第壱章 未の刻
高さ三メートルほどある城壁からそっと顔を覗かせたのは麗しき紅い瞳をもった十五歳くらいの少女だった。長い黒髪もまた、美しい。少女は落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回す。まるで悪戯をする一歩手前のようだが、事実その為で人がいないのを入念に確認すると、少女は重力に身を預けてしまった。刹那、膝丈の上品な
まるで、何事も無かったかのような華麗さで。恐ろしく手慣れたものだった。
「さてと、今のうちに……「どちらへ行かれるおつもりなのですか?」
スキップでもし出しそうなほどご機嫌な様子で丁寧に手入れされた茂みの中をこっそり進んで行こうとした矢先、斜め上から随分呆れかえった声が少女に浴びせられた。行く手を阻まれた少女は一瞬露骨に嫌な顔をするも、渋々足を止め声のした方へ顔を向ける。
「はぁい、リュヌ。最近素晴らしいタイミングで出没するのね?」
「それだけ繰り返されている、という事でしょう」
ヒラヒラと手を振り、ニコリと貼り付けた笑みで。嫌味の含まれた口調に、こちらは短い黒髪に紅き瞳を持った少女より更に背の低い少年がウンザリだと言わんばかりに悪態をついた。
「だって、お城の中はツマラナイんですもの」
けれど、少女はといえば悪びれた様子もなくしれっと言い放ってみせた。それはそれは満面の笑みを浮かべて。
「またそんな事を言って。姉上にはこの国の王女だという自覚がなさすぎます。第一、見つかって兄上に叱られるのは僕なんです。巻添えになるのはゴメンです!!」
反省の色など全くない少女に、少年はほとほと呆れ返った。王太子である少年の兄は、妹である少女のことになると可愛さ余ってか口うるさくなるのだ。少女が勝手をする度に、お小言を聞く羽目になるのは何故か弟である己なので、少年としては何とでも引き止めたいところだった。
「お兄様がお気付きになる前には帰るようにするわ」
「そう言って間に合った試しがないじゃないですか、姉上はっ!」
「うっ」
どうやら相当常習らしい。身に覚えのあるようで、イタイところをつかれた少女は姉の威厳もなく押し黙る。
「今日という今日は行かせませんよ。街も民も不安定なのをご存知でしょう?今はマシとはいえ、此処もいつ何が起こっても可笑しくはない状況なんですよ!」
少年は両手をいっぱいまで広げて、少女の前に立ちはだかった。
近頃、少女達の住むアンジュ王国は類を見ない事象に見舞われていた。王宮のある東は幾分かマシだったが、北は暴雪、南は干魃、西は大気汚染と異常気象が特に酷い。
他にも各方面の出先機関から、伝染病や動物の暴走、生命体の異変化など色々な報告が寄せられている。そのせいで、人々は常に緊張状態を強いられ、町は殺気立っているのだった。
「……承知しているから、行くのよ」
少年としては、王太子の事がなくても王女がそんなところに護衛も付けずに行くなど言語道断だったが、少女の
「ですがっ!万が一、王女である姉上の身に何かあれば……」
「大丈夫よ。自分の身くらい、自分で守れるわ」
少女は、少年の懸念を途中でキッパリと遮った。服の内側に一応仕込んである短剣を、確かめるようにスカートの上から握って、断言する。
「剣じゃ僕にも勝てやしないのに、その自信はどこからくるんですか。それに、それだけではありません。もし姉上が王女だと、民にバレでもしたら……」
「そんなヘマもしないわよ」
少女はニッコリと、有無を言わせない笑みを向け少年の口元に人差し指を当てた。黙れ、という合図。少年からしてみれば全く信憑性に欠けていたが、何度回数を重ねようと、口では今まで勝てた試しがなかった。
「それじゃ、行くわ」
「あ、姉上っ!」
少女は動揺を隠せない少年の脇を、猫のようにするりとすり抜ける。一度怯んだ後の制止など、足早に去って行く少女を引き止める効果はもはやなかった。漸く城門から抜け出すことに成功した少女は振り返ることなく、城下へと歩を進めていく。
「……正体がバレる事なんて有り得ない。この国の民は王女の顔なんて知らないのだから」
途中、譫言のように呟かれた言葉は、風に乗って宙へと散った。
「あれ、クロワちゃん?今日も来てくれたのね」
「こんにちわ、シャトン。変わりはないかしら?」
