第1話(2)

近衛騎士にして国王陛下の帯剣従士であり、誉れある黄金法理騎士団に列なりし、ユニマール王朝藩屏であった神と途絶えることなき正統な王家の恩寵深き正義と真理の忠実な擁護者であるエリーゼ・ユニマール将軍閣下に告ぐ!

清らかな忠誠、節操を屈せざるを得ないやむなき事情があれかしことは自明なれども

忍耐の日々、賊を討つ好機がなかりしことを嘆かれているのは重々に承知申し上げる!

しかして、近衛騎士にして国王陛下の帯剣従士であり、誉れある黄金法理騎士団に列なりし、ユニマール王朝藩屏であった神と途絶えることなき正統な王家の恩寵深き正義と真理の忠実な擁護者であるエリーゼ・ユニマール将軍閣下!

お嘆きは正当であり、われらもまた同じく悲劇により悲嘆に沈まずには居れないであることをお伝えいたします。

どうか、衷心をお受けいただきたい。

正統なシュヴァーベン地方の統治者にして、神と正義と真理の元に万民に対し恩寵深かりし壮麗にして正気に満ち溢れし正義と公正の統治者、万国の善良なる友にして助言者であり、真によき隣人で在りし我らが忠誠を誠心より誓いし尊厳に満ち溢れしユニマール朝の高貴にして慈父の如き先帝陛下がお隠れあそばすという鬼神をも悲嘆せずには居れぬ天地開闢以来の一大悲劇に対し、しかして、正義はなされずにはおれないでありましょう!

すなわち、これ、正気の噴出であります!

我ら義軍を集い、鋭気、正に鋭く、仰ぎ見れば我らが義挙を天と神と正義が言祝ぐことは、青々とした空がものの見事に示してくれることでありましょう!

近衛騎士にして国王陛下の帯剣従士であり、誉れある黄金法理騎士団に列なりし、ユニマール王朝藩屏であった神と途絶えることなき正統な王家の恩寵深き正義と真理の忠実な擁護者であるエリーゼ・ユニマール将軍閣下!

正義を、為すべき時期はついに訪れたのです!

王家の為、国王陛下に捧げられ祝福されし聖なる刃を唾棄すべき反乱者共に、秩序と正義の名の下に振われたし!

我らは、大儀に集いしコモンウェルスの兵らを引き連れ、一躍、軍旅につくことでしょう。

近衛騎士にして国王陛下の帯剣従士であり、誉れある黄金法理騎士団に列なりし、ユニマール王朝藩屏であった神と途絶えることなき正統な王家の恩寵深き正義と真理の忠実な擁護者であるエリーゼ・ユニマール将軍閣下!

勝利と再会を恋しく思います!

正義と栄光を共に、麗しき壮麗な宮殿で言祝がんことを願い。


正統ユニマール朝義士盟約同盟 


手元の紙にあるのは、モーリスの読む限り戯言たわごとだ。

ヴァヴェルという愚者の国際展示場に、新たに展示されるに至ったアホ共の手紙。確か、正式名称を『正統ユニマール朝義士盟約同盟』とかいっただろうか?

身の程を弁えず、文明圏で生活できるのが不思議なほどの愚かにして大仰な亡命者らの団体である。そんな連中が、セイムや王政府当局の頭越しにエリーゼ将軍へ送りつけた『内応』を求める書状は……読めば読むほどに笑いがこみ上げてくる代物。

