第0話 始まりに至る日々(2)

青い血、ノブレス・オブリージュ。

その全てが、呪わしくすらある。

私の属するユニマール朝は腐りつつある。

否、根底はち果てた。

「ヴィンタード、苦労をかけるわね」

「そのようなことは、決して」

「……ありがとう」

……過剰な形式主義、過剰な貴族特権、過剰な貴族主義。

華やかさの直下に、何が潜んでいるかを見ようともしない。

それが、現状。

なんと、素敵なんだろうか。

いつからだろうか。

モーリス・オトラントはたまに考える。

いつから、何事も楽しくなくなったのだろうか?

そこで、彼はいつもちょっと訂正する。

楽しさというか、驚きがなくなったのはいつからだろうか? と。


コモンウェルスが王都、ヴァヴェル。

壮麗そうれいさと威厳いげん、そして積み重ねられてきた歴史がかもし出す荘厳さ事態は決して嫌いではない。

けれども、とモーリスは嘲笑ちょうしょうする。

ヴァヴェルの立派さと裏腹に、その地に住まう人間はどうにも愚鈍ぐどん極まりない。分類してみれば、実に多様な愚か者どもを見つけることが可能なほどだ。

オーソドックスに行けば、極めて愚かという連中が数的主力だろう。

ついで、どうしようもなく愚か者、辛うじて人間の真似事が出来る愚か者という連中が我が物顔で戯言たわごとを叫んでいるのも目の当たりにできる。

世界の不思議というべきか、ある意味では謎なのだが……文明圏で呼吸できているのが不思議なレベルの愚か者や、森にでも帰らせた方が当人の為ためとでもいうべき愚者まで平然とそろっている。

ヴァヴェル政界を眺めれば、愚者の国際博覧会も良いところ。

「……かかしの相手をする方が、まだしも愉快でしょうね」

どいつもこいつも愚鈍で、しかして、自分こそがもっとも英知に富んだとすまし顔。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。モーリスが認めうるような知恵者、あるいは辛うじて人間的知性を保つ存在は『愚者』どもに疎まれて辺境行きだ。

