第9話 わたしの明日はどっちでしょう

「誰だっ」


 鋭い誰何を発したベリアルが、弥生ごしに声のほうを見やる。弥生も、何がどうしたの、と首を無理にめぐらせた。


 そこに立っていたのは、弥生と同じく、戦闘装甲服を着込んだひとりの少女だった。


 ただ、弥生のものとはアレンジが違うようで、装甲は緋色を基調にしていた。火器ポウチが多いのも特徴的だ。

 ヘルメットの耳の後ろからは、黒髪の優美さを表すかのような、細くて長いマフラーが垂れている。

 深く下ろしたバイザーからこぼれた唇は、とても柔かそうで、可憐な花のようだった。


「エンジェルさんからぁ、その手をお離しなさぁい。……でないとぉ、今度はわたくしがぁ、あなたのお相手を、いたしますわよぉ?」


 なんかさっきと立場が逆だなあと思いながら、弥生は緋色の少女を見つめた。


「あ、あなたは……?」

「なんだお前は。ナイトエンジェルの仲間か?」


 ベリアルの言葉に応えてか、緋色の少女はゆっくりとポーズをとった。直線的な動きを採用した弥生とは違って、舞うように優雅な体さばきである。ベリアルどころか、弥生さえ一瞬見とれたほどだ。

 手先足先が、ぴしりと決まる。


「わたくしはぁ、愛と正義の騎士、特捜ナイトフレイムですぅ。……重ねていいますわぁ。エンジェルさんをお離しなさぁい。もし、解放しないならぁ……わたくし、容赦はいたしませんわよぉ」

「……ナイトフレイム……」


 弥生は、突然現れた少女の姿を、ぼんやりと見つめた。

 はっ、と目を見開く。

 そうだ、思い出した! 今まですっかり忘れていた。フォーチュンの別れ際の言葉。

 あのとき、あの老婆はこういったのだ。


『すぐ次のを探さんとならんし』


(ああ、じゃあ本当に、わたしの仲間なんだ!)


 弥生の瞳に、みるみる希望が復活した。

 感動に涙まであふれてきた。


(ひとりかと思ってたけど、ちゃんと仲間がいてくれたんだ……!)

「ほほう、これは面白い。強制執行局め、もう二人目を見つけてきたというわけか」


 ベリアルは鮫の笑みを浮かべた。


「おい、ナイトフレイムとやら! 貴様がどれほどのものかは知らんが、仲間を見殺しにはできまい。おとなしく除装しろ。そうすれば、こいつの命だけは助けてやる」


 人質を取ろうとしたさっきの強盗と一見やっていることは同じだが、ベリアルはちゃんと区別をつけていた。

 彼は、けっして非力な民間人をあっさり捕まえたのではない。自分がやられるリスクを負って、正々堂々わたりあい、実力で敵の戦士をねじ伏せたのだ。

 だから、どう扱おうと誰にも文句はいわせない。

 それが駆け引きの際の、彼なりのプライドなのである。


「そ、そんな取引に応じちゃだめ!」


 意を強くした弥生が、ベリアルの太い腕のなかでもがきながら叫んだ。


「こいつは悪人なんだから、約束なんて守るはずがないわ! フレイム、絶対譲っちゃ……うぐうっ」

「黙っていろ。姦し娘が」


 ベリアルの腕に力がこもる。だが、フレイムは毅然といい放った。


「……わたくしたちはぁ、愛と正義の騎士ですぅ。あなたみたいな悪人との取引にはぁ、ぜんぜんちっとも応じませぇん。むしろぉ、こちらから機会を、あなたに差し上げますわぁ。早くエンジェルさんを解放しなさぁい。わたくしはぁ、そんなに気の長いほうでは、ないんですよぉ?」


