第4話 【杜へ】
ヴォジャノーイと出会ってさいらは精霊に興味を持つようになった。
庭園は元通りになり、手入れは毎日欠かさずしている。
そうしていると花や木の精霊がいつか現れるのではないかと胸を膨らませていた。
今日もまた庭園の手入れを始めようとした時、優しく柔らかい声で呼ばれた。
けれど、庭園にはさいら1人しかいない。
「さいら」
今度ははっきりと聞こえた。
しかし、辺りを見回しても誰もいない。
さいらが戸惑っていると、ふふふと笑い声がした。
すると、目の前に2人の女の子が静かに現れた。
1人は赤髪で頭にアマリリスの花を
もう1人はクリーム色の髪を短く整え、クンシランの花を左胸に付けている。
「うわっ」
さいらは驚き、持っていたジョウロをひっくり返してしまった。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
クンシランがジョウロを広い、アマリリスが尻餅をついているさいらを引き起こした。
「えっと…あなたたちは?」
さいらは混乱し問いかけた。
2人は顔を見合わせ笑った。
「あたしらは君が育ててくれた花だよ」
「え、あ…精霊?」
「そんな大それたものじゃないよ。君の花に捧ぐ愛があたしらなんだよ。つまり、君の愛があたしらを呼び寄せたんだよ」
「え、わたしが?」
「そうだよ」と言い、さいらにジョウロを渡した。
「だからね、あたしらの杜に来て欲しいんだ」
2人はさいらの手を引き、「行こ行こ」と誘った。
さいらははっとし、「アマリリスとクンシラン?」と呟いた。
「そうだよ」と2人は声を重ねた。
「まっ待って」
さいらは足を止めた。
2人は首を傾げた。
「ごめんなさい。あなたたちの杜へは行けないわ」
「どうして?」
「このお城から出られないの。出られたとしても、わたしがいなくなったら大事になるわ」
2人はふっと笑い、「なーんだそんなことか」と声を揃えた。
「大丈夫だよ。君を1人作ればいいんだよ」
「どういうこと?」と聞く前に、アマリリスは簪の花から花びらを1枚抜くと、それを両手で握り踊り出した。
アマリリスの手から光が溢れ、みるみるうちに大きくなっていき、やがて光が止むともう1人のさいらが立っていた。
「ほら、これなら心配ないでしょ?」
アマリリスは自慢げに言った。
「すごい…」
さいらはそう呟いていた。
自分の目の前にもう1人の自分がいる。
不思議な感覚だ。
「さ、行こう」
さいらは2人に手を引かれ、ちょうど吹いた風に乗せられ飛んで行った。
さいらはわたわたと暴れたが、自然と大人しくなり、流されるがままとなった。
――――――――――
そこは見たことのない美しい花が沢山咲いた場所だった。
まるで天国のお花畑のようだ。
城の外にこんなにも美しい場所があるなんて夢にも思っていなかった。
さいらは地に足を着けるなり空を見上げ、くるくると回った。
高い木の間から青い空が覗いていた。
花の上には木漏れ日がいくつも降り注いでいた。
「ようこそ、花の杜へ」
アマリリスとクンシランは手を広げ、さいらを迎え入れた。
さいらは回るのをやめ、2人を見た。
「どうしてわたしをここに連れてきたの?」
アマリリスとクンシランはその場に寝そべり、目を閉じた。
さいらも2人の真似をして、寝そべった。
「ここはね、」とクンシランが口を開いた。
「本来人が足を踏み入れてはならない場所なんだ。けれど、君みたいに花に愛を込めてくれる人にはなにかお礼をしなくてはいけない気がしたんだ。だからかな」
「わたしの他にも愛を込めて育ててくれる人いると思うよ。その人たちにはいいの?」
「え?」
アマリリスとクンシランは起き上がり、驚いた顔をさいらに向けた。
さいらも起き上がり「え、なに」と戸惑いを隠せなかった。
「君、今この国がどうなっているのか知らないの?」
「え?どうって…精霊と共存共栄して豊かに暮らしているんじゃ…」
「それは前までの姿。今じゃ隣国が精霊様の力を我がものとしようとしている。戦争だよ」
「そんなっ!そんなこと誰も……!」
「君はこの国のお姫様。それにまだ幼い。だから誰も言わなかった」
「そんな!」
「この杜や他の妖精や精霊が住む杜はユグドラシル様の力で被害は無いけれど…人間の住む町は酷いことになっているよ」
「これまた世間知らずのお姫様がいたもんだ」
木々の間から好青年が現れた。
白い髪をフワフワとさせている。
「あ!ウィンド!」
アマリリスとクンシランは立ち上がり、ウィンドと呼ばれた青年の方へ駆けた。
ウィンドは2人の頭を撫でた。
「さっきはありがとう」
アマリリスとクンシランは声を揃えた。
「あぁ。そっちのお姫様は運んでもらったお礼はないのか?」
「え」
「さっき城からここまで運んでやったじゃねぇか」
「あっ風の!ありがとうございました」
「いえいえ。そんじゃ、運んだついでに今のこの国の状況を教えてあげようかね。世間知らずのお姫様に」
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