第七話 百鬼夜行(下)

茨姫いばらひめ様。僕は一生、あなたのお側にいたいのです』


 蒼空あおぞらよりスッと降り立ち、肩にとまり、頬を擦り寄せる。素直で可愛い、小さなからすのあやかし。

 その者の名は、八咫烏たやがらす深影みかげと言う。私はミカと呼んでいたっけ。

 心を読む黄金のひとみと、影に溶け込む事の出来る黒く美しい羽を持つ、崇高な神妖しんようだった。

 かつて茨木童子いばらきどうじに命を救われた事があり、その後眷属けんぞくとなって仕えた。茨木童子の四眷属の中では、甘え上手な末っ子だったっけ。

 あの子と契約をした時、私はあの子に太刀を贈った。今、かおるを傷つけた、あの太刀だ。

 あの子は、あんな目をする子だっただろうか。

 千年も経てば、変わる何かがあると言う事だろうか。

 あの子ほど優しい、健気けなげなあやかしは居なかったというのに……

 かつて、私は眷属たちに言った言葉がある。

 たとえ私が居なくなっても、決してその命を無駄にせず、強く生きて……と。

 それはこの子たちにとって、いったいどんな効力をもつ言葉だったのだろうか。


   ◯


「八咫烏の深影……っ。平安時代のS級大妖怪だ」

「茨木童子の四眷属の一体じゃないか。鎌倉かまくら魔淵まぶちがそのような存在だったとは……」


 ざわつく会場のあやかしたちをき分け、私は舞台に飛び込み馨に駆け寄った。


「馨、しっかりして!」


 しゃがみ込んで、その傷の具合を見る。致命傷ではないが、ただの人間の馨にとって、それは大怪我以外の何物でもない。息も荒く、何と言っても痛そうだ。


「チッ、しくったな俺……格好悪りい……」

しゃべらないで馨。あんたそんな暢気のんきな事言ってると、出血多量で死ぬわよ! 格好悪く無いから!」


 馨はぬらりひょんのあの孫をかばって怪我を負った。むしろ格好良いくらいよ。

 いつだってこんな風に、貧乏くじを自ら引きに行くんだから。

 由理ゆりとスイもこの場に来て、冷静に馨の容態を確認し、既に治療に取りかかっている。


「馨君、またぱっくり……いやぱっくりって言うか今回はざっくりだよ。大凶の影響力ってまだ残ってたんだね。……ちょっと霊力使って、荒療治するから」

「あちゃ〜、ほんとざっくり〜。秘伝の傷薬あるけど塗り込みます? お酒も一杯あるし消毒もできるけど」

「あーあたたたたたたっ!」


 由理は霊力治癒が得意だし、スイもまた薬師として医学の知識がある。この二人に任せておけば、馨は死にはしない。だけど……


「!?」


 深影はこちらの事などおかまい無しで、大太刀を我々に向かって振り落とした。

 私は落ちていた馨の刀をとっさに拾い、その刃を受け止める。

 重く、激しい衝撃が体に走る。その強い霊力は波紋を描き、この会場を揺るがせた。

 身につけていた鬼女のお面越しに、深影の冷たい視線と私の視線が交錯する。


「どけ、人間の娘。何者かは知らないが、九良利組くらりぐみの味方をするのなら容赦はしない」


 深影の目には、雪久ゆきひさを通した先にある九良利組への深い恨みと憎しみしか映っておらず、随分と血走っている。

 私は何度か深影と刀を交わし、チラリと背後を見て、雪久に「行きなさい!」とこの場から安全な場所へと向かわせる時間を作った。

 会場のあやかしたちはまたざわついている。「茨木もうい、引け!」と組長の声も聞こえるし、「ひー、あねさん危ないよう」と、豆狸の風太ふうたの声も聞こえる。

 陰陽局おんみょうきょくの奴らは……動かない。意外だけど、あの青桐あおぎりさんがそれを指示している。私がどう動くのか、見ている……?

