■第二章■~新しい日々~
新しい門出
ラーナへと旅立ち、もう三日は経つだろうか。
サージマル領最大の都市であるラーナへの街道は、流石に利用者が多く、
商人や冒険者と幾度となくすれ違った。道中の安全を考え、
私達は
信用できる実力者は引く手数多なため師匠の同行は喜ばれた。
弟子として鼻が高い。それに、危険は魔物だけではなく同じ人間も危険なのだ。
例えば、盗賊である。
「何事もなく、今日もいい天気ですね」
「そうですね。リョウも出会った頃と比べて馬車酔いもなく助かります」
リングナットの町で過ごした2年間で、安全な近場へは師匠と馬車で移動したりもしていた。そのためか、馬車にも慣れて臀部も丈夫になった。
うむ、ケツの皮が厚くなったな。ツラの皮は薄いままだが……。
日が沈む前には安全を確かめ野営の準備をする。
日が昇れば片付けをし、再びラーナへと歩を進める。
野営は、魔物や盗賊の夜襲を警戒して、土魔法による迷彩を施した大地の囲いで安全を確保するのが基本だ。そして、夜はテントの中で魔法の練習。
師匠に見守られ、褒められながらの練習は幸せを感じる。
今では中級水魔法の初歩とされる治癒魔法と、中級風魔法も使えるようになった。まだまだ練度が足りないせいか、師匠ほどの効果はない。魔法は使い込むほどに練度が上がり、効果を増していく。無論、個人の才能により練度の限界はある。
「不可視の狂風は、空を操る刃となる【
「清浄な聖水は、全てを癒す糧となる【
中級風魔法の詠唱を終えると、掌を向けた直線上にある細い木が、一瞬のうちに両断された。
すると、両断された細木は何事もなかったかの様に元通りに回復した。
人間ではこうはいかないが、生命力が強く接着しやすい植物は、
水治癒魔法と相性がいいらしく、両断されても回復が容易なのだ。
勿論、時間をおくと手遅れになるので、すぐに回復させなければならない。
「よくできました!リョウの上達の速さには目を見張ります。
日頃の努力の成果ですね」
「はい。まだまだ師匠ほどの効果はありませんが、頑張ります」
魔法は使うごとに効果が向上し、魔力の総量も増えていく。
しかし、成長の限界はいずれくる。だが、子供の私には伸びしろがあるようだ。
目に見える努力の成果に手応えを感じ、自分の努力の価値を確信した。
これ以上の幸福はない。思えば、私の記憶には成功体験がほとんど無かった。
成功を知る前に、耐え切れずに潰れる程度の精神力だった。
周りからは甘えているだけ、そう言われてきた。
だが、今は違う。成功するまで見守ってくれる師匠に恵まれたからだ。
教えられ見守られ褒められ、達成する。その経験、その価値、その幸福感を知った私ならもう大抵のことは耐えられるだろう。
「さて、今日の練習は終わりにしてそろそろ寝ましょうか」
「はいっ! (待ってました)」
「さっ、こっちに来て一緒に寝ましょう」
「――――――ハイッッ!!!」
リングナットの町での暮らしもそうだった。彼女は、私を幼い子供と認識しているため家族のように接してくれる。家族を失った少年を想ってかよく一緒に寝てくれた。性欲は感じないが安心感と幸福感は得られ、私は彼女にどんどん懐いてしまった。
そのため、今の私には元の世界や肉体に戻るという選択肢はない。そもそも、帰りたいと最初から思ってもいなかった。あの時を思い出すと、焦燥の中で足掻いていた記憶しかなく、段々と頭の中が白くなり、気分が悪くなるので昔を振り返りたくなかったのだ。
あぁ、いい匂いだなぁ……。
彼女に腕枕をされて、彼女と一緒の布団に入る。それだけで、幸せだ。
おかしなマネはしない。私は彼女を尊敬し、愛している。
そういう事は本人と相思相愛になるまでは決してしない。
そして今日も、私は師匠と眠りについた。
一週間が過ぎた。
何事もなく旅は続いている。道中で初めてゴブリンの群れを見たが、
