始まりの村


 ――――気づけば、見知らぬ場所にいた。


 あれから、小一時間は歩いただろうか。

  森に入るのは危険と考え草原を歩き続けていた。


 つい先程までは死ぬために行動をしていたはずなのに、混乱のせいなのか今では危険な行動を無意識に避けていた。


「――誰かーっ!! いないのかーっ!?」


  混乱と焦燥の中、大声を出して返事を待つ。しかし返っては来ない。

 歩き出す前に携帯は確認していたが、相変わらず電波は繋がらない。

  携帯に表示された時間は夜の21:32。だが、今は日が出ている。

 もはや携帯は頼りにならない。


 周囲を見渡せそうな、草原の丘に向かって歩き続ける……。


「おーーいっ!!」


 喉が渇いた。それと、普段歩き慣れないせいか足の裏に痛みを感じた。

 混乱と焦燥、そして不安。そんな感情が混ざり合い、溢れ出す。

 気づけば、目の端に涙を溜めていた。



 草原の小高い丘が近づくにつれて、向こうから煙が上がっている事に気づいた。

 人がいるかもしれない少しの安堵と期待により、小走りで丘を駆け上がった。


「――うッ!!!」


 そこにあった光景は、焼け焦げた家屋に血塗ちまみれになり死んでいる人々の山だった。死体には虫が集りウジが湧いていた。辺りに動く人影はなく、焼け焦げた家屋に燻った灰があるだけ。


「どうなってるんだ、なんだよこれ……」


  凄惨な光景の前に、腰が砕けて膝から崩れ落ちた。体が震えてまともな思考もできない。だが、これは危険だ。そう本能が警鐘をガンガンと鳴らす。

 這い蹲りながら、身を隠そうと丘を下った。


  戦争? 殺人? それ以外?

 周囲を警戒して震える身を隠した。そして、状況を整理して思考する。

 だめだ、意味がわからない。ただ、動く人の気配は無く不快な虫が周囲を飛んでいるだけだった……。


  日が傾き夕方になりそうだ。このままだと、震えたまま夜を迎えることになる。

  隠れてから、どのくらい経っただろうか? 気づけば携帯のバッテリーがなくなり、画面は真っ暗になっていた。もう使い道はないのだろう。


(どうしよう……どうすればいい?)


  冷静さを取り戻した私は、改めて丘から村の様子を確認した。しかし、状況は変わらない。人の気配は相変わらずしない。死体になんて近づきたくないが、状況を進展させるためにも情報が欲しい。 私は意を決して、かがんで周囲を警戒しながら村へと向かった。


 ……酷い有様だった。


  老若男女を問わず、全ての人間が死んでいる。強烈な腐臭が鼻腔を刺激して吐きそうだ。それに、虫がたかってきて不快だ。近づきたくないが、我慢するしかない。


  口をハンカチで覆い、口呼吸で腐臭を嗅がないように移動する。住人の死体は、まるで中世の村人が着用していそうな衣服を纏っていた。何度も縫い直したであろう古い服。材質は布か? 羊毛か? 詳しくは分からないが、現代の物とは思えない。そして、目の前の死体は生々しく、これが幻覚や夢ではないことを物語っていた。


ガタッ ゴソッ

[――――っ!?」


  何かが蠢く音が、崩れた家屋から聞こえてくる。

 咄嗟に身を隠し、物音を出さないように気配を殺して様子を窺う。


 その家屋は比較的に状態がよく、人がまだいてもおかしくはなかった。

 それでも、一部は焼け崩れているが……。


 しばらく音がした場所を隠れながら窺っていると、ビクビクと震えながら辺りの様子を窺う傷だらけの少年が姿を現した。髪の色は綺麗な茶色で短髪、瞳の色は淡いブルーで綺麗だ。目の端には涙を浮かべ、何かを恐れて様子を窺っている。

 私は何故か、少年に既視感を覚えた。私は、この子を知っている……?


