終章
教会内は、静まり返っていた。
騎士が投げつけた聖剣が、元女王にクリーンヒットしその身体を倒れ込ませたからだ。具現化が、ゆっくりと薄れていく。誰もが、その光景をただ眺めていた。光の玉は、一つ一つ上昇しては少しずつ消え失せる。身体を貫いた聖剣と共に。
「……王女。俺に、貴女の剣をお貸し願いたい」
「何を、なさるおつもりですか?」
元女王の全ての残像は消えてしまっても誰もが動けないでいる中、弾かれたように壁際に座り込んだままの少女の元へ駆けてきた騎士は、頭を床につける勢いで膝を折ってそう申し出た。少女は何とか掠れ声を発したが、疲れきったその紅をあからさまに騎士から逸らす。けれどその先で、星神の突き刺すような視線とかち合い、少女は特殊な着衣の中で短剣の柄を強く握りしめた。
「お分かりでしょう。俺は、どうしようもない罪を犯した。しかし、貴女の血を受けた俺は普通の剣では事切れれる程のダメージを負うことは、もうない。貴女すら傷付けれる、その剣だけが俺を罰せられる」
「……なるほど。キミが騎士君に決めた理由を、やっと理解出来たよ。確かに、最期を飾るに相応しいね」
「
少女にも分かっていることを敢えて言葉にした騎士に、感心を示した、どこまでも優しい声が降ってきた。言わずもがな、十字架に吊るされた星神で、その紅を反らすことの出来ない少女が受け答える。
「なるほど。プリンスにも、見る目はあったと。まぁ、この茶番劇の幕を引くために必要なものを全て揃えてる者を探したわけじゃないだろうけど。それにしてもキミは、相変わらず残酷な未来を思い描いてるね」
「別に構わないでしょう?それが私が望む総てですし、
その答えに星神は、どこまでも優しい笑顔を浮かべて小さく頷いた。対して、少女は無表情のままだ。否、苛ついているともとれる声音は平静を装っているともいえる。取り乱してはならない、と言い聞かせているように。
「ふふ、確かにね。それでも、ちゃんと納得させてあげないと。誰もがキミや僕みたいに何もかも見通せるわけじゃないよ……ほら?」
どこまでも愉しそうに言葉を続ける星神は、「一体、何の話をしている?」と言葉に出来ないほど困惑を滲み出す騎士を見、少女に諭すような口調で告げた。けれど、少女は唇を強く噛んだまま開口しようとしない。そんな少女の態度に、星神はやれやれと言いつつ、どこか満足そうな顔で言葉を続ける。
たとえ所有者の意を汲む、そして、神をもコロせる魔剣でも、創造主に癒された身体は傷付けられないんだよ、と。
「つまり、今の騎士君はある意味どんな攻撃も受け付けない無敵の戦士なんだよ」
「そんな!では、俺はどう償えばっ!!」
「……その償いだけどさ、騎士君にはそもそも問える罪なんてないんじゃない?」
「確かに、お主は
更に代わりに、というように星神は無邪気に音を紡ぐ。その言葉に今回ばかりは白兎も同意して、たしなめるように理由を述べた。けれど騎士からは、「自分を許すつもりなど毛頭ない」と覚悟を決めた声が返される。
「なら、その
そんな騎士に星神は、ただどこまでも優しく笑った。どんな言い方をしようと、考えが改まることなどないと分かっていたからだ。そう、星神には分かっていた。騎士は、命で償う事を前提に命の恩人の生みの親を、己の仕える王太子の復習という形でコロしたのだと。
ーー そこに命乞いなど、ありはしない。
「俺が、王女の、望みを……?」
縋るような
「私の望みは、言うまでもありませんね。死ねない身体にした私が、憎いですか?」
「……いや。世界を救うことが、償いで、その世界で生きる事こそが罰だと言うのならその業、歓んで受け入れる」
「待って!本当に、それしか
覚悟を決めた騎士が少女から魔剣を受け取ろうとした時、甲高い涙声が殆ど反射的に挙げられた。猫だ。部屋の隅から衝動的に駆け出してきては、少女の方へ向いて、騎士との間を憚るようにして立ちはだかる。
「シャトン、往生際が悪いよ……それとも、本当に知らないのかな?」
「何の、話?」
その行動に、星神は嘲笑を浮かべた。
