恋心と複合魔法

緊張はしたが、結果だけを見れば苦戦すらしなかった。この調子で勝ち抜き戦を進めれば、合格できる確信が生まれた。私は明日の戦いに備え、自室で一人床に就こうとしていた。


――コンッ  コンッ


その時、扉からノックの音が静寂に包まれていた部屋に響く。私は、誰が来たのだろうと予想しながら扉を開けた。そこに立っていたのは、普段の三つ編みを解いてストレートになった髪をしているハリティだった。師匠かプリシャかセドナさんの三択だと思ったが、見事に外した。私の部屋には珍しい客人だ。


「どうしました? 何かありましたか」

「少しお話がありますの。よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ。良かったら入ってください」

「では、失礼しますわ」


そう言って、彼女は私の部屋に入ってきた。話とはなんだろうか、実技試験についてかプリシャについてだろうか。何にしても珍しい。ハリティとは仲が悪いわけではないが、良いわけでもない。言わば、普通。彼女が妹弟子になってから時間が経っていないこともあり、食事時や練習中にポツポツと会話をする程度だ。


そういえば、コリアコの森から帰路に就く時はやけにボディタッチが多かったが、最近ではされていない。

気づかない間に嫌われたのか、心境に変化があったのか、理由が分からないが引っかかる。私は彼女に座るように促し、向き合った状態で話を始めた。


「それで、どの様なお話ですか?」

「……貴方が実技試験で大変な時にこんな話をするべきか迷いましたの、

 ですが言わなければと」

「構わずにお話ください」

「プリシャの事なんですが……」


やはりか。ハリティとプリシャの関係はよろしくない。厳密に言えばプリシャがハリティを敵視している節が有り、ハリティが困っている状況だ。師匠達との手前もあり挨拶や会話はするが、積極的に交流を深めようとはしない。


「プリシャですか、今日も何かありましたか?」

「いえ、今日は何もありません。

 ですが、知っての通りプリシャに私は嫌われています」

「……そうですね」

「ようやく最近になり原因が分かったので、

 貴方に言うしかないと思いましたの」

「原因ですか? それは一体何ですか」

「貴方ですの」

「……ふぇ?」

「プリシャは貴方を私に取られたくない様で、嫉妬しているのが原因ですわ」

「……兄貴分を取られたくないという嫉妬ですかね」

「……私からは貴方に惚れている様に見えますわ」


おっふ。確かにそう感じる時もあったが、女性経験が少ない自意識過剰な男の典型的な勘違いと思い気付かないふりをしてきたが、やっぱりプリシャは私のことが好きなんだろうか。悪い気はしないし嬉しいが……。


「仮にそうだとして、私はどう対応すればいいのでしょうか」

「それを相談しに来たのです。こんな話は師匠達にできませんもの」


困ったな。可愛い妹弟子に好かれるなんて、男冥利に尽きるが正直めんどくさい。私は子供と恋愛をする趣味はない。もう少し成長して、大人になってもまだ好きだったらそこからスタートだと考えている。


「私としてはプリシャと付き合うつもりは無いですし、11歳の子供の一時の感情だと思いますよ。すぐに他に好きな人でも出来て落ち着くと思います」


「一時の感情ですか……それを11歳の貴方が口にするのは可笑しな話ですが、そうかもしれないですわね」


「はい。私からもプリシャに仲良くする様に言っておきますので、

 色々と面倒かけてすみません」

「わかりました。優秀な兄弟子の言葉を信じますわ」


そう言うと、ハリティは微笑みながら隣に座ってきた。隣からは若い女性の色香が漂よい、私の鼻腔を刺激してくる。


「所で、プリシャと付き合うつもりが無いと言う事は、

 他に好きな女性でもいるのかしら」

「……っ! い、いえ、いませんよ」


咄嗟に師匠の顔を思い浮かべてしまい、身分違いな恋を悟られまいと、私は無意識に目を逸らしそっぽを向いてしまった。これが全ての間違いの要因となり、私の悩みは増える事になる。


「…………なぜ、顔を背けたのですか?そ、そういうことですか」

「いえ、違います。

 私に好きな人はいませんよ、敢えて言えば師弟全員好きですよ」

「そ、そうですの、わかりましたわ。

 今日はありがとうございます。……お休みなさい」


そう言って、彼女は立ち上がりお辞儀をして私の部屋から出て行った。


「……プリシャがなぁ。確定した話じゃないけどね」


そう呟き、明日に備えて眠りについた。



――実技試験、二日目――



昨日までの自分と違った。自分の実力を理解したせいか、体に震えがこない。慢心は良くないが、今では自信に満ち溢れている。今の私なら一人で魔人に挑めるだろう……嘘です、調子に乗りました。それは大袈裟だが、昨日の試合を見る限りは他の見習いに負ける気がしないのも事実だった。


