第陸章 酉の刻

(頭が、重い……白兎と一緒の時は嘘みたいに快調だったのに。やっぱりカミサマの力、だったのかな)

 一人になった庭師は、頭を抱えて座り込んでいた。回らない頭で、一人悶々と悩み続けても、当たり前だが出る答えなどない。

(そういえば、あの時神主は何を言っていたのだろう?どうすれば……)

 ふと、思い出して動かした視線の先にあるのはもう片手で持てる程小さくなった白い箱。


「それを、お開けになりたいのですか?」

「え、と……」


 ただただぼんやりと、虚ろに白い箱を眺めているとすぐ隣から声がかけられた。緩慢な動きで頭を動かした庭師の目に飛び込んできたのは、幼女。正確には小人サイズというだけなのだが、小さい身体に見合わない大きな金目と蚊の鳴くような小さな声。フリルたっぷり羽根付きワンピースにステッキを持った姿はどうにもコスプレイヤーを彷彿させる。


「魔力は持つモノには何でも出来て、持たないモノには何も出来ません」

「それ、神主さんも言ってた言葉……」

「アナタは魔力を持つモノ。だから、求めなくては。望まなくては。アナタの思う通りに」

「僕の、思う通りに……」


 戸惑いの隠せない庭師に向けて独り言のように告げた幼女は、ステッキを軽く振った。キラキラと光る細かい粉が舞い飛ぶ。


「では、質問を開始します。アナタが求めるものは、何ですか?」

「僕は、……ホシイ。チカラが、ホシイ」

「アナタは、何故、此処いまにいるのですか?」

「ネガイを、カンスイする、タメに」

「アナタは何を、したいのですか?」

「モトに、モドサなければイケナイ……セカイの、スベテを、……」


 誘導され、ポツリポツリと吐き出す言葉はもはや今までの庭師とはもういえなかった。片言こえに呼応するように、白い箱は光り始め形を変えていく。


「最後の質問です。アナタは、なのですか?」

「ボクは…………ソウダ、僕は」


 ひとりでに、箱が開く。中から現れたのは、海神に渡ったはずの、侍女と入れ替わっていた少女の魔剣。


「神をもコロせるツルギ……なんともウツクシイ」


 うっとり。

 そう表現するのが一番正しいだろう。元庭師は慎重に鞘から抜き、研ぎ澄まされた刃に絆される。


「けれど、ショブンしなければ。アレは、ボクの、」

「行ってらっしゃいませ」


 ただ、それも一瞬のことだった。気抜けすることなく庭師は乱暴に引っ掴んだ鞘を投げ捨てると今までとは打って変わって力強く西へと向かい出す。幼女はスカートの裾を少し持ち上げ丁寧にお辞儀をすると、忽然とその姿を消したのだった。


※※※※※

【王宮】


「勅使からの報告書はまだか!」

「まぁまぁお兄様。そのお言葉はご尤もですし、そのお心もお察ししますけれど、そうカリカリなされてもこの現状を打破することは出来ませんわ」


 狭い部屋を忙しなく歩き回っている王太子と、ロッキングチェアに腰掛け空を眺めている少女……もとい入れ替わっている侍女。軟禁されている二人の様子は、まるで正反対だった。


「分かってはいるのだ。俺たちにはただ、耐えることしか出来ない。それでもこの状況では……」


 憂いに満ちた王太子のも窓の外へと向く。勅使が発って二日近く経過しようとしていた。常識的に考えて各地を回って帰ってこられる経過時間ではないのだが、あの出発以来、悪化してしまった東の状況が王太子を苛立たせていた。


「あぁ、お待ちかねのモノが届いたようですわ……オマケ付きのようですが」


 手持ち無沙汰に揺れながら、侍女は暴風雨という表現よりもっと酷い天候の中を飛んでいる梟をまだ遠くに発見して苦笑いを浮かべた。まぁ、所謂カミサマの通り道であるので梟に天候が影響することはなく、空を舞う姿は優雅そのものであるのだが。梟にしては驚異的なスピードで窓を通り抜け侍女の前に降り立つ。その嘴に、白兎の首根っこを銜えて。


「……随分と珍しい組み合わせだな」


 一羽と一匹を交互に見て王太子は眉間にシワを寄せたが、カミサマ方といえば我関せずとばかりに、二本足で立ってやれやれと言わんばかりのポーズをとったり、脚にくくりつけられた紙を侍女に解いてもらいながら首を傾げてホーと鳴いたりしただけだった。侍女に至っては、さっさと報告書に目を通している。


「で、何が書かれてある?」

「皆様方は西へ辿り着いたようですわね。後、数時間後には供給器を揃えることが出来るでしょう」

「あぁ、それでお主は吾輩をココヘ連れてきたんだねぇ……抗うことは出来ないのかぁ」


 まるで相手にされなかった王太子は、どこか縋る目で侍女を見た。侍女も目を合わすことさえしなかったが、一応まだ立場上は王女であるので簡潔に答える。それに反応を見せたのは、何故か白兎。前足をポンと鳴らして、合点がいったように頷くと梟が理解したように再びホーと鳴いた。


