第2章(4)

いつになく強硬な王家の姿勢で危ぶまれていたにせよ、だ。

他に適切な候補者がなく、軍権そのものを王家が掌握している戦時である。

当選そのものは、つつがなくというのが大枠の予想であり、モーリスの読みとも変わらない。フランツ第四王子の当選そのものは確定していた。

もっとも、波乱なく選挙戦を戦い抜きたいのであれば賄賂はやはり必要不可欠。

なればこそ、モーリスが『裏工作』を一切行わずに成り行き任せの投票を議事進行役として告げた瞬間に、セイムの議員たちが『自分以外が賄賂をもらっているのではないか』と疑心暗鬼の色を浮かべるさもしい様は見ていて楽しめた。

つまらない儀礼に、恭しい表情のまま参列するちょっとした役得とはこのことだろう。こんな慎まやかな程度の喜びでも、無いよりはましである。

「セイムの選挙結果をお伝えいたします。皆様、セイムは厳正にして公正なる信任投票の結果……」

さて、どうなることやらと思いつつ、彼は結果を口にする。

「フランツ・ソブェスキ殿下を、コモンウェルス王に推戴いたします! 市民諸君、陛下に忠誠を!」

宰相である自分が選挙結果を読み上げると同時に、列席した貴族らがそろって頭を垂れる光景は宮廷画家が壮麗に描いてくれることだろう。

できることならば、とモーリスは出来ぬこととは分かって居れども願うてしまうのだ。渋面をかみしめている連中の表情を、画家がどうにかして残してくれれば楽しいだが、と。

かくして、王として初勅を告げることになるフランツ王の治世が形式的には始められる。

「朕は、ここに王権の発動を宣言する!」

王権の始動を告げる幼王の宣旨。

「全市民の信頼と信託に対し、朕は誠実かつ熱意をもって取り組む」

伝統の一節を口にするフランツ王の所作は、気負いとは無縁のそれ。

けれども、フランツ王が気負いなく口にしたのは爆弾の投下にも相当する衝撃的な文面でもある。

「朕は法を尊重しよう。王国の全住民よ、諸君は朕と同じく法の前に平等である。厳格な法と市民的自由と義務の履行を朕は諸君に求めたい」

本来ならば、それは次のような契約の文面でなければならない。

『もし朕が法、自由、特権、慣習に反することがあれば、王国の全住民は朕に対する忠誠義務を解除されるだろう』と、王権を制約するべき宣言。

それを、フランツ王が放つ初勅は含んでいない。

コモンウェルスの貴族らにとって、それがどれほど衝撃的かはざわめき始めているセイム議場に立ちこめ始めている不穏さを見れば一目瞭然だろう。

だが、大仕事をやり終えたとばかりにテトテトと壇上から降りていく幼い王の背にそれを理解しているという様子もうかがえない。

あるいは、とモーリスはふと愚考してしまう。

ヤーナ摂政殿下に置かれては、『フランツ陛下』に何一つとして事前知識を持たせることなく、即位の辞を記した原稿を与えたのではないだろうか。

そうでもなければ、とモーリスは垂れた頭の下で苦笑する。

事の重大さをわかっていれば、あの素直な子供がこうまでも躊躇いなく口にできる文面ではないのだが。

とはいえ、とモーリスとしても楽しい、全くもって楽しいシーズンの到来を確信しえる。

『もしちんが法、自由、特権、慣習に反することがあれば、王国の全住民は朕に対する忠誠義務を解除されるだろう』との一文を欠いたフランツ・ソブェスキの即位宣言は衝撃を全列席者にもたらすものだ。

