始まりの旅路

グレッタ村を発つ前に私の肉体がどうなったか気になり、意識を失った所を確認してみるも、何の痕跡も残っていなかった。それどころか村人の死体は全て忽然と消えており、私は不思議に思いグリーナさんに質問をした。


「村人の亡骸はどこへ?」

「それでしたら、私が埋葬しましたよ」

「一人で、ですか? 50人以上の亡骸があったと思いますが」

「いえ、一人ではありません。

 貴方が目覚める前に、冒険者の方々と一緒に埋葬しました」


「その人たちはどこへ?」

「村の状況を報告する班と、近隣の村への巡回警備に分かれて発ちました。

 私はグレッタ村の知人に会いに来たのですが、遅かったですね……」


そう言うと、グリーナさんは悲しそうに、そして寂しそうに俯いた。

友達に会いに来たのだろうか? 深く聞くことはせずに、私も黙って俯いた。


「さて、兎にも角にも移動です。安全なリングナットの町に向かいましょう。道中は巡回兵や冒険者などが往来しておりますので、私一人でも危険は殆どありません。来る前に安全を確認しながら来ましたからね」


そう言って、グリーナさんは明るい顔を見せて村に停めてあった荷馬車を指差した。それは、グリーナさんが所有している馬車で、今回グレッタ村まで乗ってきたモノだ。は、馬車は初めての経験だったので、少しワクワクしていた。

いや、本当に初めてだったかな? 


とにかく、グリーナさんが住んでいるリングナットの町に向かうため、小さな荷馬車に乗り込んだ。御者台にはグリーナさんが、後ろの荷台には自分が。不安と混乱、そして僅かな好奇心とともに3日間の旅が始まった……。


しかし、馬車に乗り30分ほど走らせると私に異変が襲った。

臀部でんぶが痛い。気持ちも悪くて吐き気がする。これが呪いかと思ったが、振動による乗り物酔いと臀部の損傷だった。馬車の振動は予想以上に大きく、初めて乗る私のデリケートで可愛いお尻が痛み始めた。


「スズキリョウイチ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですね、休憩しますか?」

「―――ッいえ、だい……じょうぶ、です。あと、名前はリョウと呼んでください。友達には、そう言われて……ました」


青白くなった顔で、吐き気をこらえて返事をする。


「分かりました。ですが、リョウ。

 気持ちが悪いのなら無理はしないで言ってくださいね?」


「――――はい、ありがとう、ございます」

「リョウは大人のような敬語を使って良い子ですね……」


グリーナさんは振り返り、私の顔を見て優しく微笑んだ。心身ともに疲れている私には、グリーナさんの背中はとても大きく頼もしく見えた。


さて、移動には馬車に乗って片道3日はかかる予定だ。その道中、グリーナさんと会話をして少しでも情報を収集しようと思う。今置かれている状況の整理と対策。これからどうするか、それを考えなくてはいけない。


そう思い、先程のグリーナさんとの会話を思い出し、色々と質問をすることにした。尚、お尻への痛みを抑えるために、四つん這いになり青ざめた表情をしていたためか、グリーナさんがハラハラした顔で後ろを頻繁に振り返っている。


「吐く時は言ってくださいね。早めに休憩しましょうね」

「はい。すみません」


四つん這いになってたら、今度は膝が痛くなってきた。おっふ。

会話中に失礼だが、諦めて仰向けになり会話をすることにした。


「こんな体勢で会話をしてすみません。

 色々と聞きたい事があるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」


「ええ、なんでも聞いてください。

 最初から寝てていいのに、リョウは礼儀正しくて良い子ですね」


(人との距離感が掴めないから、普段から敬語で統一してるだけだよ)


鈴木遼一という男は人間関係が苦手だった。冗談を言い合える仲間は会社にいなかった。いや、作ろうとしなかった自分の責任なのだろう。周りから言われる言葉、その一つ一つを真に受けてストレスを溜め込んで潰れる。そして退職。


