act4:夢の終わり―the dead end―[中編]
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THE LAST WAR MISSION ―落日―
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諸君! 戦場へようこそ!!
本ゲームは2035年に
<概要>
プレイヤーは戦場をあなたの望むポジションでプレイし、所属する軍を勝利に導きます。兵科は全部でなんと18種類! レンジャー部隊、普通科歩兵部隊、砲兵部隊、医療部隊、空挺部隊、海兵部隊、更に司令官、諜報部隊まで――――その他さまざまな部隊があなたの入隊を待っています! 激しい戦場を生き抜いて、敵の司令部を制圧してください。
<免責事項>
○このゲームは実際の歴史上の事実を元にしたフィクションです。実際の個人・団体・事件等とは一切関係ありません。
○本ゲームはゲーム・クォリア倫理協会の規定した『プレイにおける感覚受容基準』においてレベル7に指定されています。ゲーム中、脳挫傷や心臓破裂などの非常に強い衝撃を受ける可能性があります。激しい感覚受容により気分が悪くなった場合は、即座に使用を中止し、医師の診断を受けてください。
○本ゲームを利用して発症した心的外傷後ストレス障害を始めとした精神疾患の補償は本社の免責事項です。ご利用に際しては規定時間や受容限度量に十分留意してください。
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<<兵科を選択してください>>
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司令(24/24)
普通歩兵科(780000/100000)
レンジャー部隊(32000/40000)
砲兵部隊(22000/480000)
医療部隊(19000/24000)
>>>>>空挺部隊(8000/8000)
海兵部隊(57000/57000)
諜報部隊(1300/1300)
その他(次の項目へ移る)
☆空挺部隊に入隊しました!
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「空挺部隊によく来てくれた。現在我々は『日照の鷲』作戦を展開中だ。制空権は完全には掌握されてはいないが、敵の体勢が整っていない好機を逃すわけにはいかない。地上部隊と連携し、敵本拠地にヘリからの強襲攻撃を行う。既に地上部隊は敵の防衛線を一部突破しつつある。司令部を制圧するチャンスは今しかない! 我らの力を見せつける時が来た。諸君らの健闘を祈る。
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*このゲームにはグロテスクなシーンが含まれています*
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【!! 緊急 !!】
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現在このサーバーホストは、アウターホリックを発症しています。
この問題に対応する政府・医療関係者以外は、絶対にログインを試みないでください。現在までに、このゲームホスト内で、ゲームオーバーを含むなんらかの通信が途絶する事態に陥ったプレイヤーは、意識障害を発症、あるいは死亡が確認されています。万が一ログインしてしまった場合は、絶対にログアウトは試みないでください。
ゲームオーバーを避けるため、ゲームの進行、危険な地域への侵入を控え、事態が改善するまで身の安全を図ってください。
現在、政府は事態を掌握するため、あらゆる手段を用いて対応しています。ご安心ください。
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空気を叩く音がする。
断続的に、リズミカルに繰り返される――分厚い音の層が頭上を支配している。
音に合わせて、体が激しく、不躾に揺らされ、ぐらんぐらんと右へ左へ傾く。腰を下ろしている硬い椅子が、尾てい骨を叩いて、痛い。
軍曹:「起きろ