殺伐とした空気が漂う城下を抜け、やや西にある草原へとやってきた少女を出迎えたのは身長百五十センチ程、黒い帽子とミニスカートからこれまた黒い大きな猫耳と長めの尻尾を出した女の子だった。草原から続く森を抜けると各方面に繋がっているせいか、この辺りの異変は王宮周辺より色濃く、彼女の姿はその強く影響を受けたものだ。
「異変がこんなに顕著に出たのは、まだ私だけみたい。けれど……」
言葉は、
「何か、ありますね」
「えぇ。不気味なほど巨大な何かが渦巻いている。澱みが、膨れてる」
風に絡み合う木々が、ザワザワと掠れた音をたてる。侵入を拒むように。けれど、どこか誘うように。
「咲かないハズの花は咲き、咲くハズの花が咲かない。来るハズの鳥は来ず、来ないハズの鳥が来る…ズレてきているわ」
言って、半猫の彼女は森から視線を反らすをように視界を閉ざし息を吐いた。
「シャトンは、あれから調子が悪くなったりなどはないのですか?」
「うーん……偶にだけれど、瞳の色が変わるくらい、かしら?」
「影響が、広がっている。効いて、いないのですね」
遠慮がちに返された言葉に、少女は残念そうに肩を落とした。
少女は以前お忍びでやって来た時、王宮からこっそり持ち出した”薬”を半猫の彼女に与えていた。しかし、どうやら空振りに終わったようだ。尤も異変の原因は解明に至っていないので、効果があったかどうかは分からないのだが。
「ぁ、と言っても支障を来たす程じゃないのよ。食い止めて、コレで済んでるのかも⁈」
「ふふ、ありがとうございます。さっさと原因を解明しないといけませんね」
余りの落ち込みぶりにか、首も手も振り回す慌てぶりでフォローする半猫の彼女に少女はゆるりと笑った。
「で。その原因追求とやらは、進んでいるのかしら?」
「……いえ、正直言って、お手上げ状態のようです。異変は魔力の枯渇に
最初からか細かったが、告げていく声音がどんどん頼りないものに変わっていく。
少女は途中で話すのを辞めた。
アンジュ王国は、魔力によって保たれる国である。東西南北それぞれに存在する供給者が国の秘宝に魔力を定期的に補給すると、その秘宝が供給器と成り代わり一定量を世界に供給する
しかし、3ヶ月程前、それぞれの供給器に貯えられていた魔力が急激な減少を見せ始めたという知らせが王宮に届いた。しかも、供給者によって補給されても、すぐに枯渇する始末。まるで、何かが吸いあげてでもいるかのように。
ーー さすれば、世界は揺らぐ。
「それは、相当ヤバそうね」
魔力核保持者の多い、つまり、いざとなればなりふり構わず補給を出来る者が多い東でこうなのだから各方面が東より強く荒れているのは、ある意味仕方の無いことだった。
「恐らく、近々調査団が派遣されると思います。根本原因は東にないようなので」
とはいえ、人が人ならざるモノへ変貌を遂げている。急がなければならない。少女は、再び気休め程度に薬を半猫の彼女に与えて、王宮への道を戻って行った。
「……?」
「あらシアン、いたの」
「まぁね」
少女が完全に見えなくなって森の方から姿を現したのは、半猫の彼女と同じくらいの大きさの、半パンから犬の尻尾を出した男の子だった。傾いた夕陽に、眩しそうに目を細めながら一つ欠伸をもらす。
「ってかオマエ、あのコが詳し過ぎることに疑問もたねーの?」
「多分、王宮に出入りして聞いたんでしょ…ってどこから聞いてたのよ」
半犬の彼は少女が去った方をちらりと見たが、半猫の彼女の言葉に一応納得した顔をみせた。おふざけのやり取りでなかったことは、その内容から一目瞭然だからだ。
「んーほぼ最初から?なら、良かったのかよ、俺のこと言わないで」
「流石に信じないでしょ、犬が人になったなんて」
「…………そりゃそうか」
今や国中に、異変について逐一報告する義務のお触れが出されているのだが、半犬の彼は半猫の彼女の言葉と睨みつけに再度納得して、口を閉ざす。話を促すための、空気を読んだ行動だった。
「どこまで本当か分からないけれど、あのコの話じゃ出来ないことはないらしいわ、魔力で人を動物の姿にしたり、逆に動物を人の姿にする事。勿論難しいけれど、生命体に備わる受給器が強固であれば耐えられるらしい。だけど、やはり動物は人より受給器が小さく脆いから耐えられない、って話なのに」
