魔法使いの復讐


―――よし、覚悟を決めよう。私はこれから盗賊を成敗する。

戦闘を行う以上は、私も相手も死ぬ可能性がある。目の前で人が死ぬのは見たことがあるし、魔物を殺してきた経験もある。しかし、人を殺すのは経験にない。


ゴードレアの法律に盗賊は殺しても問題ないとされているが、それでも同じ人間だ。殺した事を後悔して、悩み苦しむ事になるかもしれない。それでも、私が生き残るためにも未来の犠牲者を無くす為にも、ここで殺すか捕まえるかしないといけない。


やるぞ、私はやるぞ。こんな所で死ぬわけには行かない。まだまだやりたい事が多いんだ。そもそも、悪いのは明らかに盗賊なんだ、私が犠牲になる道理はない。


―――よし、覚悟は決まった。盗賊の人数は5人、私を捕らえてから移動は始まってもいない。今は私の方を見ながら、笑いながら今後の事を話している最中だ。近距離で5人同時に相手は無理だろうから、なんとか隙ができないものか……。


「じゃぁ、子供ガキは売ることで決まりだな」

「おう」

「あの女の言うことを信じて良かったぜ」

「あぁ、鴨が葱背負って来たからな。へへへ」

「荷馬車と装備品で金貨10枚はいくか?」

「子供も売ればもっといくだろ」

「その前に、可愛い顔した子供だから俺に遊ばせろよ」

「はっ、男色趣味とか理解できねーよ。好きにしろ」


―――ふぁ!?


盗賊の一人が馬車に乗り込み、私の方に迫ってくる。残りの4人は馬車の外で談笑のご様子だ。予定変更、無理矢理にでも5人同時に倒すしか私の未来ていそうは守れない。


もう手段は選ばない、全力で行く。……意識を集中して完全無詠唱風魔法を発動させ、盗賊に見えない様に手と足の縄を切り裂いた。


問題は、口を縛っている縄を切った後の行動にある。手は後ろで縛られていたため、拘束を解いた事を隠すために盗賊と顔が向き合う状態だ。つまり、口の縄を切った瞬間に気づかれる事になる。足の方は膝立ちをして、後ろに足首を回しているため死角に入っていた。口の縄を切った直後の魔法で、全てが決まると言っていい。


「よーし、坊主。俺と遊ぼうな……へへっ」


薄汚い盗賊の一人が私に手を出そうとした、もう実行するしかない。

即座に完全無詠唱風魔法で口の縄を切り落とし、そして魔力を込める。


「……な、縄がっ!」

「―――ッ!? どうした!」    【水霊瀑布ウォーターフォール】」

「な、あのガキィィッ!!!」    

            

瞬間、馬車から爆発的な水が発生し、激流が盗賊を襲った。

馬車に乗ってきた盗賊ごと、全てを押し流す水の暴威の前に、彼等は流されて行く。それに驚いた馬は、悲鳴を上げて走り出す。私は走る馬車から飛び降りて、盗賊に追撃を行った。


「うぐァ……っ! あの子供ガキ、許さねぇ……」

「堅牢な産土は、同朋を守護せし鎧となり、鉄壁を誇る力となる【土霊鎧アースアーマー】」

「―――ッ!?」

「……ァっ!」


流された盗賊3人が固まっていた場所に、中級土魔法で鉄壁の囲いを作り、包み込むように閉じ込める。中途半端な力では、鳥籠となった大地の鎧の中では抵抗の意味はない。そして残り2人の内、1人は水流により頭を打ったらしく動かない。

残る1人が痛みを堪えて起き上がった。


「ぐぅ……ま、待ってくれ。降参する!だから、待ってくれ!!」

「謹んでお断り申し上げます」

「そんなァー!?」

「堅牢な産土は、同朋を守護せし鎧となり、鉄壁を誇る力となる【土霊鎧アースアーマー】」


再び中級土魔法で鉄壁の囲いを作り閉じ込める。だが、私は油断していない。

「堅牢な産土は、同朋を守護せし鎧となり、鉄壁を誇る力となる【土霊鎧アースアーマー】」気絶していたと思われる盗賊も、念の為に閉じ込めた。万が一の可能性すら許さない。


―――勝った。


私が【水霊瀑布ウォーターフォール】と【土霊鎧アースアーマー】を主軸に戦った事には色々と理由があった。何も考えなければ、雷魔法を全力で放てば終わっていただろう。だが、雷魔法は使いたくなかった。


電撃で馬車が発火する可能性もあるし、轟音で馬が驚き全て逃げ出すからだ。水流を操る水魔法であれば、乗っていた馬車の馬しか遠くへは逃げないと判断した。風魔法を使わなかったのは、土魔法で拘束できるなら不殺でいいと判断したからだ。そこは甘かったと思うが、勝算があっての選択なので満足している。