これを、愚者どもが本気で書いたと納得するまでには、流石に時間を要したほどである

そもそも、出兵の事実を漏えいされているだけでも、本来であれば言語道断。

なのに、『コモンウェルスの兵力』をアテにしておいて、こっそりと手紙を書くという魂胆が理解できない。事後報告すらなければ、ふざけた話と激高しても良いほどだ

「やれやれ、随分と我侭なお客様だ。大人しく、お茶菓子でも齧っていればよいのに礼儀正しくガマンすることも出来ないとは」

コモンウェルスは……このモーリス・オトラントの庭である。お客人の分際で、こそこそと陰謀を企もうなどという魂胆は全く感心しようがないほどだ。

愚者にして、礼節もマナーもならない連中である。

さてさて、とモーリスが考えるのは、ここからの対応策が一手。マナー違反のお客様がこっそり『出した積もり』のお手紙は入手済み。

折角なので、交渉相手の確保を兼ねた接触の一環として、『エリーゼ将軍』に対する旧ユニマール朝亡命貴族らの接触を『シュヴァーベン革命軍』へ知らせてやったが。

「これで、エリーゼ将軍が処罰される……というのは、流石に期待しすぎでしょうね」

……エリーゼ将軍が、多少でも先の読める人間であれば『即座の寝返り』など期待できまい。

なにしろ、と苦笑してしまう。文章の内容は、まともな知性ある人間ならば笑い出してしまう代物。読めば読むほど、こんな手紙に運命を賭すアホが居るとは思えない。

ユニマール朝が『装飾過多、実質過少』だと知っていてもわざわざ羊皮紙にあのようなもったいぶった筆記体でペンを走らせるとは想像の範疇外だ。

「まぁ、驚かされたという意味では楽しかったですけれどもね。愚か者のいうのも、時には面白い。展示の仕方が大事なのでしょうね」

さてさて、とモーリスはそこで溜息と共に思考を一先ず棚上げする。どうせ結局のところ、とモーリスは醒めた眼で現状を見ているのだ。

自分が本格的に妨害すればさておき、そんな義理もモチベーションもない。だから、もう、興味本位で『何が起こるか』を見てみようという腹だった。

事実、傍観に徹した結果は予想通りに進んでいく。セイムとジョナス国王陛下はニンジンに突進する奔馬のごとき単純さで介入を決定。

 大いに、『勝利』を重ねるに至っていた。

 国境線に位置するロスバッハ要塞の電撃的な攻略に始まり、稲妻のごとくジョナス陛下の軍勢はシュヴァーベン地方を制圧していくというではないか。

 とはいえ、モーリス自身は『勝利』という言葉を疑っているのだが。いや、疑っているというよりはそもそも信じていないというべきだろう。 

堅牢極まりないロスバッハ要塞を、形だけの抵抗で陥落させたことは高くついた……というのがモーリス自身の算盤だ。

「ふむ、騎兵による補給線襲撃と」

自室で報告書に眼を通し、モーリスは小さく笑みを零す。革命軍の指導部は、やはり、相当に『戦略』というのをオルハンに叩き込まれているのだろう。

緒戦の優勢により、国王陛下らは随分と楽観的になっていたらしい。その間隙を突かれた、といえば突かれたのだろう。

『無能者の叛乱』と侮っている王政府には申し訳ないが。

……オルハンの糸引きは相当に狡猾だ。

「最初から、そのつもりだったのでしょう。だとすれば、当然の様にロスバッハ要塞に続き、ボージュまで無抵抗で取らせるわけですね」

報告によれば、移動中の補給部隊が襲われている。幾つかの街道も遮断されていた。連絡線を狙っての徹底したハラスメント攻撃。

「古典的で、教科書的ですらある。いやはや、戦争のやり方もよくよくご存知ですね」

シュヴァーベン革命軍の騎兵隊とやら、こちらの有翼魔法重騎兵とは戦わず、有翼魔法重騎兵の居ない部分に全力で攻撃をかけているというではないか。

お陰で、というべきだろう。

補給の混乱により、ボージュ地方に侵攻している先鋒と後続の主軍の連絡まで途絶えている。一時的な混乱にせよ、侵攻した主軍と先鋒集団までもが切り離されたとは驚かざるを得ない手際の良さだ。

