魔法使いの相棒


―――今日も、私の仕事は家庭菜園から始まる。


愛しいシジール芋に【水霊治癒ウォーターヒーリング】で水遣りをすると、

心なしかシジール芋が喜んでいる気がする。それが終われば、

所有する荷馬車を操り魔物の討伐へと向かう流れだ。


「今日も気をつけて! 行ってらっしゃい!」

「魔物討伐、頑張ってくださいませ」

「リョウ、今日も気を付けて行ってらっしゃい」


プリシャとハリティとセドナさんに見送られ、私は今日も魔物討伐へ向かう。

すでに師匠は仕事へ行ってしまい、最近は中々会えないので寂しく思うが、

昨日は一緒の布団に眠れて幸せだった。そうそう、師匠といえば先日の盗賊の件を話したら、危険な仕事は慎むようにと言われてしまった。


「危ない事はしないでください。今は忙しいですが、

 暇が出来た時に特殊魔法を教えます。

 そうすれば、安全にお金を稼げますので魔物討伐に行く必要はないでしょう。

 それまでは、危険度が低い依頼を受けてください。リョウの事が心配です」

「過保護なのは良くないわ。リョウは実戦を積んだ方が伸びるはずよ」

「実戦は大人になってからでも積めます。リョウはまだ子供です」

「頭が固いわね。冒険してこそ、子供のうちに成長できるのよ」


私の教育方針で、師匠とセドナさんが言い争いを始めてしまい、

小一時間の議論の結果、セドナさんの教育方針に軍配が上がる。

やはり、大師匠は長生きしているだけあって言葉に重みがある様だ。

そのため、魔物の討伐による実戦訓練で鍛えられる仕事が始まる。

そして、オーガ討伐失敗の件では、

セドナさんに謝罪を行い許していただくことができた。


「気にしないでいいわ。それよりも、一人で盗賊を捕縛するなんて偉いじゃない。さすが私の孫弟子ね」


セドナさんには褒めて貰えて一安心。

借金は、無利子で待っててくれるそうなので助かります。

金貨1枚を返済して、残りは金貨9枚の借金となる。セドナさんが言うには、

オーガの群れは移動してしまったようで、依頼は取り消しとなった……残念。

とはいえ、師匠から特殊魔法を教えて貰える事になったので、

覚えるのが楽しみだ。


「ドナドナドーナードーーナーー」


そして再び、馬を借りての移動が始まる。

目的地はラーナから北へ3日の近場、聖サルバドラ王国へと続く街道近くの山。

ギルドの情報では、聖サルバドラ方面から大量に魔物が流れ込んでいるらしい。

恐らくは、サルバドラの軍隊が魔人を倒し、洗脳が解けた魔物が移動を始めたのだろう。


オークの一件以来、装備品を手に入れる重要性を知ってしまい、武装した魔物を倒したくて仕方がない。魔物が大量にいるなら大儲けのチャンスだと、意気揚々と馬車を走らせている次第だ。


「うーん。ギルドの情報だから、ライバルが多そうだな……」


―――その通り、私の呟きは的中していた。

腕自慢の冒険者や魔法使いが向かっており、目的地への街道には魔物の影も形もない。魔物も馬鹿ではないので、戦闘集団がいれば逃げてしまう。

もしかしたら、私の獲物はもういないかもしれないと、焦燥感を覚え始める。


「……赤字になるかもなぁ」


恐ろしい言葉ですな。只でさえ借金生活なのに、赤字だけは冗談にならない。

獲物がいなくならないうちに、早く目的地へ到着しなければと、私は馬車を急がせる。そして、出発して3日が経った。


街道から見える山々の、その圧倒的な存在感。

私に登山の趣味はないが、その頂上から見渡す草原の景色は、さぞ心を震わせる美しい眺めだろう。


しかし、馬車で移動をしているため、山道のない山は登れない。

馬車を置いて山へと入れば、馬車が盗まれる可能性が出てリスクが大きい。

よって、山の近くで獲物を探すことにする。

私と同じことを考えている方々が多いようで、山の近くには野営が多く見られた。これでは獲物の取り合いになるので、私は山沿いに整地されていない地を、

ゆっくりと走り始める。


馬車の車輪が壊れることは多いようで、常に部品の予備は積んである。

自分で直せるようにと勉強もしたが、壊れないように走らせるのが一番大事だろう。私は馬車を気遣いながら、山に魔物がいないかを注視して移動する。


魔物から見れば、私は良い獲物に見えるはず。

馬と子供だけの非力な組み合わせなのだから、魔物の方から近づいて来る可能性は高いのだ。つまり、魔物さえいれば遭遇できるはず、前回のオークがそうだった様に……。


―――予想は正しかった。

ガサガサと音がしたと思った――その直後、山から4羽飛び出してこちらに向かって走ってくる。すでに臨戦態勢で集中していた私は、即座に無詠唱魔法を発動した。


              【土霊鎧アースアーマー


前回の戦いで、防御系土魔法の重要性を理解した私は、無詠唱になるまで鍛え上げていた。もともとは、魔法使いの実技試験が終わってからは、土と水の無詠唱化に力を注いだ為でもある。


魔法を発動させ、私を馬車ごと包み込む巨大な大地の鎧を生成する。

さらに、相手の動きが窺える様な隙間を作り、次の行動に備え魔物を観察した。


魔物の名前は、アルミラージ。


野兎より一回りほど大きい体格をしており、体毛は黄色か金色をした美しい色をしている。特徴的なのは額にある黒い螺旋状のツノで、大きさは60cmもあり、自身の体格ほどもあった。師匠達からの情報によると、角による突進攻撃の威力が凄まじく、獰猛で他の魔物や人間すらも食い殺す。見た目とは違う、恐ろしい肉食の魔物だ。と、そんな事を思い出していたら……。


