Ⅲ:チッパー

 ぽっちゃりデブが一生懸命話している内容を聞き取ると、何やら魂の存在について語っているようだ。奴らの崇拝するユング自身が輪廻転生を熱心に信じていたことを踏まえてらしい。原型質の存在が生物学的レベルで証明された時、同じユングとのつながりで、そちらの方面についても熱心な探索が行われたが、いまだに魂の方の存在は証明されていない。デブは滔々と過去のチベットで実際にあったとされる輪廻転生の実例や、チベット密教の思想について語っていた。


 俺はそちらの方に耳を傾けていたが、エマの方に体を向けたままのマックもいつの間にか彼女に対する饒舌を止め、巨体を静止させて向こうのテーブルの話に聞き入っていた。直接あちらの方に顔を向けてはいないが、それなりに興味を持ち、集中して聴いているようだ。やがてくるりと俺の方に向き直ったが、その際お気に入りの、今は使い物にならない、骨董品物の過去のサイバーアクセス可能型のサングラスを外し、カウンターの上に置いた。バーのあちこちから強い光を送ってくる照明に一瞬しばたかせた目と、周りに贅肉がついた口は今は笑ってはいなかった。


「そういや、最近俺達のアパートの周りでも、オオクニヌシの連中どもが動き回ってやがるんだがな、最近あちこちで動きを活発化させてやがるようだが、ありゃ何だ? 何かの祭りが近いとか何とかだったか?」

「大昔のイズモテンプルをそのまま復元しようってプロジェクトがもう何年も続いてて、来年落成予定というじゃないか。それで連中熱心に活動して、落成記念の巡礼準備の他、布教にも改めて力を入れてるんだろう。ニュースで受信しなかったか?」

「あいにく、俺はその手のアプリケーションは自分のチップの中に持ち込まないようにしてるんでね。いちいち、やれどこかの会社が最新の商標判定プログラムの判定結果に基づいて別の会社を訴え出したとか、スポーツ界で選手の体内に隠された神経活動励起強化チップ発見法の新たな技術開発とか、自分からわざわざ追う気になれんよ。それに、ニュースを配信している会社が俺たちの頭に直接サブリミナルを植え付けて、自分やスポンサー会社の商品を買わせようとしてるとか、大手の大々的なハッキングでチッパーを洗脳させたり、好きに行動させたりされる危険があるというじゃないか。だから俺はチップでのサイバーアクセスは同じ仲間の芸術コミュニティか仕事絡みでつながりを持った企業か個人のサイトしかしないんだ」


 自分の表明した意見について自分で満悦したように再びニヤリと笑い出した。サングラスを外すと目の周りの皮膚の緑まで露わになるが、目の下の部分だけは、やはり葉緑素が定着してはいるものの、隈の黒ずみのおかげで緑がそこまで目立たず、元の自然な人肌にそれだけ近く見えるため、緑のエキセントリックな外観を割り切って見ることもできず、かといって改めて人の近さに親しみを感じるには中途半端な不気味さだ。俺はそんなマックを見て片方の口端を吊り上げ、ふっと冷笑交じりに苦笑した。サブリミナル効果については、50年前に人間の脳と神経細胞に直結するサイバーアクセス可能な体内チップが開発、導入された当初から議論になり、とある小さな広告会社が実際にスポンサー会社の製品情報をごく小さな断片情報として発信し続けたことから、改めて極小情報の定期的な発信、配信はチップ側で受信を弾くようにされ、広大なサイバー空間をパトロールするプログラムの側もそうした発信を積極的に突き止め、時によりアクセスをシャットダウンするようにと工夫が加えられた。ハッキングについては、まだそうしたチップが開発される以前、百数十年も前の体外でのサイバーアクセス時代からしばしばその危険性が明らかになり、段階的に対処法が進歩していき、しばしばその飛躍的な発展が見られたため、‘チッパー’時代到来以前にすでにサイバー界においてそうした危険性はほぼ100%無くなっていた。それでも、一部――脳と神経に直接関わり、作用するチップを埋め込む事を非人間的と拒否するN.C.Hノン・チップス・ヒューマニズム・.Pプロモーションの人間が多かったが――‘ナチュラリスト’の連中は今もそうした事に対する危険性を根強く訴え続けている。――滑稽なのは、ナチュラリストの連中のそうした活動についてのニュース報告が、日に何度かアクセスするそうしたニュースサイトで時々流れてくることだが。とにかく、マックはそうした点、古風で変なこだわりを持っていた。今はカウンターに置かれて、他からの照明を受けてその目を強烈に黒光りさせている、体内チップが開発される以前の、過去の遺物のサイバーアクセス可能のサングラスを骨董品屋で見つけて、変に愛着を持ったのも同じような感情からかも知れない。

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