新しい出会い
そんなこんなで始まった私のラーナ街暮らし。
とは言ったものの私の生活に変化はあまりない。
起床後に顔を洗い、歯を磨き、朝食の支度をし、洗濯物を干し、ベッドを直し、
掃除をし、ご近所様に笑顔で挨拶をして買い出しに行く。
帰ってきたら魔法の練習で、覚えた水魔法や風魔法の反復練習を行う。
風魔法は室内では危険なので、威力を最小限に調節して風呂場で実践している。
威力の調節は難しいが、風魔法を操り二系統の魔法を同時に使える様になるには、大事な練習なので欠かせない。
師匠が帰ってくる前に、お風呂場に水魔法で水をはりお風呂の準備をする。水魔法はやはり便利だ。お湯を沸かすための火魔法がまだ使えないのは不便だが仕方がない。まずは、水と風を重点的に覚えなさいと師匠に言われている。
火魔法は、少し扱いを間違えただけで大惨事になるから、
魔法の四大根源では最後に覚えた方がいいと言っていた。
その教えを忠実に守ることこそが弟子である私の矜持だ。
そして夜更け、せっかくお風呂に水を溜めたが師匠は帰ってこないらしい。
今日は、一人寂しく師匠のベッドで寝るとしよう……寂しい。
そんな生活を送っていたある日、今日も私は買い出しに向かっている最中だった。最近では近所の道にも詳しくなり、商店街まで混まない路地裏を使うようになっていた。
――――ドンッ!
「うぅっ……」
突然、壁に何かがぶつかる音と少女の呻うめき声が聞こえてきた。
私は何があったのかと音がした方へ行くと、40代くらいの黒髭を生やしたスキンヘッドのおっさんの足元で、パンを持った少女が蹲っていた。
「てめぇ、ナメた事してくれたなぁ……
うちの店から万引きするなんて、覚悟できてんのか?」
「うぅ……ごめんなさい。
お腹が減って、我慢できなかったの。許してください」
どうやら、あの少女は万引き犯の様だ。
パン屋のおっさんが追いかけて捕まえた所らしい。少女が悪いのは明白だが、
飢えている子供を放っておくのも後ろめたい。面倒事は御免だがどうするか。
発展途上国では子供だからと油断してはならないが、
やはり子供には大人の良い格好を見せたくなってしまう。
「あの、お取り込み中すみません」
「あぁ? なんだ、坊主! 見世物じゃないぞ、あっちへ行きな!」
そうでした。私も子供でした。
だが、声を掛けてしまった以上はもう引き下がれない。
「その子が盗んだパンの代金は、私が払います。
キツく叱っておきますので、勘弁してあげてください」
「……坊主はこのガキの知り合いか?
金さえ払うなら文句は言わないが、次は容赦しないぞ」
「はい、次はとっちめてください」
そう言って、私は懐にあるなけなしのお小遣いから、パン代に色をつけて払った。
「まぁ、今回は大目に見てやる。
おい、クソガキ! 坊主に感謝しろよ、次は只ただじゃおかねーからな」
私はチンピラ歩きをして店へと戻るおっさんの背中を一瞥し、少女の下へ駆け寄った。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか」
「……ない、どうも」
少女は怪訝そうな顔をして、私にぶっきらぼうなお礼をした。
(無愛想だなぁ。これ以上は関わっても仕方がないから、早く買い物に戻ろう)
「今度から万引きなんてダメですよ。それでは忙しいので失礼します」
そう言って私は足早に少女の下を去った。いくら子供相手とは言え裏道でそんな光景を誰かに見られたら、面倒事になりかねないという気持ちもあったからだろう。過ぎたことだ、心機一転して買い物に私は向かった。
いつもの商店街に到着して、まずは必要な日用品を購入、そして保存食と調味料を買い我が家へと帰る。そして、帰宅後は魔法の練習に励む。それが私の毎日で、今日もそうなるはず……だったのに。
「ねぇ!」
買い物を終えて我が家に着き、玄関を開けようとした所で後ろからどこかで聞いたような声を掛けられ、振り返った。
「はい、何か御用ですか?」
そこには、綺麗な金髪のショートカットの少女がいた。髪の毛の色は綺麗だが、
少しボサボサとしているのは、洗ってないのか栄養不足だろうか。