「申し訳、ございません」

「ノンノン、それがマイハニーの運命さだめだと理解してるさ。それにしても相変わらず無茶するねぇ……この間抜けのバカ面からして、どうせ独断なのだろう?」

「えぇ。それほどまでに、憂いておられましたから」


 梟の頭を撫でながら残念そうに告げる侍女の膝の上に飛び上がった白兎は、まるで慰めるように前足で侍女に触れた。そして、文字通り間抜け面をぶらさげた王太子にバカにした眼差しを向ける。


「なるへそ。ならば、この状況も想定内ってことかい?」

「恐らくは」

「はぁー……残酷だなぁ、マイハニーも。一応コイツの魔力も相当なもんなんだろう?」

「ですが、妖精に対抗できる方などに存在しませんから」

「本当に、いいんだね?」


 話についていけていない王太子を前にしても、二人が話をやめることはない。告げられる言葉に白兎の顔はどんどん渋くなっていくが、侍女はやや悲しげに笑うだけだ。最終確認のために向けたグレーの目は真剣そのものだったが、覚悟を決めた紅は揺ぐことすらない。


「……一体、何の話をしている?」

「はぁ、この期に及んで分からん振りかい?まぁ、まだ化け続けときたいだろうから仕方ないかな」

「…………だから嫌いだよ、カミサマってやつは」


 痺れを切らした王太子に、白兎は大げさに溜息をついた。いや、王太子に息を吹きかけたといった方が正しい。吹きかけられた空気に、王太子の全身から細かい粉がキラキラと舞う。次の瞬間、ぼぉっと蒼い炎が皇太子を包み忌々し気に声が発された。侍女に上に乗っていた白兎は、とっさに梟に首根っこを銜えられその火の粉を免れる。けれど、目にも止まらない速さで動いた王太子の手は侍女の首を握って軽々と持ち上げていた。


「本当に妖精ってやつはタチが悪い」

「王家の血だけでも厄介なのに、王宮は供給器の守護魔力を受けていて受難の山。イロイロ動き回るにはうってつけの人材だったよ」


 渋顔の白兎に、王太子を乗っ取った妖精は得意げに言い放った。王太子の紅かった瞳すら蒼く変わっていき、侍女の首を絞める手に力が籠っていく。


「失礼します……え、兄上?」

「あーー、運の悪い阿呆が来た。まぁ不運なのはいつものことだけどねぇ」


 張り詰めた空気の中に、やや幼い声が語尾上がりで発せられた。傍から見れば、王太子が妹の首を絞めている状態なのだから、少年が瞬時に理解出来ないのも無理はなく目をパチパチさせている。悪すぎるタイミングに、白兎は長い耳を前に目が隠れるところまで折り曲げた。途端バキンッ、と何かが壊れたような音と共に侍女の首がいとも簡単に折れた。床に落ちた頭は大きな音を立てて粉々に砕け散る。


「え?あ、ね、上……?」

「…………?」


 時が止まったかのように、全員その場から動けなかった。しかしそれは、王太子の非道な行動にではない。侍女は人間でなかった、その事実にだ。頭と胴体が離れたというのに、その中には骨があるどころか何も詰まっていなかったのだ。

  -- ただの、空洞。


「なっ、陶磁器人形プーペアンビスキュイだと?何故だ……この王宮の中でも、強い魔力を持つこの者こそ供給者であるはず。この者は我が魔力を受け付けなかった。つまり、力の持ち主であるはずなのに」

「あ、兄上っ!!」


 混乱に任せて放り出された侍女の身体は、床にぶつかった衝撃で頭と同じ運命を辿る。完全なる、形の消滅。不吉極まりない音にも興味ないといわんばかりに、頭を抱えてブツブツと発していたがその身体はこと切れたようにバタンと倒れてしまった。王太子を包んでいた蒼い炎が消えうせ、弾かれたように少年が走り出す。


「想定外の事項で妖精の魔力が除縛出来るところまで弱まったってところかな」

「兄上は、大丈夫なのでしょうか……」


 カミサマの言葉は、妖精による乗っ取りから解放されたことを意味していたがその声音にはまだ緊張が残っていた。それに相まって、王太子の傍で意識がないことを認識した少年は不安の音を漏らす。


「うーん、除縛に生命力を注ぎ込んでるから、良い状態とは言えないね」

「そんな、どうすれば……」

「そんなのイブーにでも任せなよ。まずはこちらをどうにかする方が先決だろ?」


 厳しい答えに、今にも泣きそうな顔で狼狽する少年を一蹴りする更に厳しい答えが飛ばされた。いつの間にかブリンドルの毛並みにグレーの瞳をもった大型犬が、壊れてしまった侍女の傍らに姿を現している。はたまた応えるように、梟は鳴く。


