始まりの見習い魔法使い


最初は算術のテストだった。

内容は、日本の小学生でも解けるであろう掛け算や割り算がほとんどだった。

二番目のテストは社会。フェッド大陸全体の、おおまかな歴史、国際情勢、

ゴードレア王国史の問題だ。そして、最後は国語。文字の読み書き、文章問題などなど。はっきり言って、常識問題と言える内容で肩透かしを食らった。


事前にグリーナさんからは、見習い魔法使いのテストはあくまでも最低限の教養があり、認定魔法使いの紹介状を手に入れられる、信頼のある人間かどうか、それを判断するための国家試験だと言われていた。その言葉通り、終わってみれば合格できて当然と思えるものだった。


「グリーナさん! 無事、合格できました!

 証明証書と卵の絵が刻まれているペンダントをもらいましたよ」


「おめでとうございます! リョウなら合格すると分かっていましたが、

ほっとしました。今日はご馳走を用意しておきましたので、

手洗いうがいをしたらさっそく食べましょう!」


グリーナさんは、喜色満面の笑みで祝ってくれた。普段の食事は、

シジール芋の入ったスープにボサボサした固いパン。

そこに、魚でも付けば上等といった食生活だったが、本日の食事は豪華だ。

おいしそうな肉が入ったスープに、高そうな魚のムニエル、

いつもより柔らかく雑味のないパン。明らかに贅沢な食事だった。


「私のために、ありがとうございます!

 久しぶりに、おいしい料理を食べられて嬉しいです!」


「フフフ、今日は奮発しましたからね。毎日は無理ですが、

たまには贅沢もしなければ人間は持ちません。今日まで頑張ったリョウに、

ささやかなご褒美です」


久しぶりに肉を食べたせいか、緊張のせいか、プレッシャーから解放されたせいか、お腹いっぱいに食事を堪能した私はいつしか眠りについていた。


「おやすみなさい。また、明日……」


そして、新しい日々が始まった。

起床後に顔を洗い歯を磨き、私は師匠のために朝食を作る。

師匠はおいしいおいしいと朝食を褒めてから仕事へと向かう。

今日の仕事は、冒険者達と協力しての魔物退治だそうだ。

対象は、最近増えている武装したゴブリン。


師匠の身は心配だが、実力ある冒険者との団体行動なので危険は低いという。

7歳の肉体の私では、足でまといになる以上は師匠の帰りを待つしかない。


しかし、私には家を守る大事な仕事があるのだ! 

師匠が出勤した後は家の掃除に取り掛かる。師匠の部屋にお邪魔して、

布団を干して洗濯をして掃き掃除をして雑巾で汚れを拭く。

その後、家の中の掃除が終われば家の外の掃き掃除だ!


ご近所様に笑顔で挨拶は忘れない。

最近では、私の名前も覚えられて「リョウちゃんは今日も偉いわねー」なんて、

褒められる様になった。その後は買い出しだ。師匠から頼まれた物、

必要な備品や食材などを値切って購入。行きつけの店主にも顔を覚えられた。

買い出しが終われば昼食だ。家に戻って準備をして一人寂しく質素な食事をとる。洗った食器を片付けて、ちょっと一休み。


「さてと……」


ここからが本番だ。

師匠から渡された、初級魔法の基礎についての本を読み勉強を始める。

いきなり魔法の訓練は危険なので、前段階で最低限の知識が必要なのだ。

とにかく勉強、勉強、勉強。基礎の本を読み終わるまでは魔法の練習には移れない。魔法の調整を誤り、家が火事になる可能性もある。


魔法の四大根源とは、地・水・火・風の4種を指す言葉である。

合成の2大魔法とは、雷と光の2種を指す言葉である。


それ以外にも細分化すると種類があるらしいが、一部の国家や組織の秘密とされており、知る者は限られ強力な魔法が多いという。

まず、初めに私が学ぶべきは水と風からと師匠は言った。


水魔法は人が生きていく上で欠かせない、飲み水にもなる純水を生成することが可能である。飲料用、消火用、除菌用、風呂を沸かすよう、水魔法が使えるだけで、生活の水準が上がり負担は減る。さらに、人体の損傷を癒す効能のある水が生成可能であり、初歩の治癒魔法として大変重宝する。

治癒魔法を使える者がいるだけで周りの人間は安心を得るだろう。


風魔法、それは見えざる刃で対象を切り裂く事もできる。

上級にもなると竜巻すらも発生させ、対象を吹き飛ばすこともできる。

だが、大事なのはそこではない。風魔法の真価は他の系統の魔法との同時使用にある。1年前にこの町に向かう途中で師匠に見せてもらった、

追尾型【炎霊球ファイヤーボール】がそれだ。


他の魔法や物体を自在に移動させ操る事ができる。才能ある者ならば、

手足のごとく操れるようになるらしい。水魔法と組み合わせれば、

複数の仲間を同時に回復させる拡散治癒魔法にもできるのだ。


さらに、認定魔法使いになる条件の一つに、同時に2系統以上の魔法の使用があるが、これも風魔法が自在に扱えるならば達成は目前となるわけだ。

最重要魔法と言っても過言ではない。


師匠に褒められるために、師匠の役に立つために、そして師匠と暮らしていくために私は魔法使いを目指す。目標は決まった。まずは、水と風を覚えよう!