 いいえ。今は目の前のこの子だ。

 ただただ、痛々しい姿の少年を……この八咫烏のあやかしをにらみ、私はその憎しみの刃を受け止め続けていた。絶対に向こう側へは行かせない。


「いい加減にしろ人間の小娘! 僕は九良利組のぬらりひょんに用がある」

「……そいつを討った所で、めちゃくちゃになった鎌倉妖怪の、何が変わると言うの」

「うるさい! 何も知らない人間の分際で。九良利組は僕のこの“瞳”を奪うため、嘘のうわさを流し陰陽局を動かした。鎌倉妖怪は人間に害を及ぼした事など無い!」

「……瞳を?」


 確かに八咫烏の金色の瞳には価値がある。目を合わせた者の心を読み、また自分の心を伝える以心伝心の力を秘めているからだ。

 上階から降りて来る事も無く、優雅に高みの見物を決めているぬらりひょんの信玄しんげんおじいさんに、チラリと視線を向ける。

 でも、その微笑から真相は全く読めない。否定するつもりも無さそうだしね……


「あんたの恨み言は何となく分かったわ。でもね、あんたは馨を斬った。どんな事情があれ……それは許せない。許されない」


 一度深影との間に距離を取り、ぐっと、刀の柄を握り直した。その力はとても強く、憤りに震えている。

 何かがとてもやるせない思いだった。戸惑いと言っても良い。

 それが誰に、何に向けられた思いなのかすら、良くわからない。

 水面下で繰り広げられるあやかしたちの抗争に対してか、時代と共に変わりよどむ、大事な者への憂いか……時代そのものに、か。


真紀まきちゃん、これ」


 そんな時、後ろからスッと肩に掛けられたのは、スイのまとっていた羽織だった。

 これは千年前の茨木童子の小袿こうちきをカスタマイズしたもの。スイは私の耳元でささやく。


「いってらっしゃいませ、茨姫様」


 軽いウインク付き。だけどおかげで、スッと気持ちが整った。

 そうね。やるせなく思っている場合ではない。

 私は、私の眷属だった者を、今の時代も見捨てない。だったらちゃんと、叱ってあげなくては……それはもう、激しくね。


「何をしている! いい加減、そこをどけ小娘! お前もこの大太刀で斬るぞ!」

「……そう。でも、あんたに私が斬れるかしら」

「は?」


 スッと鬼女のお面を取り外し、そのまま投げ捨てる。

 髪を結っていたかんざしさえも、乱暴に外して捨てる。

 長い赤みがかった髪が解かれ、肩や背にゆるゆると流れて落ちる……


「私を、忘れたか……深影」

「…………」


 この私の顔を。私の姿を。私の声を。私の霊力を……私のこの瞳の色を。

 スイが肩にかけてくれた小袿が、私の存在感をいっそう、かつての“茨姫”らしいものに押し上げていた。

 深影はこの姿に見覚えがあるのだろう。

 私の瞳を真正面から見つめ、何者かを確かに理解した事で、これ以上無く驚いた顔をして固まっている。


「あれは浅草あさくさ地下街の者か?」「人間の娘が何を……」


 野次馬をしているあやかしたちは、私の振る舞いやこの状況そのものに戸惑っていた。

 しかし私は迷う事無く、未だ動けずに居る深影の懐に飛び込んだ。


「時代が変わっても……」


 そして思い切り、自らのその刀を振るう。


「私の事を忘れたとは言わせないわよ! ミカ!!」


 峰打ちだったとはいえ、深影はこの一撃の衝撃に耐えきれずぶっ飛び、前方の装飾柱に激突する。柱の強度はこの狭間の強度を意味するが、多少めり込んだ穴は出来たもののバキッと折れたりはしなかったので、かなり頑丈だ。それでも、嫌な激突音は会場中に響いた。


