第3話 異界の戦士です
☆
「じゃあ、あのお婆ちゃん、偉い人なの?」
「そうだ。あの婆さんはフォーチュンっていってな、中央行政院の強制執行局長、六千人の局員のリーダーだ。怒るとおっかない婆さんだが、歳のわりには頭も柔らかいし、肝っ玉も据わってる。話のわかる人だよ」
とくとくと説明するポーを、弥生は横目でにらんだ。
「……あなたの世界の警察って、犯人捕まえるとき、みんなああやって見得切ったり、『愛と正義の騎士』とか名乗ったりするの?」
「ああ、あれはあの婆さんの趣味だ」
ポーは事もなげにいった。
「噂じゃ、あの人は六〇年前、TVの特撮ヒーローものに憧れて強制執行局に入ったそうだからな。どうせ局内でもごく一部にしか知らされてない極秘作戦だし、ついでだから夢の実現を異世界のあんたに託したんだろ」
「そんなもの託されてたまりますか!」
弥生は真っ赤になって抗議した。
なんてこと。世界の平和を守るためにあえて羞恥に耐えたというのに。
それにしても、異世界にも特撮ヒーロー番組があるとは。
「なによぅ、じゃあわたしはあのお婆ちゃんのオタ趣味につきあわされて、あんな恥ずかしい台詞言わされたわけ? 冗談じゃないわ、もうますますやらないからねっ。いったい何考えて……」
「正義のために戦うなら、それなりの見得を切るのは常道だぞ。第一アレをやらなきゃ、この世界の連中は弥生が敵か味方かわからないだろうが。自分がどっちの陣営に属してるのかをはっきりさせるのは、戦いの基本だぜ」
「でも、警察はわたしのことを勘違いしてたじゃない!」
「警察が来る前に見得を切ったからだろ。今度は来てから切ればいい。それで万事解決だ」
どう考えても呆れられるだけではないだろうか。
「で、でもわたし、建物ひとつ壊しちゃったでしょ?」
弥生は救いを求めるような目をした。
「あれって、やっぱり才能がないからよ、きっと。ね、だから……」
「ああ、あれは単純なミスだったな。気にするな。大丈夫だいじょうぶ、そのへんのことも、これから俺がみっちり仕込んでやるから」
「……あの、仕込んでやる、じゃなくて……」
「とにかく駄目だ」
ポーは無慈悲にいった。
「いいか弥生。お前はこの世界の住人だ。そうだな?」
「うん……」
「よし。普通、自分の世界は自分で守らなくちゃならない。そうだろ? こんなことは当たり前だ。世間の常識だ。それに、俺もお前に渡されたからには、お前を守る義務がある。
いいか、こいつは遊びじゃないんだぜ。俺たちの目的は、敵と戦い、味方を増やし、余分なリスクを減らすこと。そのためには名乗りあげも必要な儀式なんだ。お前はもっと基本を勉強するべきだな」
「基本って……基本って……!」
弥生はベッドの上でじたばたもがいた。
もしかして、本当にこのまま『愛と正義の騎士』としてずるずる戦うはめになるのだろうか。できれば、いや是が非でも投げだしたい気がする。
だいたい、普通の女の子にそんなこと、できるわけがないと思う。
馬鹿いってんじゃねーぞ。
「……せめて、いちいち武器の名前いわなきゃいけないっていうの、どうにかしてよ。昔のアニメじゃないんだから」
「無理だ」
「……なんで一言で否定するのよ! 理由は!?」
「火器管制命令は、使用者の声紋が安全装置になってるんだ。名前をいわないことには、どれひとつとして動かん。わかったか。わかったらそのつもりで、覚悟を決めてくれ」
「ううう……」
☆
弥生が不当な辱めに耐え、けなげな初陣を飾った某都市の外れ。新開発がつづく湾岸近く。
お役所が、出口の見えない不況の時代に国内外から企業を誘致して法人税収を増やそうと皮算用をしたあげく、都合のいい方向にばかりねじ曲げた予測数字による希望的観測を盾に福祉を削って捻出した多額の予算をつぎ込んで建設し、当然の結果としてどの企業からもまったく相手にされず、仕方なく市民の税金で維持管理費を払いつづけながらあとは順調に老朽化を待つばかりという、すべてが暴露されれば市民全員がテロリストに転職しかねない商業用タワービル。
