カウント5◇その時彼はどこに居るのか


 事件が最初に起こったのは、2週間前だった。

 刃物で喉を切られその場で右足を切断・放置。殺意は明らかで、犯行の手口もすべて同様。

 事件の被害者は皆、近隣の女子高生。皆同じ中学出身だということが判っている。この時点で犯行が計画的であることが想定できた。無差別な通り魔ではなく、この連続殺人には明確な殺意と意図がある。

 そして捜査線上に、ひとりの女子中学生の名前が浮上した。

 被害者達の出身中学で、ちょうど今と同じ時期に自殺した女生徒が居て、原因がいじめだったと言われている。遺書にはいじめの詳細と、そして首謀者たちの名前が記されていた。だけどそれは公にされることはなかった。

 そのいじめの首謀者が、今回の被害者達だったのだ。

 そうすると犯人像は絞られてくる。彼女達に恨みを持つ人物…自殺した女生徒・岩本ゆりの親類もしくは友人関係だ。

 容疑者はすぐ特定できると思われていた。

 だけどそれは予想を反して困難を極めた。

 アリバイの無い容疑者が走査線上から消え、容疑者特定に時間がかかり過ぎた。供述や手がかりも少ない。凶器も指紋も目撃情報も殆ど得られなかった。

 そしてあたしに声がかかり、捜査は被害者の持つ情報に頼るしかない所まできていた。

 だけどあたしが視た過去の記憶に、一番欲しい犯人像、そして目新しい情報は殆ど何も得られなかったのだ。



「…次の犯行が行われる確証はあんのか? もう3人も殺されてんだろ、いじめグループのメンバーはまだ居るのかよ」

「…岩本ゆりの遺書に残っていた名前は、既に殺された3人だけみたい」

「じゃあもう犯人の復讐は果たされたんじゃねーの? 責任は無能な警察にある。お前だって協力要請受けたの3人目の被害者が出た後だろ。犯人を捕まえるのは警察の義務だ。お前が関わる域は越えてんじゃねーのか」


 改めて藤島逸可の冷静さが伺える。客観的にみればその通りなのだ。犯人逮捕は確かに警察の仕事だ。

 だけどあたしが動く目的は、そこじゃなかった。


「…でも、シラセが…多分近い内に、もっとひどいことが起こるって…」

「根拠は?」

「…無い。シラセの勘。だけどシラセの勘が外れたことは一度だって無いわ。だからあたしが動いたの。これはあたしの意思でもある」

「は、くっだらね! お前いいように使われてんだなホント。そんなのアイツのエゴじゃねぇか」


 その口ぶりには流石にかちんときて、藤島逸可を睨みつける。

 ここからはシラセへの信頼に対する差だということは分かっていた。シラセと一緒に居る時間はあたしの方が長いし、シラセの考えや誇りをあたしは疑わない。


「でも、近い内って言った根拠はあるのよ。2人目を殺してから3人目までの間隔がやけに短くて、焦っている印象を受けたって…計画犯だった場合、目的に日付や時間や場所に縛られることは多い。たぶん、明日か、明後日…それまでに殺しておきたかった」

「…明日か、明後日…? 随分ピンポイントだね」

「シラセは教えてくれないけど、調べればわかった。自殺した岩本ゆりの命日が、近い。それまでか、もしくはその日…最後の犯行が行われる、って…多分シラセはそう考えてる」

「…やっぱり一番可能性があるのは岩本ゆりの家族か恋人だよね?」


 黙っていた岸田篤人がふと顔を上げてこちらに向ける。その問いにあたしは頷いて答えた。


「家族は、殺害時刻時のアリバイが確認されてる。恋人の存在は…今のところ不明。確認できていない。周囲にそれらしい存在を漏らしてた形跡はなかったみたいだけど、当時そもそも孤立していたわけだし、岩本ゆりの家族は捜査にあまり協力的では無いから…」

