終結

王国第三騎士団長マグウェル・ダルカス率いる精鋭部隊は駆け抜けた。

かつては美しい森だった炎上する大地を踏み締めて、散った討伐隊員の無念を背負い、その責任に歯を軋ませながら敵陣へと駆け上がる。


彼に向けて放ったオークの矢は全て叩き落とされた。彼を止めようと立ち塞がるオーガとトロルは、その一太刀で瞬く間に両断された。彼が望はただ一つ。憎き魔人の首だけだ。遠目から、残った生存者に襲いかかる悪しき魔物どもが見える。彼は部下に救出を指示し自分は魔人の下へと急いだ。遠くからでも、悍ましい気配でわかる。……魔人はあそこにいるのだと。


――見つけた。あれこそ魔人の姿だ!!!

生存者が、100体以上はいるであろう魔物の群れに囲まれている。オークは矢を射る体勢にある。ここからでは、もう間に合わないだろう。だが、最後まで諦めたりはしない。何故なら彼は誇り高き騎士団長なのだから。


「――ウオォォォォォォォッ!!!!」


邪魔な魔物を両断し、燃え盛る森の中、天馬の如く駆け抜ける。

その咆哮は、魔物を怯ませ。その形相は、鬼と化した。それでも間に合わない。

せめて、仇は討ってやる……そう思った、その時。

大地から壁の囲いが形成され、周囲には円を描いた濁流が出現した。

魔物は驚き、足を取られ、その動きを止めた。そして――


――雷鳴が響き渡った。

全てを飲み込むかの様な、神々しい紫電が濁流を走り抜ける。

直後、周囲を囲んでいたオーガとトロルは濁流へと飲み込まれ消えていく。


その光景を、高みの見物とばかりに笑って見ていた魔人は、愕然とした表情に変わっていた。それを成したのは、全ての魔力を使い果たし大地に倒れようとする少年だった。


「……よくやった! ――小僧ッ!!」


今、王国最強の騎士が魔人の前に立ち塞がった。


「よう、魔人さん。あの世へ行く覚悟は……出来てるよな」


憤怒の表情で、憎々しい者に吐き捨てるかの様な声色で言葉を発した。

喪失していた戦意を取り戻し、状況を理解した生存者達は、騎士団長に協力するべく臨戦態勢をとり始めた。それを見た魔人は、愕然とした表情から激憤した表情へと変わっていく。


そう、魔人も余裕がなくなった事を理解したのだ。

追い詰められ、全力となった魔人。自身の持つ最強魔法で人間共を殺す。

そして、騎士団長に向けて魔人が魔法を……。





     ――スパンッ



            ――ボトッ




魔人の首が飛ぶ。


唱えるよりも、圧倒的に上回る速さで魔人の首は胴体より分断された。

大地に、ゴロンという首が転がる音が響く。

両断された胴より噴き上がる赤黒い液体。血で染まった騎士団長の剣。

薄汚れた血は大地へと還り、胴体が崩れ落ちていく……。


生存者は理解した。


そして感嘆の声を上げ、自身の命が救われた事を喜んだ。

今、騎士団長は勝鬨を上げ、この戦いの勝利を確信した。

後に、第二次魔人戦争の最激戦の地として語られる、死闘の一幕だった……。



彼らの生存の一翼を担った少年は、彼の敬愛する師の膝の上でぐっすりと眠りについていた……。



こうして、彼の初めての戦いは終を迎えた。



――後日――



この戦いは、各地の森で繰り広げられた。

しかし、サージマル領最大の森、コリアコ程の大規模な戦闘と、被害を出す戦いはなかった。その後、各地の魔人を倒すために各国は協力して対処し、この事件は終息を迎える事となる。過去に起きた魔人戦争程の事態にはならなかったが、それは未然に食い止めたとも言える。かくして、この魔物襲撃増加事件は、後に第二次魔人戦争として語り継がれる事となる。


この戦争全体での死傷者の数は、各国合わせて15万にも上り、ゴードレア国内だけでも5万に上った。戦争になる前の被害者の数を含めれば、さらに数字は増えるだろう、甚大な被害だった。


そして、その内の8000人が、コリアコでの戦いによる死傷者であった。

コリアコの死傷者8000の内、死亡者は6500人を超える数だった……。



――三日後、討伐軍野営地にて――



今日は、久しぶりのいい朝を迎えた。


「師匠、おはようございます」

「はい、おはようございます」


本日も晴天。風も穏やかで目覚めのいい朝です。敬愛する師匠と顔を合わせての挨拶。その、何気ない行為にこそ幸せはあるのだと実感しております。

この戦いで森は焼失して何人もの人間が亡くなりました。


死体の損傷が激しく、身元を確認する事ができない者も多くいました。私と師匠が所属していた部隊は、私達以外は全て亡くなりました。今、生きているだけでも奇跡と言えるでしょう。


援軍に来て、師匠を亡くして泣いていた女の子も無事助かりました。騎士団長に助けられた時は、気絶している私を除いて、あの場にいた5人の生存者は、肩を抱いて喜んだそうです。


