理性と実技試験


筆記試験の全てを終え、師匠達に報告を済ませると、セドナさんは当然だろうという反応を示し、師匠は次の実技試験も油断しなければ問題ないはずと言ってくれた。何にしても、一つの山を超えられた事に一安心だ。プリシャとハリティからもお褒めの言葉を頂き、私は久しぶりに晴れやかな気持ちで過ごせそうだ。


今日は、師匠とプリシャの3人で川の字になって寝ることになった。勿論、師匠の隣を譲る気持ちは無いので、私が間に挟まれる事になり、暫くして後悔することになる。その前に、実技試験に備えて試験の詳細を話してもらった。


「師匠の時の実技試験は、どの様なものでしたか?」

「実技試験は、毎回受験生同士の魔法による勝ち抜き戦でしたね。

 とても危険なものです」

「おっふ、試合ですか……」


「面白そう! リョウなら優勝できるんじゃない?」

「買い被り過ぎですよ。

 私よりも強そうな年上の方が筆記試験で沢山いましたし」

「いいえ、大袈裟ではないと思いますよ。

 リョウの魔法と魔力量なら十分に狙えるはずです」

「本当ですか? 正直な話、自分が強いとは思えないのですが」

「リョウは強いと思うよ!」

「そうです、自信を持って下さい。全力の魔法を放てば答えが出ます。試験までの3ヶ月の間に新しい魔法も習得しましたし、堂々と戦えば受かるはずですよ」


師匠がそこまで言うのなら、ちょっと自信が湧いてきた。ゴブリンを4体も瞬殺した私の魔法をお見せしよう。いや、首は飛ばさないですけど。


「魔法で死人とか出ないんですか? 試験にしては危険過ぎるかと……」

「私の時もそうでしたが、毎回重傷者は出ていますね。ですが、安心してください。万が一の時は、優秀な試験官が防御魔法や回復魔法で介入してくれます」


「……それなら大丈夫そうですね。なら、死人は出たことないのですね」

「…………あります。けど、極稀にですよ。

 油断しなければ、リョウなら大丈夫です。」

「おぉぅ、やっぱり死人もいるんですね。可哀想に」

「リョウ、死なないでよね!!?」

「はい。死にたくないです」


その後も、師匠からは色々なことを聞いた。見習いの頃の話や、セドナさんの事。改めて師匠の昔話を聞けて満足な一日だった。15日からの実技試験に向けて今日は休むとしよう。


それにしても、受験生同士の魔法による勝ち抜き戦は正直不安だ。

筆記試験には20代以上の体格の良い見習いもいたし、不安でしょうがない。

師匠の言葉と修行の日々を信じて、覚悟を決めて挑むとしよう……。


「師匠、プリシャ、お休みなさい」

「おやすみなさい!」

「リョウ、プリシャ、お休みなさい」



―――あれから小一時間が経った。

疲れているはずなのに、今日は寝付きが悪い。明日に備えて早く眠りたいのに、月明かりのせいか逆に目が冴えてきてしまった。カーテンを閉めに起きるのも面倒だ。両隣からは、スースーと寝息が聞こえてきて羨ましい。

そう思い、ふと横を向いたのが間違いだった。


こちらを向いて寝ている師匠の、大きめなサイズの淡いグリーン色のパジャマ。その胸元の隙間から、師匠のが見えてしまっている。その瞬間、鼓動が急激に高まり体に熱を帯びた。扇情的な姿を見て、手を伸ばしそうになっている。そんな事をして師匠に嫌われたくない。しかし、師匠の体が艶かしく見えてしまい、目を離すことができなかった。


段々と、自分の息が荒くなっていくのを感じる。師匠の顔は本当に可愛く、寝顔を見ているだけでも幸せになれた。唇が綺麗で、薄いピンクが柔らかそうに見える。師匠から、いい匂いがする……このままだと、本当にまずい。


「――ッ」理性を振り絞り、反対側に体を向ける。その先にあったのは、仰向けで寝る少女。9歳の時に買ったパジャマが成長と共に小さくなり、膨らみ始めた胸部をくっきりと浮かび上がらせた寝姿だった。


普段の私なら、プリシャの姿には関心がなく気づかないであろう。しかし、今はタイミングが悪過ぎた。胸の形が完全に浮かび上がっているのが分かる。何時もは五月蝿い少女だが、寝顔はとても可愛らしく、ギャップと浮かび上がった胸のせいか官能的だ。プリシャから甘い匂いがする。……まずい。


残り僅かな理性を総動員して、気付かれない様に布団を抜け出した。

そして、私はトイレに駆け込んだ。「……ふぅ」明日からも頑張ろう。


実技試験の日が近づくにつれて、再び私の緊張も高まり始めた。師匠からもお墨付きを貰っているし、大丈夫だ。自分自身の努力を信じて堂々と全力で戦おう。だから大丈夫だ。そう何度も自分に言い聞かせ、残り僅かな時を過ごす。



――秋の月15日、実技試験開始日――



「おちおち落ち着け……深呼吸だ、深呼吸をしよう……」


今日は実技試験開始日。これから私は、年上しか居ない会場地下の訓練場で勝ち抜き戦を行う。回ごとに合格人数は変わるので、確実に合格するには優勝を狙う他ない。受付の人に教えてもらったが、私は史上最年少の認定魔法使い受験者だそうだ。そのせいか、周りの受験者が私を見てヒソヒソ話をしていて辛い。