「…………」


 誰もがあっけにとられている。

 激突音の余韻の後、静まり返った会場をつかつかと突っ切り、柱からずり落ち床に伏す深影を見下ろして、刀を突きつけた。


「それとも、お前はもう、私の知っているあの深影ではないと言うの。あの……素直で、無邪気で、とても可愛かった、私の眷属では……」

「……そ……んな……そんな事など……っ」


 深影は私を見上げて、一度金の片目をきらめかせた。その瞳にさっきまでの恨みの色は一切無く、今はただ、思いもよらぬ再会に心をひどく乱している。

 打ち付け、痛むその体さえ引きずって、深影は必死になって私の足下までう。

 そして頭を下げ、地面に額を強く押し付けた。見下ろすその背は、酷く震えている。


「忘れた事など……僕があなたを忘れた事など、この千年という長い月日の間、一度たりともありません」

「…………」

「ずっと……ずっとずっとずっと、お会いしたかった……我があるじ、茨木童子様……っ!」


 千年は、長い。

 それは、私が茨木童子として生きた年月を遥かに越える、途方も無い年月だ。

 あやかしは、大妖怪であればあるほど寿命が長く、むしろ寿命が無いと言ってもいい。

 それでも彼らは、人間より遥かに一途で、記憶への執着も強い生き物だ。

 この子たちにとって、私の『強く生きろ』という言葉は、もしかしたら呪いのようなものだったのかもしれない。

 深影が発したその伝説の鬼の名に、この場の空気が変わった。一般のあやかしたちだけではなく、あちこちで様子を見ていた大妖怪、また陰陽局の連中の霊力が反応したからだ。

 だけど、私はそいつらを気にする事無く、ただただ深影と向き合った。


「深影。お前は罪を犯したわ」

「ええ、分かっています。僕を、罰してください……茨姫様」


 彼の罪は、あやかしたちの抗争などの問題では無く、馨という“人間”を傷つけた事。

 そして、その場面を陰陽局の者たちに見られている事だ。

 人間を傷つけたあやかしは、処分の対象となる。

 きっと、ここで深影を見逃しても、後に陰陽局が彼を始末しようと動く。ならば……


「良いわ。あんたの罪は私が罰し、私が背負う」


 刀を振り上げた。深影もまた、斬られる覚悟を決めた様子だったが……

 私はそのまま刀をポイと投げ捨て、深影の前でひざをつく。


「……茨……姫様?」


 深影の襟をぐっと引いて彼の顔を上げさせ、そして……思い切りその頬をひっぱたいた。


「!?」


 周囲のあやかしたちの「えええっ!?」と言う驚きの声。

 深影もまた、赤く晴れ上がった頬に手を当てて、まばたきも出来ずに口を半開きにしていた。

 そんな深影のひとみを、私はしっかりと見つめる。

 もう、片方しか残っていない黄金の瞳を。


「再び、私の眷属けんぞくに下りなさい深影。それが、お前への罰よ」


 自らの唇をみ、血塗られた唇で深影の額にそっと口づける。

 その瞬間、深影の黄金の片目から大粒の涙がこぼれ落ち、ぽたぽたと私の膝をらした。

 

『あの方はもう居ない……寂しい……死んでしまいたい』


 伝わって来たのは、深影の心の奥の声。彼が長い間抱えてきた、暗い海の底の様な、孤独の記憶だった。


『誰もが僕の瞳を欲する。あの方が綺麗きれいだと言ってくれたこの金の瞳を。だけどもう、僕は誰のものにもならない。僕は、僕の瞳は……永遠に茨姫様だけのものだ』


 千年前も、その特別な瞳を様々な者たちに狙われていた泣き虫で弱虫な八咫烏やたがらすだった。

 その傷ついた体と心を癒し、名を与え、元気になるまで世話をしたのが茨姫だ。

 しかし茨姫は、茨木童子は死ぬ。

 私の居なくなった世で、彼は誰を信じる事も出来ず、再び孤独になる事を選んだ。

 鎌倉の川の影に作った“狭間”に横たわり、しくしく泣き続け、それでも死に切れずにひっそりと生きながらえていたのだ。

 やがて時が流れ、この狭間を発見し、深影という大妖怪だいようかいを何度となく頼りに来るか弱いあやかしたちが現れた。彼らは鎌倉の妖怪たち。鎌倉は神仏のたぐいである六地蔵の力が強く、これと言ったあやかしのおさが居ない土地だった。

 深影はそんなあやかしたちを、何度となく影から手助けし、守っているうちに、やがて魔淵様と呼ばれるようになり、いつの間にやら鎌倉妖怪の長となっていた。

 その姿を見る事ができたのは鎌倉妖怪のごく一部で、深影は表に出て来る事は無かったけれど、彼の存在は大きな影響力を持ち、それまでバラバラだった鎌倉妖怪たちを統率した。鎌倉妖怪たちには、元々妖煙草や妖酒、妖茶などの、あやかし専用の嗜好品しこうひんを製造する技術があり、一致団結することで大きな繁盛をもたらしたのだ。