とはいっても、半猫の彼女の言葉はほぼ独り言になってしまった。悔しそうにブツブツと呟き、半犬の彼の視線から逃れるように顔を逸らした。アンジュ王国には人間以外に言葉を操れる動物は存在するが、半猫の彼女には、半犬の彼に耳がない分、自分よりヒトに近く思えてならなかったのだ。
人であった自分が動物になっていくのに、動物であった犬が人に近くなっていく。それは、半猫の彼女でなくとも人間にとって複雑……いや、屈辱以外のナニモノでもない。
それ故、その悔しさの滲むボヤきは無理もなかった。
「ねぇ、シアンはまだ元に戻ること、あるの?」
「ぇ、あぁ。頻度は減ってきてるけどな」
「なら、コレは貴方にあげるわ」
しばし沈黙の後、不意に自分についての話を振られ、思わず身構えた半犬の彼の前に差し出されたのは少女が”薬”と称して置いていったものだった。夕陽に反射してキラキラ光る。
「いや、お前が貰ったんだからお前が飲めばって、おいおいこれって!」
「そう、小さいけど魔力の結晶よ。貴方が飲んだ方がまだ効果があると思うわ」
「そりゃあれだけ肩も落とすわ……」
半犬の彼の中で、漸くあの時の少女の落ち込みぶりに合点がいった。原因が分からない異変に効果が期待出来る可能性のある薬など、変な話であったが異変を引き起こす力を制御し得る魔力石ならば、確かに可能性がなくはない。
「……サンキュー、有難く貰っとくよ。っかあのコ、これ持ってていいんかね?」
勿論全くの未知数ではあるが、半犬の彼は何もしないよりマシかと欠片を噛み砕いて喉の奥へと流し込む。
「さぁ?もしかしたら供給者なの、か、も、ね……って、え?」
すると、あまり興味なさ気に告げる半猫の彼女の隣でぽんっと小さな爆発でも起こったかのような音と共に、やはりブリンドルの毛とグレーの瞳をもった大型犬が姿を現した。
「やっぱり何かあるのかもね、あのコ……」
「わん(恐らくね)」
どこまでも頼りない犬の鳴き声が、空に消えた。
※※※※※
「姫様!漸くお戻りに…ロワ国王陛下より謁見を賜っておいでです」
少女が王宮に戻ってきたのは、月ももう空高くにその姿を見せていた頃だった。
弟とのやり取りなどなかったかのように、やはり悪びれた様子のなく帰ってきた少女を出迎えたのは、少女と同じくらいの身長とこれまた黒い髪に紅き瞳を持つ、イヤに白い肌の侍女だった。こちらは足首まで丈のある、マーメイドタイプになった上品な黄色のワンピースとショートブーツをその身に纏っている。
「ふふ、お怒りは買わずに済みそうね。フルール、すぐに参りましょう」
「畏まりました」
勿論、妹を心配してのことではあるが、何かと小うるさい王太子殿下への自分の不在の言い訳を、どのようにしたものかと少女なりに考えていたが、早口に告げられた侍女から受け取った手紙にさっと目を通すと、少女は悪戯な微笑みを浮かべた。何故なら、今まで父である国王陛下に先に会えば城下へのお忍びの件は不問に処して貰えていたからだ。それは、勿論今日も。少女は喜々として陛下が待つであろう謁見場へ足を向けた。
「陛下、王女様をお連れいたしました」
謁見場といいながら、侍女を連れ添って少女がやって来たのは裏門前だった。たとえ親子であろうと、国王と会うのは謁見室というルールがあるにもかかわらず。
「ごくろう」
それでも、国王はそこに佇んでいた。まるで密会だ、とでもいわんばかりに。
「まずはソナタに謝らねばならぬ事がある」
少女より長身でやはり長い、腰あたりまである黒髪をもつ国王は、少女の方へ振り返ることはせず、重々しく口を開き始めた。
「調査団派遣の件だが、議会の反対多数で当分見合わせとなった」
「…………人手不足ゆえ、ですか?」
国王の言葉に、少女は冷静に返す。その紅に落胆の陰はない。少女とて、過度に期待をしていたわけではなかったのだ。危険を伴う事由に、重役達がイエスと言わない事は想像するに容易かったからだ。
「そうだ。必ず、と約束していたのに申し訳ない」
「陛下がお謝りになることではございませんわ。けれど、それでは他の手を考えなければなりませんね」
アンジュ王国では、優先はされるが国王の意見が絶対的に通るわけではなかった。また、一度結論が出てしまった提案は、二度と受け入れられることはない。だからこそ今度は議会が賛成しうる案を思慮しながら、少女は国王の言葉を待つ。
「いいや、もう、考えてある。あまり好ましいとは言えないが、密使を遣わす」
「……勅書を使われる、と?」
