カウント2◆利害と損益と友達の関係
高校に入学してから2ヶ月経ち、それなりに新しい環境にも馴染み友達もできてきた6月。クラスに時期外れの転校生がやって来た。
それが入沢砂月だった。
胸元まである長い黒髪の右側の一部だけを耳元のあたりから三つ編みにし、露わになった右耳に光る赤いピアスが印象的だった。
独特な雰囲気とその顔立ちで注目の的となったのはほんの数日間で、いつの間にか入沢砂月はクラス内で孤立するようになった。
彼女にまつわる不吉な噂がそうさせた。
なんでも、態度が気に食わないと呼び出した上級生女子が盛大に返り討ちにされ、登校拒否にまで追い込んだらしい。
学年も違えば知らない人物のことなので真相は定かではないが、確かに入沢砂月は度々呼び出されては、ひとり無傷で帰ってくることが殆どだった。
それが女子のみならず、その外見から男子生徒に呼び出されることも数度あったが、いつの間にかそれもパッタリ止んでいた。入沢砂月が告白に応じることはなかったが、呼び出した側の男子が入沢砂月の名前を口にすることも以来なくなってしまうのだという。
そんな噂も相俟って、入沢砂月には近づかない方が良いという話はあっという間に校内に広まっていった。
そうして入沢砂月はごく自然にひとりになっていた。
教室内で見る入沢砂月は机に突っ伏していることが殆どだ。なのに時折がばりと顔を上げたかと思うと一目散に教室から出てしばらく戻ってこない。遅刻して来ることも度々あった。
顔立ちは美少女そのものだったが、影をまとい笑わないとそれだけで逆に不気味にも映る。
何より入沢砂月自身から誰かに話しかけたりすることは無く、それが一種の〝自分には関わるな〟という意思表示のようにも感じた。
僕自身もさして彼女には興味も無く、このまま関わることも無いだろうなと思っていた。
だけど事情は変わった。
たぶんこの学校でいま一番彼女のことを考えているのは間違いなく僕だろうと思う。
そこに
◇ ◆ ◇
「逸可だったら、何をする? 時間を止められたら」
「とりあえず無難に女子更衣室行っとくかな」
「はは、意外とマトモな答え」
翌日、僕らは再び史学準備室に居た。
今日も僕のお気に入りのソファは逸可に占領されている。今日は少し部屋の片づけをしようと思っていたので渋々許したけれど、もう僕の所有権は永遠に返ってこない気がした。
今までひとりでこの部屋を使っていたので多少乱雑でも狭くてもどうとでもなったけれど、この部屋を逸可も使いたいと言い出したのでもう少し空きスペースを拡大することにしたのだ。掃除しているのはなぜだか僕ひとりだけれど。
「お前は何に使ってきたんだよ」
逸可が持参した雑誌に向けていた視線を、僕に向ける。
僕はそれに笑って応えた。
「ヒミツ」
昨日の逸可との交渉は、無事成立した。
藤島逸可はひとつの条件とひきかえに、僕の友達になることを了承した。ただし期間限定で。期間は逸可が死ぬその1日前までだ。
逸可自身もそれがどのくらい先だか正確には分からない。だけど入沢砂月同様そう遠くもないことらしい。
条件は意外にもお金ではなかった。僕の力を一度だけ、逸可の為に使うこと。それがどんな内容であっても。
逸可の叶えたい願いを僕はまだ知らない。
そうして僕らは普通の人とはちょっと違った経緯を経て〝友達〟になった。
友達になっても逸可の傍若無人な態度は変わらなかったけれど。
「でも、6秒間じゃあな。何ができんだよ6秒間で」
「さぁ。カンニングとか、購買のパン競争には勝てるかもね」
「くだらね」
同感だ。だからやらない、そんなこと。
「それより考えてよ、入沢を助ける方法。逸可、もう一回入沢の未来を視て詳細な日時とか場所とかはわからないの?」
僕の問いに逸可が雑誌からちらりと視線を覗かせ、閉じた雑誌を乱暴に床に放った。