 しかし、深影は時代の変化を、この現代の人間社会のルールや歪みを、あまりに知らずにいた。世間知らずの魔淵という長や、最近調子が良くて意気揚々としている鎌倉妖怪たちを、面白くないと思ったり、利用してやろうと目論もくろむあやかしの存在に、ずっと気がつかずに居たのだから。

 大江戸妖怪九良利組は魔淵組という、最近調子の良い新興一派の噂を聞きつけ、鎌倉に間者を送り込み、長い間情報を収集し続けていた。そのうちに、魔淵という長が、かの有名な“八咫烏”であると知り、その特別な瞳を恐れ、欲した様だ。

 八咫烏の黄金の瞳の価値は、大妖怪なら誰でも知っている。化かし合いが基本のあやかしにとって、心を読む代物と言うのは、それだけで恐怖の対象となるのだから。

 鎌倉妖怪たちの失態は、その無知に付け込まれ、計られはめられたという所にあったのだろう。扱っていた商品が人間にとって有害なものだった事もあり、結果的に人間を害したという噂が一人歩きし、陰陽局に罪を問われ居場所を追われ、深影は数人のお供と共に逃げ延びた。

 しかしその騒動の最中、敵に遭遇して片目を奪われる事になる。それが陰陽局の者の仕業なのか、九良利組の者の仕業なのかは分からない……

 私はそんな、深影の持つ記憶と情報を垣間みた。八咫烏の、黄金の瞳の力だ。

 この記憶の中で、深影の苦痛と悲鳴、無念というものは、波の様に私に押し寄せ、伝わってくる。私は奥歯をぐっと噛み、震えて泣く深影を抱きしめた。


「随分と、寂しい思いをさせてしまったわね……もう大丈夫よ。私はここに居るから」


 耳元でそう囁くと、深影はスウッと意識を失い、化けていたその力を解き、からすの姿となってコトンと床に転がった。眷属に下ったせいでその力を制御され、しばらくはこの姿だ。

