「生きて帰ってこれたのは奇跡だぞ! もうこんなのはこれっきりだからな!!」


 指を突きつけてやると、振り返った彼女はむっと唇をへの字にして、ほんのわずかだが頬も膨らませているようだった。あ? なんだ、こいつ、一丁前にむくれてんのか? そう思うと余計ムカムカしてきて、「……っざけんなよ、だいたいお前はなぁ」とさらに言い募ろうと口を開け


 ジェットの轟音が頭上を横切っていった。


 鼻を突っつきあわせてにらみ合っていた二人の表情が、駆け抜けていった風に吹き飛ばされる。ぽかんと見開いた目で見つめ合い、それから、オレンジの空に目をやった。


 大きな戦闘機の機影が、褐色の空を駆け上っていく。


 もう誰もいないテラスの空を、戦闘機は優雅にロールして、両の翼端で螺旋の雲を引いた。そのままループに入って無重力に身を任せると、ふわりと舞うように背面を向ける。


 自由だ。


 なぜかクロセは--もしかしたらコーディも--そう思った。戦闘機の描く軌道は、羽の生えたばかりの妖精が、空の広さを楽しんでいるようだった。戦闘機はその名が冠した役割を忘れ、大気にほおずりするような、一回転をしてみせると、からかうように二人のすぐ頭上をかすめて飛び去っていった。


 唖然として見送ったクロセとコーディの頭上を、ジェットエンジンの爆音を轟かせた三機の機体が駆け抜けていった。それは明らかに、空の自由をかすめ取っていった大バカ野郎をとっつかまえようと、警棒を振り回して追いかける警官の姿に見えた。


「あ」



 ぽつねん、と涼やかな声が漏れる。コーディが瞳をくりくりさせて見上げている。視線を追ったクロセは、大きなため息をついた。羽をたたむように肩を落とした彼は、呆れた調子でつぶやいた。




「礼のつもりかよ……」



 黄昏を背負った空には、白い気流が描いた、大きな大きなハートのマークが、描かれている。












『……もしもーし? ちょっとー? 聞いてる?』



 不意にノンキな声が聞こえてきた。独特の膜を通したような音で、偏在情報ユビキタスの通話機能だとすぐに気がついた。どこから聞こえるのかとあちこち見回していたら、腕時計が半透明のウィンドウを立ち上げているのが目に入った。


 四角く切り取られた空間に、ざらつく映像と共に錦糸のような髪が踊っている。クロセはうっと表情をゆがめた。思いっきり忘れていた。ぶーたれた顔が『もしもーし?』とこちらをのぞき込んでいて、脇には通話相手の名前が表示されている。


"桜木 日和ひより"



『--だからさー、私もちゃんとグラス・リリィには来たんだよ! 一応罰金も持ってきたよ、ホラ! ……たしかに遅れたのは悪かったと思うよ? でも着いたら入り口封鎖されてるし、キミに電話してもつながらないし、いったいどーなってるのか、わけわかんない。わかんなくない?』



 時計をかざすと言い訳なのか文句なのかわからない調子で日和はまくし立てた。アーモンド型の目が天を仰いだり、ウェーブした髪がくるんくるんと揺れたり、彼女の表情と同じようにめまぐるしく動き回る。



 「うん」とも「あぁ」ともつかない間延びした返事をしていると、コーディがにゅっと顔を覗かせ


「いったい誰と話して……」


『あっ! コーディちゃんじゃん! よかったね、ホントに目覚めたんだねー』



 難しい顔をしていたコーディは、日和がニコニコしながら手を振っているウィンドウに、ますます難しい顔をした。そういえば、彼女は日和が看病してくれたことを知らないのだ。ワールドメイカーを倒す手助けをしてくれたことも。


『……ん? ちょっと待って。コーディちゃんと一緒にいるの? もしかして今日、ずっと一緒にいたわけ?』



 日和の華やかな声が曇ってきた。クロセは慌てた。

 さらによくよく考えれば、コーディが今日"デート"についてこようとしてきた事を日和は知らないのだった。逃げ場をさがしてあちこちに視線をとばしていると、コーディのじとっ--とした目に行き着いて、またうっと言葉につまる羽目になった。なんで俺は責められてる? 可能な限り最善の策をとってきたのは、俺なのに!



『ふーん……そうなんだ、やるねぇコーディちゃん。とにかくさぁ、私まだ百合花の塔グラス・リリィの下にいるから』



 ウィンドウにはあごをくい、と上げてこちらを見やる日和が映っている。クロセは眉根を寄せて、額に手をやった。この後のことを考えると、頭がまたズキズキと痛み出した気がする。

 そうしてウィンドウから目を離したクロセを見て、日和は声音は低く、でも顔には意地悪な笑みを満面に浮かべて、ウキウキと目を輝かせて言った。



『いい? 今すぐ下に降りてきなさい。ちゃんとコーディちゃんも連れてね。納得のいく説明をしてもらえるのよね? さもないとコーディちゃんに今までのキミの恥ずかしことぜーんbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbb





    










   



     





    

     






            

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