私も、どさくさに紛れて師匠の胸に飛び込んで、喜びたかったです。気絶したせいか、記憶が曖昧で、魔人との戦いをあまり覚えていません。目覚めた時に、簡単に説明されましたが、よく分かりませんでした。


それはさておき、今日は戦争による死者を弔うための、簡易的なお葬式をします。全ての遺体を、街の墓場までは運べませんので、近くに大穴を堀り、魔法で火葬した遺骨を収め、慰霊碑を建てるのが、戦場の習わしだそうです。


私達も、これから参列して弔います。それが終われば、討伐隊はラーナへと凱旋し、解散となります。早く帰って家でゆっくりしたいですね。


葬式では、至る所から涙を流す人達の嗚咽が聞こえてきました。

弟子を亡くした師が、師を亡くした弟子が、それぞれ慰霊碑に向かい祈りを捧げている光景は胸に来るものがありました。私にとって初めての戦いは、とても苦々しく辛い記憶を刻みつけていきました。

それでも、私の戦いは終わったのです。

師匠と共に、無事に……。

そんな所ですかね。


「はぁ~、疲れましたね。師匠」

「ええ、本当にお疲れ様でした。リョウ」


あぁ、あと、なんだか距離が近いです。戦いが終わって、私が野営地で目を覚ましてから師匠がずっと隣にいる状態です。ボディタッチが明らかに増え、ドキドキするんですが何なんでしょうか。いや、もっとして欲しいですが理由が分からずに戸惑っています。戦場で気絶した弟子を心配しているのでしょうか、優しいなぁ。


――その後、騎士団長のマグウェルさんが、気さくにも挨拶にお見えになりました。騎士団は、ラーナに戻らず王都に向かうそうです。事後処理とか報告とか、色々あるんでしょうね。そして、団長に頭を撫でられ、素晴らしい一言を頂きました。


「坊主、お前の功績は俺が報告書に記す。今の内に、試験の勉強をしておけ」

「ありがとうございます!」


ふむ、ゴブリン4体を無詠唱風魔法で倒した事が認められたのかね。

何にしても、ありがたい話です。これで国家試験の受験資格が揃ったのですから。辛い戦いだったような気がしますが、胸を張って家に帰れそうです。


そうそう、ついに私は合成の二大魔法の一つ。雷魔法の初級攻撃魔法を習得しました。成功確率が低く、魔法力を大きく消耗する魔法で苦手だったのですが、今回の戦いでコツを掴めたようです。ただ、なぜコツが掴めたのか覚えていません。

師匠曰く、最後に私が使って事なきを得たらしいです。

ちなみに、風と水の合成魔法が雷魔法です。



さて、思い出話も終わりにして。いざ、ラーナへ帰りましょう。

焼失した森を背にして久々の荷馬車に乗り、私達は我が家への帰路に就いた。



「ドナドナドーナードーーナーー」

「リョウからその言葉をよく聞きますが、どういう意味なのですか?」

「仔牛が荷馬車に乗せられて、売られていく歌です」

「……そろそろ荷馬車ではなく、馬車を買いましょうか」

「あ、いえ。嫌味で口ずさんでいる訳ではないです。勘違いさせてごめんなさい」

「それなら、いいのですが……」


そんな、他愛もない会話をしながら、生き残った討伐隊と共に帰路に就く。そこには新しい客人もいた。


「そんな歌、初めて聞きましたわ。どこの歌ですの?」


彼女は、美しい銀髪を三つ編みにし、両側から胸の所まで下げている。14歳の年齢にしては胸が大きく、健康的な太ももが私にとって目に毒だった。その子は魔人との戦いで師匠を亡くし、一人で帰るのが心細かったのか私達の荷馬車への同乗を願い出た。葬式の時も、慰霊碑に向かい涙を流していた事を知る私達は、快く彼女を迎え入れた。その結果、彼女は私の隣に座りムンムンとした若い女性特有の匂いを撒き散らし、私は自分自身の欲望と戦う事となった。


そう、彼女は援軍に駆け付けてきた見習い魔法使いの女の子。

あの日、亡くなった魔法使いに泣きながら縋り付いていた女の子だった。

名前は、ハリティ・マッカート・キュライ。

ゴードレア王国の下級貴族の3女でもある。


「私の、知り合いから教えてもらった歌ですよ。とても有名なんです」

「フーン、聞いたこともないですわね」

「私もないです」

「そうですね。この辺だとマイナーですね」


マイナーどころか知ってる人はいないでしょうがね。多分。


「ちなみに、お二人はどういう経緯で師弟となったのかしら」


道中は、この様な会話が続いた。ハリティが興味津々と言わんばかりに質問をしてくる。最近の師匠と同じく、この子もボディタッチが多く反応に困ることが多々あった。私の心は永遠の思春期なので辞めてほしい。


そんなこんなで、あっという間に一週間が経ち、懐かしき我がラーナへと凱旋を果たした。出発してから20日ほどしか経っていないのだが、とても懐かしく思え安堵のため息が自然と出た。


こうして、私の冒険譚が本格的に始まろうとしていた……。



                             

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