「被害そのものは、決して大きなものではないですがね。実に効果的な嫌がらせです。こうなると、身動きをとるのが難しくなる」

無能者が主たる構成要員である革命軍は、軍事組織としては『コモンウェルス』のそれに到底及び得ない。

だが、それは正面衝突に至れば……の場合だけだ。シュヴァーベン地方を知り尽くした彼らには地の利がある。戦うも、決戦を回避するも、彼らが主導的に選びうる立場だろう。

他方、我らがコモンウェルスの状況は非常に苦しい。なまじっか国王陛下親征ということで、大兵を引き連れているのだ。

我が方の補給は、敵地に踏み込めば踏み込むほど非常な困難を増していくだろう。

「補給線、連絡線を延ばさせるのが目的と読んでいましたが……お見事」

こうなると、有翼魔法重騎兵こそ多くとも『点』に過ぎないコモンウェルス軍では拠点制圧は困難だろう。

「ジョナス陛下におかれては、未だに勝利を確信されておいでというけれど……戦えば、勝てる? だが、相手が戦ってくれるという保証もないでしょうに」

ジョナス陛下の妄言、馬鹿馬鹿しい限りだ。ヴァヴェルで愚かさを誇示するに飽き足らず、戦陣で己の愚者ぶりを世界に知らしめたいと見える。

「やれやれ、正面で勝てないから、側面を突く。革命軍とやらのそれは、実に、まっとうな努力ではないですか。それを、理解できないとは……」

自分の都合で戦えと叫ぶのではなく、自分の都合を相手に強要する策の一つも立てればよいのに、その素振りもなし。

「策を立てる頭がないならば、せめて撤兵を決意するぐらいの知性もあれば宜しいのですが。それすら、望めませんか」

まぁ、察しはつく。

これほどの大兵を起こして『魔法も使えぬ無能者ども』に追い返される? プライドの高いジョナス陛下にはとても耐えられないだろう。

ああ、とモーリスはそこでふと残念な事実に思い立って苦笑していた。

「ははは、渋面を見れないのが残念です。あの傲慢な陛下が、どんな表情をされているのやら。帰国された際には、真っ先に拝謁しなければなりませんね」

無目的に滞陣し、あげく、無意味に損耗を重ねるのがオチだ。行き着くところは、王権に対するセイムの不信任だろう。

帰国した負け犬の顔を見るのが、今から楽しみでしかない。

そうなれば、また、随分と『遊ぶ』空間も出来てくる。ついでに、シュヴァーベン革命軍とやらと講和することもできるだろう。

「なればこそ、問題は……オルハンの意図です」

この事態を引き起こしたのオルハンだ。これほどの結果を得るために、色々な費えを投じたことだろう。

問題は、何のためにその投資を是としたのか。

ただ、その一点だ。

「国境地帯の部隊に増強の兆しはなし。糧秣の蓄積も通常通り? これほどの大きな仕掛けをなしておきながら、オルハンは何をしているのでしょうかね?」

念のために、と国境地帯の守りを強化させているのだが、どうにも徒労に終わりそうな気配すら感じられるほどである。

「……もしや、我々に仕掛けてくる腹ではない?」

ぽつり、と自分の口から呟かれた可能性にモーリスは思わず考え込んでしまう。

「わかりませんね。トリル皇帝の人なりからして『領土欲』があるタイプとは思いにくいのですが」

ふむ、とモーリスは言葉を弄びながら状況を考える。

オルハンの仕掛けた壮大な陰謀。手際のよさ、全てに漂うプロの技量。いやはや、ユニマール朝の青い血を称するお猿どもではとても対処できないに違いない。

別段、それはよい。

けれども……問題は、『オルハン』の真意だ。いったい、何のために?



「は?」

知らせを受け取った瞬間、モーリスは思わず疑問を口から零してしまう。

「今、なんと?」

取り次ぎ役の顔は、見慣れた自家の人員。

冗談や軽率な妄言を口にする類いでないとは知っている。

だが、だからこそ。

にわかには、その言葉が信じかねるのだ。

「はっ! ロスバッハに置いて我が軍と革命軍が激突! 目下、大会戦中です!」

『大会戦』?

それだけは、起こらないと思っていたいのだけれども。

「ご苦労。ああ、下がってくれて結構です」

「失礼いたします」

恭しく去っていく取り次ぎ役を見送り、独り、モーリスは疑問を口の中で転がす。

「馬鹿な。ここまで、定石を保っていた連中が……何故?」

破れかぶれ?

強硬論を抑えかねた?

現場の暴走?