不機嫌な態度の現れだ。能力のことに関してはあまり話したくないらしい。
逸可は分かりやす過ぎるくらいに正直だ。感情がすぐ態度に出る。昨日の僅かなやりとりで逸可の性格はだいたい把握できた。
でも分かり易いのは嫌いじゃない。僕はさほど気にせず答えを待つ。
「…確かに、できなくはない。1秒先の未来から、死ぬ瞬間までの未来を視ればいい」
本当にそんなことできるのか。逆にびっくりだ。
「確かに未来は変えられる。だけどそれは絶対じゃない。過去もそうだが未来への干渉権は俺達には無い」
逸可はふと視線を逸らせて虚空を見つめる。
僕は逸可の言っている意味が良くわからず首を傾げた。
「あんまり好きじゃねぇけど、〝運命〟っていうのがあったとする。それは、つまり俺が未来を視ることができるっていうこともあらかじめ含まれた上での、今や未来があるってことだ」
「…つまりはえっと」
「お前ホント頭わりーな」
流石にむっときた。僕はこれでも成績は優秀だと自負している。頭の回転もはやい方だ。当社比だけど。
「変えられないのが、運命だ」
逸可にしてはくだらない答えだと思った。もしここに入沢砂月が居たら先日と同じ言葉を言い放っただろう。
「それに、変える意志のないヤツには他人が何をやったって、やろうとしたってムダだ」
「…」
「運命も、未来も。変えられるのは自分自身だけだ」
そう言った逸可の顔。強い感情を滲ませるそれが何であるかは分からない。きっと逸可にしか。
だけど確かにそれは同感だった。
例えば逸可が視たという未来を回避できたとして。入沢砂月本人にその意志が無い限り、〝入沢砂月が死ぬ〟未来は、きっといくらでもやってくるのだろう。運命とやらが、己の使命を全うする為に何度でも。
「けっきょく、入沢を説得するのが一番てことかな」
「さあな。大人しく説得されるようなヤツには見えなかったけど」
まったくだ。彼女が大人しく逸可の忠告を聞き入れてくれていれば、きっとこんな面倒なことにはならなかっただろう。逸可と友達になることも。
「でも昨日のあのカンジじゃあまともにとりあってくれなさそう」
「あと何より俺は人に触るのも触られるのも嫌いだから、あいつの未来をまた視るのはパス。あいつにまた勝手に過去とか視られても、胸くそわりーし」
そっけなく言い放った逸可に僕は苦笑いを漏らす。
本当に口が悪いな。
そういえば入沢砂月も、見た目から想像していたよりずっとそっけない口調だった。でもあれはあれで警戒心剥き出しの猫みたいでかわいい気がする。猫好きだし。
そんなことを考えていた、その時だった。
「楽しそうなお話ね、アタシも混ぜてもらえるかしら」
扉が開く音と共に聞こえてきたその声は、部屋の中にやけにはっきりと響く声だった。
僕と逸可はとっさのことに思わず息を呑み扉の方に視線を向ける。その先にはふたつの人影。
「でもそういう話は、もう少し周りに気を遣った方がいいんじゃないかしら? あまり
言いながらずかずかと許可なく入ってきたのは、口調とは正反対のスーツを着た男の人。男にしては長めの髪を片側で緩く三つ編みにしていたが、随分粗い。
中性的な整った顔に細い銀のフレームのメガネ。無造作に流れている髪の隙間から覗く赤いピアスは、つい先日もどこかで見た気がした。
それがどこで見たものだったかは、すぐに判明した。
「…入沢…?」
その得体の知れない男の後ろから、入沢砂月が現れたからだ。
入沢砂月は無言で男の後に続き室内に入ると、静かにドアを閉めた。僕らの方は見ようとすらしていない。
「サツキ、彼らで合ってるのかしら?」
僕と逸可から少し距離をとったあたりで、男が後ろを振り返り尋ねる。入沢砂月はほんの少しだけ顔を上げて僕たちを見やり、小さく頷いた。
事態が呑み込めない。この男は、誰だ?