「ハイハイ……ってか、山狗シアンから会いに来たってことはアレが覚醒したのかい?」

「想定以上に速い崩壊に、どうやら夜雀よめが働きかけをしたみたいでさ。詳しくは後だ、早く風を起こしてくれ」

「はぁ。次から次へと問題ばかりだね……さて、リュヌ。悪いんだけど、ちょっと空気を動かしてくれるかい?」


 やれやれと、この短時間で何度目かの渋顔をした白兎は、人間を乗っ取った妖精を野放しにしておけないという山狗の意見に同意して少年に視線を向けた。少年はポカンとした顔をしていたが、やがて真剣な顔で頷き、重ねた両手を天に掲げる。


「聖なる風の神ヴァントよ。美しき刃と為りて、この手に集い給え」


 そして、高らかに叫けば、掲げた両手が紅き光昭に包まれた。同時に、白兎は己の体毛を一つまみ引っこ抜いて巻き起こった旋風に放つ。すると、再び細かい粉がキラキラと渦の中を舞い始めた。


「あ゛ーーっ!!だからキライなんだよっ、カミサマってやつは」

「おやおや、心外だねぇ。同類だというのに」


 憤慨する妖精に、ニンマリ笑いながら白兎は空中に八面体を描いていく。それに呼応するように白毛が立体となり、妖精を取り囲む。


「んなこと言って、結局ニンゲンの見方じゃんか!んな結界まで張りやがって」

「別に、誰の味方でもないよ。吾輩のやりたいようにしてるだけ。これ以上掻き回されては堪らないから、少し大人しくしといてちょーだい」


 どことなく愉しげに告げて白兎は、妖精を捕らえた八面体の結界を掴んだ両前足で放り投げた。タイミングよく梟が口でキャッチし、そのまま飲み込んでしまう。


「さて、次はこいつだな」


 山狗も憐れな妖精の行く末を白い目で見ていたが、今度は形無き陶磁器人形に目を向けた。


「あーー、それなんだけどさ。マイハニーのおかげで手に負えないよ多分」

「だけど、手に負えなくても姫君おじょうに渡さなければならないんだろう?」

「全面的に正しいね。はぁぁ、山狗きみがそういうなら覚悟決めるしかないなぁ」


 白兎は疲れたように大きな溜息をついて、再び同意した。山狗は元は胸の辺りだった壊れた侍女のワンピースの中に潜り込み、赤い宝石を銜えて這い出てくる。


「早く姫君のところへ行くぞ」

「相変わらずセッカチな奴だ。リュヌ、テールのことは頼んだよ。梟の力を借りるとイイから」


 吐き捨てるように言って、山狗は先に駆け出した。白兎はまだ状況把握が追いついていないのか、ぼんやりしたままの少年の肩に前足を一度ポンと置いてから山狗の後を追う。


「……姉上、どうかご無事で」


 王太子を抱えたまま少年は暫くぼんりしていたが、漸くそれだけを絞り出した。それとほぼ同時に、侍女が身につけていたワンピースが輝き出す。現象はほんの数秒だったが、その光が消え失せた後にはバラバラになった陶磁器の破片だけが残っていた。


※※※※※

【研究所】


「あーぁ、刺し違えちゃった」


 心底愉しそうな声に少女は相手を睨み付けた。抱え込んだ、腹部を紅でべっとりと濡らして倒れこんだ騎士は荒い呼吸を繰り返している。ベージュのショートヘアと同じ色のベストに七分丈のズボンがよく似合う、見知りすぎた男のその手には少女が海神へ渡したはずの、血の滴る短剣が握りしめられていた。


「やはり貴方が、星神エトワール様だったのですね」

「あり、僕の正体、予想ついてたんだね。いつから気付いてたの?教えてよ、参考までに」


 音はすぐ、静寂に呑まれる。星神、と呼ばれた庭師……否、元庭師は無邪気に微笑んで首を傾げた。庭師なのは外見だけで、その声音にも話し方にも庭師の面影はまるで残っていない。


「確信したのは、あの巻物を読んだときです。九いるはずの神が、八しか登場していなかったので。その後で、カミサマが宿れるのは動物、それを決めたのは人間……これを聞いてカミサマは人に化けることも出来るのでは、と思いました。」

「じゃぁキミもあの神主と同様に昔、聖杯に血を注ぎ込んで世界を滅ぼしたのは人間ボク……って主張するんだ?」


 呪い。

 神主は、神に殺された少年の望みが世界平和だけでなく、神々の暴走からの一連である可能性を示唆していた。この気持ちが強いばかりに、破壊と再生が繰り返されるのだと。

(だけど……呪いなんて、ない)

 頭の中で整理をした少女は、星神に向けてゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。今も昔も、神の紋を読み解ける人間などいるはずがない。故に、少年の正体は変装が得意な神様アナタ……世界の破滅に隠された真相は、神に殺された少年の呪いではなく神がを求めたから」

