魔法使いの小銭稼ぎ

しかし、参った。自身の欲望に負けて、人生初の借金生活になるとわ……。こうなった以上は、死に物狂いで依頼を達成しなければと覚悟した。その後、荷馬車を引くのに必要な馬を一頭借りた。お金が貯まったら、改めて自分好みの良い動物あいぼうを探そうと思っている。


「ドナドナドーナードーーナーー」


御者台に乗り、馬車を操りながら一人気ままに草原を行く。10日分の食料と、万が一のために馬用の餌も乗せてある。ここは草原地帯なので道草で十分だろうが、借り物なので念のためにだ。今日は天気もよく風が心地いい……。素晴らしい自然の景色を満喫しながら、鼻歌交じりに目的地へ向かう。


日が落ちれば休み、日が昇ったら移動する。盗賊に襲われるかもしれないので、周囲の警戒は怠らずに魔物の群れを探す。一人旅は危険だが、師匠も一人旅を何度もしているしそうした経験は財産になると思う。


「何もいないなぁ~」


それにしても、平和だ。盗賊も魔物も、影すらも見えずに3日が経ってしまった。

私は稼ぎたいのですが、意地悪しないで出てきてくれませんかね。ちょっとだけ、ちょっとだけでイイから。ちょっと【風霊鋭刃ウィンドセイバー】で首刎ねるだけで終わるから、出てきて下さいよ、ね。……現実とは思惑通りに行かないものだ。


魔物だったら何でもいいさ、ギルドの討伐依頼では殆どの魔物に賞金が出るからだ。この辺りの魔物で一番稼げるのは、滅多に遭遇できない幻の魔物、悪竜ズメイだ。長時間飛行する事ができないドラゴンで、竜の中では弱い部類の魔物だが、竜から取れる素材は古今東西ここんとうざい高級品だ。討伐自体の金額と素材を売った金額を合わせれば、私は借金生活から卒業して富豪になれるだろう。


まぁ、勝ち目がないんだけどね。魔物の情報は、師匠やセドナさんの授業で覚えたけれど、竜の強さは別格と言えるものだった。悪竜ズメイは首を三つも持っており、それぞれが火と水と毒のブレスを吐く。鱗も硬く生命力も強く、メスの悪竜は人間に対してとても攻撃的な特性を持っている。万が一にも出会ったら、即座に逃げるか隠れないと死ぬと忠告された。怖い。


しかし、本当に魔物が見当たらない。このままだと、オーガすら見つけられずに借金生活になるかもと不安になってきた。皆の誕生日プレゼントの代金も稼ぎたいし、将来のためにも蓄えたい。なのに、魔物が出てこない……私は本当に運がないな。


―――と、弱気になり始めた矢先。

草原に時折ある、小高い丘の下に動く影を視認した。ついに魔物と遭遇したのかと、私は馬車を止めて様子を窺う。確認できた影は7つ、盗賊の可能性もあるので慎重に行動しなくてはならない。……あれ? こっちに向かって来ている。そりゃそうか、私は堂々と街道を走ってるもんな、先に見つかるのは当然ですわ。


慌てて馬車を土魔法で囲み、向かってくる相手を確認した。豚みたいな鼻に鋭い牙、体格は人間より一回りは大きく毛深い。―――オークだ、胸甲や兜を装備しており、剣などの武器を持っている。弓を持った後衛はおらず、距離も離れている状態なので攻撃はまだこない。囮の可能性もあるので念のため周囲に伏兵がいないかを確認をしたが、目の前のオークしかいなそうだ。草原だと、隠れられる場所が限られてしまうから当然か。


7体のオークは獲物を狩るために駆け寄ってくる。

私は射程距離にオークが入るまで引きつけて、余裕を持って魔法を発動した。


 【風霊鋭刃ウィンドセイバー】       【風霊鋭刃ウィンドセイバー】       【風霊鋭刃ウィンドセイバー


ぽとっ、ぼとっ、ごろっ。

迫ってきたオークの、後ろの方から首を落とした。後ろで仲間が死んでいる事にも気づかずに、前方を走るオークは私に近づいてくる。残りは、4体。私は移動をしながら、オークの位置が纏まる様に誘導して再び魔法を発動した。


              【雷霊波状ライトニングウェーブ


雷光が走り、雷鳴が轟く。そこには、4体の感電死したオークが横たわっていた。魔物とはいえ命だ、せめて苦しみを感じずに成仏して欲しい。そう思いつつも、収入のためにオークの持ち物を回収し、討伐報告に必要な耳を切り落として馬車に積み込んだ。


