序章
「…………」
(今のは、)
少女はゆっくり目を開いた。
いつもと同じ景色。音も、光も、無い。まるで、世界からその空間だけを切り取ったかの如く何もない。ただ、静寂だけが支配している部屋。
(ユメ…?)
カチリ。時計の秒針がやけに大きく響く。そう、世界は紛れもなく動いているのだ。止まる事など知るはずもなく、一定に刻まれる時間が、人々を動かす。
置き去りになっていたのは、少女の方だった。
(時が、満ちてしまったのね)
闇に、淡々と、身を任せていられればどれ程良かっただろう…と一つ残念そうにため息をついて少女はぼんやりと思う。
今まで通り、美しき世界と距離を置くことは出来た。目も耳も口も塞ぎ、思考することも、感じることもなく、一体の人形のままでいる選択も取り得れた。
それほどまでに色無き空間は深く落ち同化すら許した少女を、優しく迎え入れているのだから。
しかし、少女は知っていた。世界は常として残酷であることを。そして、振り回すのが人ならば、振り回されるのもまた人に違いないということを。
人は、失くした物があればソレを探そうとし、欠けた物があればソレを得ようする。また、欲しい物があればソレを手に入れようとする。目的の為に手段を二の次にして。
人の欲望が国を栄えさせるのならば、国を揺るがすのもまた人の欲望なのだ。
そこに、例外の文字はない。あるのは、数え切れない犠牲と言い訳だろう。
「行かなくては、ならないわね」
絶望を見るには、まだ早い。望む望まないにかかわらず、元より救済する為に創造したのだから。総てにおいて欠如が見られても立ち上がる気力と、立ち向かう強さは残っている。黒に混じり得ない真紅が、微かな光を放つ。躊躇する間も惜しむように。
闇と静寂に、再び意識を預ける前に少女はそろりと身を起こした。
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