「ああん、そんな警戒しないで、何も取って食おうってわけじゃないんだから。ただサツキにあなた達のことを聞いて、ぜひお話してみたいな、って思って。来ちゃったの」
「うふ」と小首を傾げて笑って見せるその姿がイヤに似合っているのが逆に不気味だった。こちらは生憎笑えない。「ああん」てなんだ「ああん」て。
しかし重要なのはそこじゃない。つまりこの男にも、僕たちの秘密が知れているということだ。入沢砂月の口から。
でもそうすると、男の正体はおのずと絞られてくる。
「篤人」
ふいに逸可が僕を呼んだ。
声の方に視線を向けると、逸可は相変わらずの態度で男の方を見据えている。さっきまでの一瞬の警戒心は、既になりを潜めていた。
それから意味ありげに笑う。
「刑事だよ、そいつ」
…やはり。
ほっとしたような厄介なような、複雑な気持ちでもう一度その男を見やる。
おそらく逸可が視た入沢砂月の未来の登場人物の中に、彼が居たのだろう。
男は興味ありげな顔で僕らを交互に見比べ、それからスーツの内ポケットに左手を差し込んだ。
僕は思わずぎくりとする。
入沢砂月の死の未来、刑事、銃口、赤い花。一瞬だけその映像が視界を掠める。
視たのは逸可だ。僕がそれを視たわけではないのに。
「はじめまして、アタシは
男が胸元から取り出したのは、名刺入れだった。そこから2枚の名刺を取り出し、まずは僕に差し出す。
僕は安堵の息と共にぎこちなく立ち上がってそれを受け取った。
逸可の方を見ると、逸可も同じことを考えていたようでどこかまだ警戒心を滲ませている。つとめて顔には出さないように。
白瀬、唯。名前まで女性的だな。
人生で初めてもらった名刺が刑事のとはいささか複雑だった。
ふと気が付くとその視線が僕を見下ろしていた。目の前に並ぶと随分長身だという印象。そして改めて、綺麗な顔立だった。
「サツキを、救ってくれるんですって?」
男女問わず美人の笑顔には迫力もといすごみがある。まさにそれをこんな近距離で向けられ、僕は返す言葉に詰まった。
一体どこから聞いていたのだろう。
「…個人的な希望ですけど」
当事者を含むこの中で、入沢砂月の命を救おうとしているのは残念ながら僕だけのように思えた。
「あら、アタシは大賛成よ! 応援しちゃう! ついでにサツキのお友達になってくれないかしら」
「シラセ!」
入沢砂月が後ろから叫んだ。
本人は不服のようだ。というか僕も意味がわからない。
「顔を見るってそれだけの約束よ! それに目的が違うでしょう?!」
「ああそうだわ、あなた達も不思議な力を持っているのよね、ぜひその力を市民の皆様の為に有効活用してみない?」
「シラセ!」
さらに怒気の混じった声が飛ぶ。それも違うらしい。
正直、警察の人間が僕らの秘密を知ってここに現れたのだから、それが目的でもおかしくない。警察だと聞いて真っ先にその可能性を思い浮かべていた。
「違うのかよ」
口を挟んだのは逸可だった。僕と同じことを思っていたらしい。その目は疑念に満ちている。警戒は継続中のようだ。
「あわよくばとは思っているけれど、現時点でのアタシの仕事じゃないわ。ココにはサツキの保護者として来たのよ」
入沢砂月の、保護者。それも予想外の関係だ。
ちらりと入沢砂月のほうに視線を向けるも、また俯いていてその表情はよく見えない。わざと見せないようにしているのかもしれない。だけど否定しないということは、嘘ではないのだろう。
「サツキの秘密がバレたっていうから、念の為にね。でも悪い子たちじゃなさそうでほっとしたわ。少しお話し、できないかしら?」
ソファにもたれる逸可と目を合わせる。逸可も少しは興味があるようで、拒絶の意思は感じられなかった。
「…どうぞ…何のお構いもできませんけど」
若干の緊張をひきずりながら、端に寄せてあったパイプ椅子を白瀬さんと入沢砂月に差し出す。白瀬さんは笑ってお礼を口にし、それに腰かけた。
「えーと、藤島クンは未来が視えて、岸田クンは時を止めることができるのよね?」
「6秒間だけです」