瞳は薄いブルーで宝石の様に綺麗だ。顔もなかなか可愛らしく将来に期待できる。
背丈は私と同じくらいで同い年だろうか。
服は縫い直した跡があり少し汚れているところを見ると、家庭が貧しいと窺える。というか、先程の万引き少女がそこにいた。
「ここ、お前の家?」
お前呼ばわりか、子供だから礼儀を知らないなぁ。
「はい、そうです。何か御用ですか?」
「家、大きいね!」
「ありがとうございます。何か御用ですか?」
「別に。さっき何で助けてくれたの?」
「気まぐれです。もうお金はありませんので、何も上げるものはありませんよ」
「別にいらないしっ!」
「そうですか、では忙しいので失礼します」
「ちょっと待って!」
「何か御用ですか?」
「別に!」
「……これから忙しいので、御用がなければお帰りください」
「忙しいの? 何するの?」
「魔法の練習です。それでは、失礼します」
「待って! 魔法使いなの? すごいね!」
「見習いです。では、失礼します」
「待って!」
「ナンナンデスカ」
「どうしたのですリョウ、お友達ですか? ついに友達を連れてきたのですか?」
そんな問答を玄関前でしていたら、少女の後ろから師匠が嬉しそうに声を掛けてきた。どうやら今日の仕事は早く終わったらしい。
「師匠、この子はお友達ではありません。「ついに」ってなんですか!」
「おや、友達ではないのですか……残念です。
では、二人はここで何をしてたのですか?」
「別に! お話してただけ! おばちゃん緑色だね!」
「失礼な事を師匠に言うのは許しませんよ!
あと、師匠はおばちゃんじゃなくお姉さんです!」
「フフフ、別にいいですよ。元気な子ですね。私の名前はグリーナ・ミディランダと言います。貴方のお名前は、なんていうのかな」
「私、プリシャ。プリシャ・ハートラ」
「プリシャちゃんですか、リョウとのお話は面白かった?」
「リョウ? こいつ、リョウって言うの?
面白かった! こいつ喋り方変だからっ!」
「心外ですね。礼儀正しい喋り方なだけですよ」
「フフフ、面白かったですか、良かったらまたリョウと遊んでくださいね」
「いいよ!」
「え、師匠。私は魔法の練習があるので、遊んでる暇はありませんよ」
「たまには、息抜きも必要ですよ?
それに、お友達は作った方がいいです。将来のためにも、ね」
「いえ、友達には遠慮しておきます(万引きする様な子はちょっと)」
「――――っ!! 帰る」
「あ、待って!」
そう言うと、グリーナの静止も聞かずにすぐさま少女は走り出し、
瞬く間に姿を消した。それが私の、プリシャ・ハートラとの出会いだった。
―――――翌日―――――
「おはようございます」
「おはよう、リョウ」
いつもの毎日が始まった。起きてきた師匠に早起きして作った出来たての朝食を出す。一緒に朝食をとり、師匠が出かけるのを見送り私は家事に精を出す。
昨日は、プリシャという少女のおかげでペースを崩されたが些細なことだ。
もう関わる事もないであろう、そんな出会いに意味はない。
「おはよ」
「!?」
戸締りをして買い物に出かけようとした所、再びあの声が私に掛けられた。
「おはようございます。何故ここにいるのですか?」
「ん。昨日、ちゃんとお礼してなかったから。ありがとうって……」
少女はバツが悪そうに、そっぽを向いて昨日の件に感謝した。
「気にしないでいいですよ。もう万引きなんてしちゃダメですよ?」
「……わかった」
少女は再びそっぽを向きながらも、モジモジとバツが悪そうに応えた。
「では、私は買い物がありますので失礼します」
「待って! どこに買い物行くの? 付いてってあげる!」
「いや、一人で大丈夫です。
両親が心配してるでしょうから早く帰ったほうがいいですよ」
「――――いない。私、孤児院で暮らしてるから」
私の胸が痛みを感じた。知らなかったとはいえ、少女の心の傷に触れてしまった。
不用意な発言だったかもしれない。私は言葉を詰まらせた。
「そ、そうなんですか、色々と苦労してるんですね。
でも、他の孤児院のお友達とは遊ばないんですか?」
「友達いない。「孤児院に入ったばかりのクセに」って、遊んでくれない……」
