第176話 ★2★ 4月1日火曜日、13時過ぎ

 四月一日火曜日十三時過ぎ。

 こうとの突発的なデート。食事をして、ショッピングをして。次は映画でも見ようかと話をしているときに電話が鳴った。

 嫌な予感がして、スマートフォンを取り出す。

「ハロー」

 周りが賑やかなのはお互い様か。音が聞き取りにくい。

「ハロー、バサラ」

 流暢りゅうちょうな英語は母親の声で発せられる。

「……えっと、何の御用でございましょうか?」

 英語で返すところを、抜折羅ばさらは緊張のあまり日本語で問う。日本が大好きな養母は日本語も達者なので、通じるはずだ。

「そっちの仕事を引き上げて戻って来なさい」

 これまた流暢な日本語で告げられた台詞に、抜折羅はフリーズした。

「あら、聞こえなかったのかしら。バサラ、返事なさい」

「…………」

 喉が渇く。

 ――ジンクスなんて、所詮しょせんそんなものか……。

 黙ったまま固まっている抜折羅を、紅が不思議そうに覗き込んでくる。声を掛けてこないのは、抜折羅が電話に出たときにハローと言ったせいだろう。仕事仲間はみんな英語で話すので、警戒しているようにも見える。

「とにかく、手筈は整えておいたから、あとのことはトパーズに頼んでちょうだい。じゃあね」

 通話が途切れた。抜折羅は通路の端に立っていたことをいいことに、その場にしゃがんで頭を抱えた。

「何故だ……どうして思うように事が運ばない……」

「何かあったの?」

 紅が隣にしゃがんで、優しく問い掛けてくる。おそらく、彼女はすでに察しているのだろう。

「悪いな、紅。デートは中止だ。詳しいことは移動しながら話す」

 予定通りにデートができたことが一度でもあっただろうか。突発的なデートでさえ、こうして邪魔が入る。早く不運の呪いを解いて、平穏無事な生活を送りたい。できるなら、紅と一緒に。

「いつものことだもんね。気にしちゃダメだよ」

 紅の笑顔に救われる。

 抜折羅はトパーズに連絡したのだった。

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