率直に言えば、可能性は何れもありうる。

だが……『モルヴィッツ会戦』に至るまで『革命軍』は規律正しい軍隊として振舞っている。ハイマット攻略時にすら、略奪騒動がなかったのだ。

勝算すら見込めるゲリラ戦を投げ打ち、破れかぶれの会戦を選ぶなどということがありえるのだろうか?

「何がしかの意図、理由、必然性があると? しかし……解せません」

判らない。

それは、即ち気持ち悪さだ。

何事かが、自分の知らないところで進められている。

また、なんとも不愉快なことだろう。


知りたい。

何が、起きているのだ?

なればこそ、モーリス・オトラント辺境伯は続報を一日千秋の思いで待ち望む。


そして、我慢という努力の成果を彼は堪能することが、程なくして許される。

「お、お、オトラント辺境伯! 閣下! 緊急です!」

飛び込んでくる取次ぎ役の表情は蒼白そのもの。

自分の、このモーリスの使う人間だ。そうそう容易には動じたりしないであろう人間が、慌てふためく?

「いかがしました? オルハンに越境の動きでも?」

立ち上がりつつ、オルハン軍の動向を捕らえそこなったかと舌打ちしかけたモーリスの脳裏に浮かぶのは、越境してくるであろうイエニチェリとシパーヒーらの大軍。

コモンウェルス中の有翼魔法重騎兵が粗方、シュヴァーベン地方に出向いているとすれば。ああ、とそこでモーリスは得心する。

ロスバッハで、革命軍が無謀な会戦を選んだのも。

すべては、『オルハン』の攻勢を成功させる為の盛大な陽動か?

一瞬の内に、策謀の線画を引いて見せたモーリスの思考。しかして、彼の予想は完全の動じつつも言葉を重ねようとする取次ぎ役の言葉で覆される。

「ち、ちが、ちがいます、ちがいます!」

「落ち着きましょう。ええと、では、どこからの報告でしょうか?」

「ろ、ロスバッハ、ロスバッハより急使が!」

「急使? すでに、会戦に至ったとの知らせならば受け取っていますよ? 続報でしょうか? 戦勝時になにか、トラブルでも?」

誰か、主要な貴族が戦死でもしたか?

はたまた、奇跡的な巡り会わせでジョナス陛下辺りが死んだか?

「ち、違います! 辺境伯閣下!」

「落ち着いて。何事ですか?」

「お味方が! お味方が、お味方が!……お味方は、大敗北!」

大敗北?

……それは、大きな敗北ということだ。

敗北?

……負けた?

どこが?

我々、コモンウェルスが?

「……なんですって?」

「遠征軍は壊滅いたしました! 陛下、王太子殿下、王子殿下らは、皆さま、お隠れあそばされました!」

「は? お隠れあそばした? 言葉の意味を問わせてください。不敬を承知で確認しますよ。それは、『戦死』ということですか?」

「は、奮戦むなしく……陛下を初め、皆様が討ち死になされました!」

討ち死に。

全滅。

戦死?

ああ、それは。

それは、なんとも。

「っと、いけませんね。動じてしまいました。……誤報の線を調べなさい。伝令は? 第一報を持ち帰ったばかりですね?」

「は、はい」

「では、別の急使が情報を持ってくるまで事実確認を。それと、王都残留の諸卿を招集します。報告書を預かります。その間に、手配を整えてください」

ああ、全く。

なんと、愉快なことだろうか。

こんな日が、こんなにもびっくりする日が来るなんて。

ワクワクが止まらないじゃないですか。

「会戦の報告が入っている、と。とまれ、手筈を整えて戦勝、敗北のどちらにも対応しましょう」

「と、取り乱してしまいました。すみません」

「なに、構いませんよ。確報が届くまで、案じるしかないのですからね」

では、手筈をよろしくなどと続けて部下を部屋から追い出すなり、モーリスは椅子に深々と腰を下して笑い出す。

「ははははは! なんてことでしょう! なんてことでしょうね!」

確報が届くまで、案じるしかない?

よくもまぁ、とモーリスは心中で笑いだす。

「……なんてことでしょう!」

勝敗に関わらず、結果を知らせよと命じてあるのだ。自分の手配した情報網の正確さは、他ならぬ『モーリス・オトラント』自身が担保できる。

敗北は、つまり、確定だ!

