第177話 ★3★ 4月1日火曜日、13時過ぎ

 てっきりJR八王子駅前にあるエキセシオルビルの事務所に戻るのだと思ったのだが、違うらしい。車は見知らぬ道を走っていく。

「もう撤収準備ができているのか?」

 訝しく思って、運転しているトパーズに英語で問う。

「ええ。社長から指示いただいておりましたので」

 かたっくるしい発音の英語で返ってくる。

「俺への相談はなしに、か」

 英語で告げると、トパーズは小さく笑った。

「着けばわかりますよ」

 こうも一緒についてきてもらったが、大丈夫だろうかと心配になる。

 車は住宅街を抜けて、ある高層マンションの前で止まった。ファミリー層向けの集合住宅だ。

「こちらにどうぞ」

 キーを外して後部座席の扉を開けたトパーズが促す。まだ状況がわからない。戸惑っていると、トパーズが急かした。しぶしぶ抜折羅ばさらは紅を連れて降りる。

「では、こちらへ」

 トパーズに導かれてマンションの中に進んでいく。エントランスを抜けて、エレベーターに乗り込み、最上階の奥の部屋に案内された。

「トパーズ、これはどういう――」

「長期滞在をするのに、お坊ちゃんにいつまでも事務所生活をさせるわけにはいきませんからね。社長があなたへの誕生日プレゼントを兼ねて用意した家でございます」

 告げて、扉が開かれた。

 明るい部屋だ。調度品もすでに設置済みらしい。

「ちょっと待て、じゃあ、さっきの電話はっ!?」

「エイプリルフールですよ。毎年しっかりと引っかかりますね」

 爽やかに返すトパーズが少しだけ憎い。抜折羅は頭痛を覚えた。

「今夜からはこちらで生活していただきますよ。よろしいですね」

「……はい」

 なんで騙されてしまうのだろう。エイプリルフールは午前だけと思っていたが、よくよく考えれば時差がある。電話を掛けてきたあの時間、ワシントンは零時になったところだったはずだ。

「えっと……どういうこと?」

 やり取りが英語だったからか、紅がついていけなかったらしかった。抜折羅は気を取り直す。

「引っ越しするんだよ。今の事務所生活を終わりにして、ここを生活の拠点にするってこと。母さんがエイプリルフールに便乗していたずらしてきたようでさ」

 気まぐれでサプライズ好きな人なだけある。長期滞在を考えて家を用意してくれたのはありがたいが、やはり相談くらいはして欲しかった。

 ――やっぱり距離感がわからん……。

「ここに住むの? 広すぎじゃない?」

「まぁ、そのあたりは母さんの感覚もあるからな」

「お二人とも玄関で立ち話に興じていないで、こちらにいらしてください。紅茶をお入れしますから」

 トパーズが呼ぶ。

 抜折羅は紅を見て笑むと、彼女の手を引いてトパーズのいるダイニングに向かう。

 新居で迎える新年度。果たしてどんなことが待ち受けているのだろうか。

 抜折羅は淡い期待を胸に前へと踏み出す。



(金剛石の意図的なウソ ~タリスマン*トーカー 短編~ 終わり)

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