十七:バスケ部にて

「はい、みんな集合―!」

 バスケ部顧問の森山が手をパンパンと叩いて、太いよく通った声で招集をかける。四十代半ばで、身長は184センチ。頭の毛が薄くなり、側面から頭頂を通って横に並んだ筋の形で髪の毛が通っている――いわゆるバーコード禿というやつだ――。体つきはずんぐりしており、以前写真で見せてもらった、学生時代選手として活躍していた頃の細身に比べると随分と贅肉が付いたという感じだが、それでも半袖のシャツの上腕下部から見える腕と手、そして裾をまくった下のジャージから覗かせた毛深いすねの部分のそれぞれの筋肉のラインはくっきりし、着衣が覆い隠している部分も薄い布地を通して下からの力強い盛り上がりが浮かび、なお逞しい体を示していた。彼は現役時代フォワードだったらしく、そのため同じポジションの榊や浩史は普段からよく目をかけられていた。


 二人でワンオンワンの練習をしていた榊と浩史はその場にボールを置き、走ってタオルと水筒が置いてある場所に行き、スポーツタオルで顔や首筋の汗を拭きながら顧問の場所に向かった。他の部員たちも集まり、部員が多いため、二、三重の半円の弧を描く形でずらりと整列する。これだけ凝集すると汗と運動で上がった体温でむっとする。皆、汗を拭いたタオルは首にかけ、足は肩幅よりやや広く、両手は腰の後ろに回して背筋を伸ばして待機の姿勢を取った。一年生の榊は半円の列の後ろの方だ。部長の山本は同じくピンとした待機の姿勢ながら、顧問の森山の横に着く。顔付きは真剣で、元々の釣り目が向かい合う部員達に対しさらに強い印象を与える。


 森山は手にした紙を見ながら言う。「来週日曜に組んだ背野高校との練習試合のメンバーを伝える。今度組むのは二年生メインで行く。野口――、伊藤――、長谷川――、多賀――」二年生四人の名前が呼ばれると、それぞれの選手が並んだ弧の所々から「はい!」と高い声を上げる。「――天海」

 自分の名前が呼ばれると榊はビクッとした。一瞬固まるが、すぐに背を正して「はい!」と大きな声で返事する。隣の浩史をはじめ周囲の意識と視線がこちらに向かうのを感じた。緊張で先の運動の体温で上がったのとはまた別の汗が出てくる。心臓もバクバクいっていた。

「――これだけだ。今度のは主に下級生に経験を積ませるのを目的として行う。当日は試合に出ない一年生も全員勉強のため来るように。二、三年生はついてきてもいいが、好きにすればいい。各自家で休養なり筋トレなどの自主練なりしとけ」名前を呼び終わった後も紙を見つめ続けていた森山だが、顔を上げると、「以上。今日はここまで。解散!」大きく声を張り上げた。

 『お疲れっした―!』『ありがとうございました!』挨拶の声を上げ、皆が顧問に一礼する。隣の山本主将も一歩距離を取って森山に一礼した。


 皆散らばって一散に後片付けに向かうが、森山が名前を呼んだ一人一人に近づいていき、何やら声をかけている。最後にボールを拾っていた榊の方に近づいてきた。それに気づくと作業を中断して森山の方を向く。

「おう、天海。今度のは二年生強化主体だが、一年生のお前も入れといた。相手も三年生のレギュラーは出さず、経験積ませとくいい機会だし、他の一年生にもいい刺激になるからな。頑張っていいとこ見せてやれよ」

 ぽんと背中を叩いて(と、いっても大きな体から繰り出されるその動作は森山にとっては軽い仕草にしても、榊の体を一瞬ぐらつかせた)森山は去っていった。傍で聞いていた浩史がボールを両手に持ったまま言う。

「いいなあ、さかっちゃん。俺もはよ試合出たいわー。結構真面目に練習しとんねんけどね」

「――あ、ああ―」

 榊は浩史に顔を向けないまま何となく答えたが、思わず顔がにやけるのを覚えた。気分が高揚する。まさか入学から一月ちょっとでもう練習試合に出してもらえるとは。この喜びの高鳴りをすぐ傍にいる浩史には気付かれているはずだが、悔しいという思いはあっても嫌いにはならないだろう。選手仲間としてそういう心の機微を通い合わせることは出来る。榊は顔の温度と共に自分のテンションがどんどん上がっていくのを感じた。

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