そんな日々の繰り返しで人との接触が怖くなり、人との距離感が分からないので対応と口調を統一したのだ。年下であろうとなかろうと……。


礼儀正しいのではない。社会生活において他人から標的にされない様に、目立たない様に、距離を置くための対応から生まれたものだった。つまりは、他人行儀なだけであった。それは鈴木遼一自身が一番理解していた。そして自分を蔑んでいた。……そんな記憶が蘇ってきた。


「良い子ではないですよ……。グリーナさんは認定魔法使いと言ってましたが、認定魔法使いとは何か、教えてくれませんか?」


「そうですね、リョウくらいの年頃では知らなくても無理はありませんね。認定魔法使いとはその知識と実力、そして信用を国家が保証するための制度です。魔法の習得には長い修練が必要ですが、覚えてしまえば便利なものです。それを悪用されないためにも国家試験に合格して認められた者だけが、魔法使いの師を持ち、弟子となり、修行をし、魔法を習得することができるのです。国家試験に合格して弟子入りをした時点では魔法使いは名乗れません。ただの見習いです。そこで修行に励み、一定以上の魔法を使えるようになり、師匠の指示を受けて国家に貢献する功績を残す必要があります。それが認められたら認定魔法使い国家試験に臨み、そこで合格して初めて一人前の認定魔法使いを名乗れるのです。以上の過程を経ていない者は、いくら魔法が使えて才能があっても認定魔法使いは名乗れません。認定魔法使いの証がなければ、悪用防止のため公に魔法を使うことも許されません。犯罪です。つまり、認定魔法使いとは国家によってその者の実力と信用を保証されている優秀な人材という事なのです! (どやぁぁぁぁ」


「……あ、はい。すごいですね」


えらく饒舌になった……。

魔法とか本気なのかな。さっきも治癒魔法とか言ってたけど本当なのかな? 

現状を考えれば有り得るのかもしれないが、にわかには信じられないな。


「もし、良ければ魔法を見せてもらえませんか?

 私は今まで見た事がないので、とても興味があります」


「んー。あまり魔力の無駄遣いはしたくありませんが、

 一番簡単な魔法でよければいいですよ?」


「ありがとうございます」


そう言って、グリーナさんは左手の掌を天に向け呟いた。



「天上の業火は、敵を滅ぼすたまとなる【火霊球ファイヤーボール】」



そう唱えた瞬間、天に向けた掌の上に炎の球体が現れる。轟々と燃え盛るサッカーボール程の球体が、馬車の上で留まり辺りを照らし始めた。ソレは、移動している馬車を正確に追尾しており、常に一定の場所で燃え続けている。


「おぉぉ、すごい……」


思わず感嘆の声が漏れる。


「フフフ! これは初級魔法の中でも基礎的なものですから、すごくなんてありませんよ! 土・水・火・風の4種を魔法の四大根源と呼び、それを応用した合成で光と雷を操れるようになります。一般的に、計6種の系統の魔法があるわけです。例外・・もありますけどね」


「ほぇー、そうなんですか……。

 この炎の玉が一緒に移動しているのはそういう性質なんですか?」


「いえ、これは見やすいように風の魔法を同時に使って追尾させているのですよ。風の魔法は直接相手にも使えますし、こうやって他の魔法や物を追尾させたり投げつけたりにも使えるので便利なんですよ。本来の【火霊球ファイヤーボール】は掌の上に発生させるもので、主に種火などに利用する人が多いです」


うーん、魔法かぁ……。使える様になったら、便利そうだ。


「勿論、複数の魔法を同時に使用するのは難易度が高いです。光と雷の魔法もそうですが、複数の魔法を同時に組み立てて使わないと、発動できない魔法も多々あります。魔法使いの腕は、いかに複数の魔法を効率よく使いこなすかで決まると言っていいでしょう。ちなみに認定魔法使いは、最低でも同時に2系統の魔法が使えないとなれません。私は3系統も使えますけどね! 3系統も使えますけどねっ!! (どやぁ)」