「6秒? どうして6秒なのかしら?」
「僕にもわかりません」
白瀬さんが面白そうに僕の顔を覗き込む。このやりとりは既に昨日逸可としている。
「その力は、先天的…生まれつきなの?」
「…僕は、違います」
つまり逸可は生まれつきとのことだ。このやりとりも昨日と合わせて2回目。
だけど話す相手が相手なだけに、どうしてもつい言葉を選んでしまう。きっとこの人は、正しく上手く、僕たちから欲しい情報を引き出すプロの大人だ。
「あら、サツキもそうよね、後天性。キッカケはデリケートな問題も絡んでいるでしょうから、ここは訊かないでおきましょうか」
白瀬さんはまた「ふふ」としなやかに笑う。やっぱり僕は笑えない。
「ねぇ、アナタ達は、その力を自分の意思で制御できるの…?」
す、とそのメガネの向こうの瞳を細めて。白瀬さんはその視線を僕ではなく逸可に向けた。どちらかといえば逸可の力の方に興味があるようだ。
逸可はやはり不機嫌を隠さず答える。
「できないと、生きてこれなかった。それに自分に与えられた特権を自分で扱いきれずにいるだなんて、まぬけ以外の何者でもない」
「そう…賢いのね、アナタ。度胸も据わってるし判断力もありそうだし、何より自分の力に信頼がある。サツキとは正反対ね」
さっきは僕たちの力への干渉を否定していたけれど、まるで面接だった。こちら側を吟味しているような口ぶり。逸可もわかっていてわざと乗っかっているような節がある。
「てことはソイツは、能力を制御しきれてないってことか?」
「そうなの、アナタ達はもう知っているみたいだけど、サツキには一部捜査の協力を依頼しているわ。サツキの力はアタシ達警察にとって貴重で有能ではあるのだけど…制御下を外れると戻ってこれないこともあるし、〝視る〟のってとっても気力・体力を使うみたいね? 力を使った後意識を失っちゃうことも度々あって、アタシ心配で」
白瀬さんの斜め後ろに座っている入沢砂月の顔色は、僕の位置からはよく見えない。だけど膝に置かれた小さな拳はわずかに震えているように見えた。
どうしてこの人は、僕たちの前でわざわざ。彼女の弱点を晒すのか。
「は、それで誰彼構わずひとの過去見てまわってんのかよ、シュミわりーな」
「……っ、違うわよ…っ!」
逸可の言葉に、入沢砂月が反論の声を上げた。
煽ったひとりである白瀬さんは、口を噤んで様子を傍観している。僕には参加する資格も無いような、そんな空気だった。
「視たくて視ているわけじゃないわ…! はいってくる情報に、整理が追い付かないだけで…全部の情報を集めるしか無いのよ…っ」
「受け口の制御ができてねぇってことだろ、力に振り回されるなんて呆れてものも言えねぇよ」
「別に常時視ているわけじゃない、この前みたいに油断した時とかはずみで視えちゃうことはあっても、力のオンオフぐらいできる…たまにできないこともあるだけで…っ」
「は、〝戻ってこれない〟ってことは、オフができてねぇんだろ? 力に呑まれてる時点で無能もいーとこじゃねぇか」
逸可がこんなに会話ができることも意外だったし、入沢砂月がこんなに大声を出せることも意外だった。
白瀬さんはにこにこと楽しそうにふたりのやりとりを見ている。収穫を得たような、満足そうな顔つきで。
それから改めてその視線をすぐ傍で息巻く入沢砂月に向けた。その手が入沢砂月の頭にそっと触れる。ふたりのケンカを制するように、ごく自然な動作で。
「サツキ、やっぱりアナタこのふたりと友達になりなさい。アナタにこのふたりは必要よ、アタシの勘がそう言ってるわ」
「…っ、シラセ!?」
「アナタが良くやってくれているのはわかるけど、アナタのその力はもっと緻密に制御してもらえると助かるの。これは、〝協力依頼〟よ」
白瀬さんのその言葉に、入沢砂月はぐっと言葉を呑み込む。依頼というには随分一方的なようにも感じられた。
「それに」
その視線を、今度は僕に向ける。
「その方がアナタ達も、都合が良いでしょう?」
有無を言わせない声音だった。