「うーん、それじゃ八十点かな。神の数が九であることを知ってるところは、褒めポイントだけれど。キミは僕が願った内容を、もう理解しているんだろう」


 厳しい表情で告げる少女の声は、笑っているようでも泣いているようでもある。対する星神は、短剣の先を少女の顎の下に差し入れ、少女を己の方に向かせて先生気取りで完璧を求めた。分かっているのに曖昧に答えるなど許さない、とばかりに不愉快を露わにした視線で少女を追い込んで。


「………………少年は神々の暴走を願ったわけでも、世界の平和を願ったわけでもない。アナタの願い、それは……世界の全て、ですね」

「magnificent!僕はずっと一人で、寂しかった。だから、求めた。それだけなんだ」

「けれど邪神である星神あなたはその内に秘める破壊衝動をコントロール出来ず、全てを無に返してしまった」

「あはは、さすが。良かったよ、漸くキミに巡り会えた」


 少女は暫く星神を睨み付けていたが、己が導き出した答えを渋々吐き出した。途端に、星神の表情がぱあぁと明るくなる。誰にも許してもらえなかった事柄を認めてくれた人と出会った子どものような顔。非常に満足気だ。


「お褒め頂き光栄です。が、出来れば私はアナタにお会いしたくありませんでした」

「ふふ、そんなことは無理だってのに、面白い答えだ。さて、運命の再会を記念して僕からキミにプレゼントをあげるよ。キミは何か僕に聞きたいことがあるようだから」


 対して少女は、苦り切った、今にも泣き出しそうな顔で告げる。けれど、星神は得意げな笑みを浮かべてまるであやすように少女の頭を撫でて次を促した。その金の瞳は、少女えものを捉えて離さない。


「……確かに、貴方が転生してこなければ私は目覚めなかったモノ、ですね……では一つ、お伺いします。その短剣はどちらで手にいれられたのですか?」

「んー……予想ついてそうだけど、あの白い箱からだね。、求めたら手に入ったんだ。明け方は狗神の嫁が教えてくれたよ」

「なるほど、儒艮ジュゴンも夜雀も確かに導くもの……ですね。では、記憶の方も?」

「ざーんねん、質問は一つって言ったでしょ。それより、僕の方からも聞きたいことがあるんだ。彼って、どうなるの?コレはキミが創ったんだろう?」


 星神は悪びれるどころか、変わらず楽しそうに続けた。興味津々に息絶え絶えの騎士を見下ろしては、紅に濡れたままの鋭利な刃をうっとりとした表情で見つめて。


「このままでは、確実に死に至りますね。お察しの通りその魔剣は、神様にすら致命傷を与えられるもの。いくら強靱な騎士長様とてただの人間、耐えられはしないでしょう」

「……ふーん?別にそんな事を聞きたかった訳じゃないけど、まぁいいや。因みに、もしキミを仕留めれていたらどうなってた?」


 少女の答えが気に入らなかったのか星神が剣を持つ手に、少し力がこめられた。すると刃の先が柔肌に食い込む。けれど、その紅がつたっても少女は冷静さを失うことも怯えた様子もなく、優雅に微笑んでみせた。少女は本能的に理解していた。闘いにおいて、恐怖を見せることが一番良くないことであると。


「それも貴方様のお考えの通り、ですわ。だからそれは、魔剣なのです」

「……そっか。だからんだね。それにしてもイヤなもの創るよねー。ヘタに扱えないじゃん」

「何を今更。だからこそ、求められたのでしょう」


 あまりにも堂々としている少女に、星神は思い当たることでもあるかのように晴れ晴れとした顔で一瞬、天井を仰いだ。肩の力も抜け、短剣を持った右腕がおろされる。


「まぁ、そうなんだけどね。じゃ、僕には一つやり残したことがあるから、先に行って待ってるよ。ココは最期を飾るのに相応しくないしね。これは、僕にとって危険だから貰っていくね?」


 そして、その身にまとっていた邪悪よこしまなオーラすらも消し、関心は失せたとばかりに軽く手を振ってその姿を消し去った。


「……随分な無茶をなされましたね」

「やはり、気づいていたのか」


 星神がいなくなってしまった後、少女はあきれ顔で膝元の騎士に向けて声を発した。やり過ごせない、と悟ってだろうか。騎士はバツの悪そうに答える。確かに腹部からドクドクと出てはいるが、意識は保てていたようだ。


「さて、最期の時までもう少しありそうですね。一つ、お尋ねしたいことがあるのですが宜しいですか?」

「……なん、だろう、か?」


 話を聞いていたのなら、説明は不要だと言わんばかりに少女は最期という単語を強調して声を発した。そのトーンを正しく理解した騎士は、意識を保てているのが不思議なくらい血の気の引いた顔に苦笑いを浮かべる。