「あ、はい」

「リョウは反応が悪いですね……」


そうグリーナさんは呟き、顔を俯かせた。


「ご、ごめんなさい。凄すぎて言葉に困っていました」

「そ、そうですか! 気にしないで下さい。分かって頂ければいいのです!」


グリーナさんはこちらに向き直ると、はにかんだ笑顔でそう言った。

きっと、褒められると素直に喜ぶタイプなんだろうと私は思った。


それからも、少年の記憶にある怪物の事やグリーナさんの事、この世界の事やこれからの事、知るべきことの数々をグリーナさんから聞いていった。

彼女は嫌な顔を一切せずに、私の質問に丁寧に答えてくれた。

そして、少しずつ状況が分かってきた。


この世界の名前はオードラーニア。


グレッタ村はオードラーニア南西部のフェッド大陸にある。

その中でも、西部のゴードレア王国の片隅にある小さな村だとわかった。

言ってしまえば世界の南西部のド田舎だ。


今向かっているリングナット町はグレッタ村のほぼ真北に存在している。

そのリングナット町でグリーナさんは一時的に家を持ち、そこを拠点に活動をしているらしい。


そのグリーナさんの年齢は16歳。14歳にして認定魔法使いとなった才女。

認定魔法使いは厳しい条件ではあるが、年齢によらず国に認められさえすればなれる様だ。彼女はミディランダ公国という隣国のとある街から来たらしい。


そして、少年の記憶にあった怪物のことも聞いた……。

グリーナさんの話では、おそらく武装したゴブリンとの事だった。

ここ最近、ゴブリンやオーク等による襲撃事件の報告が急増しており、国や領主から派遣される巡回兵やギルドからの依頼を受けた冒険者が、その調査と駆除にあたっているらしい。


グリーナさんもこの事件に思う事があり、独自に調査をしている最中だった所、グレッタ村の廃屋で倒れている私を見つけたという事だった。その時に、倒れていた私の近くに珍しいスーツを来た30歳ほどの男性の死体はなかったか? と、訪ねてみたが、そんな服装の男性は近くに倒れていなかったという……。


―――まだまだ、分からないことだらけだな。


「呪い」の事も訊ねてみたが、グリーナさんには心当たりは無いそうだ。

質問をしているうちに時間が経ち、気づけば夕暮れになっていた。


「さて! そろそろ野営の準備をしましょう。また日が昇ったら移動を開始します。リョウも色々と疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」


返事はない。すでに長時間を馬車に揺らされて、酔いによる頭痛と吐き気で疲れた体は眠りについていた……。


「……お休みなさい。リョウ」


――曇りの朝。

いつの間にか眠り込んでいたらしく、目を覚ますと隣からいい匂いがすることに気づいた。柔らかく、暖かく、温もりを感じる。なんだか安心するような、興奮する様な感触。それは、グリーナさんが私の体に抱きついて、一緒の毛布で寝ている感触だった。


「……ふぁっ!?」


思わず変な声が漏れてしまった。彼女の服ははだけており、なだらかな丘陵からは綺麗な柔肌が露出している。彼女を起こすのも悪いからと、自分に言い訳をして不動を貫く。いい感触にいい匂い、至福の時を満喫しつつ想いにふける。


(―――あぁ、こんな彼女がほしいなぁ……)


そんな邪な願望を持ち始めたところで彼女は目を覚ました。


「―――んっ!あぁ……、おはようございます。リョウ」


彼女は私に挨拶をすると、母性に溢れた優しい笑顔で私の頭をゆっくりと撫でた。


「……おはようございます」


ささやかだが、幸福のひと時だった。撫でられた頭が心地よい。


「さて、朝になりましたし軽く朝食をとって移動しましょうか」


そう言って起き上がり、いそいそと支度を始める彼女につられて私も支度を手伝い始めた。


(ずっと一緒に寝ていたかった……。残念)


こうして、幸いにもトラブルや怪物の姿はなく、僅か3日間の旅路を終えて彼女の住む町リングナットに到着した。


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