そして、何時もの様にプロレスラーのおっさんが来て、大声で説明を始める。

この安心感を例えるなら、アン○ンマンが一度は弱体化するけどジャ○おじさんに新しい顔を作ってもらい、交換してくれる安心感に似ているのかもしれない。知らんけども。


説明によると、今回からは無詠唱を禁止する事に決まった。詠唱を必要とする魔法での試合となるので注意が必要だ。長い詠唱を必要とする魔法は不利になるので、短い魔法の方がいいだろう。新しい呪文もあるので大丈夫だとは思うが、途端に不安になってきた。不安になると師匠の声が聞きたくなる。私の自慢の雷魔法は詠唱が長く不利になる……これは私対策の処置の様な気がした。


基本的・・・には合成魔法や上級魔法といった高位の魔法は詠唱が長く、このルールでは詠唱が短く素早い攻撃が可能な、風魔法などの初級中級魔法が有利になるだろう。つまり私のアドバンテージが無くなる訳だ。辛い。

しかし、改めて気合を込めて覚悟を決める。無詠唱を使えないのは相手も同じ条件だ、負けた時の言い訳にはならない。師匠の面子を守るためにも、一番弟子の私が負けることは許されない。


「では、名前を呼ばれた者は中央に来い!」


鼓動が少しずつ早くなり、汗が出てきた。緊張を感じない強い人間になりたい。

昨日は私が一番最初だったから、今日もそうなんだろうと覚悟した。


「スズキ・リョウイチとニッグ・ケリンダート、中央に来い」


予想通りの一番手だ、緊張はしているが覚悟は出来ている。対戦相手のニッグは30代だろうか、180cmくらいの体格で筋肉があり肉弾戦もいけそうだ。金髪オールバックで強面なので、非常に強そうだ。怖い。

来いよニッグ! 魔法なんか捨ててかかってこい!! 俺は使う。


「お互いに向き合い、合図と共に詠唱魔法による戦闘を開始せよ。

相手を殺すつもりでやれ」


昨日も聞いた台詞だが本当に物騒だ。しかし、そのくらいの覚悟がないと認定魔法使いは務まらない、そう思えば当然の事なのかもしれない。危険にも関わらず受験生同士で戦わせ、魔法を受けて怪我をするリスクすらも負わせて、何かを学ばせながら測っているのかもしれない。そう納得しニッグと私は中央で向かい合い、合図を持つ。


「――――始め!」


合図と同時に二人は魔法を詠唱する。


「不可視の狂風は、そらを操る刃となる【風霊鋭刃ウィンドセイバー】」


瞬時に中級風魔法を選択し詠唱をしたのはニッグ・ケリンダート。

彼の選択は正しい。中級以下の詠唱が短い魔法の中で、不可視かつ高速の攻撃魔法は非常に優秀だ、が。


「狂風は、地母の飛礫つぶてまとう嵐となる【風土霊嵐アースストーム


詠唱と同時に、ニッグの足元は崩壊し体勢を大きく崩した。それは、対象の足元を崩して飛礫を纏う嵐を発生させる中級魔法だった。ニッグの放つ事には成功した中級風魔法だが、飛礫を纏う複合魔法の嵐によりかき消されてしまった。その結果、ニッグは崩れた地面に倒れこみ飛礫を受けてうずくまった。


「――――それまでっ!」


複合魔法は合成魔法とは似て非なる魔法。

あくまでも四大根源の複数の魔法を一つにまとめ、一つの詠唱で放つ合体魔法とも呼べる難しい魔法である。雷や光魔法の様に合成され独自の系統を持つ訳ではなく、あくまでも風と土を複合発生させた魔法である。難易度で言えば合成魔法の方が高いため、雷魔法を習得したリョウは、得意な風と水と土を合わせた複合魔法の数種は扱えるようになっていた……。


訓練場からはザワザワと騒がしい声が聞こえ始める。断言すると見習いの実力では無かったのだ。彼は自覚のないままに、師匠に促されるままに修業に励んだ。そのためか、実戦経験が殆どない状態で魔人と対峙し追い詰められた経験のせいか、実力と自信が比例しない状態になっていただけだった。これは、グリーナがリョウを過保護に育て、非戦闘訓練だけに時間を使ったのが原因である。グリーナは甘やかすのが好きな過保護だった。


「……ふぅー」


やったぜ。読み通りの展開で圧倒できて、内心では飛び跳ねて喜びたい気分だ。こんなに優越感を覚えたのは子供の時以来だ。あの頃は純粋で根拠のない万能感を持っていた。将来の夢と希望に満ち溢れていて、望めば何にでも成れると疑わなかった。今、その気持ちが蘇ってきている。


この世界でなら、私は勝者になれるのではないか? 劣等感ではなく、優越感を。挫折ではなく、前進を。後悔ではなく、希望を持って生きられるかもしれない。この時、私は確かな手応えを感じていた。この世界に根を下ろす手応えを……。



16日の実技試験は終わり、明日に備えて早めに休もうと私は足早に帰宅した。

家に帰ると師弟が出迎えてくれて、各々が賛辞をくれる。そんな素敵な言葉を投げ掛けて貰える環境に、心からの感謝をして眠りについた。

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