「そうなの?」


 意外そうな顔の岸田篤人に応えたのは藤島逸可だった。


「自殺した子供の親なんてそんなもんだろ。すべて事後対応の警察と隠ぺい体質の学校ってのは世間に嫌われるようにできてる」


 正直藤島逸可がある程度の事情をすんなり受け入れられていることに違和感を感じた。だけど彼自身、普通の高校生とは外れた道を生きている。そう思うと納得もできた。


「とりあえず現状だけ聞くと、今回の事件で砂月が死ぬ可能性は低そうだね。それだけはちょっと良かった」


 その場にそぐわない明るい声音で言ったのは、岸田篤人だった。いきなり話の趣旨が変わったことに若干面食らう。


「……え…っと…そうなの?」


 というよりすっかり忘れていたのだ、そんな話。そこは今あまり重要じゃない。というかどうでもいい。


「だってホラ、逸可の視た未来では砂月は銃に撃たれてたでしょ? 今回のケースだと銃が凶器ではないみたいだし」


 それは初耳だ。あたしは撃たれて死ぬのか。


「でも傍に警察が居る以上やっぱ可能性的には高いのかな。これだけの事件だと所持命令も出てるよね、きっと…」


 その様子はふざけているわけでもなく、本気で考えてくれているらしいことは分かる。だけど現時点においては余計なお世話でしかなかった。


「その話、今は置いておいてくれないかしら。あたしより先に死人が出るかもしれないのよ」

「…待て篤人、俺そこまでお前に話したっけ…?」

「なにが?」

「そいつが撃たれる未来」


 なぜか藤島逸可までも話に乗り出す。若干後悔してきた。少しでも気を許してしまったことを。半ば諦めにも似た気持ちで口をつぐむ。ここではあたしの意志はあまり尊重されない。


「…え、あれ、逸可に聞いたんじゃ…なかったっけ?」

「…俺は視た内容をそんな容易に他人に話さない」

「あれじゃあ、なんで知ってるんだろ…ていうか、そう、聞いたっていうよりは、視た気がして…」

「…視た? お前もそいつの未来を視たってことか?」

「待ってそんな詰め寄らないでよ、一瞬のことだし僕の錯覚か妄想かも…」


 目の前で藤島逸可がたじろぐ岸田篤人に詰め寄っている。なんとなく不穏な空気を醸し出しながら。話を先に進めたい。事件の情報や捜査情報を無断で漏らしてしまった以上、なんらかの収穫が欲しかった。だけどきっと、言ってもムダなんだろう。無視されるのが容易に想像できた。なんだか理不尽だ。


「…ありえなくもねーけど、どっちかっつったら思いがけない力が働いたのかもな、あの瞬間に。階段からお前らと落ちたあの瞬間、それぞれの力が発動してたんだ。例えば一瞬ぐらいビジョンを共有しても不思議じゃねぇ」

「…思いがけない、干渉…?」


 岸田篤人が首を傾げる。藤島逸可の想像はあくまで空想的でしかなかった。だけどその言葉はあたしの内にもひっかかりを覚える。

 つい先日同じような内容をあたしも聞いていた。思わずそれは口から零れていた。


「…シラセも…似たようなこと、言ってた」

「白瀬さん?」


 そうだシラセは、どちらかというと藤島逸可より。


「…え、さ、砂月…? そんな真正面から見つめられると、さすがにちょっと照れちゃうんだけど」


 こいつ…岸田篤人の力の方に、興味を示していた。


「この前、〝世界に干渉できるのか〟って、訊いたでしょう?」

「ああ、卵焼き検証?」


 そう、あの時。止めた世界に彼は干渉を示して見せた。彼が止めた6秒間の世界。その支配権は、彼にある。

 シラセは、何て言ってた?

 興味がなくて聞き流していた。だけどそう、確か


 ――『あくまで主観はアタシ達前提だけど…アタシ達の知らない時間がそこには

存在してるってことでしょう? その時彼は、一体ドコに居るのかしら?』


「別の、時間…」


 ――『時を止めるって、まるで空間を跳び越えてるみたいだと思わない?』


「空間を、越える」

「…は?」

「ビジョンを共有したんじゃない…〝そこ〟に、篤人も居たんだとしたら…」


 口にしながら、なんてひどい空想だろうと思った。だけどなぜか止まらなかった。声が、震える。


「篤人ひとりだったら…時は、止まるだけかもしれない。でも、例えば、あたし達の力が互いに干渉し合って、予期せぬことが起こったとして……そう、例えば…」


 上手く言葉がまとまらない。こんなの憶測もいいところだ。でもなぜだろう、完全に切り捨てられない自分が居る。

 できる気がした。ソレが不可能だとは思わなかった。

 藤島逸可があたしの意図に気付いたのか、表情を僅かに強張らせている。


「いやありえねぇだろ。第一俺達は〝視る〟だけだ。干渉はできない」

「篤人はできる…! 能力だけ見れば〝共有〟より〝干渉〟のが合理的だわ。あたし達が〝視る〟世界に、もしかしたら篤人は…!」

「ねぇちょっと待ってふたりとも、僕だけ意味わからないんだけど」


「篤人はもしかしたら、時空ときを越えられるのかもしれない」


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