死闘

――進攻は、尚も優勢!

視界が悪く、動きにも制限がかかる森の中でも関係なく、前衛はゴブリン達を薙ぎ払い、どんどん森の奥へと進軍していく。前衛を勤めているのは熟練の冒険者達であり、その背中は大変頼もしく見えた。


魔人は、森に集まりやすい自然の魔力を利用して魔物を操っている。行動範囲は森から約10kmまで。囲むように円形で陣を築き中央へと攻め込む戦術であれば、必ず魔人を発見でき追い詰められるはずだ。


迷うことなく突き進む討伐隊。だが、何か違和感を覚える。……そうだ、何故ゴブリンしかいないのか。他の魔物もいるはずだが、ゴブリンの姿しか見ていない事に気づいた。たまたまなのか、それとも意図的なものなのか、そこに不安を感じた。


しかし、今は圧倒的に有利な状況だ。魔物を潜ませていたとしても、圧倒的に質でも数でも優っている。この状況がひっくり返されるとは思えない。

さらに、森の外では今回の討伐隊のトップである、王国騎士団2000が本陣で指示を出し待機している状態だ。


万が一にも敗北はないだろう。騎士団は消耗を嫌い、冒険者たちに前衛をさせているが国としては当然の事と思う。勝ち戦でも最前線は常に危険だ。公務員の騎士団から、前に出ることは有り得ないだろう。不満には思うが仕方ない。世界とは往々にしてそうだ。派遣は使い捨ての駒なのだから……。


しばらく、ゴブリンとの戦いが続いた。そのほとんどは前衛が打倒し、漏れた魔物は師匠の風魔法で駆逐された。さすがです、お師匠様。

はっきり言って、私を含めた後衛に出番が回ってこない。

今は魔力を温存しておくとしよう。



そして、先行している他の部隊より、待ち望んだ情報がもたらされた。



――魔人を発見、戦闘を開始――


直後、魔人発見時の合図用に決められていた魔法が、樹上を超えて上空で光り輝く。それは、光が届きにくい森の中であろうと確認できるほどの眩く赤い光だった。


「向こうだッ! そこに魔人がいるはずだッ!!」


合図を確認した部隊は、隊列を維持させながら光の上がった方へと向かう。

段々と木々は無くなり、広場の様に開けた大地が姿を見せた。そこでは、すでに到着していた他の先行部隊の姿があった。そして、私と師匠の所属する部隊は、ついに魔人と対峙した。



――それは、見た瞬間に魔人だと理解できた――



姿形は人間とほとんど変わらなく見えた。しかし、肌は赤黒く変色し所々に疣の様なものが有る。そこからは、悍ましい腐臭を孕んだかの様な、紫の液体を吐き出していた。液体が滴る地面では、それを浴びた草花が悲鳴を上げた生き物の如く、のた打ち回り枯れていく。魔人の目はどす黒く濁っており、まるで死んで腐ったかの様な人間の目をしていた。その光景は、討伐隊を怯ませるには十分だった。魔人からは得体の知れない魔力が感じられ、恐怖が心を支配し始める。


――魔人がその目でこちらを睥睨し、悍ましい微笑みを浮かべた――


「――ッ! ……これが、魔人か」

「この場にいる部隊は、周囲を警戒しながら魔人を包囲しろっ!」

「近づけないッ! 魔法を使ってくれ!!」

「あまり不用意に近づくなッ! 一定の距離を保て!!」

「手の内がわからない以上は、守りを固めろ! 土魔法での補助を頼む!!」

「遠距離から魔法で仕留めろ! 早くしろっ!!」


前衛部隊はその芽生えた恐怖心からか、守勢に回る指示をそれぞれが飛ばす。

それに応え、後衛部隊は土魔法による防御呪文と不可視の風魔法による攻撃を開始した。


「「「「「堅牢な産土は、同朋を守護する盾となる【土霊盾アースシールド】」」」」

「「「「【風霊鋭刃ウィンドセイバー】」」」」


見習い達が、初級土魔法により前衛に盾を生成し守りを固めた。

それと同時に、魔法使い達が無詠唱による中級風魔法を魔人に連続して打ち放つ――が、その刹那



      「堅牢なる地母、同朋を守護せし鎧となり、

      鉄壁を超える力となる。力は大地の底に沈め」


           「【土霊要塞アースシタデル】」



心の底に響き、心臓を鷲掴みにする様な声と共に、魔人が上級土防御魔法を詠唱した。魔人を中心に隆起した、城程もある巨大な大地の防壁により、届くことなく風の刃は霧散した。


前衛部隊の数十人は、その隆起に巻き込まれて殆どの者が死傷した。

前線は瞬く間に崩壊――まずい。そう誰もが思った。


その直後、合図により駆けつけてきた援軍が、次々と森の中より到着した。

どうやら、この場以外は非常に優勢らしく、続々と森の広場に援軍が送り込まれているらしい。


魔人は自然界の魔力を吸収するとは言え、その力は有限であり多くない。

情報によると、肉体的な強さも人間に毛が生えた程度しかなく、素の魔力は大したことがない。このまま数で攻めれば、相手の魔力は必ず尽きるはずなのだ。

大丈夫だ、いける。そう思った――その時。


魔人は集まってきた討伐隊をゆっくりと睥睨し、納得がいったかの様に大仰に頷いた。そして、再び気色の悪い悍ましい笑みを浮かべて囁いた。



      「天上の爆炎は、屍を生み出す災いとなり、

      加護すらも根絶やそう。今、死の道を仰ぎみろ」


           【火霊爆裂エクスプロージョン



瞬間、師匠が前に出て無詠唱の中級土防御魔法を発動させた。「【土霊鎧アースアーマー】」



その直後、討伐隊の眼前が赤く染まった。人も、森も、生命の息吹すらも赤く染まった。辺は熱く息ができない。酸素が急激になくなり、煙が炎とともに襲いかかってくる。瞼すらも開けていられない。周囲からは叫び声のような呻き声が聞こえてくる。