眠っていた意識が、肩をわしづかみにされる感触と、乱暴に揺らされる衝撃で目を覚ます。閉じていた瞼を開けると、太い顎をした白人の男が自分を揺らしていた。角張ったフリッツヘルメットにゴーグルをかけたその顔は、煤で汚れてしまっていて、その大きく見開かれた目は、酷く疲れ切った色に染まり、荒んでいた。男の体に視線を落とす。灰色や黒、濃紺のまだら模様の施された都市迷彩服。弾倉やグレネードが押し込まれたベストに、硬く締め付けられた黒いブーツ。彼が手にしているライフルを見て、ようやくわかった――――兵士だ。
軍曹:「すぐに降下地点だ! 目を覚ませ、戦争が始まるぞ!!」
男は大口を開けて凄まじい声で怒鳴った。彼が話しているのは
そこでようやく意識がはっきりした。コーディにゲーム世界に放り込まれたのを思い出す。彼女の姿を探して、辺りに目をやった。
最初、何か――――軍用のジープか何かに乗せられているのだと思った。鉄がむき出しの座椅子が対面式で二列並び、そこに兵士達が尻を納めていた。酷い揺れに、彼らは手すりやつり下げられたワイヤーに捕まってなんとか姿勢を保っている。皆、アサルトライフルを腹に抱えて、不安そうに窓の外へ目をやっていた。黒瀬も眼を向ける。すると、窓際に立っていた男が、何の躊躇もなく、いきなりサイドの扉を押し開いた。スライド式の扉は勢いよく滑る。
開いた先に現れたのは、暗闇に染まったはるか彼方の地上の街と、そこにべったりと広がったのたくる炎の光、それに、もうもうと立ち上る真っ黒な煙だった。
眼下に広がるミニチュアの街は
まぎれもない、ここは
足下がおぼつかない、この揺れ方はつまり、自分が宙に浮いているからだとそこでようやく理解できた。浮遊感が全身を包んでいる。断続的に響く空気を叩く音から察するに、どうやらヘリに乗っているようだった。視線を運転席に向けると、そこでは真っ暗な空に目を凝らす二人のパイロットの姿があった。彼らの一人が振り返り、人差し指を立てる。
軍曹:「
軍曹が怒鳴る。何かとんでもない事に巻き込まれている気がするが、機体の凄まじい揺れのせいで上手く思考がまとまらない。ゲームとは思えない、凄まじいリアリティが、辺りを取り囲んでいる――――
『本ゲームのクリア条件は"敵部隊の敗北"です』
突然、コーディの声がした。懐かしい日本語だ。見ると、士官服にコートを羽織った彼女が、ヘッドアップディスプレイを表示する片目用のゴーグルをかけて、窓の外に目をやっていた。彼女がつい、と指を振ると、黒瀬の前にコバルトブルーの
『アウターホリッカーの所属する軍を倒してください。現在この部隊はビル突入を主任務としています。ビルへの強襲が始まると同時に司令部へ突入し、敵軍の司令官を排除してください。敵軍は敗北し、自動的にアウターホリッカーも
「お前――!」
屋敷でのやりとりを思い出し、何か言おうと思った。だが、振り返った彼女が向けた目が、酷く冷たい濃紺なのを見て、思いは急速に萎えてしまった。アウターワールドでの彼女は自分の言葉に応えない。そんな気がした。
「……終ったら話があるからな!」
ヘリのローターが回る音が凄まじく、怒鳴っても彼女に伝わっているかどうか疑わしい。彼女はじっと、黒瀬を見下ろしているばかりだった。かぶった真っ赤なベレー帽に押さえられた、緩くウェーブのかかった胸まである髪が、外からの風に激しく揺れている。
軍曹:「
彼女を見つめていた黒瀬の肩を、軍曹が乱暴にわしづかみにして怒鳴った。有無を言わさぬ調子だった。押しやられるように、ヘリの扉口に設置された一抱えもあるような機関銃の前に立たされる。
黒金の銃身がいくつも連なって一束にされた、巨大な機関銃だった。
どこか『ミニ』ガンだよと思う。両手で握るためのグリップが銃身の根本にあるボックスから飛び出していて、黒瀬は急かされるままにそれを握った。親指に当たる部分にスイッチがある。グリップを使って
軍曹:「
抱え込んだミニガンと、眼下のどす黒い戦火の光を見比べ、目を凝らしていた黒瀬の背後で、軍曹が太い顎に筋を浮かせながら雷轟のように重々しく叫んだ。
軍曹:「同胞の首都を占領した薄汚い
途端、一斉に兵士達が鬨の声を張り上げた。空気をびりびりと振るわせる力強い怒声。
軍曹:「見ろ!! あの戦火の中で、
無線:『こちら海軍所属の"