 本当だろうか。


「状況を見てものをいうんだな」


 ベリアルは勝ち誇った。

 そうとも、愛と正義の騎士を名のる以上、仲間を見殺しにできるはずがない。あんなものはブラフだ。俺の勝ちだ。彼は信じて疑わなかった。


「解放しませんのねぇ」


 フレイムの声音に、剣呑な調子がまじった。


「それならぁ、今すぐに後悔させてさしあげますわぁ。フレイムぅ、ミサイルポート開放~!」


 バシャン、と音がして、彼女の全身に付属した火器ポーチの蓋が開いた。

 超小型の対人ミサイルが、ぎっしりと納まっている。


「なっ……」


 さすがに、ベリアルは息を飲んだ。


「ちょ、ちょっと待て! こっちには人質がいるんだぞ、仲間がどうなっても――」

「前面~、ミサイル斉射~!」


 おかまいなしにフレイムが叫んだ。

 その瞬間、まるで装甲全体が爆烈したように見えた。ポーチに納まっていたミサイルが、一斉に発射されたのだ。全部で二百発はあったろう。それが雪崩をうって二人に襲いかかってくる。


 駆け引きも何もあったものではない。


 ベリアルも泡を食ったが、いちばん驚いたのは弥生だった。

 まさか、本気で自分まで巻き添えにするなんて思ってもみなかったのだ。


「ほ、ほんとに味方なぁぁぁ!」


 頭がパニック状態になる。ベリアルが思わず手を離した隙に、弥生も本能的に回避にかかった。バーニア全開、オーバーブースト!