「人手不足とこられては、どう提案してもイエスとは言うまい。結論の変わらぬ論議など、時間の無駄だからな」
国王は、疲れと苛立ちの混ざった声を吐き棄てた。このまま手をこまねいていても、事態が好転することはないと。
勅書とは国王の権限の一つで、王が一個人に議会の承認を必要とせず出せる命令のことだ。故に強制力は皆無。にもかかわらず、その責は国王一人で負わなければならない。
「本当に、宜しいのですか?」
だからこそ、本来なら選択されえない手段であったのだが、それを知っていても尚、少女は冷静さを失わなかった。
「ソナタは必要のない事は望まない、そうだな?」
「……私を呼ばれた理由はソレですか。分かりました、私もフルールを密使として遣わしましょう」
力強く断言して、赤いマントを翻しながら漸く振り返った国王はしたり顔をぶら下げていた。細いレンズのメガネがキラリと光る。そんな国王に、呆れたというよりは、どこか諦めたように少女は息を吐き出す。
そう。そもそも、異変調査団派遣の件を提案したのは少女の方で、世界情勢を鑑みれば早急に必要なことだった。そして、議会で反対された以上、希望を通す為に取り得る選択が他にない。
「さすが我が娘だ。既に
そんな少女の様子と言葉に、国王は満足気に微笑んだ。
国王とて、危ない橋など渡りたくないのが本音である。よって、その使い所は過まれない。しかし、
特書は、命令出来る範囲こそ狭いが勅書同様、国王の子らが一個人に議会の承認なく命令することが出来るものだ。これまた勅書と同じくその責は命令者個人が負うことになるが、それが勅書と全く同じ命令であれば、勅書の内容自体が議会で承認されたとみなされるのだ。国全体の考えとして。特書にも強制力は勿論皆無だが、命令内容が揃った今、勅書、特書ともに国の決定事項として執行力が備わった。つまり、これで調査団として、王族自らが選出した3人の密使を遣わすことを議会が承認したことになる。
少女は小さく息を吐いて、侍女へと向き直った。
「急な決定で申し訳ありません」
「いいえ、王女様のお望みとあらば」
パチン、と徐に少女が指を鳴らす。すると、まるで入れ替わったかのように、色はそのままにスカートの裾の長さが逆転した。
「旅に出るなら、少しでも動きやすい方が良いでしょうから」
「お心遣い、感謝致します」
どこか心苦しげな表情で、けれど毅然とした態度で告げ、少女はもう一度指を鳴らす。すると、少女と同じくらいの長さの黒髪も勝手に一つにまとまった。これが、魔力。王家の血を引くものの魔力は、呪文など唱えずとも発動出来るほど強力だ。
「よし、決まりだ。これからマジョルが連れてくる二人と、早急に発ってもらいたい」
「畏まりました」
「陛下、騎士エスポワール様と庭師ジャルディニエ様をお連れしました」
侍女が受諾と共に恭しく頭を下げた時、タイミングよく燕尾服の執事に連れられて大小二人の男が姿を現した。
「あぁ、ごくろう。ソナタ達、まずはこの密命、受けてくれた事に感謝する」
「陛下、この度は高潔なるお声かけ誠に光栄に存じます。王女様には、お初お目にかかります」
形式的に述べられた国王の祝辞に、長身碧眼の騎士は言葉こそ丁寧だが、腕組みをしたままというぞんざいな態度で返答した。短髪の美しき金糸と、背負ったマントが風にはためく。あからさまな不遜に執事は眉を寄せたが、国王は咎めるどころか顔色一つ変えない。
「アンジュ王国第一王女、クロワ・ド・ヴィルにこざいます」
また少女も同様だったので、執事はどうにか口を挟む事を耐えた。
「それで、あの、具体的にどのような事をすれば良いのですか?」
腕すら組む騎士とは対照的に、幾分か幼い顔立ちの、
「ソナタらには各地方の現状報告と、供給器である3つの秘宝を持ち帰りを任せたい」
庭師の質問に国王はごく簡潔に答えた。
「ぇ……それでは今以上にバランスが崩れてしまうのではないですか?」
「心配には及びません。これをお持ち下さい」
下された命に対する庭師の尤もな狼狽えに少女は柔らかな笑みを浮かべて、またもやあの結晶を、しかしその塊を差し出す。
「地に埋める事で、供給器の変わりとなり世界の揺らぎは食い止めれます。但し、供給者による供給は出来ませんので暫くの間の仮でしかありませんが」
