第二話《裏》 新聞部部長・田口さき、見てはいけないものを見る。

 私の名前は田口たぐちさき。

 新聞部三年、“ハイエナ部長田口”とは私のこと。


 さっきの突撃インタビューでは、あの三人組に軽くかわされてしまった。

 でも来月の校内新聞では、彼ら民俗学研究部の記事を一面に持ってきたい。

 この野望は止まらない止められない!

 奴らはさっさと帰っちゃったし、なんか浅草の駅前スーパーで肉を買いあさる三人を見たという目撃情報が、SNSに上がっていたのを見た。

 と言う訳で、真実を求めて民俗学研究部の部室までやって来た所だ。


「さてさて部室は留守だし、漁り放題。良い情報は無いかな〜。出来れば読者が知りたい面白い情報が欲しいんだけど〜」


 誰もいない、黄昏たそがれ時の旧館の美術準備室に無事潜入。

 まず気になったのは、このほこりっぽくて無駄にもののあふれた物置みたいな狭苦しさ。

 そして……ホワイトボードに書かれた謎の言葉の羅列。



『なぜ我々あやかしは人間に退治されなければならなかったのか』

 〜死亡エンドは、いったいどうしたら回避できたの?〜

 ・酒呑童子しゅてんどうじが色男じゃなかったら ←はあ?

 ・そもそもぬえ道長みちながを止められなかったせいだから ←わかる

 ・茨姫いばらひめ安倍あべの晴明せいめいをぶっ殺していたら ←なるほどわからん

 ・みなもとの頼光よりみつが“童子切どうじきり”を持っていなかった場合 ←神回避

 ・源頼光が“神便鬼毒酒じんべんきどくしゅ”をもらわなかった場合 ←神回避

 ・というか源頼光めっちゃ外道 ←わかる

 ・酒呑童子が全力を出せていたら……っ ←はあ?

 ・そもそも我々があやかしじゃなかったら? ←はあ?

 ・諸行無常の響きあり ←わかる

 ・盛者必衰のことわりをあらはす ←すごくわかる

 ・結論→→→→おごれる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし


〈〈〈 超訳:鬼神に横道なきものを! 〉〉〉



「…………はあ?」


 当然、声が出た。意味不明すぎたからだ。

 ここでゲームでもやってんのかな……

 安倍晴明とか、酒呑童子とか……なんか武器とかアイテムの名前があるし。

 ぶっちゃけ気恥ずかしい単語が羅列している。

 最初こそ真面目に議論してたっぽいのに、途中なぜか祇園ぎおん精舎の鐘の音から始まる平家物語の冒頭が……

 誰もがあこがれるあの三人組が、ここでこんな内容を語り合っているの? 

 ちょっと信じられない。


「ほ、他に何か無いかな」


 こんな電波なのじゃなくて、私は皆がキャーキャー言ってくれる情報が欲しいのよ。

 ふと目についたのは、木造の長机の引き出し。

 私はそれを何となく開けてみた。


「……部活動日誌?」


 おっとー……これは掘り出し物じゃないの?

 面白い事が書いてあるかもと思って手に取った。

 しかしパラッと開いてみると……


『なぜ我々あやかしは人間に退治されなければならなかったのか』


 なんのこっちゃ。

 見開き一ページ目からこれだ。更に……


『平安時代、優雅で最強なあやかし業をしていたのも久しからず、ド鬼畜外道な安倍晴明および、あやかし皆殺し系男子源頼光に退治され、なんと現代に転生☆ 我々の凡人系ライフはこれからだ!』


 などという、意味不明な記述をしており……

 平安時代? は?

 転生? あやかし? 凡人系ライフ? ……なにそれ怖い。


「い……痛っ……イタ過ぎるだろ……っ!」


 思わず一人で、日誌に向かってつっこんだ。つっこんでしまった。

 派手に痛めた電波でカオスな会話を、みんなが憧れるあの美形三人組がしているの?


