第3章(1)


セイムとは、議会であり戦時における国王大権を発動する唯一の機関である。

厳密に言うならば形式の上では『国王大権の代行、輔弼、助言を司る』に過ぎないのだが、事実上はセイムの承認なくして何一つ機能しないといってよい。

故に、誰もが言うのだ。セイムは、王の大権すら制御しうる、と。

その強大なセイムは、国家の非常時において二つの権能を発揮しうる。

一つは、国王の要請に応じ必要な兵力を呼集する軍制に関する権能。

もう一つは、必要とあらば大半の費用を徴収する徴税の権能である。

革命軍との会戦により膨大な有翼魔法重騎兵を喪失したコモンウェルス。軍の求めに応じ、セイムはついに正規軍に歩兵部隊を設立することを決議する。

もっとも、その人事についてはセイムにおいて小さからぬ波紋を内部では招いていた。

摂政ヤーナの任じた議会徴募兵指揮官の人選を巡り、宮中では幾人もが眉を顰めたのだ。なにしろ、『銃』などという武器を手にして戦う部隊を率いることなどコモンウェルスの常識でいえば左遷も同然だ。

そんな地位へコストカ・ポルトツキー伯爵を任じる、という衝撃は小さくない。

勇猛さで鳴らすポルトツキー封建騎士団を解体し、伯爵にペガサスよりの下馬を強いる措置は内外に絶大な波及効果を及ぼした、というべきだろう。

同時に、それは決意表明でもあった。

『勇者を下馬させてまで、銃兵を重視している』。

周囲が望むと望まぬとにかかわらず、コモンウェルスの軍備に関し、ヤーナ流とでもいうべき改変が断行されていく、と。

理由は至極単純だろう。シュヴァーベン革命軍も、コモンウェルス軍も、まだまだ根を上げるには早すぎるのだから。


そんな折に、コモンウェルス南方において勃発した王位僭称者の蜂起。ただでさえ右往左往して物の役に立ちそうもなかったセイムは、ここにおいて完全な無能を示す。

鎮圧か、対話か、討伐か、はたまた……と議論が迷走していく中で、結局、形式的にセイムへ諮ったヤーナ摂政が討伐へ出征。

端的に言ってしまえば、勝利自体は確約されているも同然であった。

なればこそ、自分の執務室で情勢を追った報告書を手に、宰相ことモーリスは苦笑していた。これほどヤーナ殿下の優位が確定している状況にあってすら、見たいものしか見ない連中は、『ヤーナ陣営』と『カール陣営』を両天秤にかけるという愚行を平然と働いている。

僭称者カールのところへ、誼を通じようと人、手紙、金を送っている連中は、戦後の後始末をどうするのかな、と愉快になるほどだ。

「やれやれ、カールとかいう愚物を愛でるセイムのご同輩らの気がさっぱり知れませんよ。同類、相哀れむというやつですかね?」

モーリスの読むところ、蜂起ほうきし、王位を僭称せんしょうするカール・ソブェスキ閣下には知性が足らず、軍事的才覚が人並みに過ぎず、止めに正統性すら怪しいのだ。

これで、曲がりなりにも王位を僭称できる厚顔無恥さだけは評価するべきと反論されれば一理はあるかもしれない。けれど、それも怪しいだろう。

モーリスの見たところでは『心の底から自分にその資格がある』と信じ込んでいる愚かさが故の愚行。

結局のところ、セイムの愚か者と最底辺決勝戦を戦わせうる程度の人物だ。

「とはいえ、これでさいは投げられた。鎮圧できる叛乱というのは、往々にして鎮圧者を強力にしますからねぇ」

セイムが手をこまねている間に、問題を解決。

内実がどのようであれ、ヤーナ摂政の実権と回り回ってソブェスキ王家の権威は跳ね上がることだろう。

けれど、と彼は苦笑する。

セイムの議員というのは、プライドと肥大したエゴの塊だ。

王家の権威などというものを認めよといわれたところで、もとより不承不承なほど。まして、曲がりなりにも敬意を示していた歴代の為政者と異なり……ヤーナ摂政はセイムを完全に形式的な存在として遇している。

無論、法律上は瑕疵がない程度に重視してはいるのだろう。

だけれども、実権も与えられず、政策にも参与させてもらえないという点がプライドだけが高い人間をどれ程苛立たせるのかをヤーナ殿下は軽視しすぎだ。

これで、セイム議員にとって都合の悪い書簡、証人を叛乱鎮定時に確保すれば、ますます『議会対策』を怠ることになるだろう。セイム側も、反発しようにも首根っこのところを抑えられているとなれば、表向きは沈黙せざるを得ないだけに、却って反感を募らせるのが目に見える。