 この子供は……。頭が痛い。


  年齢は6歳ほどだろうか、少年の容姿は明らかに日本人ではなかった。

 まだ幼いが、大人になったら美男子になりそうな可愛い顔をしている。

 その姿を見て安心した私は、居てもたってもいられずに声をかけた。


「怪我は大丈夫かい? 何があったんだい?」


 その言葉に驚いた少年は「ワッ!!?」と、小さな悲鳴を漏らし咄嗟に家屋に隠れた。

 しかし、すぐに顔を覗かせてこちらを窺い始めた。


「大丈夫だよ! 私は君に危害を加えない。

 怪我は大丈夫なのかい? 何があったんだい?」


 私はできるだけ少年を不安にさせまいと、精一杯の優しい声で少年を気遣った。

 日本語が通じるかは分からないが、それしか言葉を知らない私は日本語で呼びかけた。


 ――日本語での返事はなかった。

  少年は戸惑った様に口を開け、何か言葉を発している。しかし、理解できなかった。私の知る言語ではなく、英語とも違う。どの国の言語だろうか。


 なんとか少年から情報を手に入れたかったが無理そうだ。ならば、せめて怪我の手当くらいはしてやりたい。そう思った瞬間に、直接頭の中に響く声がした。


「「その子の姿と」「環境が貴方の」「理想なのですね?」

 「では、新たな」「人生をお過ごしください」」


 首を吊った直後にした、女性の声が再び聞こえる。

 その瞬間に目の前が白くなっていき、意識が朦朧としてその場に倒れた。


「――――んっ……!」


 深い、深い、深い眠りから覚めたような感覚の中、目を覚ます。

 頭に響いたさっきの声はなんだったのか。理解できない事が立て続けに起こり、混乱はますますと増していた。


「やっと目が覚めましたね、よかったです。

 どこか痛い所はありますか? 一応は治癒魔法で治しましたが」


 優しそうな少女の声がした。

 声が聞こえてきた方を見ると、おっとりとした或いはトロそうな顔つきをした、緑髪のポニーテールをした可愛い少女が私を見つめている。


 その瞳は綺麗なエメラルドグリーンで吸い込まれそうだ。歳は12から15くらいだろうか? 背は150cmもなくスレンダーな体つきだ。服装は魔女が被っていそうな深緑色をメインとした帽子と、膝まで長さのある可愛らしいスカートが特徴的だ。

 これもまた緑色がメインであり、色彩に深い拘りを感じさせる姿だった。


「いえ、痛い所はありません」

「そうですか? よかったです」


  咄嗟にそう答えた。


  いや、まて。治癒魔法? 何を言ってるんだ……。

 そう思いつつ、何気なく自身の体を見ると違和感を覚えた。


 あれ? なんか腕とか小さくて、細い。腕毛もない……。

 私の体毛は、そこそこある方だったと思う。それが今では綺麗で、艶と潤いのある肌になっている。なんだこれは、この体は明らかに子供の体だ。


「私の名前はグリーナ・ミディランダ。ミディランダから来た認定魔法使いです。貴方のお名前を聞いてもいいですか?」

「あ、はい? え、あ……私は、日本から来た鈴木遼一と言います」


  明らかに名前が外国の人だ。見た目で予想はしていたが、

  認定魔法使いとはなんだろう。意味がわからない。どうしよう……。


「日本? 鈴木遼一? 珍しいお名前ですね。貴方は、このグレッタ村の子ではないのですか? 日本という場所は初めて聞きますね。うーん」


 彼女は私の話を聞きながら、ポカーンとした表情をしている。

 可愛らしい仕草で顎に手を添えて、自身の記憶を巡らせながら唸っていた。


 何がどうなってるんだ、私の体はどうして子供になったんだ? この状況はなんなんだ? 落ち着け、冷静に思い返してみよう。倒れる前に、頭の中で「その子の姿と環境がいいの?」みたいな事を言われたと思う。もしかして、いや有り得ないだろう……しかし。


 思考を巡らせ、鈴木遼一は自身の体を見返してみる。そして気づいた。

 自分が着ている服は、倒れる前に見た怯えた少年が着ていたモノだと。


「どうやら、他の地から来たようですね。もしグレッタ村にご家族と旅に来ていたのでしたら、その、あの、運が悪かったですね……。もしかしたら、ご家族は安全な場所に避難しているかもしれません。どうか気を強く持ってください。ご家族かご親戚が近くにいましたら、私が送り届けましょう」


 グリーナさんは無い胸を突き出し、トンッと自身の胸を叩いた。

 きっと私が不安にならないように強がってくれているのだろうと感じた。

 そして、私は自身の置かれた状況を理解し始め、少しずつ冷静さを取り戻していった。


「―――恐らく、私に家族はいません。

 親戚もわかりません。多分、一人です……」


 多分、恐らく。だが、そうだろう。

 信じられないが、私は少年になったのだ。

 頭に響いた謎の女性の声は、新たな人生を過ごせとも言っていた気がする。

 それを信じるのであれば、私はこれから少年となり生きていく。


 半信半疑の状態だが、それ以外に答えが思いつかなかった。

 幻想や夢の感覚ではなく、「今は」確かに現実を感じているのだから……。


「そうですか、一人ですか……」


 グリーナさんは悲しそうな顔をして、またうんうんと唸り始めた。

 その可愛らしく慈悲深そうな少女の仕草を見つめながら、私は色々なことに気づき始めた。


 私が、日本語ではなく知らない言語を当たり前のように使っていること。

 私がこの少年になり、この少年の記憶が引き出せるということ。

 私となったこの少年に、もう家族は残されていないこと。

 私の目の前で、牙を生やした醜い人間の様な怪物が、村の人々を斬り殺していた光景を……。


 全て自分の記憶として思い出したのだ。

 私の父さんと母さんと妹は、殺された。

 私は床下にある小さな保存庫に、身を隠して運良く生き延びたのだ……。


 そうか、私は少年になったんだ……。


 だが、首を吊った記憶も持っている。……不思議な感覚だ。

 それに、明確に思い出せたが何かがおかしい。何かに違和感があった。


「ここにいても仕方ありませんね。3日は掛かりますが私の家がある町まで行きましょう。そこで、ゆっくりと今後について考えましょう! 大丈夫、私はこれでも少しは稼いでいますから。この村で起きた詳しい事も、落ち着いたら話してくれればいいですよ」


 そう言って、再び美しい板を突き出して「トンッ」と、自身の胸を叩いた。

 精一杯の自信を見せる彼女に連れられて、私の新しい人生は始まった。


 だが、何故だろう。

 記憶を思い返すと、何かがおかしい気がするのは……。

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