魔法使い、始めました!


――認定魔法使い国家試験、最終日――


私が少年となりゴードレア王国で5年以上を過ごした。長いようで短い年月だったかもしれないが、総じて言えば幸せな日々を経験できたと思う。知らない景色、知らない食べ物、良くしてくれた近所の人々との出会いに、妹弟子やセドナさん達との出会い。


そして何よりも、不安と混乱で震えていた私を拾ってくれた師匠との思い出。

全てが私を成長させた大切な経験だ。たった5年かもしれないが、その集大成を最後に見せたい……私は強く想う。


私はすでに中央に立っている。目の前にいるのは最後の対戦相手、バウナー・ラインバッハ。今までの彼の対戦を見てきたが、全ての魔法や動作に無駄がなく高水準な見習いだと分かっている。恐らくだが、奥の手を隠している予感があった。

だが、私よりも強そうだから怖い、などとはもう言わない。

言い訳は無し、全力で打ち勝ち合格してみせる。


最後の相手、バウナーもまた覚悟を決めていた。

相手はミディランダ公国で有名な天才魔法使いの一番弟子だ。コリアコの森の討伐隊に参加した見習い魔法使い達は大半が亡くなっている。その激戦地で生き残り、史上最年少で国家試験に挑む雷魔法の使い手を警戒しない訳がない。このまま成長すれば、歴史に名を残すかもしれない才能ある魔法使いだ。子供といえど油断などできない。


心中ではお互いに覚悟が出来ていた。後は合図と同時に全力を出すのみ。最後のルールは今までに使用していない魔法を詠唱して戦うことだ、私には複合魔法なども残されているので手札はある。後は、バウナーの選ぶ魔法との相性で決まるだろう。バウナーも風魔法は使っているので、それ以外を使うと予想できる。

「最後の戦い」その言葉が重く感じられ、汗が滲み鼓動が高まる。

しかし、集中はできている。二人は静かに対峙し合図の言葉を待った。



「――――――――始めっ!」



その言葉の発せられた直後、二人は全く同時に詠唱を開始した。


「天上の烈火は、狂風を生み出す災いとなる【風火霊嵐ファイヤーストーム】」

「狂風は、流水を操る刃となる【風水霊嵐ウォーターストーム】」


バウナーの切り札、火と風の複合魔法がリョウの周囲に炎の嵐を巻き起こす。

即座に発生する高温の炎が周囲を包み込み、酸素を奪いながら対象を焼死させる強力な中級複合魔法である。それが、リョウに襲いかかった。


一方、バウナーには水と風の複合魔法が周囲に発生し、水の嵐が襲いかかった。

直後に発生する水の刃が周囲より全身を切り刻み、収縮しながら対象を溺死させる残酷な中級複合魔法だ。このままでは両方死ぬだろう。魔法の詠唱を聞いた段階で、そう判断した試験官達は迅速に行動を起こした。


4人の試験官は無詠唱の中級土防御魔法【土霊鎧アースアーマー】を二人ずつに分かれて発動した。リョウとバウナーの両名に、二重に【土霊鎧アースアーマー】を掛けてその身を守ったのだ。


「―――――それまでっ!」


戦いの終わりが告げられる。試験官達の判断のおかげで命拾いをしてしまった。【土霊鎧アースアーマー】から出てきた私の目には、バウナーの複合魔用によって焼け焦げた土の残骸が映っている。さらに、私自身も若干の火傷を負ってしまった。もし直撃していれば焼死体になっていただろう。


「はぁー。怖かった。疲れたぁ……」


緊張が解けた瞬間、私はため息をつき本音を漏らして座り込んだ。

バウナーも【土霊鎧アースアーマー】から出て来てからは顔が青ざめていた。彼が入っていた土の鎧は泥の様になり、地面には鋭利な刃物で切り刻まれた痕が無数に残っている。もし直撃していれば水浸しの惨殺体になっていただろう。彼自身も泥塗れで濡れている。


「両者引き分けとし、実技試験の終了を宣言する!」


――――終わった。

最後は勝てずに引き分けだったのは悔しいが、納得できる結果だ。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


私とバウナーは、お互いにお礼を述べて握手を交わした。

彼は本当に強かった、二度と戦いたくない。


「合格結果は後日通達する。もし合格した場合は手続きに来るように。

 以上、解散!」


あっけない終わりだった。

私とバウナーは最後に別れの挨拶をして再び握手を交わした。


「君みたいな実力者と戦えてよかった。次は勝たせてもらうよ!」

「私は二度と戦いたくありません。バウナーさんも本当に強かったです」


そしてバウナーと別れ、私は家へと帰り師匠に撫で回されながら泥の様に眠った。



――――後日



「リョウ、本当におめでとう。この日が来るのを願ってました。……ぐすっ」

師匠が涙目になり、鼻を啜りながら祝ってくれた。私は師匠が大好きです。


「おめでとう! やっぱり、リョウはすごいなぁー私もすぐになるけどね!」

いつも元気で、ヒヨコの様に付いてくるプリシャから祝いの言葉を貰った。

プリシャも魔法使いになれるさ。


「おめでとうございます。一番弟子としての大役を果たし尊敬いたしますわ」

一つの役目を果たせた様でよかった。

ハリティの実力なら、もうすぐ魔法使いになれるはずだよ。


「貴方が合格するのは知ってたけど、弟子が一人前になるのは嬉しいものね」

セドナさんにも色々と教えられた。複合魔法の手解きありがとうございました。


「ありがとうございます。皆さんのお陰で魔法使いになる事が出来ました。

 私一人だったら絶対になれなかったと思います。

 特にグリーナ師匠、本当にありがとうございました」


私は胸にペンダントを付けている。

とても精緻な作りで一目で良い品だと分かるペンダントだ。


そのペンダントには卵ではなく梟の紋章が刻まれている。

梟は枝に止まり静かにこちらを見つめている。



―――魔法使い、始めました。


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