「身体に刃を受けたのは助ける対象が王女わたしだったから、ですか?アナタほどの腕ならば、避けることも出来たでしょうに」

「いや、あの一瞬で……そこまで考えちゃいないさ。避けられないくらいには、動揺していた。まぁ、身体は……勝手に動いたがな」


 それでも騎士は途切れ途切れに、呼吸すら詰ませながらも何とか答えた。その出血量からも、受けた刃は深くまで到達してしまったことが伺い知れる。


「ならば、貴方には命を捨てる意思はなかった。そう理解して宜しいのですね?」

「勿論だ。殿下も、王女あなたも、残して逝くのは、無念でしかないが…コレが、治らない事くらいは知っている」


 傷を圧迫して真っ赤に染まった少女の手に、騎士は力なく手を重ねた。まるで、もういい。十分だ。と告げるかのように、優しい顔をして。けれど、少女が傷から手を放すことはない。ただ、徐に天に掲げた逆の手に、己の気を集め始める。


「確かに、魔剣の傷は癒すことができません。なぜなら、魔剣自体が汲んだ、振るった者の思いの丈が刃を受けた身を浸蝕していくから。けれど貴方の場合は違います。よもや私がただ止血のために傷を押さえていたと思っていませんよね?」


 先程の言葉を百八十度ひっくりかえしてにこやかに話した少女に、騎士は顔をしかめる。確かに少女はただ、その小さな片手で傷口を押さえているだけなので止血すら行えてはいない。けれど治る見込みのない傷を押さえる他の理由など、騎士には思い浮かばなかった。


「……それ、は?」


 掲げられてた手を包んでいた光が消えて、少女がその手に握っていたのは、装飾の美しい短剣だった。少女は何をしようとしているのか、元より思考できない騎士は間抜け面を晒す。


「これは魔剣グレーヌといいます」

「魔剣が、二つ?どういう、ことだ……?」

「神をも傷つけられる短剣は一本ではない、ということです。こちらも私が創造したモノですが、星神様が持って行ったものと決定的に違うところがある…………それは私をも傷つけられる、ということです」

「っ!何をっ!?」


 言うや否や、少女は一度その短剣を握り直すと手早く自分の腕を一切りした。騎士は顔をしかめたが、動ける状態にはなく制止できるはずもない。

 すべては、少女の手の平の上。


「私は、星神様とお話している間ずっと己の気を媒介とした治癒魔力で魔剣の浸蝕からエスポワール様を保護していました。そして私は、血液を媒介として魔力を行使できるモノでもある。それで完全に傷を塞いでしまえば、取り敢えず動けるようにはなりますわ」


 腕から、流れ出る紅を重力に従わせる少女は優美に微笑み、あまりに酷な選択を騎士に迫った。つまり血液媒介による、治癒魔力の行使だ。

 血液媒介による治癒魔力の原理は、魔力を施す者の生命力の一部を授かることで己の回復力を大幅に高めるところにある。理論上は簡単だが、実際に施すとなると簡単にはいかない。授けられた魔力をコントロール出来なければ、その身は魔力を施したものの支配下に入ってしまう。つまり、操られた状態になるのだから。


「俺ならば、受け入れられる……と?」

「さぁ?私は力を与えるだけで、与えられた力をどうするかは貴方次第です。苦しんだ後に、生を選ぶのか。それとも、死か。一つハッキリと言えることは、この道以外に貴方が生き残れる可能性はない、ということでしょうか」

「どっちにしろ地獄をみるのは、確定事項、ということか。一つ聞きたいことがある。王女あなたは何故、ココにいる、のだ?」


 答えをはぐらかした割に、少女の顔には出来ないことなら提案しないと物語る笑顔が浮かべられていた。そう、悪魔に乗っ取られても何の異常もなく復活した騎士だからこそ、生き残れる可能性のある選択肢を少女は示唆したのだ。騎士は重ねていた手を、己の意思を持って退ける。更に呼吸を荒くしながらも、安心した笑みを浮かべて。


「それは、望みだから、ですわ。星神は邪神。それ故に内に秘める破壊衝動をの望みが叶うまで止める事は出来ない」

「…………ならば、早く追わなければ、な」

「えぇ、その為にも貴方には早く元気になってもらう必要があるのです」


 どこまでも冷静に告げて少女は、腕をもう一度短剣で突き刺した。既に治りかけていた傷からそのと同じ赤が、先ほどより勢いよく滴り落ち騎士の傷を覆う。


「ン゛ッ、ン゛ッーー!熱いっ、身体が……灼け、る」

「今はお辛いでしょうが、どうか信じて下さい。さすれば、私が貴方をお助け致します。貴方が私を助けて下さったように」


 瞬間、傷口から眩いほどの閃光が発され、騎士は文字通り床をのたうち回ることになった。彼は王宮の騎士長だ。故に、痛みにも苦しみにもそれなりに耐えれる器量は備えている。けれど、そんな騎士が人前であられもない姿を見せた。少女の魔力はそれほどまでに耐えがたい苦しみ与えているけれど、少女はただ騎士の復帰を祈ることしか出来なかった。。

 ほどなくして、騎士の意識はブラックアウトした。

 それを確認して少女は、最後の魔力石を取り出し窓の外へ投げ落とし、その上から魔力をかけ土の中へ埋め込む。

(後は国の秘宝を持ち帰るだけ)


