第3話 【精霊】

さいらは兄である第一王子ふみづきに執着するのをやめてから園芸をするようになった。

初めは母のお妃様や侍女たちに汚れるため、よく止められていたが、少女の好奇心は止められるわけもなく、今は好きにさせている。

城の広い庭園は今や庭師が手入れをせず、さいらがしている。

花壇には色とりどりの季節折々の花が植えられ、庭園の所々には背の低い木が植えられている。

バラのアーチまでもある。


「木も花ももう充分。でもなにかが足りないなぁ…」


すると、そこにジョウロを持った侍女が現れた。

さいらが頼んだわけでもないが、自然と水やりは侍女の役目と可していった。


「水やりの時間か… 水やり?水?…………あ!」


さいらは水やりをしている侍女に近づき、「お願いがあるんだけど」っと声をかけた。

侍女は手を止め、「なんでしょう?」と聞いた。


「あそこに小さな水車を作りたいの」


さいらは庭園の端を指差した。

侍女はさいらが示している方を見た。


「分かりました。明日には水が通るようにしておきます」


「ありがとう。けれど、まだ水は通さないで。わたしがしたいの」


「かしこまりました」

――――――――――


翌朝になり、さいらは寝間着のまま庭園に訪れていた。

侍女の言う通り、小さな水車が端に小さく構えていた。

水路もきちんと作られていた。

当然ながら、水はまだ通っていない。

さいらが感動していると、朝の水やりに来た侍女が水車の説明をしてくれた。

どう水車が回り、どう水が通るのか。

一通り説明し終わり、さいらは早速水路に水を流した。

しばらくすると、水が溜まり、水車が回り出すと「回った回った」と大喜びした。

回る水車をさいらは1日中眺めていた。

――――――――――


この日は朝から騒々しい。

さいらは部屋の前の廊下を走る足音で目が覚め、何事かと廊下に出た。

ちょうど通り過ぎた庭師にどうしたの?と訪ねた。


「さいら様…少々言いづらいのですが……」


庭師の話だと庭園の小さな水車が壊れ、庭園が水浸しになったという。

さいらは薄着のまま庭園へと庭師とともに走って行った。

庭園は酷い有様になっていた。

花壇の花々は水を吸いすぎてしおれ、土も散乱している。

木の下の方の幹も水が浸り、ぶよぶよに柔らかくなっている。

今は水を止めているが、気づいた頃はもっと酷い有様だったようだ。


「どうして……」


種や球根から育てた花だってある。

土は肥料と混ぜ耕した。

丹精込めて作った庭がこんなにも簡単に崩れるものなのかとさいらは涙を流した。

園芸を初めて2年。

様々な失敗を繰り返したが、このような取り返しのつかない失敗をしたのは初めてだった。


「誠に申し訳ありません」


呆然としていたさいらのもとに1人の男性がやって来た。

彼は水車を作ったのは私と言い、もう一度作りたいと言い出した。

けれど、さいらはその申し出を断った。


「その代わり、わたしに水車の作り方を教えてくださいますか?きっと、わたしが中途半端なことをしたから、庭の精霊が怒ったの。だから、わたしが作りたいの」


そして、さっそく水車作りが始まった。

並行して、花壇や木もやり直した。

――――――――――


日も沈み、あとは水を通すだけとなった時、ガラガラと、なにかが崩れる音がした。

さいらは木の苗を植える手を止め、音のした方を見た。

さいらは目に映ったものを疑った。

先ほど完成させたばかりの水車が壊れていたのだ。

そして、壊れた水車の前には見知らぬ男が立っていた。

さいらは男に近づき、「あなたがやったの!?」と乱暴に聞いた。

男は振り返り、さいらを見下ろした。

顔を見た途端、さいらは驚いた。

顔が蒼色をしていた。

蒼白ではなく、水のような透明な蒼。

よく見ると顔だけでなく、首や手、足も蒼い。

髪は雪のような白さでキラキラと月光に反射している。

人間とは思えないその容貌にさいらは釘付けになった。


「我はヴォジャノーイ。何故なにゆえ水を支配する。我は水の精。水を支配されるのが最も嫌いなのだよ」


ヴォジャノーイと名乗る水の精は静かに消えていった。

それからさいらは水車を作るのをやめた。

この国にいる精霊を怒らせたくなかったからだ。

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