第13話 *3* 6月20日木曜日、深夜

 寝る前に抜折羅から電話をもらって、異常がないことを告げたのを紅は覚えている。電話を切ってベッドに潜ったのは午前零時を過ぎたくらいだったはずだ。

 ――ってことは、今の時間はそれ以降……。

 物音に気付いて紅は目を開ける。豆電球の明かりの他に、街灯の光が部屋に差し込んでいるのに気付く。

 ――雨戸は閉めて寝たのに?

 上体を起こして確認に向かおうとする。――が、紅は動けなかった。

 口をふさがれて、腕を後ろ手につかまれる。一瞬のことで、何が起きたのかわからない。

「んんっ!?」

 声を出せずに身悶みもだえすると、耳元に何かが近付く気配がした。

「危害を加えるつもりはないんだ、おとなしくして」

 そうささやいて来たのは少年の声。だが、身の危険を感じないわけではない。紅は拘束を解きたくて身体をよじる。背後にいる人物は台詞せりふを小声で続ける。

「ほら、こんなところを見つかりたくはないでしょ?」

「ひゃっ……!?」

 首筋に伝わるぬるっとした感触に、紅は小さな悲鳴を上げた。首筋をめられたのだと理解した途端に身が強張こわばる。抵抗を諦めたわけではないのに身体が言うことを聞いてくれない。紅は焦った。こんなことは初めてだ。

「いいこだ。――で、フレイムブラッドは?」

 抵抗する気がなくなったと判断したのだろう。腕は拘束したままだったが、口元を押さえていた手はけられる。

「――ここには……ないわよ……」

 先のわからない恐怖と馴染みのないことをされたせいで、息が上がっている。紅は悔しく思った。

 ――あたしだけじゃ、やっぱり無理だった……。

 紅の回答に、腕を掴む手に力が加わる。

「そんな莫迦ばかな。確かに波動は感じるのに……」

 動揺が滲んでいる。彼はここにあると感じ取ったから、紅の自宅、彼女の私室に現れたらしかった。

 少し思案するような間を空けて、彼は続ける。

「――そうか、君は石に選ばれた人間なんだね」

 手が放される。紅は相手を見るために上体をひねった。

 ――しまった……。

 目元だけを隠す仮面を被った顔を見る。それと同時に紅のあごに触れる彼の細い指先。そのまま流れるように口付けをされた。触れるだけではなく、舌で唇をなぞられて、紅は変な体勢で身を引いた。

 少年の口元が愉快そうに笑む。

「僕、君に興味が湧いてきちゃった。今度は夜這よばいじゃなくて、堂々と会いにいくよ」

 そう告げると、ベランダに続く窓から仮面の少年――怪盗オパールは出て行った。

 ――うそ……。

 唇に触れる。そのまましばらく動けなかった。

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