うっとおしい国王陛下諸々、まとめて全滅!

コモンウェルス史上、初の敗北。

正直に言えば、『多少』、やけどをすればよいだろうとは思ったが……『大敗北?』。

「……こんな、こんな『楽しくなること』を……『見過ごしていたなんて!』。なんという大失敗でしょうね!」

そして、喜色満面に報告書に眼を通せし……彼は、心の底から喝采を叫んでいた。

「お見事です!」

人形には、魂が宿っていた。

操り糸は、とっくの昔に外れている。

「分断、補給線荒らしは……消耗戦に引き込むと見せかけ全てが、『自分達の戦場』で決戦に持ち込むための布石」

挑発と嫌がらせ。

そして……本命はジョナス陛下の弱味、こらえ性のなさを突く為の策謀。

「あげくが、ロスバッハ要塞から『我が軍』が飛び出さざるを得ない状況を作り出す!」

城外で、革命軍に嘲笑されたジョナス陛下が憤怒のままに飛び出していく有様。匹夫の勇を大いに奮わんとすることだろう。

なるほど、想像が容易にできて仕方がない。

「そして、いやはや、性格の悪い人も居たものだ。なんなんですか、この地雷とは?」

報告書に記載されているのは、戦場観察の殴り書き。地面が、破裂し、ペガサスが混乱の坩堝に取り込まれる光景だ。

あきれるべきか、感嘆すべきか迷うところだが。

「有翼魔法重騎兵をここまでして、殺しに来る。いや、オルハンのイエニチェリ共ですら思いつきますまい」

これは、『魔法』と『銃』を組み合わせて戦うイエニチェリの流儀などではない。もっと泥臭く、無能者が、無能者の力だけで有翼魔法重騎兵に挑むための戦法だ。

「私としたことが、なんと迂闊な」

ちょっとした余興、戯れに考えていた。

大したことには育つまい、と。無聊を慰めてくれるであろうちょっとしたお祭りぐらいの気持ちで呼んでいたのだけれども。

なんという愚かな失策だろうか。

「『オルハンの道具』だと侮りましたよ。私としたことが、『無能者』の叛乱ということで随分と既成概念に囚われていましたね」

無能者という単語一つとっても、非常に危険だなとモーリスは反省をこめて苦笑する。無能者という響きは、『能力がない』かのような響きだが。

実際のところは、魔法を使えないから無能であるという魔法至上主義が言わしめたにすぎない言葉だ。

『無能者』とは、魔法が使えないという意味でしかない。

「ああ、そうか。『無能者』でも『頭』はある。……思考できるわけですね」

なればこそ。

魔法技術をすべての価値体系に置いて『唯一無二』のものと位置づけるコモンウェルスにあってなお。

モーリス・オトラント辺境伯だけは理解できてしまう。

『魔法がつかぬ無能者』とて、『遊び相手』たる資格たるや、十全に、完膚なきまでにかねそろえていると。

「はははは、これは素敵ですよ! なんてことだ!」

狭い世界。

退屈な遊び友達。

遊び相手に欠き、戯れに火をばら撒いていたけれども。

よもや!

まさか!

友達候補がこんなにも身近にいたとは!

「……まったく、今日はなんて素敵な日なんでしょうね!」

平民、もっと直截かつ侮蔑的にいうならば無能者。

そんな連中について、自分も今の今まで『道具』としかみてこなかった。しいて言うならば、他の魔法使いが活用法に気がつきもしない『便利な道具』だろうか? 魔法を使える人間というのは、往々にして『魔法』で物事を解決する。