その、何のテナントも入っていない、これから入るあてもない、したがって誰もいないはずのフロアの片隅で、ひとりの男が仏頂面でモニターをにらんでいた。
ベリアルである。
画面には、総髪にした壮年の男が映り、冷ややかな目でベリアルを見据えていた。双方向回線なのだ。
ただし、回線の接続先は日本国内でもなければ、世界のどこでもなかった。
この世界の、どこでも。
「着任早々のコールとは、恐悦至極だな、マグス殿。ありがたすぎて欠伸がでる」
画面をにらみながらベリアルはいった。どうみてもありがたがっている風ではない。
『下らんあいさつはいい。どうだ、そちらの状況は? 治安組織の規模は?』
「状況はすこぶるいい。治安組織なぞ話にもならんレベルだ。……ところで、このコールはどういうつもりだ。俺はすべてを任せられたものと思っていたが」
『普通ならな』
マグスは疑わしげに目を細めた。
『だが、お前は別だ。あてになるかどうかわからん。この際はっきり聞くが、お前には左遷されたという自覚があるのか? お前が先兵となった世界は、いつでも侵略が断トツに遅れるんだぞ』
「まったく、困ったものだな」
『他人事のようにいうな!』
マグスの顔がアップになる。
『我々はお前に遊び場を提供してやっているのではないのだぞ。仕事はきっちりとやってもらいたいものだな!』
「無論やっているとも」
ベリアルは飄々と応えた。
「しかし、俺の行く世界の者どもは、なぜかいつも反抗的でな。結果として全面戦争にもつれこまざるを得なくなる。最善の努力はしているんだが」
『それもこれも、お前がスタンドプレーに走りすぎるのが原因だろう。だいたい、全体の命令系のなかで深く着実に浸透するのが今どきの戦士だぞ。それをお前は、役にもたたん荒事ですべて台無しにする。もう少し頭を使って行動しろっ』
「肝に命じておこう」
誠意のかけらもない声で応えると、ベリアルは話題をかえた。
「それより、ひとつ情報がある。強制執行局が、異世界の原住民に戦闘装甲服の貸与をはじめたようだ」
『ほう、ついにか』
マグスは片眉をあげた。
『フォーチュンめ、中央立法院が動かないのにとうとう痺れを切らせたな。あえて非合法作戦にでるとは……。だが、中央立法院の承認なしに動かせる程度の機密費で、異世界にどんな支援ができると思っとる』
「まったく、お笑い草だな」
わっはっは、とベリアルは本当に笑いだした。
マグスは不快そうにベリアルを見やってから、
『一世界の戦力を丸ごと相手にするのは得策ではない。我々の力なら負けることはないが、目的には沿わないからな。
それより、現地の犯罪者集団とコンタクトをとれ。兵器を与え、騒乱をあおれ。異世界人同士で争わせれば、手間いらずでいくらでも混乱させられる。そして、我々はその機に乗じて奪いつくす。資源を、エネルギーを、奴隷を。効率のいい植民地化というわけだ』
モニターのなかに傲慢そうな笑みが浮かぶ。
『中央立法院も、他の世界にまで浸透した我々と戦うための予算など、とうてい承認できまい。仮にそんな動きが起こったとしても、我々の息のかかった立法院議員がかならず阻止する。そして、立法院がもたついている間じゅう、我々はやりたい放題にできるのだ』
「しかしフォーチュンも、いったん腹を決めたらそう簡単に手は引かんぞ」
ベリアルはあごに手をやると、考え深げにいった。
「婆は頑固と相場が決まっているからな。バスフだろうが何処だろうが、力の入れ具合は同じだ。こちらで確認した戦闘装甲服は、これまでに見たことのない型だった。新型かも知れん」