    ―――ドスッ         ドスッ

          ―――ドスッ           ドスッ


「……えっ!?」


恐ろしい音を立て、次々と大地の鎧を貫通する突貫攻撃を繰り返してくる。

余裕を持って包み込む様に作らなければ、今頃は鎧ごと串刺しになり死んでいただろう。その事実に戦慄した。生半可な威力ではない。

だが、今度は私の番だ―――


「流水の凍結は、全てを包む柱となる【水霊氷柱アイシクルピラー】」


タイミングを見計らい、角が刺さる瞬間に合わせて中級水魔法を発動させる。

発動と同時に、突き刺さったアルミラージ達を中心に水が生成され、それは極寒の地から注がれているかの様な冷気を発し、次の瞬間には命を飲み込んだままの水が、全てを凍結させて永遠の眠りへと包み込んだ。


「ふぅ。【土霊鎧アースアーマー】を咄嗟に使って良かった……」


怯える馬を撫でてやり、大人しくさせた後で鎧を解いた。そこには、美しい黄色い毛皮を纏ったまま氷漬けとなった、美術品の様な物が4つあった。


これは、当たりの収穫だった。


美しい毛皮と黒い螺旋状の角は、かなりの高額で売れる品だったはず。

ギルドへの報告は、尻尾を提出すれば足りるので問題ない。

後は氷漬けのまま売ろう。確か、肉自体も売れるはずだ。

詳しい相場は分からないが、ギルドで教えてもらい売りに行こう。

今回の魔物討伐はこれだけでも黒字で間違いない。

私は上機嫌となり、さらなる獲物を求めて走り出した……。


一週間後、ラーナにて―――


「リョウ! この子可愛いんじゃない? この子どう?」

わたくしはこっちの子が優秀だと思いますわ」

「……悩みますね」


現在、プリシャとハリティと共に牧場に来ている。

私の荷馬車を引く動物あいぼうを見つけるために来た次第。

牧場に買いに出かけると話をしたら、2人も付いてくると言い出した。

魔法の練習ばかりで、出かける口実が欲しかったのだろうか、

たまには息抜きも必要だからと歓迎した。何故動物を買う余裕があるのかと聞かれたら、答えは一つしかない。


先日の魔物討伐は大成功に終わった。

私の借金は全て無くなり蓄えすら生まれた快進撃、今でも思い出すと笑いが止まらない。2日間の滞在で、アルミラージ12羽、ゴブリン5体、オーク8体、オーガ2体、トロル1体を討ち取ったのだ。


魔物から取れた装備品と報奨金は、全部で金貨5枚へと姿を変え、

アルミラージの角と毛皮は、金貨10枚の大金へと変わる。

合計で金貨15枚の稼ぎとなり、私は喜色満面の笑で、ガッツポーズをこっそりした。そして、セドナさんに借金を返して金貨が6枚残り、私は相棒を探しに牧場に来た次第でございます。


「……フフフ」

「なに笑ってんの?」

「……いやらしいですわ」

「失敬ですね」


正直な話、馬でなくとも問題ないのだ。

馬車を一定の速度で引いてくれる、従順な動物であれば良い。


そもそも、馬は長距離の移動に適していない。正確に言えば、他の動物と比較すると、速度はあるが体力で劣っている動物なのだ。比べれば、短所や長所は必ず出てくるので、拘り無く相性が良さそうな動物を選ぼうと考えている。


此処、ラーナで一番大きな牧場には様々な動物で溢れていた。

例えば、美味しい乳を出すアグボラ、蹄が硬いため山道や悪路にも強いラバ、

牛ほど大きい猪の様なカウバ。それ以外にも、需要に合わせて見た事もない動物が沢山いる。私達は、動物園に来た子供の様にはしゃいで見学をしていた。

すごく楽しい、何を飼うかな。


「ね! あの子はどう? 大きくて強そうだよ」

「あ、強さは求めてないです」

「アレはどうかしら? 飛べそう……」

「え、飛べ!? いや、馬車が落ちるので違うのでお願いします」


決まらない、目移りしてしまい決まらない。

そんな時、私と目があった動物がいた。


「すみません。この動物は何と言うのですか?」

「あん? 知らねーのか、坊主。これぁな、コッグタードっつー動物よ」

「どんな動物なんですか?」

「気難しいやつだぁな、飼い主が気に入らないと怒るかんなぁ」

「扱いに癖があるわけですね」

「んだ。その代わり、速さも体力もあるし悪路にもつえぇ。

 蹄がラバよりも良いかんな」


「馬車を引くのには適していますね」

「そうだぁな、草食だから道草ですむだろうし、

 何よりこいつぁー目と耳がいい」

「目と耳ですか……」

「んだ。こいつぁー遠くの小動物が出した音すら聞き取るし、見逃さねぇ」

「いいですね」

「敏感だから気難しいんだろぉな」

「でも、これだけ優れていれば人気なのでしょう?」

「いんや。扱いが難しくてな。

 たま~に気に入った人間がいると、懐いて売れてくがね」

「懐く時もあるんですね……試してもいいですか?」

「坊主にはアブねーぞ? 怪我すっから気をつけろよ」

「はい」



―――これが、私の生涯のあいぼうとの出会いだった。


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