「ふふふふ。総て、計算通り……やな?」


 王命完遂のゴールが見え少女が小さく息を吐き出した時、開け放たれたドアの向こう側、廊下の奥からゆっくりとした拍手と共に聞き覚えのあるイントネーションが発された。ねっとりと、囁くように。


「何の事か、よく分かりませんが」

ワシはな、なーでも知っとるんや。例えば、四方結界を完成させる為にその魔力石を埋める必要があった事とか。呪文すら必要とせず使いこし、更に魔力でつけた傷すら治癒させてまうほどのその力……王宮一、とかなぁ?」


(近づいて、来る)

 静寂に支配された室内だというのに、足音一つしない。けれど、その気配を敏感に感じ取った少女は既に警戒態勢だ。


「王宮の外に、私の事を存じていらっしゃる方が存在するとは思っていませんでしたわ」


 姿を現したのは、だった。どこかで見たことのある風体だが、少女は強気に微笑むのみでそのことに触れはしない。


「まぁ、お噂はかねがね。おっと、王女様に対して無礼な振る舞いやったなぁ堪忍。我の名はブラン、この施設で錬金術を少々。王女あなた様とお話させて頂けますやろか」


 トゲのある声音に、自称錬金術師は取り繕ったように頭を深々と下げた。その間に少女は騎士の近くまで移動する。勿論、警戒したままで。


「……許諾します。但し、アナタがどこまでご存じなのか。そのことに限定致します。それから、態度をお変えになる必要はございませんので」


 少女は、何といっても王女だった。今まで侍女に扮していたこともあって、畏まることなどなかったし、変装をといてからも然りだった。けれど今、少女は佇まいを直していた。


「これは手厳しい。せやなぁ……我が知っとるんはプリンセスはいつだって崖っぷちに立っとるって、ことくらいやろか」

「それがアナタの真実だとしたら、非常につまらないですわ。まぁ、否定はしませんが」

「肯定はしても動じへん、それでこそ誇り高きプリンセス。人工的に創られた、いわゆる禁忌の子とは思えへん崇高さ。思わず惚れてまいそうやわ」

「それは、どうもありがとうございます。それで、アナタは禁忌そのことをどこまでご存知で?」


 耳を疑うような言葉を吐き出した錬金術師は、下品な笑みを浮かべている。けれども、やはり少女が揺らぐ事はなかった。


  ーー 禁忌。


 いくらアンジュじゆうの国といっても、勿論それなりに禁止事項はあった。その中でも、近親相姦はその低俗さ故に、最大のタブーとされている。真相はといえば、魔力を持つ者同士の交配となると、生態系に干渉しえる程の魔力を持つモノが誕生するからだが。

 侮辱ともとれる単語を突き付けられても、少女は平然としているけれど、その|紅≪め≫は、錬金術師を写すのを避けていた。少女はいつだって己のことをはぐらかしていた。つまり、それこそが少女にとっての真実なのだ。


  ーー 沈黙は、肯定。


「いかなる時も清高な姫君には、きちんと告白せなあかんなぁ。アナタが前女王と現国王の間の子、ちゅーこと以外にまだ何かあるんやったら我はそれだけしか知らへんで。王宮おっても、情報を全部集められるわけやないし」

「へぇ?王宮に錬金術師様とは、あまりピンと来ませんが……どんな|悪戯≪オイタ≫をなさって追放されたのですか?」

「ちょいと失敗してしもて。ちゅーか、その物言いは検討はついとるんかいな。こりゃ参ったわ」


 お手上げのジェスチャー自体は降参の象徴だが、遠回しに何かを知っていると告げるその顔に浮かべた笑みは完全に少女を挑発していた。勿論、それに気づかない少女ではなく一歩先まで告げる顔には不敵な笑みが浮かんでいる。


「勿論。アナタがお父様の妻である王妃様を死に至らしめた方、ですね?」

「何をおっしゃるかと思いきや、聡明な姫君アナタ様らしくもない。王族殺しは国家反逆罪、極刑に値する罪やないですか。我はこの通り生きとりますで?」

「それは、貴方は共犯者でしかないから。アナタは、作ってしまったのでしょう?人を操るクスリを。こちらで研究を続けているということは、まだ完全ではないようですが」


 錬金術師が突き付けた正論も、少女には通用しなかった。白い粉が入った包みを持ったその手を軽く振って強調して。そう、貰ってすぐさま捨てたハズの包みを。


「ふふふふ、適わんなぁ。そこまでお見通しかいな。作り出されたカミサマでも神は神、か。確かに、心待ちターゲットにされるにはとても相応しい」

「お褒めいただき光栄ですわ。ですが、この力をもってしても星神様とそれを覚醒させた不届きモノを一掃するのは困難を極めます」

「だから、あの邪神を逃がしたんやろ?破壊し続けるのも力を使うさかい……この世界が壊れるのも厭わずに。困った姫君やなぁ」

「仕方がありません、他に方法がないのですから」


 にらみ合いの軍配は、少女にあがった。いや、それが当然のように最初から仕組まれていたようだ。勿論、少女によって。もう話すことなどないとばかりに、聖剣と八咫鏡と聖杯の三つを持ったことを確認したスッと少女は立ち上がった。途端に、これまでの中で一番強い紅き光が少女を包む。