周囲に土魔法を纏えなかったら、爆発の直撃で即死だったかもしれない。

意識を保てるうちに私は中級治癒水魔法を唱え、同時に無詠唱風魔法の併用を行った。


「清浄な聖水は、全てを癒す糧となる【水霊治癒ウォーターヒーリング】―――拡散―――」


癒しの水は周囲に降り注ぎ、傷ついた者達を癒し水が熱より体を守る。

次いで、師匠が無詠唱で同じことを行い、徐々に体の痛みは消えていき周囲の炎も静まっていく。


周囲の熱が下がり煙も散っていき、なんとか瞼も開けられるようになった。

――そこで、私達は絶望を見た。


燃え盛る森、焼け焦げた討伐隊、苦しみもがく僅かな生存者、健在の魔人。そして私たちを取り囲む様に地下に続く穴から現れた、オークとオーガとトロルの軍勢。全てを悟り、私は死を覚悟した。


魔人は罠を仕掛けていた。討伐隊が来る前からこの時を待っていた……。

年月をかけ森に可燃性の液体や可燃物を仕掛け、森の地下に防空壕を造った。

そして、最弱の捨て駒ゴブリンを囮に使い討伐隊を誘い込む。魔人は最初から森そのものを罠にしていたのだ。全ては魔人の掌の上だった――。



「……リョウ、ごめんなさい。こんなはずじゃ無かったの」

「……はい、わかってます」



回復したとは言え衣服はボロボロになり、戦力差も圧倒的で心も折れかけていた。いや、生存者の大半の心は折れていた。師匠ですらも死を悟っていた。

すでに戦意を喪失させていた。


「魔人の知能が、ここまであるとは情報には無かったの……」

「……はい、そんな時もあります。人生はうまく行きませんからね」


魔物の大群が私達生存者を囲み、ジリジリと間合いを詰めてくる。

オークは後方から弓を構え、生き残った者達に狙いを定めた。

魔人はその様子を眺め、微笑みを浮かべている。


「いやだぁ……死にたくないよぉ……師匠……」


援軍に来た見習いの女の子が、自分の師匠だった焼け焦げた肉塊ものに、縋り付いて泣いている。



「ごめんなさい。師匠……せめて、師匠を守れるくらい強くなりたかった」

「……リョウ、私の責任です。私が、守らないといけないのに。ごめんなさい」



恐怖で動かない体を震わせ、師匠は涙を零しながら私に言った。

師匠の涙を初めて見た。私も涙が溢れて止まらなくなった。

もし来世があるのなら、もう一度師匠と巡り会いたい。

せめて誰かを守れる様な男になりたかった。

――そう願い、心の中で祈った。




「――ウオオオォォォォォォォォォォォッッ!!!!!!」


――ガッ         ――キンッ

     ――ザシュッ          ――ドォォン




遠くから音が聞こえた……。

自身を奮い立たせる雄叫びの声。

燃え盛る森の中、突き進む雄々しい声。

剣を振るい、槍を突きたて、弓を放ち、魔法を唱える音。

まだ戦っている。まだ挑んでいる。まだ、終わりではない。



――王国第三騎士団、援軍に到着――



討伐隊責任者として王国より派遣され、布陣の後ろで構えていた、唯一無事だった討伐隊最強の部隊。森の炎上を確認し、一大事と判断し打って出た。

王国騎士団で無類無敵と呼ばれた男。


王国第三騎士団長マグウェル・ダルカスここに参戦。


しかし、まだ遠い。ここまで来るには時間がかかるだろう。

打つ手はないのかと、私は逡巡……しなかった。できなかった。守れる可能性が出た瞬間に私の体は勝手に動いていた。


おれが師匠を守るんだッ!!!」


「堅牢な産土は、同朋を守護せし鎧となり、鉄壁を誇る力となる【土霊鎧アースアーマー】」



生存者達を包み込む母なる大地の鎧を生成し、オークの弓から射られた矢の、

そのことごとくを撥ね退ける……。



「清浄な聖水は、全てを包む流水となる【水霊瀑布ウォーターフォール】」



迫り来るオーガとトロル。

そこに、滝の様な濁流を自身を中心に渦巻き状に生成し足止めをした。

大地の鎧で囲まれた、私達の所へは濁流とて入ってこれない。


だがこのままではジリ貧だ、いずれ防御は破られる。魔人もまだ控えている。

賭けに出るしかなかった。今までは成功率が低かったために、持ち札として考えてこなかった合成魔法。迷っている場合ではない。

最後の望みを賭けて、私に残った全ての魔力を込める……。




「天上の裁き 落ちる所に罪はあり


    地獄の裁き のぼる所に罰はある


       今こそ示す 神々の威光【雷霊波状ライトニングウェーブ】」




――雷鳴が響き渡る


全てを飲み込むかの様な、神々しい紫電が濁流を走り抜ける。

直後、周囲を囲んでいたオーガとトロルは濁流へと飲み込まれ消えていく。

その光景を瞼に焼き付けて、私の意識も消えていった。


師匠の無事を祈りながら……。

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