確かに僕らの目的から大きく逸れているわけでもない。どちらかといえば好都合、なのだろうか。入沢砂月を救いたいという目的からすれば。
ちらりと逸可の方を見る。逸可はあくまで僕の協力者という仮初の友達だ。別に入沢砂月を救いたいわけでも友達になりたいわけでもない。
僕の視線に逸可は好きにしろと睨む。もう会話するのも面倒のようだ。
多分僕たちの間に友情は無いだろう。
だけど今必要なのは傍に居る理由だった。
「そうですね」
「決まりね、良かったじゃないサツキ、初めてのお友達!」
白瀬さんの言葉に入沢砂月はぶるぶると拳を震わせ反論を唱えようとするが、言葉はカタチにならなかったらしい。白瀬さんが強引に推し進めるも、入沢砂月に拒否権は無いように見えた。
「じゃあ、ファーストネーム推奨ね! サツキのことはサツキって呼んで構わないわ、アタシが許しちゃう! ちなみにアタシはユイさんでもユイちゃんでもユイにゃんでも好きに呼んでねっ」
多分一生呼ばないだろう。
「…シラセが、そう言うなら…あたしは従う。…けど…っ」
入沢砂月が睨んだ先に居たのは、逸可だった。逸可も鋭い眼光で応えるように睨み返す。だけど現時点だと逸可の優位が伺えた。
このふたりもまた、いろんな意味で対局な場所に居るなと思う。
「この先何があろうと、絶対にあたしの未来を視ないこと。これが、条件よ」
「は、それはこっちのセリフだ。俺には指一本触れるんじゃねぇぞ、絶対に」
「頼まれたって触らないわよ…!」
そのまま今度はその目を僕に向ける。僅かに涙ぐんだ目が赤くなっていた。
いつも教室で一人でいる彼女は、どこか大人っぽいような雰囲気も感じられていたけれど、こうして見ると僕らと同じ年の女の子だった。
「あんたも必要以上にあたしに関わらないで」
「でも砂月、僕たち友達になったわけだし…」
「お前順応し過ぎだろこえーよ」
逸可が呆れたようにツッこんだけど気にしない。順応力は大事だ。
「僕らの目的は、最初からひとつだけだしね」
砂月が眉をしかめる。
逸可はもう匙を投げた。
白瀬さんが試すような目で僕を見ている。
「きみを救うよ、絶対に」
今日は彼女のいろんな表情を見られる日だ。
砂月は怒り出す前のような、それでいて泣き出す前のような顔をしたあと、勢いよく椅子から立ち上がりそのまま部屋を出て行ってしまった。
「あら、そろそろ時間ね」
白瀬さんが腕時計に目を落としながらなんでもないように言い、ゆっくりと椅子から立ち上がる。それから僕と逸可の顔は見ずに続けた。
「サツキはね、自分の能力では決してひとは救えないと思ってるの。〝視ること〟しかできない、サツキの力では。だから自分が救ってもらういわれはないと、思っているのよ。アタシはサツキがアナタ達と知り合ったこと、運命だと思ってる。さっきの名刺の裏に、サツキのアドレスと番号が書いてあるわ。ぜひ連絡してあげてね」
その声音は先ほどまでの立場上〝依頼主〟の声ではなく。あくまで砂月の〝保護者〟としての声音だとそう感じた。
「そうします」
イマイチ本音がわからないしうさんくさい大人だなとは思う。だけど厚意は受けておくことにした。それが果たして本当に厚意なのかは図りかねるけれど。
「さてと、それじゃあ本日の目的を果たしに行こうかしら。サツキも先行っちゃったし」
「あれ、目的は僕らじゃなかったんですか?」
「勿論、お仕事よ? あなた達はあくまでついで。個人的にね。そうじゃなければ学校っていうのは、そうカンタンにいい大人が入れない場所なの」
「…仕事?」
彼の仕事といえば。
「どうせ明日には報道されるから教えてあげるわ。この学校の生徒が殺人事件に巻き込まれたの。アナタ達もはやく帰りなさいね」
……その言葉は、一番砂月に向けてもらいたい。
白瀬さんの仕事場に砂月は当たり前のように足を踏み入れている。そこが危険であると誰もが知りながら。
そこから先はきっと僕らの知らない世界だ。
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