「では、診療医メディサン様……サヨナラ、ですわ」


 まさしく煌めかしい神を見たような恍惚な表情の錬金術師に足元から姿を消していく少女は、どこまでも優雅に微笑んでいた。


※※※※※


(さてと、まずは手始めに)

 一足先に研究施設を出た星神はとある高層ビルに向けて片手を掲げた。星神の気が段々と一点に集まると共に手が光り始め、一気に光線が放たれれば豪快な爆発音が響きその場所は一瞬で平らとなる。星神は暫く木っ端微塵となったコンクリートの破片とのぼりたつ煙を眺めていたが我に返ったように次々と立ち並ぶ高層ビルを破壊していった。

(まっ、こんなもんか)

 建物という建物をあらかた破壊して、星神はようやく魔力の放出をやめた。実際には街の人は研究室にて錬金術師に操られていたので街は無人のままだったが、破壊のことしか頭にない星神にはまるで関係がない。


「随分と派手にやらかしましたね」

「ん?あぁ、夜雀モワノーか。ありがとう、キミのおかげで絶好調だよ」


 西エリア全体が火災でも起こった後のように灰色の煙に包まれたため、声が宙に浮いてもすぐにその姿を捕らえることは出来ない状況にも関わらず幼女は星神の前に迷うことなく現れた。相変わらず、フリルたっぷりのワンピースの裾と羽根を揺らして。


星神あなた様が感謝するには及びません。私は、舞台を整えたに過ぎませんから」

「えー山狗シアンはあの決定に最後まで渋ったと思うけどなぁ……まぁいいや。それで、キミはこれからどうするの?」


 大げさ過ぎるほど恭しく頭を下げる夜雀に、腑に落ちないとばかりに星神は首を傾げたが、すぐに興味は失せたとばかりに次の質問へ移った。見下しの意が籠った笑みを携えて。


「勿論、山狗だんな様の元に参ります。私の用は済みましたので」


 夜雀は確認するようにチラチラと視線を動かしながら答えた。東西南北の四方を取り囲む紅き光線は、きちんと出来ている。少女お手製の魔力石の結晶体による結界だ。


「そっか。じゃあ僕も用を済ませる前にこの世界に顔を出しに行こうかな。まぁ、それすらもプリンセスの計画通りなんだろうけど」

「分かっていらして……けれど、その衝動を抑えることは出来ないのですね」


 ポツリ、と呟かれた声音には悲しみに溢れていた。無意識のうちに伸ばされる幼女の手は、星神に触れる直前で意思を持って下される。神は神でも星神は生まれながらにして邪神ゆえ、封印する以外に世界を救う方法がないことは夜雀にも分かっていた。


「優しいね、キミは。でも、歴史は繰り返す。それだけだから悲観することはないよ。それに、やっと求めたものが手に入る……僕はそれだけで十分なんだよ」


 星神はどこまでも寂しそうに笑う。疲れた顔を見せながら、笑う。目からヒトスジ伝うものを見せつつも、笑う。そして、音もなく空に消えた。行くべき場所に向かうために。


「今度こそ、あなたの望みが叶いますように」


 残された夜雀は一つ流れた星に泣きそうな声で祈りを捧げ、こちらもまた行くべき場所に向かって羽根を羽ばたかせた。


※※※※※


「ところで、黒猫シャトンは呼ばなくて良いのかい?」


 山狗と白兎は城下町を抜け、全速力で森の中を駆けていた。しかも、二足歩行で。中央へ通ずるとはいえ整備されていない獣道であるのが、勿論カミサマの通り道なので弊害のへの字もない。


「必要ではある。だが、あやつはまだ、覚醒しきれてない」

「あらら、猫になりきれないかぁ……あ。それってもしかしなくともマイハニーの影響せい?」


 走りながら、ふと、探しモノがあることを思い出して尋ねた白兎に、山狗は前足で頭を抱えた。大小の違いはあれどキラキラと輝く魔法石を銜えながら器用に話すところはさすがカミサマ、だろうか。


「全く。俺たちのヒメは、ほんとやり手で困る。最初全然気付かなかったぞ。まさか魔力で着衣を構成することで魔力核の持ち主だと分からないように出来るとはな。本当にただの人間だと思ったぞ」

「それだけじゃないよ。フルールを作ったのも、マイハニーだ。ただの人形に花という活動源の最も低い生命体と供給器を一緒に埋め込み人として動けるようにしてしまっただけでなく、その着衣まで魔力で構成していた」