だからこそ、『無能者』に何かを期待するということが非常に低かった。

せいぜい、教育された平民であっても『小間使い』程度。

モーリス自身は『小間使い』が何処にでもいることに注目し『情報源』として大いに活用しては来た。

だが、考えようによっては。

「……いやはや、道具として使い慣れていたが故に読み違える羽目になるとは!」

道具使いしていたが故に、思考力に気が付くのも遅れてしまったのだろう。

「なんとも、いえ、なんと、本当に愉快なことでしょうね!」


世の中において、モーリス・オトラント辺境伯が真っ先に『驚愕』しつつ面白がった情報は受け取り手ごとに異なる反応を招くものでもあった。

出来事に対する反応は、十人十色。

それぞれ、立場、利害が異なるのだ。

無理もないだろう。

喜んだ、という意味においては当然のごとく革命軍が勝利を最も言祝いだ。


そして、あるオルハンの当局者は、『予想外の成果』にほくそ笑む。

これで、陛下の南進はなるだろう、と。


好機をかぎ取ったのはオルハンに限らない。

マルグレーテ朝は、一様にその知らせこそが『活路』を見出す転機であると理解し、『そうあれかし』とすら願った。


オスト=スラヴィア大公国に至っては、早くも、コモンウェルス内部に接触の手を伸ばそうとする始末だ。ある辺境総督が嘆いて曰く、『また、私が苦労させられる』である。


他方で唯一、好意的とも同情的とも言いうるのは……自由都市同盟の反応だろう。

ある自由都市同盟の老人は、知らせを受け取るなり眉を顰めて『厄介ごとの臭いだな』、とぼやいたという。


そして、ある意味では最も当事者中の当事者であるコモンウェルスにおいてソブェスキ家の残された最高位に相当する人物も知らせを受け取る羽目になっていた。

その日、というべきだろうか。

運命に日において、ヤーナ・ソブェスキはいつもと変わらず念入りにフランツの誕生日会へ向けた手筈を確認している最中であった。

そんな彼女の大切な時間に飛び込んでくるのは、イグナティウスの爺。彼が、血相を変えて全力疾走と共にもたらすのはとんでもない凶報だった。

「ひ、姫様! た、大変です! 大変なことがおこりました!」

「爺?」

「議会(セイム)から使者が知らせをもってまいりましたぞ!」

ヴァヴェルの煩い連中が、私に何事かとヤーナはイグナティウスから書状を受け取るも、内容は先に爺から告げられる。

「お味方が……。お父上の軍勢が壊滅されました! 陛下ほか、姫様の兄君らもうち死にあそばされたと!」

爺から告げられる重大な内容に、ヤーナは一瞬、眉を顰める。

……父王、ジョナス陛下はろくでもない父親だった。

正直に言えば、フランツの育児放棄でげんなりさせられるに十分。あげく、権力欲の塊のような性格は理解したくなかったほどだ。

父と娘としての情はお互いに抱きようもない関係。

だからこそ、頭によぎるのは王位継承に関するごたごたを招いてくれるとは困ったことねという程度の悩み。

だからこそ、局外中立、不干渉を決め込むべくヤーナは言葉を紡ぐ。

「あら、大変。議会の皆さんで頑張ってとお伝えしておいて。あ、私、お兄様とお父様がなくなって悲しすぎてなにもする気がないと伝えてね?」

「殿下、そのようにおふざけになって……!」

煩いわね、と返しかけたヤーナの言葉は、しかし、その瞬間に重々しく割ってはいる男の言葉で遮られる。

「その通りです。失礼ですが、殿下。他人事ではありません」

「ほえ?」

言葉を発したのは、アウグスト・チャルトリ。ヤーナの持つソブェスキ家領土にて封建騎士団長を勤める豪の者。

それほどの勇者が、かすかに表情を強張らせての進言?

なんでよ、アウグスト? と問うまでも無い。爺は、いつでも、おしゃべりが大好きなのだろう。

「チャルトリ騎士団長の申しあげるとおりです! 姫様、いまや姫様とフランツ殿下だけが、正当な王位継承者なのですぞ!」

「いや、まってまって。姉さんがいるじゃん。それも、確か二人。どっちでもいいじゃない?」

「殿下、議会は外国の貴族とご成婚された王女は継承権を放棄したとみなしております。したがいまして、現状では殿下とフランツ殿下のみに継承権が」

事態を把握した瞬間、ヤーナ・ソブェスキは激怒した。最悪の一報が飛びこんできたと理解しえたとき、ヤーナ・ソブェスキは激怒したのである。

「(……今ならば、メロスの気持ちがよく分かる!)」

必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の不正をのぞかなければならぬと決意した。

ヤーナには政治への興味がわからぬ。ヤーナは、可愛いものを愛でる趣味人である。

騎士団に号令し、フランツと遊んで暮らしてきた。

けれども自分の理想的な生活をおかさんと欲する邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

『もうすぐフランツが10歳になるのよ!? フランツがむかえる二分の一成人式をお祝いする準備もしているの! フランツへのプレゼントやらをはるばる遠方から取り寄せているのよ!? そのおだやかで、平穏な自分の生活がおびやかされるというの!?』