すでに、不穏の種は蒔かれている。

フランツ王の即位宣言はセイムへの心づくしが欠けていたことと相まって、『貴族の慣習的権利』を取り上げるおつもりだ、という著しい憤激を引き起こすに違いない。

公然と不満が語られる穏やかならぬ雰囲気の中で、フランツ・ソブェスキは即位を果たす。

彼の治世がどうなるのか。

それは、モーリスにとって先行きが楽しみな謎である。




あるいは、なればこそ、というべきか。

彼は、自室でぽつり、と不満げにつぶやく。

「……さて、またラブレターですかね。気持ち悪い手紙なことで」

先立ってのセイムでフランツ王の即位が支持されたというのに。

相変わらず、自分こそが正統なコモンウェルスの王位継承者だと称するお手紙を親しくいただく身ともなれば、身の振り方を考えなければならないところだ。

モーリスとしてみれば、セイムでよい席をとったのは笑い転げるためであり、誰かの後始末をするためではない。

所領のある南方に基盤を持つ大貴族が、馬鹿げた妄念に突き動かされるとあらば……仕事が増えて仕方がないではないか。

「とはいえ、お手紙を一方的にいただくのもあれだ。お返事を書くのは、人間としての礼儀でしょうね」

しぶしぶ、という態で『諫める』手紙を書くべく羽ペンに手を伸ばしかけたところでモーリスは暫し黙考する。

普段であれば、遊ぶことも考えるのだろうに。

「なぜ、『制止』しようとおもったのですかね?」

ぽつり、と自問すれば答えも自ずと明らかになる。

「面白さを感じない? なるほど、興味の対象が移っている、と」

まぁ、無理もない。不思議の塊を見ている方が、愚者の愚かさを嗤うよりも遥かに健康的というものだ。

ハタと気づくのは、その瞬間だった。

「猿回しの猿、私は楽しめませんけれどもね? 殿下や陛下はお楽しみくださいますかね? ふーむ、忠実なる王家の臣下として、ちょっとしたご奉公というのも悪くはないでしょう」

であるならば、とモーリスは書きかけていた手紙を焼き捨て、空疎な美辞麗句だけを書き連ねた時候の挨拶文を書き上げる。

無意味に壮麗にして、無意味に荘厳な文。クルクルと巻いて、封緘のために封蝋を押せば雰囲気も抜群だ。

往々にして、愚か者は中身まで理解できないので『文が帰ってきた』という事実だけで飛び上がって軽率な行動に出てくれることだろう。

「おっと、臣下の家族をヴァヴェルに招いておかねば。まぁ、フランツ陛下の即位を記念し忠誠を改めて、という名目か何かでいいでしょうね」

誰か、所領に心得たるものを配置することも怠れない。

ヤーナ殿下の動向を観察するうえでも、戦地での振る舞いや統治手腕というのは情報がいくらあっても多すぎるということはない。

けれども、というべきだろうか。

モーリスとしてみれば、まったく楽しくない『仕事』でしかなかった。

「やれやれ、やはり絵は自分で描くに限りますね。よそ様の下絵をなぞるばかりでは、ちっとも面白くない。おもちゃを与えられて喜ぶ子供ではないのですよね。遊び、というのは遊び相手がいてこそだというのに」

陰謀、謎、分からないこと、遊び相手。

それらはすべて、自分で見つけてこそだ。楽しそうに遊んでいる面々の遊び場に混ざったところで、同じように楽しめるという保証はない。

悲しいかな、王位を僭称せんとする愚物程度では、モーリスの趣向に叶いそうにもないのだ。

「しかし、まぁ、仕方がない。この好機に、少し、仕事をしておくことにしますか」

セイム内部に、それとなく風説を流して……自分が『ヤーナ殿下閥』だという認識を蔓延させておくことにしよう。

せいぜい、自分の地歩固めに使おうじゃないか。

「やれやれ、おっと、ため息は幸せを遠ざけるといいますがね。勤勉に過ぎるのも考え物、ということですかねぇ。私も、無責任に生きていければ楽しいのでしょうけれども」

どいつもこいつも、目先のことすら見落とすセイムの中で綱渡り。

酔っ払いがフラフラとさまよっているようなもので、まともな人間にしてみれば、まっすぐ歩くだけでも簡単ではない。

「憂いあればこそ、楽しみもあり、とでも思わねば。さてさて、オペレッタというにはちと演者も演目も凡も凡ではありますがね。踊りたという愚か者が躍るぐらいは応援して差し上げますか」

笑えると、楽しいのですけれど、どうですかねぇ……と嘆息したいほどにつまらない演目と演者。期待しない方が、良さそうであった。

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