「ま、まあいいわ。この日誌、今日借りて帰って、少し熟読しよう。考えるのはそれからにして、明日の朝一でここに返せば良いんだわ」


 とりあえず日誌を脇に挟んで、本棚に置きっぱなしにされているものを物色する。

 やれ“あやかし百科事典”、やれ“未確認生命体の足跡”、更に“本当にヤバいパワースポット”などの怪しげなタイトルの本や雑誌ばかりが出てくる。

 なんなんだよ!

 ほんとあいつら何やってんだよ!!


「…………」


 夕暮れ時にひと気の無い部屋に居るせいだからだろうか。

 チッチッチッチッ……

 埃かぶった掛け時計の針の音が、嫌に耳につく。


「と……っ、とにかく。あの三人は、かなり電波な研究をここでやっているって事ね。趣味なのか本気なのかわかんないけど、かなりオカルトチックで中二病な……こんなネタ、誰が喜ぶのかな……ま、まあ良い。真実を記事にしなくっちゃ。謎のヴェールに包まれたあの三人組の活動が今こそ……」


 なんて、メモ帳とペンを取り出し、独り言を言って士気を高めようとしていた時だ。

 いきなり背後から鋭い視線を感じて、バッと入り口の方を振り返った。


「……え?」


 そこには確かに、人影があった……

 だけど、直後に頭がクラっとして、目の前が真っ暗になる。

 そして遠く響く、低い男の声。


 ……今見たものは全て、忘れろ。


 暗い視界の奥で、ちらちらと揺れる美しい金の尾を見た気がした。

 




「先輩、田口せんぱーい……ちょっと起きてくださいよお」


 空も、淡い紺色に覆われ星が見え始めた頃。

 私は旧館と本館の間にある中庭のベンチに座って、居眠りをしていたらしい。

 二年生の新聞部員、みっちゃんこと相場満あいばみちるが私を呼んでいる。


「先輩ったら、何でこんな所で寝てるんですか〜?」


「はれ……なんでだっけ?」


「もー、先輩しっかりしてくださいよお〜。突撃インタビューするって出て行ったきり帰ってこないから、あたし迎えに来たんですよ〜。例の三人組の情報、手に入ったんですか?」


 ああ、そうだ。私は、民俗学研究部の部室へと潜入したんだった。

 主に天酒君の情報が、特に恋愛系のがあったらなと思ったんだけど……


「……それが、なーんにも分からなかったんだよね。あの部屋には小汚い美術用の備品ばかりで、めぼしいものも、情報も無かったの」


 あれ、そうだっけ?

 なんか見つけたものもあった気がするんだけど。

 まだ寝ぼけてるのかなあ、私。


「じゃー、ここは同じクラスのあたしが頑張るっきゃないですねえ。二年生は林間学校や運動会、文化祭や修学旅行なんかのイベントが目白押しですしー。新聞部はイベントごとで起こった事件や、湧いたカップルを特集して記事にしてますけどー、今後は例の三人は執拗に追ってみます〜」


「みっちゃん……流石は私の一番弟子……」


 私は新聞部の後輩の成長にうるっときつつ、立ち上がって背伸びをした。あくびも一つ。

 やっぱり、私はさっきから夢見心地。

 確かにあの部室に入って、めぼしいネタが無いかをあさった。

 何も無かった。何も無かった……?

 うーん、でもどうして私はこんな所で寝てたんだろう……?


 少し冷たい、風が吹いた。

 民俗学研究部の手前にひっそりとたたずむしだれ柳が、ゆらゆらと揺れている。


「……おごれる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし……」

 

 ふと、口をついて出て来た言葉。

 なぜ平家物語? 何かで見かけたっけ……?


「せんぱ〜い、もう下校時間ギリギリですよ。さっさと帰りましょうよお」


 みっちゃんが呼んでいる。

 私は「ごめんごめん……」と彼女の方に駆けて行きながら、柳越しに見える、先ほど侵入した美術準備室の窓の奥をチラッと見た。


「……あれ」


 立ち止まったのは、人影を見た気がしたからだ。

 スーツ姿の、この学校の先生らしき男が、今あの部屋を出て行ったような?

 残像にも似た、金色の帯の様なものが、チラチラと目の端に流れて消える……

 ぼんやりしていたせいか、私は特別気にしたりはせず、足早にこの場を去ったのだった。

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