そこまで考えた瞬間、ヤーナの忍耐力は限界だった。これ以上、手をこまねけば面倒事の嵐が訪れると感じ取った彼女の行動は迅速を極める。

激怒をたずさえたまま、ぷっつんきたヤーナは有翼魔法重騎兵にまたがり、面倒事をもちこんだセイムに向かう。

文句の一つでも怒鳴り込んでやると駆け出したのだ。

慌てて有翼魔法重騎兵を駆るアウグスト・チャルトリにイグナティウス・ポトツキーの二人。彼らを遥か後ろに引き離したヤーナは駆けに駆け、そして議会に飛び込んでいく。


そして、コモンウェルスが首都、ヴァヴェルのセイムに乗り込んだヤーナは……あろうことか、驚愕と呆れのカクテルを飲まされたかのように硬直していた。

「(さ、最悪だ! こいつら、何ひとつとして決められていない!)」

眼前の光景を前に、ヤーナが抱くのは心からの驚愕。

ジョナスという父王以下、統治機構の主要な人間がこぞって戦死した影響は軽視すべきではない。そうだとしても、しかし、『どうするべきか』すら決められない?

ありえない、という言葉が思わず喉から出かけたほどだ。

「(それどころか、支離滅裂にお互いの責任を糾弾しあうばかり!? 非常時なのよ!? 他にやるべきことがいくらでもあるでしょ!?)」

 非常時にすべきことには何一つとして手を着けず、すべきでないことは全て繰り返しているような醜態。

 ヤーナにとって、それは、想像をはるかに下回る現状というほかにない。

 ヴァヴェルの連中、セイムの議員共、どいつもこいつもアホだとは聞いていた。

だが、『政治家』の悪口なんて時候の挨拶のようなもの。それこそ、今日は天気が悪いですねと語りつつ、今の政治家がいかにダメかを語るのもコモンウェルスでは珍しくない風習。……そう思い込んでいたのだ。

あまりといえば、あんまりだ。

茫然と立ち尽くし、眼前の光景を形容する言葉すら見当たらないのもやむなし。ただ、というべきか。だからこそ、ヤーナは何時もならば鋭敏に気が付き避け得たであろう人物と遭遇してしまう。