愚かなくせに、プライドだけはペガサスの飛行限界よりも高いところにあるに違いないのだから片腹痛い。

その親玉こそが、眼前で踏ん反り返っているともなれば。ユーモアの一つも胸中で零さなければやっていられるものではなし。

やれやれ、とモーリスはそこで表情を取り繕い恭しく拝跪してみせる。

「国王陛下、モーリス・オトラント辺境伯、御前に参上いたしました」

眼前におわしますは、ジョナス・ソブェスキ陛下。

コモンウェルス国王にして、ソブェスキ一門の家長。セイムとの協調関係を重んじつつ、大陸における秩序の憲兵としてコモンウェルスを率いる保守主義者。

『稲妻』と号されるほど卓抜した雷撃魔法の使い手であり、即位以前は周辺国との紛争において武名をとどろかした武人でもある……ということは。

実に、つまらない男である。

「ご苦労、オトラント辺境伯。南方情勢は、いかがか」

「陛下の武威とご威光あればこそ、つつがなく。オルハンの越境襲撃も絶えて久しくございません。我が辺境は、静謐せいひつを保っております」

「さようか」

秩序の憲兵とは、つまるところ何事も変えられない無能の言い換え。

保守といえば、日々を保つことを意味するのだろうが……『進取の精神なき保守』ならばただの度し難い退嬰だ。

揚句、稲妻と讃えられる雷撃魔法の使い手であるのは『一武人』としてはまことに結構なことではある。武人としてならば、それを誇るも宜しいだろう。

だが、『即位』してからすら『尊号』が『稲妻』という一介の武人から変化しないという一事の裏を悟れないのは度し難い。

それは、『統治者』として『称えられる値しない』ということの何よりも雄弁な証拠だろう。それを、理解できないのだ。

おお、愚者の展示品、ここにも見つけたり、ということである。

統治者、行政官、外交官としての資質ははるかに平々凡々。セイムとの協調関係を重んじる姿勢にしたところで、政治の舵取りが出来ぬがゆえの消極的帰結。

こんな男に、才幹を捧げて仕えるのかと幻滅する日々ばかりだ。とはいえ、好き嫌いだけで仕事を怠ればまた厄介ごとも生まれるというもの。

「ですが、奇妙な兆候が」

「何? いかがした」

「オルハンより、ユニマール朝へ幾つか軍需関連の輸出があったと」

流石に、戦功を残した軍人だけに『戦』のことならば少しは話も早いのだろう。ぴくり、と眉が動く様からして……セイムや政経といった話題の時よりも食いつきは悪くない。

「軍需関連の輸出? 捨て置けんな、詳細を」

「西方軍需工廠こうしょうより、旧式のマスケット銃とその製造設備が発送された模様です」

オルハン神権帝国にもぐりこませている、モーリスが情報網の一端がつかんだ兆候だ。

軽視するには、余りにも重大すぎる情報だろう。

まともに考える頭があれば、まともに物事を見通す眼があれば。だれだって、軽んじたりはしないだろう。

『旧式の武器』を『オルハン』が『ユニマール』に『輸出』!

それだけで、モーリスは欣喜雀躍きんきじゃくやくして面白い陰謀を嗅ぎ取ったほどである。

「詳細は不明なのですが、ポーラ港へオルハンの船が向かっています。シャウエンブルク港や近隣地域にもです」

あの化石じみたユニマール朝の似非貴族どもについて、少しでも知っていれば嫌でも想像ができた。眼前の陛下ですら、ユニマールの愚物共と比較すれば世紀の大賢者に見え来ることである。

ユニマール朝の貴族評議会と比較すれば、度し難く愚かとモーリス自身が見下す在ヴァヴェルのセイム議員共を『英知の人々』と呼んだって許されるに違いない。

それほどまでに愚かしく、手がつけがたいほどに傲慢なユニマール朝の連中だ。

何をどうすれば、連中が『嫌いぬいている』オルハンから『旧式』の武器など買うものか。面子にかけて、断固拒否することに決まっている。オルハンからの輸入を発議した政務官など、次の一時間後には隠遁いんとんに追い込まれていても不思議ではないだろうに。

「まて、オトラント辺境伯」

「はっ、何事でありましょうか」

ジョナス陛下の知性に期待はしていない。それは、早々に見切りをつけている。しかして、武人としての勘はどうだろうか?

仕事をするだろうか? モーリスとしては、そこだけが楽しみな謎だ。

しかして、少しばかり、ほんの少しばかりだけ期待して言葉を待てども結果は……いやはや、予想通り。

「卿は旧式のマスケット銃とやらで、そのように大騒ぎするのか?」

浴びせられるは、呆れ声。

拝跪した手前、察するばかりだが……ジョナス陛下の御気には召さないらしい。ああ、と恭しく拝跪し表情を隠しつつモーリスは侮蔑も明らかに小さく哂う。

なんと、まぁ、予想の範疇だろうか。

「イエニチェリ共ならばいざ知らず、魔法も使えぬ無能者どもぞ? あんな代物では、使い道などさしてあるまい」

全く、目の前で何事が進んでいるかも理解できないとは。無能者を哂う、無能な国王陛下というわけだ。

魔法が使えるオツムの軽い国王陛下。よりにもよって、これが、コモンウェルスという壮麗な魔法文明のトップ!

やれやれ、毎日がつまらなくなるとはこのことだろう。来る日も、来る日も、愚か者の国際展示会へ顔を出すのも楽ではない。どうせ鑑賞するならば、愚か者の実物展示ではなく、壮麗な芸術なり音楽なりを堪能したいものなのだけれども。

「大方は、治安情勢の悪化している北部の治安回復用だろう。無能者共の武器一つで、騒ぐまでもあるまい」

マスケット、それは『無能者』の為のちょっとした出来の悪い武具。大した使い道もなく、軍事的な脅威でもない。捨て置け、と一蹴されるのは……まあいい。

ある程度までならば、仰ることも理解できる。

「ですが、オルハンの意図が気にはなりませんか? ご許可を頂ければ、少し探りを入れてみますが」

けれども、軍事的な側面はさておき『政治や外交』という要素を考慮するのがまともな統治者の責務なのである。モーリス自身、不真面目な統治者という自覚はあるが、そんな自分ですら違和感を抱くオルハンの『動向』を聞き流すのはありえない。

流石に、ここまで噛み砕いて説明すればジョナス陛下にも五分五分の確率で理解できることだろう。

重要なのは、とさり気なくモーリスは強調する。

「旧式とはいえ、武器を提供するオルハンの意図。探りを入れてみる価値もあるやもしれません」

「無用だ、無用」

「は?」

今、なんと?