 私は片目を失ったか弱いからすを抱き上げ、羽に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめる。

 そうして顔を上げ、天を仰いで深呼吸をして……現実を見据えた。

 茨木童子の小袿を纏い、あかい霊気のせいで髪をいっそう深紅に染め、千年前の茨姫の面影を、いまだ引きずったまま。


「……馨」


 私は急いで馨に駆け寄り顔をのぞき込んだ。スイが私の抱いていた深影をひょいとつまみ上げ、「俺が預かるよ、弟みたいなもんだし」と。

 胸に怪我を負い、額に汗をにじませている馨。着物をいっぱいの血に染め、苦しそうにまゆを寄せている。

 私は今やっと、緊張していた何もかもを解いて、馨の事だけを心から心配し、「馨……馨」と、その名を何度も呼んだ。

 由理が治癒してくれているし、もう大丈夫だからと言葉をかけてくれているのに、血に染まる彼を、ただ見ているだけなのは辛い。

 色々な悔しさからぽろぽろ涙を零す。動揺が今更、私を襲うのだ。


「何……泣いてんだよ、真紀」


 だけど馨は、私の心配をよそにヘッと笑って、冷たい手でそっと目元の涙をぬぐった。


「死ぬ訳じゃあるまいし……お前ってほんと、昔から心配性だよな……」

「だって、だって……っ」

「さっきはあんなに……漢前おとこまえな真紀……さんだったのに……さあっ」


 馨は一瞬、ぐっとキツそうな顔つきになる。もうしゃべらなくて良いから。

 ぎゅっと彼の手を握って、自らの頬に寄せた。

 さっきまでの私とは裏腹に、どこまでも気弱になってしまう。


「……私を、一人にしないでね、馨」

「…………」


 馨がこの世から居なくなったらどうしよう。

 そんな恐ろしい事を考えたりするのだ。まるで、前世の、あの時みたいに……


「おい! 救急車が六区の入り口まで来ている。天酒あまさけを現世に連れて行くぞ!」


 組長が、群がる野次馬のあやかしたちを追い払いつつ、部下たちに馨を担架で運ぶよう指示を出していた。

 私はそんな彼らについて行こうと立ち上がるが、予期せぬ目眩めまいにふらつく。


「真紀ちゃん、しっかり」


 支えてくれたのは、由理だった。


「あやかしと主従の契約をしたんだ。久々だったし、人間の身では、消費する霊力も体力も大きい。立っているのも、辛いはずだよ」

「由理……ごめんね。あんたも、結構力を使ったでしょう」

「僕は大丈夫だよ。真紀ちゃん程じゃないし……なんせ男の子だからね」

「……ふふ」


 ここぞとばかりに男である主張をする、女装中の由理。


「ねえ、由理。私……何かを間違って……ないわよね」

「うん、大丈夫。あれが最善だった。……でも、大変なのはこれから、だね。なんせ茨木童子の生まれ変わりだって、バレちゃった訳だから」


 苦笑する由理だったが、前を向いた時のその瞳は力強く、静かな色の中に覚悟めいたものを見る。女装をしているのに、やっぱり彼は今、とても男らしい表情をしていた。

 私たちを興味深そうに見ているのは、何も九良利組のぬらりひょんのご隠居だけではない。数多くのあやかしの視線が、私たちに集中していた。

 その中には、あの陰陽局の二人組のものもある。いかにも私に何か聞きたい事がありそうな、険しい表情だった。


「おい。こいつらは浅草地下街の管轄だ。この場の責任は俺にある。聞きたい事でもあるのなら俺を通せ」


 大和やまと組長が戻って来て、私たちをかばうようにして、前に立った。

 そして小声で私たちに告げる。


茨木いばらき継見つぐみ、さっさと行け。ただし八咫烏は置いて行け」

「でも、組長」

「こんな時まで組長って……いや、まあいい。あやかしたちのゴタゴタを穏便に解決し、適当に濁し、まとめるのが俺の仕事だ。こういうのは慣れてるし、まあ安心して俺に任せてくれ。……うん。今日は徹夜だな」


 格好いい事言って、こちらに漢前な背中を向けている組長。でもそれ死亡フラグ……

 こんなあやかしまみれの場所に、人間である組長だけを残してはいけない気がした。

 しかし組長の周りには、この百鬼夜行に参加していた浅草のあやかしたちが集い始め、訳も無く周囲を威嚇し、ガンを飛ばしたりしている。

 弱っちいあやかしばかりだけど。


「真紀ちゃんには今まで沢山助けてもらったからな」

「俺たちの大和さんは俺たちが守る!」


 江戸っ子らしい粋な事を言って、浅草妖怪たちは私たちを色々なものから守ろうとしてくれているのだ。ちっさいからすを抱えたスイもちゃっかり交ざってるしね。

 深影の事は頼んだわよ……


「この場は大和さんたちに任せるのが適任だ……さあ、行こう真紀ちゃん」


 そして私は由理に連れられ、この会場を後にした。

 あやかしたちが私たちを追ってこなかったのは、あの場で色々な勢力がお互いに睨みを利かせたせいで、結局どこも身動きが出来なかったからだと思う。

 裏凌雲閣うらりょううんかくを出て、霧の立ちこめる静かな道を歩き、狭間と現世の接点となる場所までやってきた時、目の前に立ちはだかる者が居た。


「あんた……陰陽……局の……」


 それは、百鬼夜行の会場で出会った、あの陰陽局のオレンジ髪だ。

 確か、津場木茜つばきあかねと言ったっけ。彼は随分と険しい顔つきをして、腰から下げた対あやかし用の刀に手をあて、臨戦態勢でいる。


「止まれ。陰陽局として聞かなければならない事が山ほどある。お前たちはいったい……」

「黙れ」


 しかし由理は、おおよそ彼らしくない口調ですぐさま制した。


「僕らの行く先に、立ちふさがるな」


 彼の言葉は重く深く、そして未来さえ意識した言霊である。

 その言霊に、陰陽局のエース退魔師すらぐっと口をつぐみ、身動き一つとれなくなった。

 大きな威圧感は、かの大妖怪“ぬえ”を彷彿ほうふつとさせるものだ。

 由理ってば自分が女装中な事をすっかり忘れていそうね……

 結局、津場木茜はそれ以上私たちに干渉する事も無く、私たちは彼の横をすんなり通り過ぎ、この狭間から現世へ、慣れた浅草という土地へと戻る。


「眠っていんだよ、真紀ちゃん」


 そんな由理の優しい言葉に、一気に安心したりして。

 まだ気を張っていなくてはとも思うのに、私はすっかり、甘くかぐわしい、まどろみの錦の雲に沈んでいった。


 今宵こよい。幕が開けてしまった、今世の物語がある事も知らずに。

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