第7話:占いの準備

 私は再び棚の前に戻り、そこにある水晶玉を乗せてある小さな紫のクッションごと取り上げると、上に埃除けにかぶせてある白い薄布をさっと取って棚の天板の上の、開けたまま放置されている占い石の箱の横に乱雑に放った。水晶玉を両手で持ち、祭壇の前に行くと正面の緋色のクッションに座り、大きく祭壇に向かって手にした水晶玉を頭の上まで掲げた後、うやうやしく絨毯の上に置く。この時の座り方は膝を完全に閉じ合わせ、きちんと揃えた脚の脛部分を接地させる、我がトーイス流の占い儀式の際に行われる特別な座法だ。こうして身を沈めると、荘厳な儀式祭壇に彫り込まれた二体の神の、2メートルの高さの立った彫像の姿を見上げることになり、いつもの事ながら圧倒される思いだ。特に、精悍な顔立ちに豊かな髭を生やし、袖無しのローブから太い腕をのぞかせる筋骨隆々たる男神モノテーの姿に威圧される。まさに知恵と力の神にふさわしい威容を獲得した彫像だった。向かって右に位置する我が祖先神たるトーイの女神は反対に細く長い手足の華奢な体格の肌はどこまでも滑らかで、まとった長袖のローブの襞越しに体の柔らかな曲線が表現されている。ふくらんだ唇もまた繊細な弾力を表しているが、静かに口を閉じ合わせたその穏やかな表情のうち、細く釣り目立ちの目の力だけは強く、確固とした眼差しで、夫たるモノテーのやはり力強く、深みのあるそれと視線を宙で絡み合わせていた。


 私はあらかじめクッションのそばに置いた5つの占い石を載せた絹布を手でそばに引き寄せると、一つ一つの石を指でつまんですぐ前の水晶玉越しに、いつも祭壇前に広げて置かれている刺繍布の上に置いていった。黄色い正方形の線紋様の各辺中央に角が内接する形で中にもう一つの青い正方形の輪郭が描かれ、その二つの正方形それぞれの辺に沿って小さな丸粒が目立たず灰色の地に霞むような淡い赤、青、黄……という様々な彩りで並んだ模様をしている。

 占術の方法はこの居住室内にも設置できるような簡易な小型祭壇の前で行う儀式法でも何十通りもあるが(と、いっても首府ゲーノンの王宮側に立てられているトーイ神殿の大祭壇を用いての占術の儀式法は我が祖父が高弟と共に行う際、何度か事前の準備の雑事で手伝い、その儀式に――いくつかは毎年決まった時期に行われる国家の祭式のようなもので、国王初め王族や重臣たちも多数来観していた――直接参加せずに見ただけで、まだ正式には習っていなかった。そして、そのいくつかを伝授された高弟さえも知り得ない数少ない秘奥――過去他国の侵攻を受けた際、2度に渡って国家の存亡を救った、ぺマ王国どころか侵略を図った敵対国からも畏怖の念を持って語られる伝説的な、もはや占いの域を超えた大秘術を含む――を行うことが出来るのは大占い師の祖父ゼービだけだった)、今回は先ほどの占星術の観測を取り入れた手法を用いる。刺繍布に縫い取られた黄色い正方形と、それに内接して、角を刺繍布と黄色い四角紋様各辺中央に向けた青い正方形の8つの角を、天体に見立てた刺繍布の方角を示す目安とし、先ほど外で観測した星の徴しるしをそれぞれ当てはまる位置に置いていく。北のルアの毒々しく濁った血拍は、よく磨き上げられた輝石の表面の光沢の内側に波打つ縞の濁りを含んだ鈍い暗赤色をしたマドゥスの石を、刺繍布の青い正方形の上――奥手――の角の内側に置くことで示し、南のルルはやはり暗い赤だが、マドゥスのように濁りが強くなく、薄い透明な輝きを放つゼンルを、青の四角の今度は下の角の内側に置く。これらの占い石を置く時、先ほど南北の空にそれらの不吉な徴を実際に認めた時のことを思い出し、特にマドゥスの石を扱いながら、それが指し示すところのルアの赤黒く禍々しい血拍の様が頭の中でちらつくと、再び息苦しい動悸に見舞われた。しかし、続いて薄い水色で鮮やかに輝くスルドゥムの石をつまみ上げて、先ほどゼンルの石を置いた側、青い正方形の下角の左側の、外側の黄色い四角辺と45度の角度を作っている隙間の小さな場所に置く際は、本来天意を冷静な目で見定めなければならないにもかかわらず、敵国の宿星であるテーリの南の空高くのこれ見よがしの煌々とした輝きが目の裏にちらつき、軽く苛立ちすら覚えた。果実を絞った飲み物のように濁りを含みながらも潤いを持って輝くルオハニのオレンジの石を西の空のユムの星の指示とし、雲に隠れて見ることのできなかった東の空のアーノンに関しては、こういう星の徴を確認できなかった時の常として半透明の白に輝くテピの石を仮の指標として、それぞれを青の四角の左右の角の内側に置いた。


 刺繍布の各所に星の徴となる占い石を配置して準備を終えた私は、脛を座布団に着けた占座うらないざから足指を立てて背筋を伸ばして腰を上げ、続けて右足から足裏をクッションの床に着けて立ち上がり、前に置いた水晶玉とこれからの運命を予兆する現在の天体を模した広い刺繍布の横を回り込むと、祭壇の側に行き――部屋の各所の蝋燭が室内を灯す明かりの、閉め切った室内の閉塞した空気の下、改めて、豪快かつ精緻に彫り上げられた二人の神の彫像の起伏の数々に影を含んでそびえ立つ姿を間近に見上げると、先ほど離れたクッションに座って相対した時とは違う、彼ら神々の住むであろう天上からの押さえつけられるような威圧感を肉体的にも感じた――、屈んで脇の床に置いてある木の箱から乳香と焼香炭を取り上げた。それらを持って祭壇前に行き、腿の高さに張り出した台の中央に置かれた、金属製のくすんだ黒灰色の丸い脚付き香炉の蓋の小さな把手をつまんで開けると、手にした小さく四角い焼香炭を中に何かけか入れる。台の両脇に置かれた燭台のうち、利き手の右の方のを持ち上げ、傾けた蝋燭の先をそっと香炉に入れ、炭に火を点けると、また燭台を元の位置に戻し、表面の薄く赤い発火が消えて炭がくすぶり、やがて鼻を刺激する細い煙を落ち着いて立てるようになるのを待つと、今度は先ほどの乳香のごつごつした形の小さな塊をいくつか入れた。もわっと間近で甘い香りが煙と共に香炉から立ち上り、鼻の奥に入り込んでくる。慌てて小さな穴の開いた蓋を閉じると、先ほどまで座っていたクッションの位置に戻り、祭壇に背を向けて、鼻腔の奥を刺激した甘い香りの残滓の感覚が薄れるのを待ちながら呼吸を整え、やがて完全にではないが、元の透明な空気が鼻を通ってくる感覚を取り戻し、それと共に後ろから、蓋の小さな穴を通して立ち上る香混じりの細い煙が室内の空気に交じり合い、うっすら室内の空気に香りづけていく様の呼吸にも慣れると、やがて身を翻して、元のクッションに、水晶玉、天体を模した刺繍布、祭壇を一直線に目の前にする形で脛を着けた占座に座った。

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