兵士達の怒声とプロペラの轟音で耳がキンとしていた黒瀬は、無線の割れた音に思わず顔をしかめた。耳の中に詰めるタイプのイヤフォンが、努めて冷静な声で告げる。
無線(雷鎚06):『敵司令部への突入を目標とする大馬鹿者がいると聞いて来た。作戦地帯上空の制空権奪取を試みると同時に君たちを援護する。"あいさつ"をするぞ』
直後、燃えさかる業火の音と熱風が、ヘリのすぐ上を一瞬で通り過ぎていった。ほんのわずかな時間だったが、通過した物体の翼竜のような巨大な影と、それが吹き下ろしていったジェット噴射の爆音は、濃密な衝撃の残滓となって黒瀬の身体を痺れあげさせる。「
パイロット:『
コクピットでパイロットが西の空を指した。指の先を追って外に目を向けると、数機のヘリコプターの群れが左舷下方から舞い上がってくる所だった。
横並びについた濃緑の輸送ヘリのサイドドアがスライドして、中から扉を押し開けて兵士が現れた。豊かな髭をたくわえ、サングラスをかけた兵士は、ライフルを首にかけて、癖の強い髪を流れる風に揺らしている。こちらに目を向けると、じっとサングラス越しの目を向けて、敬礼した。
日防軍空挺部隊:『こちら"ながれ03"。行政ログを確認したか?』
軍曹:『何? ……おいおい、現実の話は御法度だぜ』
日防軍空挺部隊:『いや、ロールプレイどころの話じゃない。このゲームのホストはアウターホリックを発症している』
黒瀬の背後で、兵士達が息を飲んだのがわかった。
雰囲気の一変で、黒瀬にも何が起こったのかわかった。自分の視界にもタスクウィンドウが滑り込んでくる。『ログアウトやゲームオーバーは絶対にするな』『意識障害の発症、または死亡が確認されている』
兵士達はしばしゲームの役割を忘れて顔をつきあわせて囁き合う。
日防軍空挺部隊:『さらにまずい知らせがある。敵のプレイヤー達にはなぜかこの情報が行き渡っていない。奴ら、本当の殺し合いをしてると知らずに、こちらに攻めてこようとしてる。ゲームだと思ってやがるんだ』
兵士達が騒然とし、立ち上がって「今すぐ降りよう」とわめき散らす。
軍曹:「そのおしゃべりな口を閉じろ!」
扉口を硬い拳が殴りつける大きな音がした。振り返った軍曹が硬い表情に真剣さを滲ませて怒鳴る。
軍曹:「逃げても敵がこちらの陣地をとればゲームオーバーだ。行政ログが正しければ、負けた方のメンバーは全員死ぬことになる!」
兵士:「だったらどうしろって言うんだ!?」
「やるしかない」
ぽつりと漏れた声に、一斉に視線があつまった。ガスマスク越しの目を鋭く細めて、黒瀬は吐き捨てるように言った。
「ゲームに勝つしか生き残る方法はない。もうこれは、ゲームじゃなくなったって事だ」
兵士達に重苦しい沈黙が降りた。それを眺める黒瀬は、自分でも妙に冷静だった。思い返せば、死ぬかも知れないという状況は、初めてではなかった。
日防軍空挺部隊:「そちらの
むかいのヘリで、ひげ面の男が黒瀬の姿をみとめて言った。どうやら、イジェクターの格好をしている自分を、コスプレしている排出者マニアと思っているようだった。
軍曹は周りの兵士を見渡した。まさに、人命がかかっている。このゲームで命を落としたら、それは現実での死を意味している。兵士達は困惑した表情をしていたが、静かな時が数瞬すぎると、観念したようにうなずいた。
軍曹「……了解だ"ながれ03"! こちらも覚悟を決めている」
日防軍空挺部隊:『盟友に感謝を。
軍曹:「
黒瀬の背後で軍曹が返礼を返す。状況が許す限りの手短な挨拶だったが、互いの信頼と士気は高いようだった。
兵士:「おい、ありゃなんだ?」
だがその時
黒瀬の隣にいた兵士が、ふいに窓の外を指す。
指の先では、眼下の街で上がる小さな真っ白い花火のような光が、空に軌跡を描きながら上がっている所だった。
なんだ、あれ? 黒瀬がミニガン越しにその光に目を凝らしていると、突然弾かれたように軍曹が身を乗り出し、はっとした。大口を開ける。
軍曹:「
パイロットがとっさに振り返り、「
軍曹:「03! 回避しろおおおお!!!!」
外の景色が一瞬で右から左へ流れる。その最中、向かいで併走していた"ながれ03"の兵士が、慌てて振り返ったのが見えたが、その次の瞬間、衝撃と炸裂音と共に、彼らのヘリのテールローターが爆発して吹き飛ぶのが見えた。
兵士達の怒号が上がり、窓のすぐ横でくぐもった爆発音と激しいオレンジの閃光が上がった。