問題はここからだ。

このまま【土霊鎧アースアーマー】に閉じ込めておくと窒息して死ぬだろう。囲いから出そうにも、その隙をついて襲ってくる可能性が高いだろう。

その事を考えていなかった、考えられる余裕がなかった。


やはり、風魔法で殺しておくべきだったのだろうか……。

私一人で盗賊5人を捕らえた状態で、ラーナに戻る方法はあるのだろうか。


私は熟考の末に一つの案を思いついた。


土霊鎧アースアーマー】を圧縮させ全身拘束具にして、馬車で運搬すればいいのだ。もちろん、食事と呼吸が出来る様に顔だけは露出させる。排泄は中でしてもらうしかないが、自業自得だ。これしかない、これでいこう。


ラーナ街に戻り盗賊を突き出せば、縛り首で死ぬだろう。だが、それは法の裁きによるもので仕方がない。彼等は覚悟の上で盗賊をしていたのだから、全ては受け入れるべき罰だ。


私はさっそく行動に移した。盗賊達を包んでいる【土霊鎧アースアーマー】を、再び土魔法で圧縮させて体に合わせていく。盗賊達が逃げられない様に、3人を包んでいる所は細心の注意を払い行った。


「な、なにすんだッ!?」

「ぐあっ……動けねぇ」

「糞ガキッ! ぶっ殺してやる!! 今すぐ解放しろ!!!」

「謹んでお断り申し上げます」


5人に鉛のように重い大地の鎧を着てもらい、念のために上から縄で縛り、五月蝿いので口も縛った。そして、風魔法で馬車に放り込み、終了。

―――盗賊完全成敗。


盗賊達は4両の馬車で移動していた。先頭の馬車に2人乗り、後は1人1両での移動である。それと、馬車の中には色々な荷物が積んであるのが確認できた。もしかしたら、盗賊は副業で本業は商人なのかもしれない。それが免罪符にはなりませんけどね。


それと、驚いて逃げ出した馬車は、草原の向こうでこちらの様子を窺っている。すぐに迎に行こう、パンツを洗ってから……。


そして、私は帰路に就いた。


行きと比べて帰りは賑やかだ。土の鎧を装備して、寝転がっているおっさん5人。

5両の馬車を縄で連結させて、5頭の馬で引っ張り移動している。繋げるのに苦労したが、どうにか出来た。しかし、馬車を連結したせいか馬の進みが悪い。盗賊5人が重くなっているのも原因だろう。お陰で、ラーナに戻るのには6日も掛かってしまった。


食料は、盗賊が持っていた物が十分あるので問題ない。馬車の荷物を詳しく調べると、盗品と思われる物が色々と出てきた。貴族の紋章と思われるものが刻まれた品や、高そうな工芸品や装備品の数々。もちろん、全てを盗賊と一緒に引き渡す。報奨金とかくれないかなぁ。


それと、残念だがセドナさんの依頼は諦めた。期限がないなら、再び挑戦したいが許してくれるだろうか。駄目な場合は地道に借金を返済するしかないが、最初からそれが正しかったのだろう。


―――こうして、私の初めての仕事は失敗に終わった。


成果は、オーク7体の撃破による報奨金と装備品、盗賊5人の捕縛及び盗品の回収、以上。馬のレンタル料に購入した食料の費用を考えると、薄利な結果となった……現実とは非情である。


願わくは、盗賊の捕縛に関して報奨金が出ることを祈ろう、オークの装備品も高く売れるといいな。


「ふぅ~、やっと帰って来れた。師匠に会いたい」


10日ぶりにラーナに帰ってきた。

我が家に帰りたい衝動を抑え、盗賊と盗品を引き渡すために、ラーナの門番に事情を説明して指示を待っている。暫くすると、上官らしき人がお見えになり、経緯の再確認の後に引渡しは終わった。報奨金を貰えるかと期待していたが、感謝の言葉すらなく、何も貰えなかった。本当に現実とは非情である……。


それから、意気消沈してオークの装備品を売りに行ったところ、予想以上の高値が付いて驚いた。全部合わせて、金貨2枚の値が付いて大喜び。特に鉄製の値段が高く、兜と大盾が当たりだった。大盾には細工がされており、裕福な貴族の持ち物だったのかもしれない。その後、魔法使いのギルドへ向かい、オークの耳と引き換えに銀貨7枚を得た。



終わってみれば、オーク様のお陰で金貨2枚と銀貨7枚を稼いだ事になる。

ありがてぇありがてぇ。


全額返済には遠いが、魔物狩りで稼いだほうが良さそうだ。

セドナさんに報告もしたいし、師匠の顔も見たい。

……芋に水もやりたい。



―――さぁ、我が家へ帰ろう……。



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