「おや……そこにいらっしゃいますのはヤーナ殿下ではありませんか」

その声に、さっと顔を動かすヤーナの視線の先には……珍しい人物に気が付いたとばかりに微笑む、モーリス・オトラント辺境伯の顔。

「(げっ……よりによってこいつ!? いや、ああ、もう、性格破綻者でもこの際いい!)」

緊急事態を乗り切るべく、というべきだろう。面倒くさがりなヤーナとしては珍しいことに、実務に重きを置いた問いかけを彼女は発していた。

「この混乱をどうして、誰も収拾しようとすらしないの?」

「責任をとりたくないのでしょうな」

「は? ……はぁ!?」

理解できない言葉を吐くモーリスの表情を凝視し、ヤーナは視線で追加の説明を求める。

その視線を受けて、かしこまりましたと慇懃に頷いてみせるこの男の所作は全てが礼法にかなった『挙措正しい動作』。

こんな時だからこそ落ち着きを保つ、と言えば賛辞なのだろうが……ヤーナとしては胡散臭い物腰としか思えないのがまた忌々しい。

「大敗北ですぞ、殿下。国王陛下以下、主要な方々がおうち死に。このような大惨事、過去に前例がございません。軽挙妄動は、大いに指弾されましょう」

この局面にあって、まるで他人事のように嘆いてみせる素振りも……また礼儀正しい。なればこそ、ヤーナの脳裏に浮かぶのは『慇懃無礼』の四文字。

だが、とヤーナは気を取り直す。

今ばかりは、モーリスに腹を立てる時間すらも惜しいのだ。

「……あきれた! 何も決められないのね! あきれた議会だ。もう、まかせてはおけない!」

「はて? で、殿下?」

ぽかん、とほうけた隣の議員をよそにヤーナは議場の中央、演説台にて右往左往している議長から木槌を取りあげるなり、これでもかとたたきつける。

響き渡る木槌の音で、漸く議場には一定の沈黙が取り戻され、その瞬間、ヤーナは吼えていた。

「非常時に、一体なにをほうけているの! やるべきことぐらい、はっきりしているでしょう!」

「で、ですが、この混乱ですぞ!? なにぶん前例がない!」

「あなたたち、ばかなの? いいこと!? 問題を前に、あーだこーだ言い争う暇があれば対策! 対策よ、対策をだしなさい!」

「殿下、おっしゃることがわからなくはありませんが……。しかし、正統な王政府がない状況で、独断専行もまた……」

議員らの反論に対し、ヤーナは頭痛を堪えるように一瞬だけ沈黙する。

責任者がいないから、何も決められない。だから、代わりの代理人を選ぶ必要がある。けれども、責任者の代理人を選ぶための責任を取れる人間がいない。だから、何も決められない。けれども、決めないといけない?

ここまで典型的な循環論法で思考を停止しているというのは、驚きだった。

結論、『こいつらは、もう、だめだ』。

「分かった。分かった! もういいわ、私が責任をとる! 私が命令も出す。私が指示も出す。いいから、行動しなさい!」

「し、しかし、越権ですぞ!?」

決められず、さりとて、責任者を選ぶことすら出来ない無能共。

ぶち切れそうになるヤーナの怒りは、しかし、噴火寸前のところで口を開いた一人の男によって静められる。

「いえいえ、皆々さまお待ちを。……国王陛下に変事が生じた際、王族の方々が政務を代行するのは前例があります」

この混乱の最中にあって、なお、動じない曲者のすまし顔。

モーリス・オトラント辺境伯は、何を考えているか窺わせない笑顔のまま、賢しげに言葉を重ねていく。

「そうですね、ヤーナ殿下におかれては臨時の摂政をつとめていただけばよろしいかと」

いかがですか、と問う男がモーリスという人物でなければ。きっと、ヤーナは心から感謝していたことだろう。

だが、今ばかりは。

ヤーナとしては、胡散臭い男による好意的な言説の裏を読むことで精一杯になってしまう。はっきり言うならば、不気味なのだ。

「確かにおっしゃるとおり。では、ヤーナ摂政殿下の就任を決議いたします! 反対のある方はご起立をねがいます」

だからこそ、だからこそ、だ。

議事進行役が、モーリスの意のままに自分の摂政位就任を議決にかける様は……至極自然だ。なればこそ、ヤーナ自身の摂政位就任へ誰もが反対し得ない。

セイムの議員らが反論を胸中に抱いていようとも、では、反対したとすればどうなる?

満場の議員らが、手をこまねいている状況下に置いて、責任をヤーナが担うと申し出ているのだ。それに反論するとなれば……『責任』という要素を背負うことになるだろう。

責任者を選ぶか、リスクすら判らぬ責任を負うかとなれば、誰だって責任者に任せようか、と一時的にしろ考える。

「……反対者はおりません。全会一致にて、殿下の摂政就任は議会の承認をえました。さて殿下、いかがされるのですか?」

そして、誰もが……『モーリス・オトラント辺境伯』が『ヤーナ』の摂政位就任の口火を切った、と認めるのだ。なればこそ、何時の間にか……モーリスが主導者のような顔をしている。それを、誰も、否定しない?

これで、また、セイムにおいてオトラント辺境伯の権威が高まることだろう。自分も、相応に遠慮させられることになる。

……とはいえ、とヤーナは思案を一時的にしろ棚上げせざるを得ない。

「決まっているわ。まずは、前線の建てなおし。出せる兵を全部貸しなさい。行くわよ、私に続きなさい!」

国難、あるいは危機にあっては、時間を失うべきではないのだ。

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