「おかえりなさい、師匠。お怪我はありませんか?」

「ただいまリョウ、今日も無事ですよ。

 あと、私のことは師匠と呼ばずにグリーナでいいですよ?」


「いえいえ、呼び捨てになんてできません。グリーナ師匠の弟子となった以上は、顔に泥を塗るような真似はできません。

これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。」


そう言って、私は深々と師匠に向けてお辞儀をした。


「相変わらず堅いですね。

 私としては、もっと打ち解けてほしいです」

「……はい」


しかし、打ち解けるという言葉が示す心の距離感がわからない鈴木遼一は、

失礼な事をして嫌われたくない気持ちからか、他人行儀に拍車がかかっていた。

内心ではグリーナと打ち解け、家族や恋人の様になりたいと想ってはいたが、

他人に対して臆病な彼はその心を表に出すことが出来なかった……。


それから早くも数ヶ月が経ち、季節は秋となった。


「リョウ、基礎の勉強は大体終わりましたね。

 今日からは、ついに魔法の練習に入りますよ」

「おぉ……ついに、ついに魔法の練習に入れるのですね!

 頑張って勉強してよかった」


「リョウが頑張ったからですね。

 通常は7歳だとまだ早いのですが、リョウなら大丈夫でしょう」

「ありがとうございます! これからは魔法の練習も頑張ります」

「フフフ」


それからは、一休み後の勉強は基礎の自習から魔法の実践練習に変わった。

最初は師匠がお手本を見せ、師匠なりの魔法を使うときの感覚を教えてくれた。

魔法を使う感覚は人によって違うらしく、あくまでも自分自身でコツを掴まなくてはならない。


体の中を流れる魔力を感じ取り、それを手から搾り出すイメージをする。絞り出した魔力は水へと変わり、掌の上で球体となり留まるイメージを思い浮かべる。


「清浄な聖水は、全てを満たす玉となる【水霊球ウォーターボール】」


「あっ」


できた。それは小さい小さい水の玉。師匠のと比べると頼りない小さな水の玉。

だが、できた。初めて魔法を使ったのだ。本当に魔法はあったのだ。

本当に自分でも使えたのだ。私の今までの勉強は無駄ではなかったのだ……。


気づけば嬉しさのあまり涙が溢れていた。本当は不安だった。

この家に来て暮らすうちに、違う不安が生まれていた。自分の体はどうなるのか、

きちんと成長はするのか、魔法なんて使えないのではないか、勉強した事が無駄になるのではないか、師匠に見捨てられるのではないか、また一人になるのではないか……と。


せっかく手に入れた居心地のいい安らぎの場所、再び失くしたくはなかった。

その不安は、この水の魔法と共に流れ落ちた。


再び私は生まれ変わったかのように努力を重ねた。

寝る間も惜しんで練習を重ねた。師匠がいる時は見てもらい、師匠が留守の時は自習に励んだ。何度も何度も魔法を使い、どんどんどんどん上達した。

水の玉は大きさを増し、今では師匠と変わらない。

そして私は8歳になり、師匠は18歳になった。


「素晴らしい上達速度です! すでに【水霊球ウォーターボール】と【風霊刃ウィンドエッジ】の威力に関しては私に遅れは取らないでしょう。」


「ありがとうございます。でも、まだまだ師匠には敵いませんよ」

「その心構えがあれば大丈夫です。

 水と風の初級魔法は覚えましたので、次は中級の魔法を教えましょう」

「はいっ! ありがとうございます。これからも頑張ります」

「フフフ」


魔法の上達は順調の様だ、師匠に褒められる度に上手くなれる気がする。

もっともっと喜んだ顔が見たい。


私の肉体は8歳児の体なので性欲はまだない。それでも愛する師匠から、愛されたいという欲求は日増しに高まるばかりだった。いつか彼女を守れる様になるために、私は頑張らなければならないと、そう心に誓った。


そして、事が動き出したのはその半年後であった。


「リョウにもそろそろ伝えておこうと思います。私が独自に行なっている魔物の襲撃増加事件の調査ですが、正直行き詰まっております。そこで、この町を離れて認定魔法使いの支部ギルドがある、ラーナの街に拠点を移そうと思うのです」


ラーナの街。それは、リングナット町から北東の方角へ延びた道の先にある、

ゴードレア王国サージマル領の中で一番大きい都市の名前である。2年もの間、

リングナットの町を拠点として周辺の調査などの活動をしていたグリーナは、

認定魔法使いが所属するギルドへ向かい情報の整理と収集をしたいと考えていた。


ギルドは大きく分けて三種類ある。

一つは魔法使いが所属する認定魔法使いギルド、もう一つは傭兵や旅人が所属する冒険者ギルド、最後に商人や職人が所属する商業ギルドである。

ギルドでは仕事の依頼や様々な情報が入るため、情報収集においてギルドを利用するのは、このフェッド大陸では常識の事であった。


「はい! 私はどこまでも師匠に付いて行きます。

 いつでも心の準備はできてますので、何かあれば言ってください」


「フフフ、慌てなくても大丈夫です。お世話になった方々への挨拶もありますので、出発には一ヶ月はかかりますね。それまでに旅支度をするとしましょう。ラーナの街へ行くにはここから馬車で2週間は掛かりますから、念入りに支度をしましょう」


そして、瞬く間に時は経ち旅立ちの朝を迎えた。


お世話になったご近所様への挨拶、よく買い物に行った店主との別れ、

寂寥せきりょうを覚えながら私と師匠はラーナに向けて旅立った。


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