 あいにくミサイルは熱源追尾式だった。逃走の努力を嘲笑うかのように、半分は弥生へ、半分はベリアルへ。破壊目標めざして地表すれすれを的確に疾駆する。


 ベリアルは瞬間的にジャンプした。とたんにミサイル群が上方へと進行方向を変える。彼我の速度差からして、とうてい逃げ切れるものではない。


「うおおわお!」


 ベリアルは空中で直角移動し、校舎の窓に飛び込んだ。高機動によってミサイルを振り切ろうとしたのだ。

 三分の一は標的を見失って自爆し、三分の一は校舎の外壁に命中した。残りはベリアルに追いついた。教室の内と外で、猛爆の嵐が起こる。


 もうもうたる煙が、風に少しずつ吹き払われていく。

 校舎の壁は綺麗さっぱり粉砕され、教室内は椅子や机が粉々になって飛び散っていた。天井や床にも大穴が空いている。

 落ちた瓦礫に埋まるようにして、ベリアルが倒れていた。


 驚くべきことに、彼はまだ生きていた。


「うう……な、なんという火力だ……」


 ベリアルはうめいた。最新鋭の積層甲殻にひびが入っている。身を起こそうにも、関節のアクチュエーターがいくつか壊れたらしく、腕がうまく回せない。

 反動をつけて起きあがろうともがいていると、フレイムがジャンプしてきた。全壊した教室の窓辺へ降りたつ。


「あらぁ、まだ動いているんですのねぇ。思っていたより、ずぅっとしぶといですわぁ」


 俺は害虫かっ、とベリアルは思った。背中を冷汗が伝い落ちる。

 フレイムはぷりぷりと怒っている。声や仕草だけ見ていれば、可愛い怒り方といえなくもない。

 だが、いまはその可愛らしさがよけいに恐怖をあおった。


「ミサイルの残弾はぁ……うーんとぉ、二〇パーセント、というところですねぇ。もう面倒ですから、一気にたたき込んで差しあげますわぁ」


 地獄の釜もといミサイルポッドが、ふたたび蓋を開ける。


「く、ここが潮時かっ」


 ベリアルはぎりっと奥歯を咬んだ。


「しかし、このままではすまさん! かならず貴様らを倒してやるぞ、覚悟しておくがいい!」


 叫びおわると同時に、甲冑の肩当てから煙幕弾が発射された! 壁や天井に命中して弾け、教室が急速に白煙で満たされる。


「きゃあんっ!」


 びっくりしたフレイムが、こてんと後ろにひっくり返る。その隙をついて、ベリアルは一気に身を起こすと、半ば崩壊した教室からバーニアを全力で噴かして飛びだした。


「さらばだ騎士ども! またあおう!」


 ベリアルは哄笑しながら、空の彼方へ飛び去っていった。



    ☆



 ところで弥生は、校庭にひとり、茫然自失の表情でぺたんと座り込んでいた。

 あたりには、粉微塵になったミサイルの破片が散らばっている。


 追いすがるミサイル群を避けるために、弥生は総力を使い尽くしていた。

 レーザーを乱射して弾幕を張った。

 全力で転げまわった。

 ちょっと腰を変なふうにひねった。

 一五年の短い生涯が目の前でパノラマのように展開した。

 本当に死ぬと思った。

 助かったことが、しばらく信じられなかったほどだ。


 やっぱり、神様っているのかもしれない。

 それとも、わたしが小さい頃に亡くなったお爺ちゃんが守ってくれたのかも……。

 冗談ではなく、弥生は真剣にそう思ったのである。

 帰ったら、仏壇に手を合わせよう。

 でも、ひねった腰が、ちょっと痛いな。


「エンジェルさぁーん、大丈夫ですかぁー?」


 上からほよほよとした声が届く。見上げると、フレイムがバーニアを浅く噴かしながら地上に降りてくるところだった。


「だ、大丈夫なわけ、ないでしょ……」


 弥生の声は燃えつきていた。奇妙なことに、なぜか心に怒りが全然わいてこない。

 もはやそういうレベルを突き抜けて、全部ぱあ、になっているのだ。


「あの、あのね、フレイム……」

「はい、なんでしょう?」

「どして、わたしいるのに、ミサイル、うたの?」

「かならずぅ、避けてくれると信じてましたぁ」


 気楽な返事だった。


「信じていたとおりでしたぁ。TVを見ていたときはぁ、エンジェルさんって弱いのかなぁって思いましたけど。やっぱり、愛と正義の騎士ですねぇ。すばらしい反射神経でしたぁ」


 フレイムはとても嬉しそうだった。弥生が死に物狂いで逃げまわったことなど、気づいた様子もない。


「あ、あのね……」

「ああ、自己紹介が遅れましたぁ。わたくしは、一ノ宮葉月ともうしますぅ」


 にこっと笑うと、優美な仕草でお辞儀をする。


「以後ぉ、どうぞよろしくお願いしますね。わたくしはぁ、エンジェルさんといっしょに戦えて、とっても幸せですぅ」


 弥生は不幸せになりそうな気がした。


「あなたも、フォーチュンに逢ったの?」

「はい。とっても愛らしいお婆さまでしたねぇ」


 思いだしたのか、葉月は照れたように頬を染める。


「お婆さまはぁ、わたくしに『騎士の資格がある』とおっしゃってくださいましたぁ。仲間といっしょに、この世界を守れーって」


 いったい何を基準にして『騎士の資格』とやらを云々しているのか、弥生はフォーチュンをひっつかまえてどうでも聞きだしたくなった。

 とはいえ、未熟なのはお互いさまだ。ここで責めても仕方ないのかもしれない。


「これからはぁ、わたくしたち二人で力をあわせてぇ、世界の平和を守りましょうねぇ」

「うん……そうよね」


 気をとりなおすと、弥生はやっとこ立ちあがった。

 とりあえず助かったんだし、いいか。

 それに、やっぱり共に戦う仲間ができたのは嬉しい。

 弥生は微笑んだ。


「一人より二人。わたしたちの力で、侵略者をこの世界から追いだしちゃいましょう。あいつらと戦えるのは、わたしたちしかいないんだもん」

「その意気ですぅ。わたくしも精いっぱいがんばるつもりですぅ。ふたりで敵をやっつけちゃいましょうねぇ」


 弥生と葉月は手を取りあった。バイザーをあげ、互いの瞳を見つめあう。

 燃える夕日に照らされながら、このとき、少女たちは熱い友情を誓いあったのである。


「でもね、葉月」


 弥生は付け加えるのを忘れなかった。


「ミサイルの乱射は、もうやめてちょうだいね」






 悪辣にして卑劣な犯罪評議会は、これからもつぎつぎと敵を送り込んでくるだろう。

 彼女たち特捜騎士の戦いは、まだはじまったばかりである。




                    第一部 倉坂弥生の場合〈了〉

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