無用、と即座に断言されるとは思っていなかった。それだけにモーリスとしては思わず顔を起こし、ジョナス国王の表情を直視してしまう。

発作的に幻滅しましたと嘲笑しかけるのを堪えるのも、中々に大変だというのに。

「さして重要にも思えん案件で、オルハンを刺激する必要もあるまい」

「刺激いたしますでしょうか? 大変に失礼ながら、陛下。このような外交方針に関する調査を目的としての接触程度であれば……」

「セイムの面々を煩わせる価値のある案件でもあるまい。オトラント辺境伯、進言はそこまでとしてもらいたい」


つまるところ、セイムが苦手なだけではないか!

これが穏やかな保守主義者、良識的な国王陛下のご実体というわけだ。子供が好き嫌いを口にして、嫌いな野菜を取り除くがごとき幼稚さ。

おお、神よ、と発作的に笑い出さなかったのは殆ど奇跡に近いほどだろう。

とはいえ、南方防衛を司るオトラント辺境伯としてのモーリスは、やはり、言上せざるを得ない。徒労に終わるとは思うにしても、やはり、職責というのがあるのだ。

「さりながら、陛下。この程度の調査ならば」

「ひかえよ。セイムの貴族諸君といい、軽々しく対外政策を語るが……我々のような超大国の動きは針小棒大にみられるものと心得よ」

「……出すぎたことを申し上げました」

恭しく再び拝跪し、御前より退出。私宅に下がったモーリスは政務を放り出すと独り自室にこもる。馬鹿馬鹿しい連中を相手にした後、しばし、飲まねばやってはおれないのだ。

一人酒、というのも物思いに耽る上では存外に悪くない。

「さて、何にしますかね?」

机の上に取り出すは、愛用している酒器。

「いつものは悪くないけれど、少し、変化も欲しいところです。……そうだ、あれがあったな。試してみますか」

考えた末に注ぐは、ルメーリア公が育て上げたモルヴィッツ産のボトル。

あまり期待してなかったのだが……予想以上のものだ、というべきだろう。シュヴァーベンが大地の地味を丁寧にブドウとして結実させ、それを念入りな仕事でワインにたらしめたと確信しえる代物だった。

ルメーリア公の家令を買収していた際に、手土産としてもらったものだが……ユニマール朝のお貴族様連中が楽しむには、なるほど、過ぎたものである

「とはいえ、このワインを来年も楽しめるかは微妙ですね」

ユニマール朝情勢は、激動が予期しうるだろう。オルハンの策動や、積もり積もっている内部の政治的課題は爆発寸前との兆候もある。ワインのように繊細な管理が必要な趣向品を、果たして陰謀の渦中にあっても確保できるかは運任せになる。

そして、運に物事を任せるというのは人事を尽くした上での選択肢たるべきだ。

「ふむ、悪いものではない。何より、希少な価値がある。……今少し、横流しさせるとしますか」

さて、とモーリスはそこで頭を切り替える。

ワインを楽しむのも良い。

けれども、そろそろ本題を考えるべきだろう。

「……やれやれ、あの陛下はやはり駄目だな。旧式の武器を『オルハン』が『ユニマール朝』に『輸出』という異常さをご理解いただけないとは」

あの化石じみたユニマール朝の似非貴族どもが、『嫌いぬいている』オルハンから『旧式』の武器など買うものか。

まして、『銃』を下賤な装備と蔑む連中だ。整合性が揃わないと気付くはずなのだが。なんだって、そんな単純な疑問すら抱かないのか自分には理解が出来ない。

おかしなこと、陰謀の匂いがこれほどに立ち込めているのに。

……『無用な刺激』を避けるために、調査するな、と。本音の部分では、セイムを敬遠してだろう。なんとも、器の小さい男だ。

そんなジョナス陛下に忠誠を捧げる?

馬鹿馬鹿しい。なんと、退屈極まりない。

否、否、否。

これでは、目の前で楽しい悪だくみに首を突っ込むなといわれるようなもの。全く、オルハンとユニマール朝の外交関係が改善でもしたらどうなるのか?

あるいは、とモーリスはそこで視点を変えてみる。銃の輸出は、そもそも、本当に『ユニマール朝』への輸出なのだろうか?