私は震えながら時が経つのを体育座りで待っている。


――と、その時。

試験官用通路から、コツコツと靴の音を響かせて向かってくる人影が4つある。

それを聞いた訓練場の見習い達に、張り詰めた空気が流れた。

そして、靴音を響かせる試験官の一人が言葉を発した。


「全員起立! 戦う覚悟はできているな? 以後、お喋りは禁止だ。ルールを破ったものは、その場で失格とする。きちんと話を聞くように!」


プロレスラーのザンギ○フの様な風貌のおっさんが、大声で説明を始めた。怖い。吸い込まれそう! 私は、アットホームの用な雰囲気に胸を撫で下ろした。緊張は解れ、集中力が増した。ありがとう。


「――以上で実技試験の説明を終わる! これから勝ち抜き戦を行うが、決して死なない様に!! 試験官を務めるのは、この俺を含め4人だ。大抵の怪我なら治してやるから大船に乗ったつもりで戦え」


試験官より頼もしい言葉も聞けてほっと一安心。しかし、師匠の期待を裏切らないためにも全力を尽くす。出し惜しみはせず、自身が持つ最速最強の手札を切る。


「では、名前を呼ばれた者は中央に来い! 勝ち抜き戦を始める! 

説明した通り、初戦敗退したとしても合格の可能性はある。

全力を尽くす事だけを考えて、自身の力を示せ。わかったなっ!」


ついに、実戦形式の勝ち抜き戦が始まった。

自分の番が来るまで、無事何事もなく勝てるように祈ろうと思ったが――


「――――第一回戦。スズキ・リョウイチとカーター・マグアス、中央まで来い」


心臓が飛び跳ねた。よりによって一番手とは、祈る暇も無かった。相手選手のカーターさんは黒髪で20代くらいの大人だ。身長は175cm程で痩せているが、落ち着いた表情をしており強そうに見える。お師匠様、どうか見守ってて下さい。

そう思いながら、私は訓練場の中央へと歩き出す。


「お互いに向き合い、合図と共に魔法による戦闘を開始せよ。

 相手を殺すつもりでやれ」


殺すつもりとか怖すぎる。今の私は死にたくない。せめて師匠は悲しませたくないし、恩返しがしたい。試験官の言葉に動揺したが、死にたくない思いからか、即座に集中力が増したのを感じた。お互いが向き合った状態で、相手とは15m程離れている。改めて覚悟を決め、合図に備えて構えを取る。何度も練習し、何度もシミュレーションしてきた戦術を思い出す。



「――――――――始めっ!!!」

                  ――刹那――

                               【風霊刃ウィンドエッジ

  【雷霊波状ライトニングウェーブ】          




お互いに合図と同時に速攻を決めるべく、無詠唱魔法を放った。しかし、遼一が魔法を発動するよりも僅かに早くカーターの初級風魔法が放たれた。遼一に向けて放たれた不可視の風の刃は、音を立てて最短距離を突き進む。


その直後、遼一の無詠唱となるまで完成させた初級雷魔法が放たれる。

まずい。紙一重で遅れた―――回避を……。


雷光が走り、雷鳴が木霊する。

後から放ったはずの雷撃は、先に動いたカーターを貫いた。

風よりも速い雷の攻撃は、空気を切り裂き爆音を上げて致命の一撃を与える。

風は雷によってかき消され、カーターの体が崩れ落ちる。


「……っ、それまでッ!!」


――――圧勝だった。拍子抜けする様な結果だった。しかし、必然であった。


師匠から言われていたから、知識としては知っていた。しかし、実際に実行するまでは確信がなかった。危険すぎて、師匠に対しては元より風魔法を使える人を実験に使う訳にも行かなかったからだ。


雷魔法は風と水の魔法を使う合成魔法。2種類の魔法を応用した完全上位魔法である。相手が上級風魔法であれば結果は違ったが、風と水の中級魔法では雷魔法を防ぐことができないのだ。雷魔法はただの雷ではなく、魔法の雷であり下級魔法如きでは対抗できなかった……。


――雷魔法

それは光魔法の次に速く、若干の追尾能力すら兼ね備えた高位魔法である。


 「大魔導師の一番弟子か」           「かっこいい……」 

               「噂通りか」

「勝者、リョウイチ! 戻って休憩しておけ」    「雷魔法始めてみたぞ」

   「マジかよ……」    「天才グリーナの弟子だからな……」

      「あれが、コリアコの森の生き残りか」               「チッ」               「うせやろ……」

「ケッ」            「俺もグリーナさんの弟子になりたかった」



倒れたカーターに試験官が3人掛りで回復魔法を使い、カーターは意識を取り戻した。死なない程度に魔力を抑えているとは言え、ショック死しないかと不安だったので良かった。周りの見習いが私を見て騒いでいるのが恥ずかしかった。でも、師匠の評判が高まったような気がするので良しとしよう。泥を塗らずに済んでよかった。


順調に勝ち抜き戦が進んでいる。私は休憩のため座りながら眺めている。一体一の魔法戦なためか、無詠唱魔法しか使用されていない。詠唱魔法に比べて無詠唱魔法の習得速度は遅いので、ほとんど初級魔法での戦いだ。


稀に中級魔法を無詠唱で使う人がいる程度で、特にすごい魔法を使う人はいなかった。やはり、師匠との魔法の練習が一番勉強になり面白い。


だが、これで解った。私の魔法は通用する。師匠が自信を持って良いと言い、セドナさんが合格して当たり前と態度に出した理由が解った。


今迄は他の弟子達との交流が殆どなく、自分の実力がどの程度のモノか、比べる相手が師匠と妹弟子しかいなかった。思い返せば、コリアコの森でも他の見習い達は中級風魔法をいちいち詠唱していた。先程戦ったカーターさんも、初級風魔法を使っていた。思い出した途端に納得した。私は強かったのだと……。


――いいや、師匠に強くして貰えたんだ……と。


 間もなくして本日の実技試験は終わった。

 魔法使いになるまで、あと少し……。

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