「おっふ」
一人で来る時点で察する事もできたのに、自分の鈍感さに苛立ちを覚えた。
気づけば、少女の目の端には涙が溜まっていた。
「ぁ、あの、孤児院の責任者の方は心配してるんじゃ、ない……かな?」
「――――言うことを聞けって殴ってくるから嫌い。帰りたくない」
「oh……」
私は孤児院の大人達への憤りを覚えた。そして、彼女の行動が理解できた。
だから、私の所に来たのだ。たった一人きりで……。
「泣かないでください。よかったら、一緒に買い物しましょうか」
「……うん」
ぐすぐすと鼻を啜り涙を零した少女に、私はこれ以上何も言えなかった。
私は子供好きではなく、むしろ子供との接し方が分からず苦手だった。
だが、もう彼女を放っておくことはできない。
「今日は師匠が仕事で使う、日用品の買い出しです。
その後、食材を買います。お薦めのお店とかありますか?」
「日用品てなに?」
「食料や衣料以外の普段使う生活用品の事です。
具体的には紙と石鹸とランプの燃料を買います」
「生活用品てなに?」
「え」
そうだった。今、私が話をしているのは私の肉体年齢と同じ程度の少女なのだ。
子供に合わせて、言葉を選ぶ必要があるのを失念していた。
「生きるのに必要なものです」
「なるほどなー」
そんな会話をしながら、買い物を続ける私の後をヒヨコの様に付いてきた。
傍から見れば、可愛らしい少女だと思う。
「買い物も終わりましたし、私は家に帰って昼食の準備です。
プリシャはどうするのですか?」
「……私もいっちゃダメ?」
トントントントンッ! 食べやすい大きさにシジール芋を切り鍋に入れる。
グツグツグツグツ 鍋にはアグボラの乳をベースにしたクリームスープが煮えている。灰汁を掬いゆっくりと煮込む。調味料で味を整えたクリームシチューの完成だ。
雑味のある安いパンでも一緒に食べればおいしくなる。できれば肉も入れたかったがお肉は高いので我慢する。師匠の稼いだお金を、自分の贅沢で浪費するわけにはいかない。
「おいしいっ!」
「それは良かったです」
「リョウは、料理が上手だね!」
「我が家の家事を2年以上してきましたからね。元々料理は好きですし」
結局、彼女を家に招き入れ昼食をご馳走することになった。彼女の身の上話を聞いた後で、冷たく突き放すことは私にはできなかった。
「---ごちそうさま!」
「はい、ご馳走様でした」
「ねぇ! リョウ! 魔法見せて! 練習するんでしょ?」
「練習はしますけど、大した魔法は使えませんよ?」
「そうなの? でも見たい! 見たことないから、見たい!」
面倒臭いな。そう思いつつも私は彼女の願いを聞くことにした。
私も最初は魔法が見たくて、師匠によくお願いをしたものだ。
それに、減るもんじゃないしな。
そして、食べ終わった食器を片付けて、洗った後で彼女を連れてお風呂場へと向かった。
「じゃあ、初級の水魔法を使いますね」
「うん! 早く見せて!」
「はいはい」
「清浄な聖水は、全てを満たす玉となる【
唱え終わった瞬間、掌よりバランスボール程の大きさの水が生成され、お風呂の中にこぼれ落ちた。
「すごい! かっこいい!」
「フフフ、大きさだけなら師匠と同等ですからね(ドヤッ」
「もっと! 他にも見せて見せて!」
「他に使える魔法は、水の治癒魔法と風魔法だけです。
風魔法は操作の練習中でちょっと危ないですよ」
「治癒魔法? ケガとか治せるの?」
「治せますよ。重傷は厳しいですが軽症ならすぐ治ります。
切り傷の止血もすぐです」
「すごい! 私の怪我も治せるかな?」
「怪我? どこか怪我してるんですか?」
「うん! ちょっと痛いから、治して欲しい」
「いいですよ。どこですか?」
私が快諾すると、彼女は恥じらいもせずに服を脱ぎだした。
そして彼女が裸になり、私は言葉を失った。少女が裸になったことにではない。
少女の体に無数の痣と傷があることにだ。
私は彼女の言葉を思い出していた。
孤児院には帰りたくないという、その言葉を……。
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