金属が引き裂かれる女の悲痛な叫びのような音が響き渡る。衝撃波と熱風が機体にのめり込んできて、思わず息が詰まる。
軍曹:「ゼロ・スリィィィィイイイイ!! ――くそッ、"ながれ03"がやられたッ!」
窓の外で、真っ赤な火の固まりとなった"ながれ03"が、ぐるぐると回転しながら眼下の街に吸い込まれていった。炎にまみれてもがきながら落ちていく兵士の姿が、はっきり見えた。思わず、震える。
兵士:「また来るぞ!」
悲鳴のような声が兵士達の間で上がった。地上からは先ほどと同じ真っ白な閃光が、軌跡を描きながら凄まじい数で空に昇っている。「数が多すぎる!」誰かが叫んだ。黒瀬自身の声だったかも知れない。だがそれを確かめる間もなく、獲物に襲いかかる蛇のように蛇行したミサイルが、次々とヘリの集団の中に飛び込んできた。
今見たばかりの光景がフラッシュバックする。
燃え上がったヘリが地上に吸い込まれる姿
炎に包まれたもがき苦しむ兵士
迫り来る白い閃光の軌跡一つ一つが、あの惨状を生み出したのだ。そしてその切っ先は、今や自分たちに向けられている。死神の冷たい手に、心臓をわしづかみにされたようだった。息が詰まる。兵士達の悲鳴が背後で上がり、軍曹が目を血走らせて毒づく。
『オーバークロックを』
凄まじい遠心力と衝撃にもはや抵抗する事も出来ず必死に耐えていた黒瀬の傍らで、突然現れたコーディが叫んだ。
『はやく!』
はっとした。そうだ、この世界では、絶望的な状況を打開できるのは自分しかいない。恐怖している暇も諦める余裕もない。この世界では、いつまで待っても救いの手などさしのべられない。
自分がやるしかないのだ。
歯を食いしばり、身体を引き裂いてしまいそうな遠心力に抵抗する。
腰を上げ、
「オーバー、クロック」
のたくる真っ白な閃光がすぐそこまで迫っている。今まさに自分の乗るこの機体へ襲いかからんという時、黒瀬のつぶやきが世界(ゲームワールド)の力学運動に支配の手を伸ばした。
世界を手中に収める感覚
時間がどろりと、濃密になる
全てがゆっくりとコマ送りのように進む。すぐ目前に迫ったミサイルへ、黒瀬は
胸を叩きつけるような衝撃
手中で暴れ狂う射撃の反動を押さえつける。銃口から真っ赤な炎が吹き出した。炎はいくつもの固まりとなって連なり、肉薄するミサイルに襲いかかる。金属が金属を突き破る音がする。雨だれがトタンの屋根を叩く音が、数千倍になったような音――――ミサイルのカメラが吹き飛ぶ。胴体を穴だらけにし、安定翼が次々とはがれ落ちる。軌道が乱れ、左右に震えて蛇行する。そしてついに空中で蹴つまづいたように縦に一回転、ジェット噴射が暴走して凄まじい速さで回転する。
爆発閃光、オレンジの衝撃波
オーバークロックの濃密な時間ですらも捉えきれない程の一瞬の出来事だった。ミサイルは内側から爆発すると黒煙と真っ赤な炎の塊を吹き出した。熱風と機体(ヘリ)を揺らす程の衝撃波。後続のミサイルがその爆炎に突っ込み、誘爆する。真っ白な閃光、衝撃、そして花開く紅い炎――――何度となく繰り返され、黒瀬の聴覚と視覚が痺れ上がる。
そして濃密な時間は終わりを告げる。
時が急速に動き出し、黒瀬の身体は世界に放り出される。
辺りが炎の光と熱、鉄の焼ける匂いに、黒煙、そして吹き飛ぶような衝撃に包まれた。黒瀬はミニガンから投げ出されて肩をしたたか打ち付ける。窓の外で、真っ赤な固まりになったいくつものヘリが、暗闇に包まれた空にもがくように回転しては消えていった。くそ、と黒瀬は内心毒づいた。撃墜できたミサイルは、自分たちに向かってきたミサイルだけだ。
パイロット:「チーム・グリフィスとブラックキャットの部隊がぶっとんだ!」
軍曹:「
パイロット:「わからない! 突然ミサイルが爆発したんだ」
無線:『こちら
混乱した彼らが怒号を交わす中、それに分け入るように無線が割れた叫び声をあげる。
無線(統合幕僚本部(JOCS)):『君たちの下に敵の
兵士:「下!? 下ってこの真下か!?」
パイロット:「バカな、
兵士:「
その混乱の最中、床にしたたか頭を打った黒瀬は呻きながら身体を起こす。軍曹はその肩をひっつかみ、強引に起ち上がらせる。
軍曹:「寝てないで自分の仕事をしろッ
その時、無線越しの割れた声がして、パイロットが再び毒づきながら叫ぶ。
パイロット:「あそこだ!