ふむ、と考え込めばそれほど悩む必要のある問題もない。

ユニマール朝が正式に手配することは、かの国の政情からして不可能。

ならば、一部の軍人の独断か? しかし……そのメリットがあまり思い浮かばない。

はた、とそこでモーリスは気が付き微笑んでいた。

「……いや、『ユニマール朝』への叛乱を煽ると見れますね?」

ユニマール朝への輸出品だが、別に、ユニマール朝が最終受取人であるという話もなし。

それこそ、かの国の情勢を考えれば『火種』はいくらでもあるようなもの。燎原を焼き尽くす火を起こすこととて、現状ならば不可能ではないだろう。

そして、オルハンにはそれを行う能力がある。

成功すれば、『少なくとも』今よりは親オルハンとでもいうべき国家体制がシュヴァーベンの地にできるだろう。失敗したところで、『少なくとも』今よりも無能者や貧困層に対する『ユニマール朝』の抑圧は強化されるだろう。

そうなれば、間違いなく多数の流民が自由都市同盟と我々コモンウェルスに飛び込んでくる。

この点で、モーリスの念頭に浮かぶのはコモンウェルス西方を預かる二人の辺境伯。

「……イグナス女辺境伯は、この点、お甘い。入れる、間違いなく入れるでしょうね」

奇妙なまでに、善良であることに拘泥するタイプの女性だ。モーリスには理解できない世界に生きているタイプであり、何がしかの強迫観念すら感じられるが……そこは、まぁ、今回は関係ない。

重要なのは、イグナス女辺境伯は『絶対に』流民へ甘い態度を示すだろうという読みだ。

「加えていうならば、『彼女』の性格は広く知られてもいますね。オルハンの連中が知っていたとしても、驚くには値しません」

さて、と思考を続ければ問題はここから。酒器を傾けつつ、モーリスは少し記憶を漁る。

「アッシュ辺境伯は、どうだろうか。……わからないとはいえ、不確実が残る」

正直に言って、アッシュ辺境伯のことをモーリスは通り一遍にしか知らない。調べた限りでは、武人だ。しかし、一方でジョナス陛下ほど『愚か』そうでもない。

存外、頭の根幹は悪くないのだろう。

だが、気質的に戦場を好みすぎるという点では陛下の同類だ。

「ということは、『敵』以外には特にこれという方針がないということですね」

……そういう意味では、流民の流入に対してこれといった政見を抱いているとも思えない。

通過を許すということは、用意に想像されうる。あの手の武人は、敵以外には比較的甘い。甘いというよりも、変な誇りがあるというべきだろうか?

どちらにしても、結論は同じだ。

「流民、地方情勢不穏……いや、違いますね。ヴァヴェルに流入するでしょう」

モーリスの知る限り、動乱にあって歴史的事実として人々は『望まぬ移動を強いられる』。生まれ故郷を逃げ出す人々の大半は、寄る辺がない流民だ。

だからこそ、彼らは一縷の望みを抱いて『都市』を目指す。

コモンウェルスの場合は、ヴァヴェルに代表される大都市がその対象だ。或いは、自由都市同盟の『ポリス諸都市』も候補だろう。

「ふむ……そういう意味では、厳格な国境管理を行っている自由都市同盟よりもわれわれの方が国境は脆弱ですね」

やれやれ、と嘆きたいことではあるものの。コモンウェルスの国境はあまりにも広い。壁を築いているとはいえ、スキマもまた無数にあるのだ。

軍隊のような大規模かつ組織的な人的移動を食い止めることは出来るだろうが……。

「困ったな、流民の浸透までは阻みようがないでしょう。いったい、その内のどれほどが『手に職』を持っているのでしょうね?」

魔法文明と称する我らがコモンウェルスは『無能者』の居場所がない。

流民のように、貧しく、かつ、魔法も使えない層は都市での生活一つとってもままならないだろう。

手に職を持つものならばいざ知らず、故郷から命からがら逃げてきた『無能者』は自ずと生きるために手を汚さざるを得なくなる。

そうなれば、とモーリス・オトラントは苦笑する。

「第五列、潜在的なスパイ層、或いは我々への叛乱はんらん。オルハンにとって、随分と都合の良い手先が出来上がるわけですね」

どちらに転んでも、オルハンに損がないという寸法か。

意図を読めば読むほど、手堅い賭け。

「やれやれ、南の方々が羨ましいことです」

遊び相手に事欠かない上に、遊ぶことを許されているとは。

……思わず、悪戯に自分も加わりたくなるほどじゃないか。

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