Ⅹ:王(ワン)の骨董品

 ワンの部屋の前に行くと自動で閉じる開き戸と戸枠の間に、辺8センチ、6センチほどの直方体の形をした、表面がささくれだった木切れが差し込まれており、原始的な方法で、自動で戸が閉じるのを防いでいた。以前にも隣室に伺う時にそういう事はあり、俺はそれを黙って入っていいという合図に受け取った。戸を開け、つっかえになった木切れを拾い上げて土間に置き、靴を脱いできちんと並べると、「お邪魔するよ」と挨拶してワンの部屋に上がった。


 ワンの部屋は俺の部屋と間取りはほぼ同じなのだが、中の家具や装飾のインテリアがまるで違い、作り出された部屋空間の印象は全く別物だった。部屋の家具はテレビや洗濯機、冷蔵庫といった電子機器はともかく、箪笥や棚、机といった調度品はみな、木製の縁に繊細な装飾が彫り込まれ、表面の黒ずみや色褪せた様が長い年月を感じさせる古びた物だった。それらの調度品のあちこちに置かれた小物や、壁に掛けられた掛軸グアヂォゥもはるか過去の時代を感じさせ、物により繊細だったり豪放だったりした。

 全て、ワンが自分の趣味と見識、眼力で集めたもので、俺はその方面にそこまで詳しくないが、彼の言うところによれば、全部古い時代の中国に由来し、20世紀初頭の清朝チィンチァォから後の物は無いという。濃く暗いウォールナット色の、上の方がすぼまった形ですっきりと立った長方形のフォルムをした木製の置時計にしても、清朝チィンチァォ時代にヨーロッパより渡って来たものを富裕層が手に入れ、飾っていたものだ。その他、白地に青龍チンロンの模様が描かれた、わずかな高台を持ち、シンプルな丸みを帯びた形をした壺(有名な景徳鎮チントーチェンの物と聞いた)や、赤褐色の地に、黒灰色の蔓草木の唐草模様アラベスクが彫り込まれた、漆器チィーチィーの丸い小箱などがそこここに置いてあった。人間が体内チップを埋め込むはるか前、生活に電気や電子機器を取り入れるすらしていなかった頃の美術工芸品アートワークスで、マックがたった50セントで手に入れて満足がっていた、もはや機能しないおもちゃ同然のサイバーサングラスのガラクタと違い、高い美術的価値を持つ、本物の骨董品の数々だ。

 建築業をしているワンは、多少裕福な奥さんの助けもあるとはいえ、これら故郷の過去の貴重な作品の数々を、勤勉に働く合間の質素な生活と倹約の繰り返しで細々と必要な金をためては、骨董品店やガレージマーケットで作品を見繕って購入していた。特に清朝チィンチァォ以前に限った古い時代のこれら作品ともなると、高価な物が多く、時に掘り出し物に出会うとはいえ、自分の趣味と骨董知識に合致しながらも手に入る限り安いものを選んでいくしかないため、どうしても小物ばかりになってしまうが、手で簡単に触れ、持ち上げることの出来るそれらは、それゆえ、その繊細さが俺達の肌の感覚を通して(実際に触れるだけでなく――そうすることはほとんど無かったが――、‘そうすることが出来る’物を目の前にして空気を共有することでもだ)内に沁み渡ってき、より親密インティメイトで素朴に、俺達の今の生活からはるかかけ離れた遠い時代への郷愁へと誘った。ワン自身は、就いた建築関係の職業での、若い頃にここN.Yのとある邸を解体している際、中から中国の骨董物の机アンティークデスクが出てき――今書斎代わりに使っている右手の部屋内に置いてあるのがそれだ――、その細かな装飾と、全体にこじんまりした華奢な作りに強く心を打たれ、それ以来故郷の過去の工芸品アートワークスに夢中になってせっせと集めるようになったというわけだ。俺自身は、やはり西洋のアングロサクソン系のがっしりした体格と違い、東洋の中国人のどちらかというと小柄な体格がそれら繊細な作品の数々を生み出し、またそうした感覚を、ユングの原型質が説く通り、遺伝子レベルで代々伝えていくことにより、骨董机アンティークデスク》がワンの前に現れた時、彼自身の内にある感性と美的感覚に共鳴し、それらを再発光させることになったのではないかと考えている。その手の論文や書も、サイバー空間でも実際の本ででも多く出回っているはずだ。それでもなお、これら繊細な東洋の作品群が、民族と古い文化様式が遠く離れた俺をも深く魅了するのは確かだ。

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