「それでも、供給器の保管場所としては最善だったな。魔力核を持たない人間のように見せていれば、そこに供給器が隠されているとは思わない」

「出来るだけ、その時期を遅らせるために……か」


 破壊と再生。

 歴史にはついてまわる言葉だ。自然災害。人的災害。世界が出来てずっとむかしから、幾度となく繰り返されてきた現象。それは、世界という器に入っている全てが、原因となり得る。


「ちゃんと、教えなさいよ。クロワちゃん、供給者なんでしょう?」

「ふむ、ある程度は思い出した……というところか」


 豁然と、黒く長い尾っぽが二匹のカミサマの前で揺れた。繁みで、グレーの瞳が鋭く光っている。半猫の彼女だ。まるで分っていたかのように驚いた様子もなく、二匹のカミサマは足を止める。


「シアン、何で、思い出してて、分かってて、教えてくれなかったのよ!?」

「そういう決まり、だからだよ。それにカミサマとしての自覚が全くないものにあれこれ言っても理解できないだろう?」

「なら、今ならイイわよね?ちゃんと教えて」

「良いだろう、授けてやろう。過去と未来たんじょうでんせつを」


 猫はヒステリックに声を上げながら山狗に掴み掛った。それは宥めになっていない正論セリフで白兎によって諫められる。掟についても思い出しているらしくやや落ち着きを取り戻した猫に、山狗は一呼吸おいて再び口を開いた。


 一人の神が、魔力を込めた聖杯を創った。人の願いを一つ叶えるためだ。しかし、その神の魔力は甚大だった。願いを叶える対価が生命そのものとなるほどに。欲にまみれた人間に、願いを叶えるために必要な生命ソレを提供できるわけがなかった。すべての人間が聖杯の欲するモノが何か考えるのをやめたとき、一人の少年が立ち上がる。少年は臆することなく己の身体を切りつけ、己の血で聖杯を満たした。すると、沈黙を貫いていた聖杯が突如話しだす。"汝の願い、叶え給わん"と。けれど、大量出血を起こしている少年に口開く気力などない。願いを叶える対価が生命だと知った人々は激怒し、聖杯を創った神を非難した。嫌われモノとなった神は悲しみのあまり、その姿を隠してしまう。

 一人の神が逃避行しただけであるのに、その国の秩序は徐々に乱れていった。原因は光を失ったからだ。闇に包まれた世界は、人だけでなく他の神の心を浸蝕していき、ついに神々は魔力をコントロールできなくなってしまう。世界は、荒れに荒れどんどん破壊されていった。邪神である、星神の思う通りに。そして、世界から何もかもがなくなりかけたところで疲弊した人間が漸く隠れた神を探すようになった。

 神は一人で、岩陰に潜んでいた。そこから姿を現したとき、神は相当驚いていた。聖杯を創ったのはこの神ゆえに、少年が願った内容を知らないはずがなく無に返った世界に対してではない。これまた己が作った鏡に月の姿が写っていたからだ。誰も気付きはしなかったが、太陽が隠れた傍らで月もまたその姿を隠していた。

 神々はその後も、少年の願い通りに動くしかなかった。何故なら少年に扮していたのもまた神で、その願いはだからだ。次、また、邪神が破壊活動を行うことを分かっていながら。

 自然豊かな世界へと再生させた神は、考えた。どうすれば、願いを叶えることが出来るのか。繰り返される歴史に、終焉をもたらすことが出来るのか。

 神々は一丸となって、星神が本当に満足する方法を考え、試していった。破壊と再生を繰り返す世界に耐え忍びながら。そして、漸く最高に上手くいく方法に辿り着いた。その凶暴さ故孤独で、その寂しさを埋める生贄そんざいを創り出すことだ。製造方法についての苦悩は全くといってなかった。生態系にすら干渉しえる魔力を持つ、禁忌の子を創れば良いだけだからだ。一人の神は、その時、一番強い魔力を有するものに囁きかけた。それがアンジュ王国の元女王であった。


「……そんな、これは私達が考えたことで……そうして生まれてきた子が、クロワちゃん、なの?」

「そう、だからこの道筋は何人たりとも変えられない」

「プリンセスの母親が女王であったのはたまたまだが、その存在は秘匿にする必要があったからある意味助かったな」

「だったらなんで、また世界が破滅へと向かってるのよ!?その計画なら、星神が覚醒する前に何とでも出来たハズでしょう?」

「いるんだよ、星神の覚醒を促した不届きモノがね」

「まさか、クロワちゃんが各地を回ってるのってそのことに気が付いたから!?」


 驚愕の表情で叫ぶ半猫の言葉に、白兎は沈黙を守った。無論、それは肯定の意だ。その証拠に気まずそうに目を泳がせている。


「王宮の秘宝。それらは、元々我々が創造したもの。それらがある限り、星神の願いは続きこのループを絶つことはできない。そして、それらを壊す事ができるのは姫君おじょうのみ。無駄話はここまでだ、姫君の元へ急ごう」


 弾かれたように、再び三匹は走り出す。まだ遠くの方で、プヤ・ライモンディの花が華麗に散った。

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