第7場:山本氏の活動する朝

 オーディオラックの上でこちらを向いたジャケット写真の前に立ち尽くし、先ほど、今開け放しにされたままのSACDプレーヤーのトレイ部に乗せられたCDを目にして湧き起こった、昨晩の音楽体験とそこから連なるR.シュトラウスの生き様への感懐に浸っていた氏だが、ふと我に返った。


 いけないいけない――氏は思った。生来楽天的で活動的な氏にとって、こうした深刻な思考と感情は一日の始まりである朝にそぐわないものであった。


 定年退職し、極端な贅沢をしなければ金にも困らず、のんびり過ごすことが出来るようになった氏であったが、仕事を引き、もう毎朝の出勤に強いられることがなくなった身に落ち着いてからも、一つの決まり事を自身に課していた。――それは、今やその気になれば毎日どれだけ夜更かししようが、布団から離れたくなければいつまでも――たとえ昼過ぎまでだろうが――寝ていられる身分ではあるが、あえてそういった甘い怠惰な生活に落ち込むことなく、出来るだけ会社員であった現役当時の生活リズムのまま、毎日夜更かしし過ぎることなく、朝はきちんと決まった時間に起きるという生活習慣を崩さない事であった。ちょうど退職直後に心臓を患ったおり、規則正しい生活リズムは健康維持のために大事だということを医者に教わったのもあるが、そもそも氏は社会に出始めた頃より、たとえ朝布団の中にいる時眠いと感じていようが、とにかく起きて活動を起こせば、気持ちの方も体について徐々に眠気が飛び、気分が快活になっていくという、自身の体験に基づく持論を持ち、これまで長年に渡って実行し続けていた。そして、それはそのまま何事であれ活動アクションをまず重視するという仕事や作業の際の信念にもつながっており、氏の生き方の一つの芯のようなものであった。加えて、若年時より話には聞いていた、加齢とともに朝が早くなるということが実際氏の身にも60前後頃から徐々に起こり(それは体内時計のせいとも、メラトニンが関わるとも聞いていたが、そこら辺は氏にはよくわからなかった)、進行したため、まして、朝の出勤準備のペースに合わせる必要もなく、今朝のように毎朝7時にきちんと起きることは別段何の苦痛でもないのであった。


 そして、このように規則正しい生活リズムを維持し続け、気持ちを前向きに、活動的に持っていくことにより、朝はさっぱり清々しく快活な気分で迎えるもの、という生活様式が今や毎日が休日の氏の内にも厳然と出来上がっていた。そんな氏の朝にとって、敬愛すべき大作曲家といえど、R.シュトラウスは本来起き抜けから聴いたり、思いをはせる存在ではなかった。なるほど、確かに氏自身一度死に直面した身として、どこか弱気というか、暗の部分に以前より共感して引き込まれる面が出来、また、その対象がR.シュトラウスともなれば特にひとしおだが(シュトラウスが84歳で亡くなる際、一度意識を失った後ぱちりと目を覚まし、「私が『死と変容』のなかで作曲したことはすべて正確だったといまこそ言うことができる。わたしはいましがたそれを文字通り体験してきたのだよ」と、25歳ごろに書いた自作に言及しながら述べた言葉を、山本氏は退院間もない頃に偶然知って、慄然としたものだ。それは、心臓に激痛を感じた後訳の分からないままに意識を失った氏の経験そっくりそのままというわけではなかったが、やはり長年に渡っての尊敬と敬愛を通じて、親しみまで感じていた大作曲家のこのような言葉を知ることで、その時以来、シュトラウス初め過去の大作曲家達が通り、自身も直面した死について、日頃からそれまでよりはるかに近い思いを抱くこととなった)、やはり、後に簡明な古典的な様相も見せたとはいえ、まさに爛熟しきった後期ロマン派最後の輝きというような彼と彼の作品は朝から考えるには重すぎる。やはり朝は――そう、バロックだ。

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