本当に現実は非情だ……。客観的に自分のやっている行為を考えると……いや、辞めよう、不毛だ。生きるためには手を汚す必要があり、割り切るしか答えはないんだ。そう自身に言い聞かせるように、頬っぺたを叩いて気を取り直した。


少し刃こぼれしたロングソード5本、長い槍が1本、状態の良い鉄の兜2つ、古い皮の兜2つ、汚い胸甲3つ……そして、首を飛ばしたオークの一体が装備していた大盾が1つ。売れそうな戦利品はこのくらいだろう。残りはボロボロだったり臭かったりで、オークの死体と共に土魔法で土葬した。成仏して下さい。そして、私は馬車の囲いを整地して、再び目的地へと走り始めた。


「ふぅ。オーク一体の討伐報酬は銀貨1枚だから、7枚と戦利品の稼ぎか……」


一ヶ月は生活できる金額だが、借金を返し終わるまでは喜べない金額だった。できれば特殊魔法を習得して、師匠みたいに効率的に稼げる様になりたいものだ。それからも、ゴトゴトと音を立てて走る馬車に揺られて、日が沈むまで物思いにふけた。


―――4日目―――


セドナさんの怪しい情報によると、この辺りの草原にオーガの群れがいるらしい。オーガは非常に凶暴で残忍な性格をしており、人間の生肉を好んで食べる習性がある。さらに、オーガの中には変化能力を持った上位種族が存在する。体格はオークよりも一回り大きく、接近戦は避けたい魔物だ。私はオーガを捜すべく辺りを見渡すも、影一つ見当たらない。人肉を好むため、街道沿いに出没しやすいはずなので、もう少し移動をする事にした。


―――おや、街道の向こうから小さい商隊キャラバンがこちらに向かってくる。ラーナへ向かう商隊だろうか、私に笑顔で手を振っている。オーガの情報を聞けるかもしれないので、挨拶ついでに話をしようと思い、私はすれ違える様に荷馬車を端に寄せて近づいていった。そして、商隊を率いる先頭の人に挨拶をしようと近づいた……が。


「坊や一人かい?」

「はい、オーガ退治に来ました。この辺りにいるはずですが知りませんか?」

「いや、知らないな。道中では見なかったよ。

 君はペンダントを持ってるし、魔法使いかい?」

「はい、新米の魔法使いです。情報ありがとうございました」

「いやいや、気にするな。お礼は君から頂くから」

「え?」


……私の首には剣が突き付けられていた。


私が混乱して動けないでいると、商隊の馬車から数人の男が降りてきて、私の手足と口を縛り、馬車の中へと放り込んだ。あっという間の早業で、抵抗ひとつ出来なかった。私は、商隊に扮装した盗賊に捕まったのだ……。


「ははははは、ちょっろい子供ガキだったな」

「まさか魔法使いとは思わなかったがな~」

「荷馬車だけでもいい金になる。今日は楽に儲かったぜ」

「子供の魔法使いなんて珍しいぜ、教育して売り飛ばせば高いんじゃないか?」

「魔法使いってこたぁ、油断したら危ねぇぞ。殺しちまえよ」


嘘でしょう……!? 勘弁してください。オークの呪いか何かですか、師匠ごめんなさい先に逝きます。死にたくない。プリシャ、シジール芋の水遣りお願いします。おしっこ漏れた。ハリティの太ももに顔をうずめてみたかった。セドナさんの依頼なんて受けるんじゃなかった。死にたくない。借金返さないといけないのに、やっと魔法使いになれたのに、誰か助けて。


いや、ちょっと落ち着け。冷静になろう。身動きできないけど、魔法が完全に使えないわけじゃない。あいつらは、魔法使いの知識がないから私を殺さなかったんだ。むしろ、これはチャンスかもしれない。


口を縛れば魔法を唱えられない訳ではない。魔法を組み合わせて使う時と同じように、魔法の名前すら唱えずに放てばいいだけだ。そう、魔法には3段階ある。精霊との契約の言葉と名前を口にする詠唱魔法、それを練度した事により契約の言葉を省略する無詠唱魔法、そして魔法名の言葉すらも省略した完全無詠唱魔法の3段階だ。


ただし、完全無詠唱魔法は集中力と魔力を無駄に使うため、魔法を組み合わせて使う以外には使用しない。通常の戦闘では、魔法名だけで放つ無詠唱魔法の方が、魔力の消費も出の速さも効率がいいからだ。私が落ち着いた状態なら、完全無詠唱の風魔法を使うことができる。私の体を縛っている縄を切って、あの5人の盗賊に目にもの見せてくれる……!


―――許さない。お前ら無法を働く盗賊のせいで、私のパンツがビショビショだ、この屈辱は許せない。



……私を即殺さなかった事を、後悔させてやる!



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