少女は、世界を変えるためにその身を使おうとしているのだから、たとえそれがウンメイだとしても止めたくなるのはある意味、当たり前ともいえた。それなのに、思い留まるようなことがあってもバカにされる理由が分からず黒猫は眉間に皺を寄せる。
「このシナリオは、カミサマ全員で作ったものだ。つまりそれは、
「それはっ!それでも……「受け入れて、下さい。でなければ歴史は、繰り返される。彼の望みは、孤独からの解放。その為に、私が居る。でなければ、
言葉にならないのに、反論をしようとする黒猫の唇に、少女はそっと人差し指を押し付け微笑んだ。言ったところで、何も変わることなどないのだと黒猫に、また自分に言い聞かせるようにハッキリとした声音で。
「そう、それを叶えて貰う事でプリンセスの望みも成就する。それに、プリンセスの力は僕に匹敵するもの。つまり、プリンセスは僕にとって代わることだって出来るということだよ」
「確かな、
「そんな……」
「それにさ、禁忌の子は総じて短命だ。だから、その生の中で背負っている宿命を果たさせてあげることが幸せに繋がるんだ」
聞き分けのない駄々っ子のように、涙でグチャグチャになった顔を向ける猫に、少女は星神の言葉を肯定する如く艶やかな微笑みを浮かべてみせた。途端に、黒猫の身体が床へ横たわる。
「ごめんなさい。そして、ありがとうございます」
「なっ!!」
イロイロな意味で騎士が目を見張るほど、迷いなき、一撃だった。少女が黒猫に向けて鞘から引き抜いた剣を、首元めがけて振るったのだ。それでも、猫の気持ちは少女に届いた。届かなかったのは、少女の想い。
「シアン様、シャトンのことは頼みますね。後は、ルパンに任せてありますから」
「……
「それが、マイハニーの望みだったからね。掟破りは承知してるけど、これ以上ハニーが苦しむことはないと思ってね」
少女は、猫の側に駆けてきた山狗の頭をひと撫でして告げた。その言葉にハッとして山狗は、白兎に唸る。察しの良さに観念した白兎は、その懐から砂時計を取り出して白状した。
「記憶を巻き戻す砂時計、か。それで、僕だけじゃなくキミもこの世界にいなかったことにする、相変わらず優しいんだね、キミは」
「優しいも何も、元通りにすべきなら徹底的にと思ったまでです。前にも申し上げた通り、私は誰にも存在を知られてはならない者なのですから……さて、そろそろお時間ですわ」
事は、もはや少女が決めた時間に、少女の望み通りに運んでいた。少女がパチン、と指を鳴らすと星神の戒めがいとも簡単に解かれ、星神が軽やかに少女の隣へと降り立つ。その手で、美しき杯を拾いあげて。
少女は更に指を鳴らす。すると、少女と星神の手と手を繋ぐ鎖が現れた。「こんなことしなくても逃げないのに」と、ボヤく星神をスルーし、少女は騎士に向けて、再度赤に濡れた剣を差し出す。
「王女……もし貴女が一時でも俺を罪人と考えないでくれるのなら、最期に貴女に触れる許可を頂きたい」
「許諾します。私が善人でないばかりに、苦労をおかけしましたから。しっかりと、狙い定めて下さい」
とんとん、と左胸を軽く叩く少女の顔に、笑顔が綻ぶ。そんな少女に、国王にさえぞんざいな態度をとっていた騎士が初めて膝をついた姿勢を保ったまま恭しく頭を下げた。少女から、目を反らすために。そして、剣を握りしめるその手の力を解かせるように、触れるだけの優しい口づけをし己の手で柄を掴む。
「お主が貫く正義に照らせば
「自ら滅びを望むことを、俺は許せない」
瞬殺、だった。
否、騎士は少女を抱きしめただけだ。けれど、意思をもった刃は狂うことなく少女の胸を貫通していた。音もなく、眠るように少女の身体から力が抜けていく。比例するように魔剣の先からは赤が伝い出て、星神の持つ杯を満たしていく。
「ふふ、それでこそ
星神は、ワインでも飲むかのように杯を仰いだ。
その向こうで、白兎がそっと砂時計を返していた。
完
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