機体の先に一帯が炎に染まった地獄の三角州のような地帯が現れた。身を乗り出して見ると、どす黒い煙とオレンジに染まったいくつかの戦車が見えた。その両脇は艦載ミサイル攻撃を受けて崩壊したと思しきへしゃげたビル群に囲まれていて、そこからいくつもの白い煙がぱしゅっという音と共に上がる。すると煙は軌跡を描いて空高くに登り、そこから急降下して凄まじい速さで戦車の群れに突っ込んでいく。機銃で四方八方に弾をまき散らしていた戦車は、頭上から来襲した煙――――ひいてはその先にある
兵士:「奴らこっちに気づいたぞ!」
眼下の廃墟ビルの屋上で、蠢く人影が見えた。五、六人の敵兵士達が対空ミサイルを抱えて走り、先頭に立った指揮官らしき男が、こちらを指さして撃墜を命じている。
軍曹:「連中をやれ!!
軍曹が黒瀬の背中を叩いた。黒瀬は内心やけくそで、グリップを抱えてずっしりと重い銃身を乱暴に操作する。オーバークロックは既に使ってしまった。もう頼れるのは自分の判断力だけだ。やるしかないのか――銃口を戦車を囲むビル群で蠢く人影に向ける。敵は既に発射態勢を整え、こちらに発射口を向けている。辺りは戦火以外に光のない、暗闇に包まれていたが、その人影ははっきりと見えた。一瞬人間を撃つ事にためらいが生まれ、だが
軍曹:「やれえええええええ――――ッ!!」
耳元の怒声
思わずグリップのスイッチを押した。
巨大な虫の羽音のような炸裂音が、銃身から吹き出した。はじき出された弾丸は色濃い褐色の光線を残して地上に降り注ぐ。まるで鉄の雨だ。いや、鉄と言うよりはレーザーをはき出しているに近い。ビルの壁を粉砕して土煙が舞い上がり、弾丸は敵の部隊に次々と襲いかかる。直撃を受けた兵士達が爆散する。曳光弾の炎が辺り一帯を火の海に変えた。もがき苦しむ兵士達の姿が見える。「これはゲームなんだ」と自分に言い聞かせながら、手中で暴れ回るミニガンを全身で抱え込むように押さえつける。グリップを握りしめた手は自分のものではないかのように力がこもって、離れない。
対空ミサイルを抱えた敵の部隊は一瞬のうちに真っ赤な炎に飲み込まれ、巨大な弾丸で塵となった。それでも敵のミサイルは発射される。真っ白な閃光がこちらに噴射音を叫びながら迫ってくる。
パイロット:「来るぞッ つかまれ!!」
ミサイルはわずかにヘリの上部をかすめた。
だが、当たる事はなかった。ミニガンの弾丸は敵の照準を逸らす事に成功したのだ。
軍曹:「――――良くやった
軍曹が眼下の廃ビルを見下ろしながら、豪快な歓声をあげて言った。ばんばんと黒瀬の肩を叩く。彼の胸元の無線機が、努めて冷静に言った。
無線(統合幕僚本部)『一帯のミサイル部隊の撃破を確認した。
気がつくと、辺り一帯は全て火の海に変わっていた。夢中になって攻撃している内に、敵がいた周辺全てを焼き払っていたようだった。震える息を吐きながら、眼下に目を向ける。四散してあたりに飛び散った体の破片や、炎に包まれて微かに動くばかりになった死体が目に入る。ぞっとした。あそこに倒れているのが自分でなくてよかったと心の底から思う。そして、自分のした事の残酷さに、吐き気がした。
無線(統合幕僚本部):『敵司令部へ向け展開中の全部隊へ告ぐ。
ミサイルを抱えた敵の群れを一掃すると、戦車がうなり声を上げて前進し始めた。ヘリは追従し、黒瀬は軍曹が指示する目標に向けて必死にミニガンを撃ちまくった。いや、撃つ、というよりは濁流を流し込む、と言う方が感覚としては正しい。真っ赤に燃える弾丸の濁流を敵に空から注ぎ込むのだ。一帯は土煙と炎に包まれ、誰も生き残らない。全ては炎に飲まれるか、霧散して消える。
軍曹:「見えたぞ、司令部だ!」