何事もなく順調な旅だった。正直、自分の実力を知りたい気持ちもあり、
内心では弱い魔物が襲って来ないかなと思いもしたが、何事もなかった。
師匠が怪我をする所は見たくないし、これで良かったのだろう。そして、我ら
身の丈に合った住まいを見つけたい。
そして見つけた、我が住まい。二階建てで4LDK、一つの部屋は12畳ほど、
家具ベランダ付き、お家賃は月々ゴードレア大銀貨2枚の物件だ、
安いのかよくわからない。
ゴードレア王国の下層市民の月給は、平均で大銀貨1枚という話だ。
そう考えると、二倍の金額が家賃だけで消えることになるので、
師匠は中流階級ほどの稼ぎがあるのだろうか。
ちなみに、ゴードレア王国の貨幣の価値は高い。
ゴードレア金貨1枚=大銀貨10枚=銀貨50枚=大銅貨250枚=銅貨1250枚となっている。 下層市民は金貨1枚あれば、1年間は生きていける。
円に直すなら、銅貨一枚1600円ほどの計算となる。この世界では、
物々交換で支払う事もできるので、基本的に貨幣の価値は高いようだ。
そういえば、師匠は小さいながらも荷馬車を所有している。
この国では馬車は非常に高く、馬の維持費もあるのでお金がかかる。
言わば、裕福の証なのかもしれない。
さすが認定魔法使い、早く私も成りたいものだ。
そして契約を交わし、馬車の荷物を運び入れて引越しは終わり。
今日からは、ここが私と師匠の家となる。
住めば都と言うが、実際に都なので問題はないだろう、そう願いたい。
まずは、ご近所様への挨拶に行く。近所の方々には「やだ、なにこの緑の子!」
みたいな目で見られる師匠だが、礼儀正しく粗品を渡して挨拶をする。そして、
何気なく認定魔法使いのペンダントを見せると、すぐに笑顔で受け入れられた。
さて、物件を購入する前にある程度の下調べはしてあるが、
どの様な商品が近所に売られているのか詳しく知りたいので、
昼食ついでに出かける事になった。
私にとっては師匠とのデートなため、気分が高揚していく。
新居から歩いてすぐの大通りに出ると、リングナットの町では見られない光景に、目を奪われた。
行き交う馬車と人々、客の呼び込みや物乞い、露店に喧嘩、様々なモノに溢れた街だった。この世界で初めて喧騒を体験したかもしれない。日本の都内に住んでいた頃は、当たり前だと思っていた人の営み、それを強烈に思い出した。
なんだか、懐かしい気分になるなぁ……。
懐古の情に浸っていると、隣から師匠の声が聞こえてきた。
「リョウ。昼食にあのお店はどうですか?」
師匠はそう言うと、新築の様な清潔感のあるお店を指差した。
お洒落な喫茶店の様な佇まいに、趣のある看板が特徴のお店で朝焼けの食堂という名前だ。師匠と同じメニューを頼み、師匠と談笑をしながらの昼食は格別だ。
お腹も膨れ、心も癒され、足取り軽く商店街を練り歩く。
武器や防具、食器や食材、本や珍品、様々なものが売られていて飽きない。
それにしても、馬車もそうだが武器や防具の値段はやけに高い。
魔法に関する専門書に至っては、一冊で金貨10枚以上のモノまで売られており、
立ち読みどころか手に取ることもできないように厳重に管理されていた。
その後、しばらく練り歩き、新居へと戻って一息ついた。
「リョウ。私は明日から認定魔法使いが所属するギルドへ赴き、
調査と仕事を始めます。また家を空けたりするでしょうが、
心配せずに良い子にお留守番をお願いしますね」
「はい。家の事は心配せずに任せてください。魔法の練習も頑張ります」
「……フフフ。良い子ですね」
グリーナは慈しむように、可愛い愛弟子を見つめて微笑んだ。
こうして、ラーナの街における少年と師匠の新しい生活は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます