進攻
出陣前、中央広場で師匠の知り合いの魔法使いやそのお弟子さん達と、軽く会話をして交流した。会話で分かった事だが、私のお師匠様は魔法使いの間では有名らしい。周りの魔法使いがペコペコとしており、大変鼻が高かった。勿論、調子に乗るつもりはない。
出陣の時が近づくと、辺りの緊張感が増してきた。勝算が高いとは言え、大規模な戦闘だ。見習い魔法使いの方々は、私も含めて緊張で固くなっている。中には、実戦経験を既に体験している見習いもいるらしく、他とは気配が違っていた。
「師匠、疑問があるのですがよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「師匠の説明を聞くと、もっと早い段階から魔人の関与に気づき、行動できたのではないですか?」
「はい、その通りです。
しかし、重要なのは魔人ではなくその先にあったということです」
「―――その先?」
「魔人は、自然界には存在しません。誰かが意図的に生み出さない限り」
「……そういう訳ですか」
「私たちは今回、魔人と魔人に操られた魔物討伐に森へと向かいます。しかし、事件の解決には魔人を造り出した者か、命令している
「その特定を、長年調査してきたという訳ですね」
「そういう事です」
「では、それが判ったから、今回の大規模作戦に国が動いたのですね」
「はい。もっと早くに原因が判っていれば、もっと早くに森へ進攻して解決できたんですけどね。悔しいです」
「……その、原因とはなんでしょうか」
「詳しくは現地で実物を見せて教えます」
「はい、わかりました(実物? 人間じゃなくて、モノなのかな)」
そして、王国第三騎士団長より号令が出された。
――――――――――――――出陣―――――――――――――――――
軍靴の音が響き渡る。大地を蹴る蹄の音が響き、馬車をゴトゴトと引く音がする。
甲冑が擦れ、金属が擦りつけられた様なギシギシという音がする。
その音を発する一団の中で、私達は荷馬車に乗り移動する。
目指すは戦場。目的の森、コリアコへ。狙うは魔人の首一つ。
そんな、恥ずかしいポエムを考えながらも魔法の練習は欠かさない。
もうすぐ、生まれて初めての戦闘が待っている。自分に使える魔法を駆使して、魔物の群れに立ち向かわなければならない。油断はしない。
師匠の命が掛かっている。功績を手に入れる事も大事だが、一番大事なのは師匠を守ることだ。私よりも師匠の方が強いが、それでも肉盾にはなれるだろう。男として、本当に好きな人の命くらいは身を挺して守りたい。こんな気持ちは、前世では経験がなかったが悪くない。
――三日が過ぎた――
最初は何でもなかったのに今では緊張と不安、恐怖と興奮でさっきから体が震えてとまらない。命を賭けて師匠を守るなど口先だけではなんとでも言えるが、やはり怖い。きっと、屠殺される前の家畜はこんな気持ちなんだろう。生存本能が死を恐れているのが感じ取れた。
「リョウ、安心してください。私が必ず守ります。
貴方は自信を持って魔法を使ってください」
「はい」
「リョウの魔法の威力であれば、この辺に生息する魔物は問題なく倒せます」
「はい」
「落ち着いて直撃させれば、ほとんどの相手を一撃で倒せるでしょう」
「はい」
「怖いですか?」
「はい」
「……今日は一緒に寝ましょうね」
「……はい」
その日、師匠に抱きしめられ、子供の様にあやされながら眠りについた。そのお陰か緊張が解け、戦いのイメージと覚悟が決まった。ここまで来てうじうじしても仕方がないのだ。ただ、師匠を守るために戦う。それだけに集中した。それだけで十分だ。私はやっと吹っ切れた。
コリアコの森。
事件の前は、その上質な木材を求めて木こり達が多くいた。今でこそ滞っているが、木材の一大搬出地である。森の恵も豊かで、ここでしか取れない薬草や果物もあり、近隣の住民はその恩恵に与ってきた。その住民も今では大半はいなくなってしまった。この世から。
―――ザワザワッ
討伐隊はコリアコの森に到着し、すでに包囲の陣形を築き上げた。途中、先行部隊が魔物達と交戦したが、後続の討伐隊を確認すると魔物達は森の中へと踵を返し姿を消した。他の町から出た援軍も、森を囲むように布陣が終わったらしい。ここまでは、完全に作戦通りに事が運んでいる。
偵察隊の報告では、森には魔物の軍勢が配置されているとの事で緊張が走っている。私達は、荷馬車を急ごしらえの施設に預けて持ち場についた。
「いい立ち上がりですね。
戦いはこれからですが、優位に立ったことは間違いありません」
「はい、私は師匠と作戦通りに動けばいいんですよね?」
「ええ。なにか変更があれば適時指示を出しますので安心してください」
「分かりました。全てを委ねます」
魔法使い達は前衛部隊の後方より、魔法による補助と攻撃を行う役割だ。私と師匠も行動を共にしつつ同じ役目を果たす。前衛部隊が足並みを揃えての進攻を開始したら、それに伴い後衛部隊の私達も続いて進攻を開始する。森の中での戦闘となるので火系魔法は危険なため、土風水の魔法を主軸に戦う事になる。私の使える魔法は、水と風の中級魔法全てと土の中級魔法をいくつかだ。
師匠は四大根源の魔法は上級まで全て覚えており、合成の二大魔法である雷と光も使えるとの事で大変頼もしい。さすがです、お師匠様。
分隊長らが部隊や陣形などの最終確認を終えた。
いよいよ、進攻の命令を待つ段階となった。
周囲には、ビリビリと肌に感じるほどの殺気が溢れている。私と同じ見習い魔法使い達も、遠目から見てもわかるほど緊張している。そのせいか息が苦しい。気づけば肩で息をしており、汗ばんだ手が気持ち悪い。――そして
「全軍ッ! 進攻を始めよッ!!!」
「「「「―――オオオオオォォォォォォォォ――ッッ!!!!!!」」」」
王国第三騎士団長からの大号令と共に、
次いで、討伐隊1万強の軍勢から雄叫びが上がった。そして、雄叫びと同時に森が震えたかの様に動き出す。ゴブリンの軍勢が怒涛の如く森から現れ攻撃を開始した。
「馬鹿めっ! 戦力で劣るのに森から出るなど愚策だ。
しょせん、頭の悪い魔物か!」遠くから、そんな声が聞こえた。
「「「「地母の憤怒は、大地を揺るがす。
眼前には崩壊する死の砦、死は地を満たし、
神は大地へと還る。今こそ地に頭を垂れよ」」」」
【
――――直後、認定魔法使い達による上級土魔法の連続詠唱が魔物を襲った。
踏みしめた大地は唸りを上げ、激震と共に地が裂ける。魔物達は、次々に奈落へと落ち、大地は何事も無かったかの様に、元に戻った。
「「不可視の狂風は、空を操る刃となる【
さらに、私を含めた見習い魔法使いによる追撃の中級風魔法が残った敵に牙を向いた。首、腕、足、ゴブリン達の四肢が周囲に飛び散り、森と平原の境目を真っ赤に染め上げていく。ついに、戦いの火蓋が切って落とされた。
鼓動がすごい。先程の開戦で私はゴブリンの首を4つ飛ばした。
中級魔法であれ、風魔法は完全無詠唱で使えるまでに鍛えた。他の見習いが詠唱をしている間に、私は魔法を連発して次々にゴブリンを仕留めていた。
醜いとは言え人間に似た生物を殺したのだ、抵抗はある。だが、相手が人間に対して害である以上、私は容赦をする気はない。しかし、慣れないが故に緊張や不快感は強い。顔から脂汗が浮き出て気持ちが悪い。辺りに広がる血の臭にも吐き気がする。それでも私に迷いはなかった。隣に、私と共に戦ってくれる師匠がいる。それだけで、私は強くなれる気がする。
森の中は移動が困難だ。ましてや、相手の陣地へと足を踏み入れた以上、討伐隊も闇雲には進めないはず。しかし、予想とは違い進行速度は速く、陣形を整えながら魔人の首を落とすために迅速に歩を進めている。動きに一切の無駄を感じさせない。これは、熟練の冒険者達が前衛を勤めているからこそ可能なのだろう。
囲い込むような陣形で進むため、横からの奇襲はほぼ無い。前方や樹上の警戒に神経を費やし、前衛部隊を守るために土魔法で補助を行う。樹木が邪魔なため後方からでは攻撃魔法が使い難いのだ。
「―――ッ!!!」
樹木の上に、前衛の索敵から漏れたゴブリン達を視界に捉えた。見つかり難い様に、樹木の色にカモフラージュしており、全員こちらに弓を構えている。狙いは、後方の魔法使いだ。……まずいッ!
―――スパッ
―――ボトッ!!
次の瞬間、ゴブリンの首が樹上より落ちた。
斜め前にいる師匠の無詠唱風魔法が、樹上のゴブリンを次々に刈り取っていく。
さすがです、お師匠様。
他の魔法使いも負けじとばかりに風魔法や土魔法で応戦しているが、師匠に比べると見劣りする。私達は順調に森の奥へと突き進む。戦況は上出来だ、明らかに押している。敵の数も減っていき、こちらの戦力は削れていない。
長い調査で、森の中で潜伏しているであろう魔物の数も把握している。
その上で、量でも質でも優っている状態だ。
後は、油断せずに攻め続けるだけでいい。
そう思っていた……。
―――直後、私は身を持って知ることになる。
死闘とは、何なのかを。
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