軍曹が叫び、進行方向を指さす。あっと黒瀬は声を上げた。高層ビル群の中で一際高いそのビルは、黒瀬が見慣れたあの指定第九地区一番の大企業、V-tec Life社のビルと酷似していた。そういえば、ブリーフィング画面で舞台が第九地区であるような事を言っていた気がする。あのビルは戦時中もあったビルだったのか? 眼前のそれは要塞化され、ヤマアラシのように
ヘリの足下で、整列した戦車隊が一斉に主砲を発射した。
連なった主砲の音はヘリが傾く程の衝撃波を飛ばし、黒瀬の耳はキーンという高音に包まれてしまう。くらくらする頭を振り、音を取り戻す。ビルの方から破砕音と炸裂音、爆音が響き渡り、それを見た兵士達が歓声を上げた。黒瀬も思わず叫んだ。敵の牙城に一斉に着弾した105ミリの巨大な砲弾は一気に炸裂し、ビルを火の海に変えたのだ。対空砲やSAMサイトが吹き飛ぶのが見えた。
軍曹:「突入するぞ!!」
パイロットが操縦桿を傾け、軍曹が怒鳴った。足下が傾いで、黒瀬は手近な縁に捕まってなんとか耐える。ヘリは急速にビルに接近し、巨大なビルが拡大されて全容がわからぬ程さらに巨大に見えてくる。迫ってくるビルの姿に、黒瀬は思わず息をのんだ。
軍曹:「
その時、軍曹の怒声と共に、ビルの窓から真っ白な光が飛び出してくるのが見えた。とっさに黒瀬は光の方へとミニガンを向けて弾丸を注ぎ込むが、光は止まらず、のたくりながら凄まじい速さで迫ってくる。パイロットが体ごと操縦桿を倒し、機体をバランスを崩すすれすれまで傾ける。
ジェット噴射の音が耳元をかすめていった。
軍曹:「窓の中だ! 全員応射しろ!!」
軍曹が黒瀬の肩を叩いた。他の兵士達も扉口に集まり、ライフルを連射する。凄まじい高所の風と浮遊感の中、ビルの窓向こうに次々現れる、対空ミサイルを抱えた人影に向けて弾丸をたたき込む。軍曹はパイロットに急いで屋上に兵士達を降ろすように伝え、ヘリは急速に高度を上げていく。その間にも、敵がビルの窓から発射した地対空ミサイルが次々と味方のヘリ部隊を打ち落としていく。まさに血を流しながらの突入だ。耳がおかしくなるくらい、手の感触が無くなるくらい、黒瀬は必死にミニガンを乱射し続ける。
視界の端で爆音と火の手が上がった。
パイロット:「うわっ!?」
コクピットで悲鳴のような声が上がり、はっとして眼を向けると、ちょうどフロントガラスに撃墜された友軍ヘリのプロペラが迫ってくる所だった。
衝撃
コクピットに横薙ぎで突っ込んで来たプロペラはパイロット二人の頭をたたきつぶし、体を真っ二つに切り裂いた。ヘリは揚力を失い、ただの鉄のかたまりになってきりもみして地面に吸い込まれる。突然襲ってきた重力と遠心力に逆らえず、黒瀬は足下をすくわれてヘリの外へ放り出された。なすすべもなく、ただ必死に機体に手を伸ばした。
軍曹:「
その手を軍曹が握る。宙ぶらりんとなった体は急速に下降していくヘリの下で激しく揺れる。肩が外れて、激痛が走る。地上で燃えさかるヘリと戦車の残骸から立ち上る熱風が、黒瀬の髪を揺らした。
軍曹:「司令部に突っ込むぞぉぉぉお――――!!!!」
傾いたヘリはうねりに吸い寄せられるようにビルにつっこでいく。ビルの巨体が迫る。風を切る音が耳元でうなり声を上げている。黒瀬を飲み込もうとする悪魔のように迫る壁面。窓から見える乳白色の照明の光が、愕然とこちらを見上げる敵の兵士の姿を映し出す。その驚愕の表情の、シワの一つ一つまではっきり見えるまで、その姿が、あっという間に大きくなり、直撃の瞬間、黒瀬は目をつむり、その直後、体をばらばらにするような衝撃に飲み込まれ―――
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