特大のダイヤモンドのような結晶を、月が青白く光らせる。それは、魔力の塊というだけあって見るものを魅了する不気味な輝きだ。
「畏れながら王女様、供給器を取り替えてもやはり魔力は枯渇するのでは?」
事実、二の句が継げないでいる庭師は魔力石を食い入るように見つめている。次の疑問をぶつけたのは侍女だった。
供給されても、吸い取られるような現象が起こり得るから世界に異常を来たす。ならば供給器を取り替えたところで、魔力を供給する限り現象が収まる可能性は限りなく低いのでは…と。
「問題ございません。その結晶石は、非常に特殊な構成をしていますので」
しかし、その質問すら想定内だと言わんばかりに少女は柔らかな笑みを崩すことなく答えた。
「特殊な構成、でございますか?」
「はい。意思を持っている…と言っては語弊がありますが、その石はただ魔力を一定量排出するのみで外力を受け付けることがないのです」
嘲笑を含ませた、その
「……」
「成程。供給量をコントロールし、魔力を吸い上げている存在を炙り出そうというワケか」
「ご名答です」
その姿に何かを言いかけて、結局口を開かなかった庭師に代わるように続けた騎士の言葉に少女は頷く。どこまでも優しく響く声音だ。
「それで、その秘宝とやらはどんなものなのだ?」
「一つは所有者の心に応える聖剣、一つは危機を捉える鏡、最後の一つは対価と引き換えに願いを叶える聖杯と伝えられています」
「どこにあるんですか?」
「……………………、誰が何をどこで持っているのか、私は存じておりません」
「…………」
更に、少女は口を開いた。声音はそのままに、ただ意味ありげな間をたっぷりと取って。今までスマートに回答を挙げていた少女の取ったその間は、何か隠し事をしていると明らかにしたようなものだったが、流石の騎士でも王女を問い詰めるわけにもいかず各々の視線は国王へ送られた。
「…秘宝を持つのは各地の最端付近にいる最高の供給者だ。ただ、
それぞれの意味を含んだ視線を受けた国王が口にした言葉は、結局のところ少女と同じもので。その一瞬の迷いについて、それ以上密使達から言葉が出るのを嫌うが如く、
「…………陛下、勅書を出されたのは庭師の方ですか?」
旅立った3人の姿が見えなくなるまで見送った後、少女はもの思わしげに口を開いた。
「そうだ……秘宝の場所の問い掛けの時といい、何かあるのか?」
「……いいえ?お見かけしたことのないお方のようでしたので気になってしまいまして」
「彼は二年ほど前に転がり込むように王宮に来られた方でしたので、王太子殿下をはじめ王女様方に近づけれないようにしておりました。故、お知りではなくとも無理はないかと」
仮にも父親だ。奇異な娘の様子に気付かないわけもなく問いかけたが、少女が本題を語ることはない。故意に逸らされた言葉への補足は、執事によってなされた。これまた含みをもたせた言い方で。
「転がるように……ですか。まぁ、お父様が良ければ私が口を挟むことではありませんね。私はお兄様に、お礼を申し上げに参ります。あぁ、お父様にはこちらを」
更に少女は徐に、取り出した小型のナイフで迷うことなく人差し指の先を少し切ると執事から渡されていた紙に紅が滲むその指で何やら書き、国王へと手渡した。
「確かに受け取った……すまない、ソナタまで不自由にさせてしまうな」
「いいえ。私は元よりどこへも行けぬ身。ならばあの者達に代わり喜んで謹慎致しましょう」
血でサインされた特書にどこか辛そうな顔をした国王だったがその
国王の承認があっても尚、特書を出せば命令者はその命が果たされるまでその身は軟禁されることになっているからだ。王族の権力濫用を阻止する目的として。
「流石は王女様、素晴らしく頭がキレますね」
「あぁ、あのコは聡い。故に次第を正確に把握をしている……まぁそうでなくては困るのだが」
視線の先で小さくなっていく少女の姿を、国王と執事は賞賛の目で見送る。
「それにしても陛下、王女の存在を明かされて良かったのですか?」
「現状が現状だ、やむを得まい。4年も待てはしないだろう」
「それもそうですね。あぁ、もうあんなに月が高い。本日はお早めにお休まれ下さい」
「あぁ」
柔和な笑みをたたえ、優雅に腰を折った執事に、どこか上の空で言葉を返した国王の
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