十八:挑戦に向かう帰路
校門を出る頃はいつもの通り、最終下校時刻の七時近かった。ほのかに残光が残るが、日は落ち切っている。バスケ部の他、幾人か部活終わりの生徒達が、校内と外の道路に設置されている柱灯の照らす薄闇の中、一人、または二~三人連れ立って校門から出ていく。今駒高校は周りに住宅地を置いた只中にあり、それぞれの家庭内ではほとんどこれからが一日の生活活動のピークであり、開け放しの窓から家族の団欒の声や大音量のテレビの音が漏れ出てくる。しかし、今まさに活動を終える瞬間の学校は静けさに包まれており、未だ残って活動を行っている教員たちのいる職員室の窓から煌々とした光が漏れ出ているが、門から真正面に見た場合、暗闇が落ち込んだ校舎は巨大な敷地の中に空しさを湛えていた。いつもは騒がしく話す友人同士の生徒達も、この空気に取り込まれたのか、どこか声の調子が抑えがちだ。涼しくかぐわしい緑の香りの中、榊と浩史は連れ立って校門を出た。
「じゃ、さかっちゃん、また明日な」
「おう」
浩史は手を挙げて校門を出て左の方へ進む。榊とは反対の方向だ。榊も家の方向へ向かって歩き始めたが、一人で歩いている内、先ほど選手に選ばれたことの反芻が実感を伴って頭の中を駆け回った。考えている内に興奮から知らず知らず前屈みになり、息が荒くなる。運動を終えたばかりの暖まった、しなやかなよく動く筋肉の状態もあり、アドレナリンで高揚して妙に意識が明晰な榊はふと思いついて足を止めた。スポーツバッグから携帯を取り出して家にかける。着信音がしばらくなった後、母親が出た。
「もしもし、榊? どうしたの?」
「あ、俺ちょっと浩史とコンビニ寄ることになってさ。立ち読みとかするからちょっと遅れると思う」
「え? せっかくお父さん出張から帰ってあんたが帰るの待ってるのに。――いいけど、夜道は危ないし、お父さんも待ってるし、出来るだけ早く帰りなさいね。晩御飯先に食べとくわよ?」
――しまった、今日は父親が帰ってくる日だった。――しかし、決断して言ってしまった以上は仕方ない。
「――うん、ごめん。先に食べといて。出来るだけ急いで帰る――」
やや興奮が冷まされた形で榊は携帯の通話を切った。父親が帰ってはしゃぎ気味の禊の顔が目に浮かんだ。自分と一緒に家族四人仲良く食卓を囲んで笑顔で団欒の時を過ごしたかったのだろう。その機会を潰したことで、妹に対する罪悪感がやや胸を重くしたが、こうなった以上仕方がない。やはりこのまま直接早く帰るということも可能ではあったが、もう一つの決心もまた榊にとっては大事なものであった。
榊は携帯をしまい直して、肩に掛けたバッグを同じ側の手で支えながら肩を跳ね上げて掛け直すと、そのままくるりと身を振り向けて、今帰りについていた道を逆に引き返し始めた。出てきた校門の前を通り過ぎ(今はもう人気は全くない)、先ほど浩史が帰りに着いたのと同じ方向に向かって進む。歩きながらバッグのチャックを開け、がさがさと中をまさぐると、手が探していたものに触れる――比恵から受け取った霊縄だ。それを取り出すことなく、中で握ったまま鞄内を覗き込む。響美神社の景色を思い浮かべると――パアアアアァッと白い光を発した。そしてまた初めて受け取った時と同じ、霊気が行き来し、手首の奥に縄の端を発するかのような感覚を覚えた。部活運動後の昂奮状態だからなのか、昨夜の時よりその感覚が鋭敏で、縄に触れた手元の部分に太くはっきりと感じるその光の紐のような感覚は、徐々に細くなってはいくが、より体の奥深くまで入り込んでいき、最後には細い糸筋のような形で体の胸の辺りをぐるぐると巡っていく。霊気がその流れを通してドクドクと脈打つのがわかった。
――榊は朝担任の田畑から聞いた、駅前での不審者を探しに行こうと考えたのだ。伯母の家付近に今も徘徊しているかもしれないあの中年男も気になったが、他にナミカゲに取り憑かれた人間がいるなら見てみたい――正直なところ、あの家の側の丘の人気のない暗闇の場所でもう一度ナミカゲと対峙するのは恐ろしかったというのもある――。駅前に現れた方は二十代で背の高い男というから、明らかに運動不足のあの男より手強いだろうが、人気があり、明るい繁華街(駅前の場所は噴水のある広場から大通りが続いており、そこには様々な店が並んでいる)なら気が楽だ。相手が相手だけに人を呼ぶことは出来ないにしても、いざという時逃げやすくもあるだろう。
榊は霊縄から手を放し、そのままバッグから手を抜き出すと、いつでもそれを確認、掴めるようにバッグのチャックを開けたまま、部活運動後の昂奮に、今しがた再確認した霊力の流れの実感によるさらなる気分の高揚を加え、ずんずんと駅前の方角へと足を進めた。
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