指先であごをなぞりながら、ナイトエンジェルの使ったプラズマ兵器を思いだす。
あれは、個人兵装としてはかなり大がかりな代物だ。しかも、小柄な娘の背中にきちんと収まるあのサイズ。よほど高効率のジェネレーターを積んでいるのに違いない。
彼の積層甲殻には対レーザー保護膜が塗られているが、直撃を受ければ、はたして支えきれたかどうか。
『お前が無駄な騒ぎを起こさなければ、尻尾を捕まえられることもなかろう』
マグスが皮肉まじりにいう。
『増援もまもなく送る。いいか、くれぐれも独走するなよ。相手を団結させては元も子もないのだ。犯罪評議会の指令を忘れるな』
ベリアルは舌打ちした。
「くどい。二度も三度も同じことをいうなっ」
『いわせるものもおるのでな。ではさらばだ。期待しとるぞ、ほんの少しはな』
嘲るような笑みを残して、通信は切れた。
瞬間、ベリアルはモニターへ強烈な拳撃を放った。硬い表示面を素手でやすやすと打ち抜き、内部を粉砕する。
「ふんっ、物の価値もわからん俗物めが」
怪我ひとつしていない拳を無造作に引きぬくと、バチバチと火花の飛んでいるモニターに唾を吐く。
スタンドプレーとマグスはいったが、そう的外れでもない。ベリアルは浸透だなんだというややこしい手数より、純粋に戦うことが好きだった。そして、物事にはすべて美学というものがある、とも思っていた。
ある者にとって、戦いの美学とは敵を屠るときのカタルシスであり、人知れず闇に潜む快感であり、圧倒的な滅尽力であったりする。
ベリアルにとっての美学とは、『正義の味方と戦って勝つこと』であった。
現地の治安組織など問題ではない。あれは単なるシステムであり、自分の戦闘力のみを頼みとする「正義の味方」とは根本的に異なるからだ。
今までは、そうした「正義の味方」など、どこにも存在しなかった。悪の戦士がここにいるのに、どうして仇敵「正義の味方」がいないのか。いちじるしくバランスを欠くではないか。不公平ではないか。ベリアルは不思議でならなかった。
だが、ついに「正義の味方」が現われたのである。
それも、彼の直接の敵として。
「やっと現われたか、正義の味方が。待ち焦がれたぞ。貴様にめぐりあうために、俺はいくつもの世界を渡り歩いてきたのだ」
ベリアルはゆらりと立ちあがった。
もうマグスのことは脳裏から消えていた。
「そうとも、悪と正義は表裏一体、絶対不可分のペアだ! 悪の戦士と正義の味方が戦うことは、すべての犯罪行為における不変の真理なのだ! それを理解せずになにが植民地だ。なにが犯罪評議会だ。評議員の無能どもめ、いま正義の味方と相対している俺がどれほどの幸福に包まれているか、貴様らには永久に理解できまい!
おお、神よ!」
ベリアルは拳を突きあげた。天井をにらみつける。
「よくぞ、この俺を正義の味方とめぐりあわせた! 感謝するぞ、そして後悔するがいい。正義が悪に敗北するさまを、誰よりお前に見せてやる!」
ベリアルは、“愛と正義の騎士”との戦いに心踊らせていた。
借り物の戦闘装甲服を使うのはかんべんしてやる。要は心構えの問題だ。自分を「正義の味方」と定義していること。組織にたよらず悪を討つと心に決めていること。それこそが、もっとも重要な事柄なのだ。
もちろん、返り討ちにしてやるが。
事の真相を彼が知らないのは、幸いだったか不幸だったか。
でも、彼はそれで楽しいんだから。
「待っていろ、ナイトエンジェル。貴様を倒すのはこの俺だ!」
部屋に哄笑が響きわたる。
犯罪評議会所属、特務戦士ベリアル、二二歳(地球時間で)。
フォーチュン同様、彼もまた趣味に生きる男であった。
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