「あげく、これですか」

ぺらり、と懐より取り出すのは先日の外交会談の記録。

自由都市同盟元老院のレオナルド・レダン議長その人と、コモンウェルスの摂政であらせられるヤーナ・ソブェスキ閣下の会談だ。

本来であれば、公式の外交会談としてセイムの典礼関係者を活用し壮麗な儀式を司るべきであるだろう。けれど、二人とも徹底した実利主義者らしく公式の晩餐会を投げ捨てての実務者協議。

セイムに対して通知されるのは、貿易再開と協調路線を王政府が選択したという事後の通知のみ。

もちろん、とモーリスはヤーナ摂政の意図を理解はできる。

自由都市同盟とコモンウェルスの関係は、入り乱れているのだ。それだけに、セイムという愚者の会議にゆだねることで長引かせたくもなかったのだろう。

そこまでは、大いに共感できるが……だとしても後始末なりアフターフォローなりはしてもいいだろうに、ヤーナ閥とでもいうべき面々は考慮すらした素振りがない。

「無理もありませんがね、貿易の利を『賄賂』に使わない時点でセイムが激発寸前だということに無頓着なのはさすがに危険かな?」

自由都市同盟との貿易協定で貿易量が激増するというのは、コモンウェルス全体にとってみれば大変に好ましい話だ。

しかして、世の中にいる人の大半は、『自分の取り分が10増えるから、嫌いな奴の取り分が100増える』という類の協定には心の底から反発する。

今回の協定にしたところで、王政府主導である。それだけに、セイムの懐へ流れ込む取り分はさほどでもない。個々の議員が掠め取れる量ともなれば、正しく微々たる雀の涙も同然程度になるだろう。

挽回のために、セイムが主導して貿易を発展させる……というのもまた難しい。なにしろ、セイムと自由都市同盟の関係もまた簡単ではないのだ。

「敵というには親しすぎるが、友というには険悪に過ぎ、さりとて隣人であるがゆえに無視も許されない」

コモンウェルスの強大さを背景とした栄光ある孤立とでもいうべき、一国主義。ヤーナ殿下閥が、コモンウェルス内部で協調する必要性を見出さず、それが故に国内での調整や妥協が下手なのと似たようなもの。

大多数のコモンウェルス貴族は、『他国』と対等に交渉するという必要性を見出してこなかっただけに、この手のことがえらく後手に回っている。

「そんな隣人相手に交渉できるセイムに属する政治家は、私ぐらいでしょうからねぇ」

とどのつまり、ヤーナ殿下とその周辺がどう考えているにせよ、セイムの政治力学でいえば、モーリス・オトラント『宰相』は宰相位としてヤーナ・フランツ体制に奉仕するという一事をもってヤーナ閥に『近しい』とみなされている。

頼みたくはないだろう。

そして、それだけで交渉を諦めてしまう程度の人材しかいないのがセイムの現状でもあるのだ。……ヤーナ殿下が匙を投げたくなるのも気持ちはよく理解できる。

「正直に言えば、自由都市同盟なぞ話が通じるほうでしょうに。やれやれ、我が親愛なる英知を誇りしセイム議員諸氏は言葉を失ったのですかね?」

モーリス自身の経験則から言えば、むしろ一番簡単な部類でもある。

実際のところ、両国の関係は敵どころか積極的な交流すらあるほどなのだ。一例としてみれば、自由都市同盟の自由商人らはコモンウェルス各地で歓迎されている。

逆もまた真なりであり、コモンウェルス市民は優秀な魔導技術の運用者として自由都市同盟の各都市で大手を振って生業を営んでいる。

片方は、政体として完全な都市共和制であり、他方は完全な選挙王政。

市民という言葉にしたところで、近似した概念ながらも差異が伴うがゆえに、微妙な距離感が常に付きまとうというのも言葉の綾。

「頭を下げれば、商人とて利益のために飛びついてくるでしょうに。頭の下げ時を知らない人々は、これだから困る」

結局のところで問題となるのは『セイムの貴族』と『自由都市同盟の豪商ら』が感情的にこじれているという一事だけなのだが。


けれど。

あるいは、とどのつまり。

問題なのは、感情なのだ。


その事実を、モーリス・オトラントはほどなくして端的にヤーナへ説かざるを得なくなっていた。

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